もしもマキマがチェンソーマンだったら   作:訥々

27 / 40
25話 羆の悪魔

 羆の悪魔が爪を振るう度に、まるで砂の城のようにビルが崩れていく。

 物理的なリーチを無視し、衝撃波を伴う“飛ぶ斬撃”が幾度もデンジを襲う。

 見る間に街全体が荒廃していく。

 もはや格闘ではなく、2体の悪魔による局地的な“戦争”にまで発展していた。

 

(一発でもまともに受けりゃ次はねえな。全部避けて、特大のやつをブチ込むしかねえ)

 

 マスターとの戦闘でダメージを負いすぎた。

 回復しようにも、胸ポケットの血液パックは吹き飛ばされた時に破裂して使い物にならない。

 

(最高の判断───)

 

 能力(未来視)発動。

 数秒先の斬撃を視る。

 どれだけ速い攻撃だろうが、攻撃前に避けてしまえば当たる事はない。

 

(最高の判断───)

 

 ただし未来が視えると言ってもほんの数秒先だけ。

 体が反応できるかは分からないし、動き回りながらそれ以上先の未来を視ようとすれば、脳の処理能力を超えて自滅する。

 頭がズキリと痛む。

 

(最高の判断───!)

 

 痛みを無視して思考を回す。

 両手から刃状に研ぎ澄まされた鎖を乱射した。

 堅牢な毛皮を裂いて肉にまで食い込んだが、羆の悪魔は怯むどころか苛立ちを募らせるように暴れた。

 降り注ぐ瓦礫と斬撃……かすり傷だらけになりながらも潜り抜け、デンジは羆の足元へと着実に近づいていく。

 自らに迫る小人に警戒したのだろうか、羆が地に顔を寄せ、至近距離で咆哮を放(・)っ(・)た(・)。

 

 

「Gaaaaaaaaaaaa!!!!!」

 

 

 強烈な衝撃波がデンジを吹き飛ばし、そこへ巨大な爪が振り下ろされた。

 空中で身動きが取れない瞬間を狙った一撃。

 しかしデンジは先端を杭(ペグ)のように変形させた鎖を射ち出し、羆の頸へ深く打ち込んだ。

 そのまま一気に鎖を体内に戻(・)し(・)、フックショットの要領で急上昇して回避。

 そして攻撃に転じる。

 

 狙うは頭。

 デンジは未来視を解除し、“暴力”の出力を制(・)御(・)可(・)能(・)な(・)範(・)囲(・)の(・)ギリギリまで引き上げることに注力した。

 脳を焼き切るような負荷を無視して、全神経を右足に集中させる。

 

(最大出力でブチ抜く!!)

 

 会心の蹴りが羆の側頭部を捉えた。

 硬質な手応えと共に僅かに頭蓋が陥没し、羆の巨体が揺らいだ。

 ………それでも、討伐には遥か届かない。

 

「が……はっ!?」

 

 脳震盪を起こしながら、それでも尚、羆の野生は死んでいなかった。

 振り抜かれた巨大な手の平が──幸いにも爪ではなかった──デンジを捉えた。

 攻撃を直撃(あて)た瞬間の気の緩み……回避はおろか防御もできず、羽虫のように叩き落とされた。

 傷だらけの路面を何度もバウンドしていき、遠くの瓦礫の山にぶつかってようやく止まった。

 

 絶体絶命。

 全身の骨を砕かれて動けないデンジに、羆の凶爪が容赦なく襲いかかる。

 死を覚悟したその瞬間、横から飛び込んできた男がデンジを軽々と抱きかかえて、直ぐにその場から離脱した。

 

「すみません、遅れました」

 

 低く落ち着いた声。

 デンジを救ったのは四つ目の男──荒井だった。

 

「いや……最高のタイミングだぜ」

 

 デンジが吐血しながらもニッと笑う。

 視線の先では、同じく四つの瞳を爛々と輝かせた小柄な女──コベニが、機敏な身のこなしで羆の意識を逸らしていた。

 その隣には岸辺もいる。

 

