もしもマキマがチェンソーマンだったら   作:訥々

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17話 新兵訓練

  *1

 

 とっぷり日が暮れた頃、岸辺の訓練は唐突に終わった。

 

「寝るから帰る。明日家に迎え行くからな」

 

 それだけ言い残して去っていく岸辺。

 リアクションを起こす気力すら湧かず、マキマとパワーはその場に立ち尽くした。

 それから少し遅れて緊張の糸が解けたのか、マキマが背中からぶっ倒れた。

 

「おぎゃ……あぅぅ……あぅあっ……あっ……」

「また頭が故障しておる!」

 

 綺麗な顔がでろでろに蕩けて台無しになっている。

 限界を越えた脳が完全に処理落ち(オギャバブ)していた。

 

「治れ!治れ!治れぇっ!」

 

 スターターを引っ張ればいいのに、パワーは叫びながらマキマの頭を何度も何度も殴りつける。

 その衝撃でマキマの体がビクンビクンと跳ねる。

 

 普通なら逆効果だ。

 トドメを刺しているようにすら見える。

 だが、武器人間に“普通”は当てはまらない。

 

「がっ……!」

 

 接触不良を起こした古いテレビのように、狂った思考回路が叩かれることで復旧していく。

 

「───はっ」

 

 焦点の合っていなかった瞳に光が戻る。

 

「 ……私、今日何回殺された?」

「20回以上じゃ。ウヌが死んだとき、大体ワシも気絶しとるから正確には分からん」

 

 しばしの沈黙。

 地獄のような訓練を乗り切ったはずなのに、達成感は全く無い。

 安堵すら通り越して、ただ呆けていた。

 

「あのジジイ強すぎじゃ……」

「こんな生活続いたら楽しくないよ。どうにかしてあのオジサンを殺さないとね」

「殺す……」

 

 パワーの目が、かっと見開かれる。

 

「そうか!分かった!!」

「何が?」

「アイツを殺す方法じゃ!」

 

 自分の頭を指でトントンと叩きながら、パワーが得意げに言い放つ。

 

「アイツは超強いが、酒で頭がダメになっておる!」

 

 ビシッとマキマを指差す。

 

「ワシらは頭を使って戦えばいいんじゃ!」

 

 そして堂々たるドヤ顔。

 ……言わんとしていることは十分に伝わるが、言い方に知性が欠けてやしないだろうか。

 

「た、確かに……!」

 

 しかしマキマは突っ込まない……というより、突っ込めない。

 訓練でイカれた脳みそは、残念なことに未だ本調子ではなかった。

 

「頭脳でアイツぶっ殺すか!」

「なんだかイケる気がしてきたね!」

 

 その後の2人は夜道を歩きながら、あーでもないこーでもないと、打倒岸辺の作戦会議を行った。

 

 

 

 以来、2人の戦いに対する意識は大きく変わっていった。

 翌日の自宅での待ち伏せを皮切りに、2人の攻撃は明確に変質する。

 

 ただ振るうだけだった打撃や斬撃は、何かしらの狙いを持ち、岸辺をして“際どい”と思わせる域にまで踏み込んでいた。

 

 連携も洗練されていく。

 フェイント、不死性を前提としたカウンター、死角を突く挟撃。

 日を追うごとに攻め手は複雑さを増し、単純な力押しではなくなっていった。

 

 それでも……結果は変わらない。

 今日もまた、2人は一方的に押し込まれていた。

 岸辺の体には未だ一つとして傷はない。

 

「そのパターンは先週も見たな」

 

 迫り来る連撃を、岸辺は最小限の動きで捌きながら呟く。

 

「そろそろネタが尽きてきたか?」

(毎回思うけどっ……強すぎでしょ、この人!)

 

 内心で悪態をつきながらも、マキマは動きを止めない。

 もし止めればその瞬間に死ぬ。

 

(でも、今日こそは一味違うからね)

 

 マキマは迷いなく間合いへ飛び込み、何故か岸辺の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 その意図を岸辺は即座に推測する。

 動きを止めて攻撃するつもりか──そう判断し、岸辺も迷いなく動いた。

 マキマを突き飛ばしてから頸動脈を切り裂く。

 ふと嫌な予感がしたので、さらに距離を取ろうとした──その直前。

 マキマの体に異変が起こった。

 


 家を出る前に、予めマキマはパワーの血を飲んでいた。

 パワーはまだ他人の血を自在に操れない。

 だが他人の体内にある自(・)分(・)の(・)血(・)なら話は別だ。


 

 ──パワー(血の魔人)、能力発動。

 マキマの全身、あらゆる箇所から。

 無数の血の針が内側から弾けるように、岸辺をめがけて飛び出した。

 マキマの命を囮とした超至近距離からの奇襲だ。

 

 流石に“最強”の名は伊達ではなく、その大半は避けられるか叩き落とされた。

 しかしそのうちの一本が、破壊される寸前でほんの僅かに軌道を変え──岸辺の頬を掠めた。

 

(当たった!?)

