もしもマキマがチェンソーマンだったら   作:訥々

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24話 マスター

『こちらA班、爆弾の武器人間の捕縛に成功しました』

「お疲れさん。こっちも始めるぜ」

『……どうかご無事で』

「そう簡単にゃ死なねえよ」

 

 短く返して、トランシーバーをしまった。

 

 

 

 

 

  *1

 

 男はコーヒーを啜っていた。

 新聞はついさっき読み終えてしまっている。

 他にすることもなく、ただカウンターに座って、店仕舞いをする時間になっても明かりを点け続けていた。

 

 まるで誰かを待っているように、時折扉の方へ目をやる。

 ドアベルが鳴った。

 両腕の肘から下に鎖を巻き付け、臨戦態勢のまま入店してきたデンジを、男──マスターは驚いた様子も見せずに迎えた。

 

「ブレンドの深煎り」

「その腕でカップを掴めるのかい」

「もう慣れてるよ」

 

 デンジがカウンターに腰を下ろす。

 焙煎が終わるまでの間、二人は互いに近況を報告し合った。

 しかしどこか余所余所しい。

 

「おまちどう」

「ん、サンキュ」

 

 一口啜り、ほう……とため息をつくデンジ。

 

「美味え。昔はドブ味だったのにな」

「人間も悪魔も、時間が経てば変わるものだよ」

 

 しばしの沈黙。

 切り出したのはマスターだった。

 

「……それで、要件は何かな」

「分かってんだろ。もう一度公安(ウチ)に戻ってこい」

「断る」

 

 空気が張り詰める。

 

「お前んトコが送り込んだスパイはもう捕まえてる。一人じゃマキマの心臓は獲れねえ。諦めろ」

「レゼちゃんのことは元々戦力に入れてなかったから大丈夫だよ」

 

 マスターはレゼが絆されていることに気づいていた。気づいた上で、放置していた。

 

「彼女に情が湧いたら助ける。そうじゃなければ傍観。……どっちでも良かったんだ」

「教官(マスター)失格だな。だから学校にも来なかったのか」

「ああ……心底どうでも良かった。僕の心はとっくに死んでたんだよ」

 

 吐き捨てるように言う。

 

「嘘つき」

「本当だよ」

「もう一度公安に来い」

「冗談キツいね。公安での日々は思い出のまま残すって決めてるから」

「ハァ〜……相変わらずクソ頑固だな」

 

 コーヒーを飲み干し、デンジがカウンターから立ち上がる。

 

「だったら力ずくで逮捕してやる」

「やれるもんならやってみなよ」

 

 口調は軽い。

 しかし和解の道は絶たれた。

 

 カウンターの裏からナイフが飛んだ。

 バックステップを踏みながら、デンジが鎖を巻きつけた腕でそれを弾く。

 その間にマスターはカウンターの上を滑るようにして越え、一息に間合いへ入った。

 二人の拳が交差する。

 鈍い音と共にマスターの体が吹き飛び、小綺麗なカフェの壁を突き破った。

 

(まずは一発)

 

 デンジは小さく息を吐き、されど視線は外さない。

 

 

 

「こちらB班、作戦開始」

 

 

 

 開戦を宣言し、瓦礫の山へ慎重に近づく。

 

「もう終わりか?」

 

 そんなはずはない、と思いながら声を掛ける。

 返事は無い。

 しかし崩れたコンクリートから微量の血を見つけた、その瞬間。

 

 巨大な獣の腕が瓦礫を吹き飛ばし、そのままデンジに襲いかかった。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に横へ飛び、長い鉤爪を避ける。

 砕けたコンクリート片が頬を掠めた。

 

(こいつは……)

 

 ───羆の悪魔。

 山界の覇者として君臨し、人を喰らう獣として畏敬とともに崇められた存在の名を持つ悪魔。

 その一撃が射線上の道路を深く抉った。

 

 パンッ

 

 乾いた発砲音が響く。

 いつの間にカフェから脱出したマスターが拳銃を構えていた。

 

「ふむ、頑丈だね」

 

 “暴力”で強化された肉体は、確かにハンドガン程度で貫かれるほどヤワではない。

 それでも当たれば少しは痛いし、着弾した右腕には僅かに痺れが残っている。

 

 むしろデンジに殴り飛ばされて、口の端から血を流しながらも平然としているマスターの方が異常だ。

 おそらく何かしらの悪魔と契約して耐久力を底上げしているのだろう。

 

(でも、効いてないわけじゃねえ)

 

 ならばやる事は至って単純───真っすぐ行ってぶっ飛ばす。

 

 地面を砕き、デンジが突進する。

 そして右ストレート。

 マスターは避けず、デンジの拳を両手で包み込んで受け流した。

 

「っ!?」

 

 相手の力をそのまま返す合気によってデンジの体が宙を舞い、背中から地面へ叩きつけられる。

 追撃の銃声が数度響く。

 

「痛(ツ)ッ……!」

 

