もしもマキマがチェンソーマンだったら   作:訥々

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26話 失恋・友達・チェンソー

前半と後半の温度差に注意

 


 

  *1

 

 作戦は失敗した。

 その要因は……挙げ始めればキリがないが、一番はターゲットに──マキマに情を持ったことだろう。

 つまり任務開始前から敗色濃厚だったわけだ。

 

 不利なフィールドにまんまと誘い出され、逃げ出すこともできずに捕まった。

 チェーンで縛られた後も、死に物狂いで抵抗すれば逃げ切れたかもしれないのに、そうしなかった。

 スパイがターゲットに絆されるなんて言語道断、しかしそれほどまでに彼女は魅力的だった。

 ハニートラップをすればどんな堅物も間違いなくオトせるだろうが、彼女が男に抱かれる想像などしたくないので思考を打ち切る。

 

 ……現状を改めて把握しよう。

 私はなぜか生きていて、おそらく医療施設のベッドに寝かされている。

 目は閉じたままだから周囲の状況は分からないけど、そばに彼女がいるのは気配で分かる。

 加えて、同じ室内の少し離れた場所にも何者かの気配を感じた。

 部屋の外にも、建物の外にも人員は配置されているのだろう。

 

 詰んでいる。

 未だに自我を保てているのは不思議だが、だからといって暴れる気力はもう無い。

 ……仕方ないので目を開く。

 狸寝入りはバレているかもしれないが、一応“今起きましたよ”という態度を装った。

 

「……信じられない。どうして私を蘇らせたの?」

 

 低く、少し掠れた声が出た。

 視線を横に動かすと、そばに置かれた椅子に彼女が腰掛け、じっとこちらを見つめていた。

 背後は壁。残りの三面は白いカーテンで仕切られていて、外の様子は窺い知れない。

 けれどカーテンの向こう側には、やはり誰かがいる。

 

 私の問いかけに、彼女は少し誇らしげに答えた。

 

「私は今、素晴らしき日々を送っている。美味しいご飯を食べて、温かいシャワーを浴びて……大切な人もできた。でもね」

 

 彼女はそこで言葉を区切り、ミラによく似た金色の瞳で私を見つめる。

 

「レゼがいなくなったら、きっとつまらないよ」

 

 私はソ連の人間兵器(モルモット)で、彼女の心臓を奪いにきた暗殺者だ。

 胸の奥から湧き上がる割り切れない感情を隠すように、私はわざと冷ややかな声を絞り出す。

 

「……今、私に殺されても同じこと言える?」

「うん」

 

 彼女は迷いなく頷いた。

 

「もし私がレゼに負けて死んじゃっても、他の人たちがまた連れ戻してくれるから。……だからレゼも、公安においでよ」

 

 冗談を言っている風には見えなかった。

 彼女の態度はどこまでも真剣で、瞳は濁りなく澄んでいる。

 ……一度殺されたことへの恐怖や警戒はあるけど、その真っ直ぐすぎる視線に、胸の奥が痛いくらいに締め付けられた。

 

「無理だよ」

 

 彼女の言葉は本気なのだろう。

 しかし、ソ連所属の諜報員にして武器人間という私の立場が邪魔をする。

 

 日本は既に2(・)人(・)の武器人間(ウェポンズ)を保有しており、これ以上増えると世界のパワーバランスが崩れかねない。

 特に、戦力を取り込まれたらソ連上層部は間違いなく激怒する。

 最悪の場合、他国と組んで日本を脅かす可能性すらある。

 

 私という個人と国際関係……マトモな為政者なら後者を選ぶ。

 第二の世界大戦は誰も望まない。

 

「───何が無理だって?」

 

 シャッと鋭い音を立てて、カーテンが勢いよく開け放たれる。

 カーテンの向こうにいたのは支配の悪魔──デンジだった。

 支配の悪魔はマキマの逆──私から見て右側に立ち、淡々と私の逃げ道を塞ぎにかかった。

 

 私が頭の中で並べ立てていた“ソ連へ帰還せざるを得ない理由”を、彼はまるで最初から見透かしていたかのように、対話によって徹底的に、一つ残らず潰していく。

 頭を下げるのは事前準備(ヤクザ掌握)を行った上で刺客(レゼ)を送り込んだソ連側であり、責任を追及すればソ連は私を手放すしかないのだ、と。

 いくら日本に正当性があろうとも、各国から敵対視されてしまうぞと言えば、マキマ(チェンソーマン)を引き入れた時点で覚悟していると断言された。

 

「……マスターは? あの人はどうしたの?」

 

 実力は未知数だが上官に推薦されるほどの人物であり、いざ戦えば相応の被害が出るはず。

 しかし支配の悪魔は、事も無げに言い放った。

 