 荒井はデンジを瓦礫の陰に下ろすと、懐から血液パックと一本の“得物”を差し出した。

 

「岸辺さんからです。“これ”と血液パックを渡せと」

「……カースか」

 

 受け取ったのは、日本刀のように鞘に収まった巨大な“釘”。

 “呪いの悪魔”を使うための武器だ。

 対象に4回刺せば、呪いの悪魔が強制的に死を執行する……強力だが、これはデンジにとって必ずしも使い勝手の良い代物ではなかった。

 

 呪いとは感情の発露であり、知性ある人間に対して本領を発揮する。

 本能のままに暴れる獣とは相性が悪いのだ。

 それに4回も刺す手間を掛けるくらいなら、基本的には殴り殺した方が早い。

 

 だが、何事にも例外はある。

 思いっきり蹴り飛ばしても耐えるほどのタフネスを持っているくせに、近づくにも苦労するほどの攻撃力と俊敏性を兼ね備えている。

 シンプルに堅くて、捷くて、強い。

 それが羆の悪魔だ。

 

「……やるしかねえか」

 

 これで倒せれば儲けもの。

 倒せなくともダメージを与えられれば良し。

 寿命を削るという代償すら、悪魔であるデンジにとっては無いも同然だ。

 

 キャップを外して口から血液を流し込み、凄まじい速度で身体組織を再生させた。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 抜き身の釘を構えて立ち上がった。

 

 

 

 

 

  *1

 

 身体が、いつになく良く動く。

 現場へ駆けつけるまでに目にした地獄絵図に、あんなに怯えていたのが嘘のようだった。

 機関銃が可愛らしく思えるほどの、一撃が死に直結する羆の爪を、コベニは紙一重で避け続けている。

 

(ああ……私、“ハイ”になってる)

 

 以前の彼女はこの感覚を忌避していた。

 戦いの中に愉悦を見出す自分が、自分ではないような気がして。

 マトモな自分が消え去ってしまいそうで……怖かったのだ。

 

 けれど、今は違う。

 

(そっか……“これ”も、私なんだ)

 

 臆病でオドオドとしたか弱い小動物のような姿は、彼女の一側面でしかない。

 その裏側で煮え滾っている暴力性も含めて、東山コベニという一つの人格は成り立っている。

 

 自分が先ほどまでいた場所が消し飛ぶたびに、熱い実感となって押し寄せる。

 私は今、生きている──!

 そんな危うくも愉しい「生」の謳歌は、しかしたった1分にも満たないことだった。

 

 

「0(ゼロ)」

 

 

 羆の背後に“呪いの悪魔”が現れた。

 ヤギの頭蓋骨に似た双頭が、羆の首の付け根に噛みつき、牙を深く食い込ませていく。

 ドシュッ!!と、黒い血が噴き出した。

 

 このまま倒せる!?──コベニがそう期待した瞬間、羆が無造作に首を叩いた。

 人間が蚊を潰すような……それだけの動きで、羆に縋り付いていた呪いの悪魔は霧散した。

 

 

 

 

 

  *2

 

 デンジにとっては概ね予想通りの結果だった。

 殺されたように見えたのは呪いの悪魔の“念”……言ってしまえば分体に過ぎない。

 本体は公安の収容センターに安全に保管されており、損失はデンジが少し疲労したことくらいだ。

 とはいえ、やや期待外れではあった。

 もっと大きなダメージを与えられたなら、このまま総掛かりで押し切れただろうに。

 

「おい、どうすんだ?」

 

 鋭いステップで羆の爪を躱しながら、岸辺が淡々と問いかける。

 

「……能力を“混ぜる”」

 

 支配の悪魔は、支配した悪魔あるいは使用許可を得た悪魔の能力を使える。

 だが所詮は借り物……本人(本悪魔)と比べれば効率は悪いし、発動するだけで負荷が掛かる。

 

 しかも、今から行うのは単なる同時発動ではなく“複合”だ。

 悪魔同士の性質やら何やら、全部を力ずくで噛み合わせる。

 脳が焼き切れて、そのまま死にかねないほどの超高難度マルチタスク。

 羆の悪魔を討つための一撃となれば、準備にどれだけの負荷と時間が掛かるか分からない。

 

