いつもより少し長めです。
とっぷり日が暮れた頃、岸辺の訓練は唐突に終わった。
「寝るから帰る。明日家に迎え行くからな」
それだけ言い残して去っていく岸辺。
リアクションを起こす気力すら湧かず、マキマとパワーはその場に立ち尽くした。
それから少し遅れて緊張の糸が解けたのか、マキマが背中からぶっ倒れた。
「おぎゃ……あぅぅ……あぅあっ……あっ……」
「また頭が故障しておる!」
綺麗な顔がでろでろに蕩けて台無しになっている。
限界を越えた脳が完全に
「治れ!治れ!治れぇっ!」
スターターを引っ張ればいいのに、パワーは叫びながらマキマの頭を何度も何度も殴りつける。
その衝撃でマキマの体がビクンビクンと跳ねる。
普通なら逆効果だ。
トドメを刺しているようにすら見える。
だが、武器人間に“普通”は当てはまらない。
「がっ……!」
接触不良を起こした古いテレビのように、狂った思考回路が叩かれることで復旧していく。
「───はっ」
焦点の合っていなかった瞳に光が戻る。
「 ……私、今日何回殺された?」
「20回以上じゃ。ウヌが死んだとき、大体ワシも気絶しとるから正確には分からん」
しばしの沈黙。
地獄のような訓練を乗り切ったはずなのに、達成感は全く無い。
安堵すら通り越して、ただ呆けていた。
「あのジジイ強すぎじゃ……」
「こんな生活続いたら楽しくないよ。どうにかしてあのオジサンを殺さないとね」
「殺す……」
パワーの目が、かっと見開かれる。
「そうか!分かった!!」
「何が?」
「アイツを殺す方法じゃ!」
自分の頭を指でトントンと叩きながら、パワーが得意げに言い放つ。
「アイツは超強いが、酒で頭がダメになっておる!」
ビシッとマキマを指差す。
「ワシらは頭を使って戦えばいいんじゃ!」
そして堂々たるドヤ顔。
……言わんとしていることは十分に伝わるが、言い方に知性が欠けてやしないだろうか。
「た、確かに……!」
しかしマキマは突っ込まない……というより、突っ込めない。
訓練でイカれた脳みそは、残念なことに未だ本調子ではなかった。
「頭脳でアイツぶっ殺すか!」
「なんだかイケる気がしてきたね!」
その後の2人は夜道を歩きながら、あーでもないこーでもないと、打倒岸辺の作戦会議を行った。
以来、2人の戦いに対する意識は大きく変わっていった。
翌日の自宅での待ち伏せを皮切りに、2人の攻撃は明確に変質する。
ただ振るうだけだった打撃や斬撃は、何かしらの狙いを持ち、岸辺をして“際どい”と思わせる域にまで踏み込んでいた。
連携も洗練されていく。
フェイント、不死性を前提としたカウンター、死角を突く挟撃。
日を追うごとに攻め手は複雑さを増し、単純な力押しではなくなっていった。
それでも……結果は変わらない。
今日もまた、2人は一方的に押し込まれていた。
岸辺の体には未だ一つとして傷はない。
「そのパターンは先週も見たな」
迫り来る連撃を、岸辺は最小限の動きで捌きながら呟く。
「そろそろネタが尽きてきたか?」
(毎回思うけどっ……強すぎでしょ、この人!)
内心で悪態をつきながらも、マキマは動きを止めない。
もし止めればその瞬間に死ぬ。
(でも、今日こそは一味違うからね)
マキマは迷いなく間合いへ飛び込み、何故か岸辺の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
その意図を岸辺は即座に推測する。
動きを止めて攻撃するつもりか──そう判断し、岸辺も迷いなく動いた。
マキマを突き飛ばしてから頸動脈を切り裂く。
ふと嫌な予感がしたので、さらに距離を取ろうとした──その直前。
マキマの体に異変が起こった。
家を出る前に、予めマキマはパワーの血を飲んでいた。
パワーはまだ他人の血を自在に操れない。
だが他人の体内にある
──
マキマの全身、あらゆる箇所から。
無数の血の針が内側から弾けるように、岸辺をめがけて飛び出した。
マキマの命を囮とした超至近距離からの奇襲だ。
流石に“最強”の名は伊達ではなく、その大半は避けられるか叩き落とされた。
しかしそのうちの一本が、破壊される寸前でほんの僅かに軌道を変え──岸辺の頬を掠めた。
(当たった!?)
