穏やかな昼下がりだった。
ここはモーニングの時間帯はそれなりに賑わうが、昼を過ぎれば静かなものだ。
夜になればバーのようにもなるが、この時間は客足がパタリと途絶える。
──ただ一人を除いて。
ちりんちりんとドアベルが鳴り、今日もターゲットの来店を知らせる。
「……あ、お客様だ!」
レゼがわざとらしく声を上げると、マキマは小さく手を振った。
「昼ご飯食べに来たよ」
「一週間も続けて来るほど美味しくないでしょココ」
「美味しいよ?」
「美味しいよ……」
「バカ舌」
カウンターからマスターが口を挟み、レゼはからかうように舌を出した。
……と、軽口を叩きながら、レゼはマキマの様子を観察する。
今日はほんの少しだけ表情が違う。
どこか上の空というか、考え事をしているような雰囲気がある。
目線も時折ふっと遠くに向いている。
カレーを注文し終えたマキマに、レゼは何気ない調子で声をかけた。
「こっちの机で食べない?」
「大丈夫。……勉強中でしょ? 店員のクセに」
「キミは学校行ってないでしょ〜? 16歳のクセに。そっちの方がヤバいと思いますけどねえ」
「そうかな? 別に平気だけど」
即答だった。
借金は無いし、衣食住も完璧に整っている。
オマケに格好いい男性がすぐそばにいる……マキマにとって、今の環境は最高だった。
「……学校行かないでデビルハンターなんて珍種だよ、珍種」
レゼの表情が僅かに曇る。
10代の少女が義務教育も受けずにデビルハンターをしている……仮にも民主国家の人間とは思えない生き方だ。
事前資料を読んだ時、自分の境遇と少し重なって、妙に嫌な気持ちになったのを覚えている。
マキマはそんなレゼの視線から逃げるように、ちらりとレゼのリュックへ目を向けた。
「……漢字は読めるようになりたいかな」
「漢字読めないの? じゃ教えてあげる!」
レゼはすぐに笑顔を作る。
任務だとしても、数少ない談笑の最中に空気が沈むのは嫌だった。
リュックからノートとシャーペンを取り出し、最初のページに
「問題、ジャジャン! これはなんと読むでしょう?」
「ハナ」
「なんだ分かってるじゃん!」
「簡単な漢字なら読めるよ」
「やりますねえ〜……じゃあ次の問題、ジャジャン!」
今度はその下に金玉と書いた。
一瞬、マキマの動きが止まる。
「……キンタマでしょ」
「正解! 凄いじゃん!」
マキマは少しだけ頬を赤くして、どこか恨めしそうにレゼを見上げた。
「エロ女」
「っ……それを言ったら、キンタマって読めるマキマちゃんだってエロ女でしょ〜」
言い返しながら、レゼは自分の胸が妙に高鳴っていることに気付く。
からかうのが楽しい。
ウブな反応を見ると嬉しい。
ミラと過ごしていた時だって、こんな感情は経験したことがない。
マキマはふっと小さく笑った。
けれどその笑顔はどこか無理をしているようにも見える。
「……どうしたの?」
思わずレゼは尋ねていた。
マキマは一瞬だけ目を丸くして、それから誤魔化すように笑う。
「……なんでもない。最強に元気だよ」
嘘だ。けれどレゼは深く追及しなかった。
ターゲットにはターゲットの事情があり、不用意に掘り下げるのは得策じゃない。
自分だって………
「レゼとなら学校行ってみたいかも。楽しそうだし」
「……ふ〜ん?」
見え透いた話題転換。
でも悪い気分ではなかった。
“レゼとなら”……特別扱いされている気がして。
レゼはにやりと笑って、マキマの肩を抱きながら言った。
「じゃあ行っちゃいますか? 夜の学校」
◆◆
夜の学校へ向かう二人の少女を、離れた場所からひっそりと観察する連れション男がいた。
禿げ上がった頭に、額へ垂れた泥色の前髪。
青白く生気の無い顔、虚ろな目つき。
くたびれたカーキ色のロングコートは前がはだけ、痩せ細った胸元が覗いている。
男はほくそ笑む。
ターゲットの方から人目の無い場所へ、しかも夜間に向かってくれるとは……張り込んでいた甲斐があった。
少女たちが柵を乗り越えて校内へ侵入する。
さて、自分も向かおうか──
ビルの影から出ようと動いた瞬間、背後から伸びた屈強な腕が男の首を絞め上げた。
「ア、ア、ア」
「しーっ……騒ぐんじゃねえよ」
男の背後に立っていたのはデンジだった。
表情は無い。
いつもの無邪気な笑みも、敵意も浮かべず、ただ静かに男を拘束している。
デンジはそのまま腕に力を込めた。
ごきり、と。
人体から鳴ってはいけない音が、夜の路地裏に鈍く響いた。
死にかけの男の脳へ“支配”の鎖を打ち込み、記憶を読み取る。
どうやら台風の悪魔と契約しているらしいが問題は無い。
かつてデンジは成体の台風と戦って勝った。
幼体程度なら明らかに格下だと認識し、男もろとも“支配”した。
「台風、コイツ適当に処理しとけ」
ピクリとも動かなくなった男を放り捨て、デンジは目を閉じる。
───支配の悪魔は、下等生物の感覚を借りる。
カフェ『二道』周辺をうろつくネズミ。
電柱に止まるカラス。
夜空を横切るコウモリ。
それらの瞳に同心円状の模様が浮かび上がり、無数の視界が一斉に『二道』を映した。
店の中にはマスターがいる。
呑気にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
本気でチェンソーの心臓を獲るつもりなら、レゼを単独で行動させるのは不自然だ。
「こっちに来い」と誘っているのか?
(……まァ、久しぶりにアイツのコーヒー飲むのもいいか)
デンジはゆっくりと目を開く。
そしてトランシーバーを取り出し、どこかへ連絡した。
「避難は済んでるよな?───ああ、今行く」
何時投稿だと嬉しいですか?
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