もしもマキマがチェンソーマンだったら   作:訥々

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21話 嵐の前

  *1

 

穏やかな昼下がりだった。

ここはモーニングの時間帯はそれなりに賑わうが、昼を過ぎれば静かなものだ。

夜になればバーのようにもなるが、この時間は客足がパタリと途絶える。

──ただ一人を除いて。

 

ちりんちりんとドアベルが鳴り、今日もターゲットの来店を知らせる。

 

「……あ、お客様だ!」

 

レゼがわざとらしく声を上げると、マキマは小さく手を振った。

 

「昼ご飯食べに来たよ」

「一週間も続けて来るほど美味しくないでしょココ」

「美味しいよ?」

「美味しいよ……」

「バカ舌」

 

カウンターからマスターが口を挟み、レゼはからかうように舌を出した。

 

……と、軽口を叩きながら、レゼはマキマの様子を観察する。

今日はほんの少しだけ表情が違う。

どこか上の空というか、考え事をしているような雰囲気がある。

目線も時折ふっと遠くに向いている。

 

カレーを注文し終えたマキマに、レゼは何気ない調子で声をかけた。

 

「こっちの机で食べない?」

「大丈夫。……勉強中でしょ? 店員のクセに」

「キミは学校行ってないでしょ〜? 16歳のクセに。そっちの方がヤバいと思いますけどねえ」

「そうかな? 別に平気だけど」

 

即答だった。

借金は無いし、衣食住も完璧に整っている。

オマケに格好いい男性がすぐそばにいる……マキマにとって、今の環境は最高だった。

 

「……学校行かないでデビルハンターなんて珍種だよ、珍種」

 

レゼの表情が僅かに曇る。

10代の少女が義務教育も受けずにデビルハンターをしている……仮にも民主国家の人間とは思えない生き方だ。

事前資料を読んだ時、自分の境遇と少し重なって、妙に嫌な気持ちになったのを覚えている。

 

マキマはそんなレゼの視線から逃げるように、ちらりとレゼのリュックへ目を向けた。

 

「……漢字は読めるようになりたいかな」

「漢字読めないの? じゃ教えてあげる!」

 

レゼはすぐに笑顔を作る。

任務だとしても、数少ない談笑の最中に空気が沈むのは嫌だった。

 

リュックからノートとシャーペンを取り出し、最初のページに()と書く。

 

「問題、ジャジャン! これはなんと読むでしょう?」

「ハナ」

「なんだ分かってるじゃん!」

「簡単な漢字なら読めるよ」

「やりますねえ〜……じゃあ次の問題、ジャジャン!」

 

今度はその下に金玉と書いた。

一瞬、マキマの動きが止まる。

 

「……キンタマでしょ」

「正解! 凄いじゃん!」

 

マキマは少しだけ頬を赤くして、どこか恨めしそうにレゼを見上げた。

 

「エロ女」

「っ……それを言ったら、キンタマって読めるマキマちゃんだってエロ女でしょ〜」

 

言い返しながら、レゼは自分の胸が妙に高鳴っていることに気付く。

からかうのが楽しい。

ウブな反応を見ると嬉しい。

ミラと過ごしていた時だって、こんな感情は経験したことがない。

 

マキマはふっと小さく笑った。

けれどその笑顔はどこか無理をしているようにも見える。

 

「……どうしたの?」

 

思わずレゼは尋ねていた。

マキマは一瞬だけ目を丸くして、それから誤魔化すように笑う。

 

「……なんでもない。最強に元気だよ」

 

嘘だ。けれどレゼは深く追及しなかった。

ターゲットにはターゲットの事情があり、不用意に掘り下げるのは得策じゃない。

自分だって………

 

「レゼとなら学校行ってみたいかも。楽しそうだし」

「……ふ〜ん?」

 

見え透いた話題転換。

でも悪い気分ではなかった。

“レゼとなら”……特別扱いされている気がして。

 

レゼはにやりと笑って、マキマの肩を抱きながら言った。

 

「じゃあ行っちゃいますか? 夜の学校」

 

 

◆◆

 

  *2

 

夜の学校へ向かう二人の少女を、離れた場所からひっそりと観察する連れション男がいた。

禿げ上がった頭に、額へ垂れた泥色の前髪。

青白く生気の無い顔、虚ろな目つき。

くたびれたカーキ色のロングコートは前がはだけ、痩せ細った胸元が覗いている。

 

男はほくそ笑む。

ターゲットの方から人目の無い場所へ、しかも夜間に向かってくれるとは……張り込んでいた甲斐があった。

 

少女たちが柵を乗り越えて校内へ侵入する。

さて、自分も向かおうか──

 

ビルの影から出ようと動いた瞬間、背後から伸びた屈強な腕が男の首を絞め上げた。

 

「ア、ア、ア」

「しーっ……騒ぐんじゃねえよ」

 

男の背後に立っていたのはデンジだった。

表情は無い。

いつもの無邪気な笑みも、敵意も浮かべず、ただ静かに男を拘束している。

 

デンジはそのまま腕に力を込めた。

ごきり、と。

人体から鳴ってはいけない音が、夜の路地裏に鈍く響いた。

 

死にかけの男の脳へ“支配”の鎖を打ち込み、記憶を読み取る。

どうやら台風の悪魔と契約しているらしいが問題は無い。

かつてデンジは成体の台風と戦って勝った。

幼体程度なら明らかに格下だと認識し、男もろとも“支配”した。

 

「台風、コイツ適当に処理しとけ」

 

ピクリとも動かなくなった男を放り捨て、デンジは目を閉じる。

 

───支配の悪魔は、下等生物の感覚を借りる。

 

カフェ『二道』周辺をうろつくネズミ。

電柱に止まるカラス。

夜空を横切るコウモリ。

 

それらの瞳に同心円状の模様が浮かび上がり、無数の視界が一斉に『二道』を映した。

 

店の中にはマスターがいる。

呑気にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。

本気でチェンソーの心臓を獲るつもりなら、レゼを単独で行動させるのは不自然だ。

「こっちに来い」と誘っているのか?

 

(……まァ、久しぶりにアイツのコーヒー飲むのもいいか)

 

デンジはゆっくりと目を開く。

そしてトランシーバーを取り出し、どこかへ連絡した。

 

「避難は済んでるよな?───ああ、今行く」

 

 

 

*1
三人称視点 レゼside

*2
三人称視点

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