 マスターが撃ち込んだ先は、眼球。

 頑強になったとはいえ、急所であることに変わりはない。

 相対的には脆い箇所だ。

 貫通こそしなかったがデンジの両目から血が流れ、それをマスターが静かに見下ろした。

 

「ただの拳銃弾でも、目に入ったら痛いでしょ」

「ッ、この……!」

 

 デンジが仰向けになったまま手を伸ばす。

 マスターの右足を掴み、立ち上がりながらマスターの身体を振り回して、ズタボロになった道路へ叩きつけた。

 

「が……ッ!」

 

 マスターが血を吐き、もう一度叩きつけるためにデンジが腕を振り上げようとする。

 しかしマスターは地面に手をつき、そこを支点として自らの身体をギュルリと回転。

 強引に足首を捻って拘束から逃れた。

 

「チィッ!」

 

 間髪入れずに再び羆の腕を召喚。

 避けきれなかったデンジの身体が吹き飛び、ビル二階へ激突。

 壁を突き破ってビル内部へ転がった。

 

「げほっ……!」

 

 衝撃と粉塵に咳込んでいると、下から地鳴りに似た破壊音が響く。

 咄嗟に逆側の窓から飛び降りた直後、案の定と言うべきか、下階から突き上げた羆の腕がフロアごと薙ぎ払った。

 

「バケモンが……!」

 

 吐き捨てながらスーツの袖で血を拭う。

 マスター1人だけならゴリ押しもできただろうが、羆の悪魔が厄介だ。

 真正面から突っ込むのは悪手。

 

(小動物もだいぶ減らされてるな)

 

 あちこちのビルが崩壊し、その度にデンジの“視界”が奪われていく。

 それでもまだ生き残っている下等動物たちの視界を通して、マスターの位置を捕捉した。

 

 

 

 一方、マスターも限界が近かった。

 

 かつてソ連に存在した、悪魔の力を軍事に転用する禁忌の研究施設──『秘密の部屋』。

 そこで生み出された薬物によって、老いた肉体を無理やり動かしてはいるが反動も小さくない。

 それに加え、羆の悪魔への契約代償として残された寿命のほとんどを支払っている。

 そんな状態で本気のデンジに攻撃されたのだから、無事で済むはずもなかった。

 

(あと一発でもマトモに受けたら終わるね)

 

 マスターは羆の剛腕を振り回し、手当たり次第にデンジの“視界(小動物)”を潰しながら周囲を警戒する。

 すると、頭上の月光が影に遮られた。

 見上げれば、先ほど破壊したビルの屋上からデンジが跳躍していた。

 単身ではない。そこら中に散らばっていた瓦礫を鎖で絡め取り、隕石のごとき大質量を伴って墜(・)ち(・)て(・)くる!

 

「オラァ!!」

 

 デンジが吼える。

 マスターは羆の拳を突き出し、歪な球体を空中で殴り飛ばした。

 撃墜には成功したが、細かな砂埃や破片が戦場を覆い尽くしてマスターの視界を白く塗りつぶす。

 その“白”の中から、先端が針のように尖った鎖が何本も射出された。

 ぼやけた視界で、それでもマスターは鎖を紙一重で弾き、あるいは最小限の動きで避け続ける。

 

 ───だが、デンジの狙いは別にあった。

 

「なっ!?」

 

 地中を蛇のように這い進んでいた鎖が、マスターの右足を強固に締め上げた。

 振りほどこうと力を込めるがもう遅い。

 反対側の左足も即座に拘束され、体勢を崩したマスターは無様に地面へと突っ伏した。

 両手首にも冷たい鉄の感触が伝わり、四肢を四方へ引き絞られる。

 

 やがて煙が晴れ、荒れた地面にうつ伏せで磔にされたマスターの前に、デンジが歩み寄った。

 

「俺の勝ちだな」

 

 その声には支配者の冷徹さと、かつての同僚に向ける微かな湿り気が混ざっていた。

 返事はない。マスターはただ、地面に顔を伏せたまま動かない。

 

「もう、任務なんか切り捨てちまえよ」

 

 やはり返事はない。………いや、耳を澄ますと、ザラついたごく小さな声で何か言っている。

 

「…(羆)、……………………(僕の全てを捧げる)」

「何言ってんのか分かんねーよ」

 

 膝をついてマスターの口に耳を寄せる。

 

 

「暴れろ」

 

 

 瞬く間にマスターの身体がミイラのように萎んでいき、最後には衣服や武器だけを残して消え失せた。

 

「は? 嘘だろ……全部、捧げたのか」

 

 予想もできなかった行動に愕然とする。

 こんなはずではなかった。

 またやり直せると信じていたのに……

 

 だが失意に暮れている暇はない。

 

 四足歩行の状態ですらビルの3階に届く巨躯。

 爛々と輝く紅い眼がこちらを見据えている。

 羆の悪魔が顕現したのだ。

 それも、完(・)全(・)な(・)形(・)で(・)。

 

 

*1:
三人称視点

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