「時間は稼いでやる。とっとと完成させろ」

「バッチリ任せとけ」

 

 “複合”開始。

 恐怖で抵抗しようとする狐の悪魔を無理やりねじ伏せ、内なる悪魔たちの反発という齟齬は、総て自らの強靭な肉体でカバーする。

 デンジの目から血涙が伝う。

 脳内にはあらゆる悪魔の思念が混線している。

 それでも7体の力を一点へと結集していく。

 

「─────できた」

 

 デンジが両の掌を羆へと向け、凄絶な笑みを浮かべた。

 

「完成した! ぶっ放すからお前ら離れろ!!」

 

 

 

 ──『未来』の悪魔が、回避不能のタイミングを報せる。

 

 ──『蜘蛛』の悪魔が、能力の起点となる“ゲート”を虚空に生成する。

 

 ──『台風』の悪魔が、暴風の渦で羆を閉じ込める。

 

 ──『コウモリ』の悪魔が、真上から叩きつけるように衝撃波を放ち、羆の動きを鈍くする。

 

 ──『暴力』の悪魔が、限界を超えて出力を増幅させる。

 

 

「喰い殺せ!!!」

 

 

 ──『狐』の頭と『呪い』の双頭が、羆の頭と肩に喰らいつく。

 

 

「Oooooaaaaaaaaa!!!!!」

 

 

 羆の絶叫がビリビリと空気を揺らす。

 逃げ場のない暴風の中で、癇癪を起こしたようにもがく。

 自身に喰らいつく狐の顔面を爪で引き裂き、呪いを全力で殴りつける。

 狐と羆の血液で渦が赤黒く染まる。

 

 それでも2体の悪魔は噛みつきを緩めない。

 むしろ痛みを燃料にするように、さらに深く牙を沈めてやろうと力を込める。

 ブチブチと、音を立てて羆の肉が少しずつ千切れていく。

 羆の断末魔が響き渡る中、狐の巨顎が羆の硬い頭蓋を噛み砕き、脳を容赦なく喰らい尽くした。

 それと同時に、呪いの双頭が羆の両肩の骨を粉砕し、羆の腕と胴体を完全に分断する。

 

 頭の上半分と両腕を失い……ようやく羆の悪魔は動きを止め、地面へと崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 かくして戦いは終わり、街は静寂に包まれた。

 横たわる羆の亡骸を、どこか惜しむようにデンジと岸辺が見つめる。

 

「岸辺、後は頼んだ」

「面倒事ばかり押し付けやがって……」

 

 岸辺は煙草に火をつけながら愚痴をこぼした。

 

「プリンシ、呼んでくれ」

 

 足下に現れたジッパーの隙間に、デンジが吸い込まれるように消えていく。

 死んだ人間は生き返らないし、自分にはまだやるべきことが残されている。

 立ち止まってはいられない。

 

 まずはレゼ(モルモット)の処遇を決める必要があった。

 

 

 


 

次回、レゼ篇エピローグ。

 

 

・デンジが罰の悪魔を使わなかった理由

動力源が人間の命だから。

ちなみに羆の悪魔を倒そうとしたら数百〜数千人を犠牲にする必要があった。

 

 

・マスター

元公安デビルハンター、現ソ連兵教官。

かつては第一線で名を馳せた実力者だったが、銃の悪魔によって妻と幼い娘を喪った。

復讐にも正義にも意味を見出せなくなった彼は、日本を離れ、戦場を渡り歩く傭兵へと身を落とす。

その流れの果てにソ連へ辿り着き、気づけば抜け出せない泥沼の中にいた。

 

一言で言うなら“闇堕ちした岸辺”。

羆の悪魔との契約で寿命をごっそり削られており、どのみち数年で死んでた。

最期に暴れて、レゼがソ連に尻尾切りされやすいようにした。

 

 

 

*1:
三人称視点 コベニside

*2:
三人称視点 デンジside

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。