 

 自分たちの攻撃が岸辺に届いた。

 ごく浅い切り傷1つであっても、これは一大事だ。

 困惑混じりの高揚で、ほんの一瞬動き出しが遅れてしまった。

 

(これでトドメじゃ、クソジジイ!!)

 

 それでもパワーは迅速に動いた。

 今度は自らの体内の血を練り上げ、数十の武器を空中に展開する。

 しかしそれらが射ち出されることはなかった。

 岸辺は傷を負ってからほぼノータイムでパワーに接近し、いつかのように首の骨を圧し折って行動不能にしていたからだ。

 

「うん、良し」

 

 頬を伝う血を親指で拭いながら、岸辺は平気な様子で言った。

 

「今のは100点の動きだったぞ」

 

 スーツの内側から血液パックを取り出し、2人の口へ流し込む。

 内側からズタズタになったマキマの肉体と、頸椎を複雑骨折したパワーの肉体が、瞬く間に修復されていく。

 

「今日から指導は毎日じゃなくていいな。週一にする」

「「やった……!」」

 

 思わず顔を見合わせ、二人は同時に手を打ち鳴らした。

 ハイタッチ。

 疲労と達成感と解放感が、ない交ぜになった笑みがこぼれる。

 するとその緩みを咎めるように岸辺が口を開く。

 

「ハイな時でもクールに脳みそ動かせ。常に自分の持ってる武器と状況を頭に入れとけ。……いつでも油断するんじゃねえぞ」

 

 今この瞬間もな──言い終わらない内に、岸辺は2人の顔面へナイフを投擲した。

 

「っ!?」「ぬっ!?」

 

 咄嗟に転がりながら回避。

 そして地面に突き刺さったナイフをちらりと見た後、2人は岸辺に向けて挑むように笑った。

 油断はしていない──と。

 

 

 

 

 

  *2

 

 初めて2人に傷を負わされた、その日の夜。

 岸辺は馴染みの料亭の座敷で、1人でツマミも無しに酒を飲んでいた。

 デンジも誘ったのだが、「家帰って飯作んねーと」とすげなく断られている。

 

「散々暴れ回ってたアイツが今じゃ子守りか」

 

 徳利の酒を盃に注ぎながら、ぽつりと呟く。

 自分もデンジも随分と丸くなった。

 昔を思えば笑える話……そのはずなのに、どうも引っ掛かる。

 酒を飲みながらしばらく考えて、不安の正体に気づいた。

 

(昔、2人で飲んだ時に話してたな……)

 

 地獄のヒーロー、チェンソーマン。

 デンジは地獄にいた頃から今まで、チェンソーマンに執着し続けている。

 問題なのはマキマに対しても情を持ち始めていることだ。

 

 ヤクザの事務所に乗り込むと宣言した後の行動の迅速さ……悪魔絡みとはいえ普段じゃ考えられないスピードだった。

 治安維持は単なる建前で、マキマのための行動であることは明らかだった。

 

(マキマが殺されるか、あるいは奪われたら。アイツはどうなる?)

 

 前提として、今のマキマを害するには相応の力が必要だ。

 オマケにデンジやパワー……否、いざとなれば公安全体がマキマを守るために動くはずだ。

 対抗戦力になり得るのは国家か、高位の悪魔くらいだろう。

 

 そう、国家だ。

 もし国家が敵に回ったら。

 もしマキマが奪われたら。

 

(………暴走するかもしれん)

 

 デンジには案外デリケートなところがある。

 理性がある内はともかく、気が狂えば敵国の民間人すら標的にする可能性がある。

 

 デンジ単体ならまだいい。

 最悪、相討ちには持ち込めるはずだ。

 しかし公安全体が敵に回ってしまえば、それすら叶わない。

 

 まさかそうなる事を見越して、自分に2人を鍛えさせているのではないか……疑心暗鬼に陥りかけたが、これは単純にマキマを守るための措置だろうと結論づける。

 デンジ本人はそこまで考えていないだろう。アホだし。

 

 どのみち、デンジを止めるには人員が必要だ。

 しかし問題なのはデンジに対する職員の好感度が高すぎることだ。

 下手に話を持ちかければ不審がられて、デンジ本人にチクられればそれで終わりだ。

 

(………クァンシ)

 

 酒を一気に流し込みながら、かつてのバディの事を考える。

 どうせそのうち刺客として日本に来るだろう。

 その時に説得して……味方に引き入れる事ができたら最高だ。

 逆に話が拗れて敵対したらほぼ詰むから、ハイリスクハイリターンになってしまうが……。

 

 そこまで考えて、岸辺は大きく息を吐いた。

 全部杞憂であればいいと、柄にもなく思った。

 

 

 

*1:
三人称視点 マキマside

*2:
三人称視点 岸辺side

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