自分たちの攻撃が岸辺に届いた。
ごく浅い切り傷1つであっても、これは一大事だ。
困惑混じりの高揚で、ほんの一瞬動き出しが遅れてしまった。
(これでトドメじゃ、クソジジイ!!)
それでもパワーは迅速に動いた。
今度は自らの体内の血を練り上げ、数十の武器を空中に展開する。
しかしそれらが射ち出されることはなかった。
岸辺は傷を負ってからほぼノータイムでパワーに接近し、いつかのように首の骨を圧し折って行動不能にしていたからだ。
「うん、良し」
頬を伝う血を親指で拭いながら、岸辺は平気な様子で言った。
「今のは100点の動きだったぞ」
スーツの内側から血液パックを取り出し、2人の口へ流し込む。
内側からズタズタになったマキマの肉体と、頸椎を複雑骨折したパワーの肉体が、瞬く間に修復されていく。
「今日から指導は毎日じゃなくていいな。週一にする」
「「やった……!」」
思わず顔を見合わせ、二人は同時に手を打ち鳴らした。
ハイタッチ。
疲労と達成感と解放感が、ない交ぜになった笑みがこぼれる。
するとその緩みを咎めるように岸辺が口を開く。
「ハイな時でもクールに脳みそ動かせ。常に自分の持ってる武器と状況を頭に入れとけ。……いつでも油断するんじゃねえぞ」
今この瞬間もな──言い終わらない内に、岸辺は2人の顔面へナイフを投擲した。
「っ!?」「ぬっ!?」
咄嗟に転がりながら回避。
そして地面に突き刺さったナイフをちらりと見た後、2人は岸辺に向けて挑むように笑った。
油断はしていない──と。
◆◆
初めて2人に傷を負わされた、その日の夜。
岸辺は馴染みの料亭の座敷で、1人でツマミも無しに酒を飲んでいた。
デンジも誘ったのだが、「家帰って飯作んねーと」とすげなく断られている。
「散々暴れ回ってたアイツが今じゃ子守りか」
徳利の酒を盃に注ぎながら、ぽつりと呟く。
自分もデンジも随分と丸くなった。
昔を思えば笑える話……そのはずなのに、どうも引っ掛かる。
酒を飲みながらしばらく考えて、不安の正体に気づいた。
(昔、2人で飲んだ時に話してたな……)
地獄のヒーロー、チェンソーマン。
デンジは地獄にいた頃から今まで、チェンソーマンに執着し続けている。
問題なのはマキマに対しても情を持ち始めていることだ。
ヤクザの事務所に乗り込むと宣言した後の行動の迅速さ……悪魔絡みとはいえ普段じゃ考えられないスピードだった。
治安維持は単なる建前で、マキマのための行動であることは明らかだった。
(マキマが殺されるか、あるいは奪われたら。アイツはどうなる?)
前提として、今のマキマを害するには相応の力が必要だ。
オマケにデンジやパワー……否、いざとなれば公安全体がマキマを守るために動くはずだ。
対抗戦力になり得るのは国家か、高位の悪魔くらいだろう。
そう、国家だ。
もし国家が敵に回ったら。
もしマキマが奪われたら。
(………暴走するかもしれん)
デンジには案外デリケートなところがある。
理性がある内はともかく、気が狂えば敵国の民間人すら標的にする可能性がある。
デンジ単体ならまだいい。
最悪、相討ちには持ち込めるはずだ。
しかし公安全体が敵に回ってしまえば、それすら叶わない。
まさかそうなる事を見越して、自分に2人を鍛えさせているのではないか……疑心暗鬼に陥りかけたが、これは単純にマキマを守るための措置だろうと結論づける。
デンジ本人はそこまで考えていないだろう。アホだし。
どのみち、デンジを止めるには人員が必要だ。
しかし問題なのはデンジに対する職員の好感度が高すぎることだ。
下手に話を持ちかければ不審がられて、デンジ本人にチクられればそれで終わりだ。
(………クァンシ)
酒を一気に流し込みながら、かつてのバディの事を考える。
どうせそのうち刺客として日本に来るだろう。
その時に説得して……味方に引き入れる事ができたら最高だ。
逆に話が拗れて敵対したらほぼ詰むから、ハイリスクハイリターンになってしまうが……。
そこまで考えて、岸辺は大きく息を吐いた。
全部杞憂であればいいと、柄にもなく思った。
デンジは暴走
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する
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しない
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IFルートでする