もしもマキマがチェンソーマンだったら   作:訥々

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22話 夜の学校

レゼ、日本にはこういう言葉があるんだ

「かわいそうはかわいい」

 


 

  *1

 

校門を乗り越え、誰もいない校舎へ忍び込む。

夜の学校は静かだった。

昼間は生徒たちの声で満ちているのだろうが、今は月明かりが白く照らすだけだ。

コツ、コツ……2人の足音がやけに響く。

 

「マキマちゃん怖くないの?」

「怖いというか…なんだか変な感じ、かも」

「なんじゃそりゃ」

 

くすっと笑ってから、レゼは少しだけ声色を甘くする。

 

「…私は少し怖いから、手繋いでていい?」

「いいよ」

 

2人並んで月明かりの差す廊下を歩く。

綺麗な手のひらからマキマの体温が伝わる。

 

実のところレゼが「怖い」と言ったのは演技だ。

非日常を演出して親密度を上げるための嘘だ。

独特の雰囲気だとは思うけれど、怯えているわけじゃない。

あと照れくさいとか、そんなこともない。ないったらない。

 

 

 

「じゃあ授業しまーす」

 

空いている教室へ適当に入り、授業の真似事を始めた。

教師役のレゼがチョークを持ち、黒板にいくつかの足し算を書く。

 

 1+1=

 5+16=

 123+456=

 

あえて一桁から三桁までレベル別に分けてみた。

マキマは教育の機会に恵まれなかっただけで、地頭はそれほど悪くない。

 

しかし……いや、だからこそか。

マキマは自らの実力が、周囲から過剰に低く見積もられるのを嫌っている節がある。

それはまるで、大人に近づきたくて背伸びをする子供みたいな。

レゼがとうの昔に通り過ぎてしまった思春期。

 

「ではこの3つの問題解ける人!」

「上から2、21、579」

「正解! 天才!」

「昔から足し算と引き算はやってたから」

 

涼しい顔で言うマキマ。

けれど褒められた喜びが透けて見える。

その様子が可笑しくて、レゼはしたり顔で次の問題を書いた。

今度は英単語だ。

 

 Apple

 Japan

 Philippines

 

「アップル、ジャパン……なにこれ…ぴ、ぴひ…?」

「正解はフィリピン、日本の南にある島国だよ」

「へえ……」

 

マキマが少し悔しそうに口を尖らせる。

カフェで見た憂うような表情とは違う、年相応の反応にレゼは妙に安心した。

 

「学校ってこんな感じなんだね、ちょっと分かってきた」

「……マキマちゃんって本当に小学校も行ってないの?」

「うん」

「それってさ……なんか、ダメじゃない?」

「ダメ?」

「ダメっていうか……おかしい」

 

それは***(レゼ)が大人に言ってほしかった言葉。

16歳はまだ子供だ。

勉強して、部活して、友達と遊んで。

それから恋をしたり、将来に悩んだりする年齢だろう。

 

それなのにマキマはデビルハンターとして働いている。

悪魔と戦う中で、痛くて苦しい目に遭うことだって沢山あったはずだ。

……やはり支配の悪魔に執着しているのか。

あるいは既に支配されているのかもしれない。

 

それでも言わずにはいられなかった。

 

「今いる公安って場所は本当に良い場所なの?」

「うん、良い所だよ。1日3回お腹いっぱい食べられるし、温かいシャワーも毎日浴びられる」

 

淀み無い返答に、レゼの表情が歪んだ。

 

「それって日本人として最低限の──」「それに」

 

公安にはデンジさんがいるから

 

そう言って微笑むマキマは本当に幸せそうで、レゼの胸の奥がじくじくと痛んだ。

マキマの価値観には、支配の悪魔が深く深く食い込んでいる……それが憎くて仕方がない。

しかし同時に、自分の言葉もまた価値観の押し付けでしかない……自覚したレゼは虚しくなった。

 

ソ連に連れ帰ってチェンソーの心臓を抜き取り、人間の心臓を移植する。

そして田舎で平穏に暮らす……

それがマキマの幸福になると信じていた。

今思えば、下衆な男どもに嬲られていたミラと、マキマを重ねていた。

しかし今、その正当性が大きく揺らいでいる。

 

「レゼ、どうしたの?」

「あ〜〜……考えすぎて頭熱くなってきちゃった」

「そう? なら冷やしに行こうか」

 

 

 

マキマに手を引かれるまま校舎を抜け、辿り着いた先で、レゼは思わず目を瞬かせた。

 

「……プール?」

 

水面は月明かりを反射しながら揺らぎ、 フェンス越しに夜風が吹く。

 

「冷たっ」

 

マキマがしゃがみ、指先を水へ浸してすぐに引っ込めた。

 

「私泳げないから、レゼ教えてよ」

「えっ?」

 

振り返ったマキマは、当然のようにワイシャツのボタンを外し始める。

 

「ちょ、待っ───」

 

するり、とシャツが落ちた。

レゼは慌てて視線を逸らす。

 

「なんで脱ぐの!?」

「服着てると沈んじゃうから」

「いやそういう問題じゃなくて……!」

 

マキマは不思議そうに、こてんと首を傾げる。

……いや彼女は間違っていない。

同性同士ならば全く問題ない……でも今日の距離感は流石に近すぎないかなあ!?

マキマの行動にレゼはすっかり翻弄されていた。

 

2人が出会ってからの期間はそう長くないが、レゼにとってマキマは大きな存在になっていた。

ミラにすら向けなかった感情を抱いた。

自分で作り上げた非日常に舞い上がり───本来なら容易に察知できたはずの、いくつもの違和感を見落とした。

 

「……レゼ?」

「いや、うん、分かったから! 教える! 教えるからちょっと待って!」

 

結局2人とも衣服を脱ぎ、一気に全身を冷水に沈めた。

熱を持った思考と体が急速に冷えていく。

 

「レゼ」

 

水から顔を出すと、少し離れた場所でマキマが両腕を差し出している。

その姿を見た瞬間、なぜか胸騒ぎがした。

蜘蛛の巣へ絡め取られていく蝶を幻視した。

 

この心臓の高鳴りは高揚か、不安か。

分からないままにレゼは手を伸ばした。

水を掻き、マキマへ近づく。

差し出された両手をレゼが掴むと、マキマが強く握り返した。

 

そして真っ直ぐにレゼを見つめながら、淡々とした口調で言った。

 

「プリンシさん、“呼んで”ください」

 

唐突に景色が切り替わった。

 

 

 

*1
三人称視点 レゼside

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