「殺した」

 

 背筋が凍った。

 こちらを見下ろす双眸から、あらゆる感情が抜け落ちてしまったようで───

 

(……いや、違う)

 

 この表情は見せかけだ。

 強く握りしめた拳が微かに震えている。

 落ち着いて観察すれば、他にも色んな箇所から感情の揺らぎが見て取れる。

 任務の一環として、人間の心理を推測する訓練は行ってきたけど……彼の感情は拍子抜けするほどに分かりやすかった。

 

(悪魔のくせに)

 

 教本通りすぎて可笑しいくらいだ。

 冷徹に振る舞おうと必死になっているその姿は、あまりにも人間臭い。

 いや、流石に演技なのかな?………思考を巡らせていると、不意に私のお腹に指先が触れた。

 

 患者衣の上から、お腹のあたりを、マキマが人差し指でそっと横になぞった。

 

「チェンソーでお腹割かれて……痛かったよね? ごめんね?」

 

 こちらを覗き込む彼女の顔は、息が止まるほどに蠱惑的だった。

 ゾクリとするような甘い温度を孕んだ声。

 支配の悪魔とは大違いだ。

 この少女の心理をいくら探ろうとしても、まるで深い霧に包まれたかのように、本心がどこにあるのか掴めない。

 

「でも、レゼは大切な友達だから。あんな酷い場所に行かせられない」

 

 ───友達。

 その言葉が頭の中で反響する。

 考えれば考えるほど、公安に降るのが一番良いように思えてくる。

 ああ、私の完敗だ。

 だけど一つだけ、どうしても納得がいかない。

 

「マキマちゃんのことは……友達だと思ってないから」

 

 彼女は意外そうに、首を小さく傾げた。

 

「友達じゃなくて、もっと大切な人」

 

 心臓が激しく脈を打つ。

 

「私はね───マキマちゃんのことが好き」

 

 言った。言ってしまった。

 もう、あとには引けない。

 

 それならいっそ、ハジケてしまおうか。

 

 

 

 

 

  *2

 

「えっ」「は?」

 

 2人の声が重なった。

 レゼの爆弾発言を受け、マキマとデンジは完全に思考を停止させていた。

 

 Q.不利な展開に持ち込まれた。どうすればいい?

 A.全部吹き飛ばせ。

 

 実にボムガールらしい一手であった。

 数秒の気まずい沈黙の後、デンジより先にフリーズから復帰したマキマが問いかける。

 

「友達として……じゃ、ないよね」

「うん」

 

 レゼは食い気味に肯定した。

 白い頬を林檎のように赤く染めながら、レゼは力強く肯定した*3。

 マキマは困ったように眉を下げ、視線を泳がせてから、直球すぎるその想いに真正面から応えた。

 

「……ごめん、女の子のことを恋愛的な目では見れない」

 

 あまりにも真っ当で、残酷な拒絶。

 しかしレゼの心は折れなかった。

 会話の主導権は今やレゼの手中にある。

 最初からその答えを予期していたかのように、悪戯っぽくおどけてみせた。

 

「知ってるよ。友達でいられるなら十分」

 

 レゼはおもむろに上体を起こし、パッと勢いよく両手を左右に広げた。

 

「友達の証、ぎゅ〜ってして」

「ええ……?」

 

 失恋した直後とは思えないその切り替えの早さに、マキマはまたしても面食らった。

 あれ、私フったんだよね?

 とはいえ「友達」として受け入れられたなら、マキマに断る理由はない。

 「それでいいなら……」と、戸惑いながらもレゼの広げた腕の中へと、素直にその身を委ねた。

 

(や、やわらかい……ふわふわ……)

 

 マキマの首筋に顔を埋めるレゼの呼吸は、なぜか妙に荒い。

 かすかに震える肩と、耳元で繰り返される熱い吐息に、マキマは不思議そうに声をかけた。

 

「どうしたの?」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 レゼはそれだけ呟き、さらに力を込めてマキマを抱きすくめる。

 失恋の寂しさを埋めているのか、それとも別の感情が高ぶっているのか……

 

 そして、少し離れた場所に立つデンジは。

 目の前で繰り広げられる百合を、ただ無言で、苦虫を噛み潰したような、これ以上ないほど複雑そうな表情で見ていた。

 

 


 

和解前のマキマの言動は演技です。

素はチョロいけど、演技派マキちゃん。

 

次回は久しぶりに掲示板回。

花火大会もその後にやります。

 

 

 

*1:
レゼside

*2:
三人称視点

*3:
ソ連「お前は冷酷な女スパイじゃなかったのか!? 教えはどうなってんだ教えは!」

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