「さっきのは偽者かよ!?」
剣の男が仕留めたと確信していたのは、マネキンの悪魔が作り出した偽物だった。
外面だけなら完璧、中身もリアルに仕上げられたハイエンドな個体だ。
だが戦闘能力は本物に及ばず、所詮は劣化コピーに過ぎない。
それでもウェポンズの連携攻撃に反応できたのは、支配の悪魔の力によるものだ。
周囲に配置した小動物たちの視界をマネキンに付与し、攻撃が放たれる前に察知することで性能差を埋めていた。
デンジの能力は奪うだけが能ではない。
時には配下へ分け与えるのも支配のうち、というわけだ。
「(あの2体がデコイだったのは理解できる。しかしなぜ、一か所にこれほどの戦力が集まっている?)」
戦力を分散配置しての待ち伏せ作戦、これは槍の男も予想していた。
しかしデパートだけにこれほどの戦力を集められたのはなぜか。
催眠でも喰らって無意識下で誘導されていた? それとも未来視でここに来ると予め知っていた?
答えは「
ここに集まった戦力全員がデパートへ向かったのではない。
最初にプリンシと、それを護衛するデンジだけが密かに偽マキマの動きを追い、機を見計らって戦力を
大人数で動けば流石に気づかれただろうが……隠密行動を得意とするプリンシの移動を、マキマに注目していた
チェンソーと剣が激突し、耳障りな金属音と共に火花が散る。
「ぐっ……!」
互角だったのは最初だけ。
サイドカバーから黒が染み出し、橙と混ざり合い、暗く淀んだ色に変色してからは均衡が崩れた。
回転刃が唸りを上げ、剣をじわじわと後ろへ押し込んでいく。
一方、槍の男も苦戦していた。
人外の身体能力と流麗な槍術の組み合わせは強力だが、相手が悪すぎた。
レゼは爆発を自在に操り、凄まじい速度とトリッキーな軌道で付かず離れずの距離を保つ。
時折撃ち出される”指爆弾”は槍で捌けても、爆風で動きが鈍るのはどうにもならない。
距離を取って射程から逃れようとも一瞬で詰められる。
それでいて槍の間合いには決して立ち入らず、一方的に打ちのめされるばかり。
相性は最悪だった。
「チィ──ッ!」
また爆炎が上がる。
槍の男は防戦に徹し、それでもなお次第に追い詰められていく。
マキマ相手には全く発揮できなかった冷徹さを、今のレゼは宿していた。
そこにダメ押しの増援。
デンジとパワーが戦場へ飛び込んだ。
デンジは剣の男に向けて拳を繰り出し、パワーは大量の血の針を宙に浮かべ、槍の男へ一斉に射ち出す。
“サウザンドテラブラッドレイン”の簡略版だ。
万事休す。
2人に現状打破の方法はなかった。
コンマ数秒の後には剣の男の顔面が無惨に潰れ、槍の男が針だらけになる
唐突に、チェンソーの首が宙を舞った。
何かがデパートへ突っ込んできた───マキマが認識できたのはそれだけだった。
「ッ!」
デンジは咄嗟に、腕に巻いた鎖を盾代わりに差し込んだ。
予想通りの重い衝撃が腕を痺れさせる。
もし直撃していれば、デンジも同じように首を飛ばされていたところだ。
「ぬおッ!?」
デンジとマキマに続いて、今度はパワー……ではなく、彼女が発射した血の針が狙われた。
射線上に残像が割り込んだと思ったら、その瞬間には全てが斬り払われている。
「…………」
槍の男とレゼの間に、割り込むようにして眼帯の女が現れた。
右手には刃こぼれした一振りの刀を握っている。
その姿を見たデンジの表情が険しくなり、頬に一筋の冷や汗が流れた。
「クァンシ………」
最古にしてステゴロ最強のデビルハンター。
わずか1秒で戦局をひっくり返した彼女はデンジを一瞥し───
「がおー」
気の抜けた一言だけを残して、再び疾走。
狙われたのはボムガールだった。
“溜め”はほとんど無かったため、初撃に比べれば有情な速度ではあったが、初撃よりも距離はずっと短い。
マキマがあっけなく殺された事による動揺に加え、眼帯美人の「がおー」に困惑していたレゼはまともに動けなかった。
女の刃がレゼの首に届く寸前───ナイフが刀の軌道を逸らした。
ギィン、とけたたましい金属音が響く。
「久しぶりだな」
岸辺がナイフを構えながら再会を口にした。
老いた今もなお、ナイフ一本でクァンシの斬撃を捌く技量は健在だった。
しかしクァンシの速度に完全についていけているわけではなく、バディとして長年を共に過ごし、太刀筋を記憶していたから対処できたにすぎない。
さらに入口から複数の気配───クァンシの魔人たちが参戦した。
「マズイな……」
デンジは思わず舌打ちした。
せっかく詰みかけていた盤面がめちゃくちゃだ。
これ以上クァンシに暴れられては、取り返しの付かない事態になる。
何としてでもクァンシを止める必要があった。
「岸辺!」
デンジが叫び、岸辺が動いた。
己の身体を武器とする体術で渡り合い……しかし直ぐに力量差が現れた。
岸辺は攻撃を掠らせるか、ガードの上から当てるのが精々で、しかしクァンシは既に何発か急所に当てている。
それでも倒れない岸辺のタフさは勲章モノだが、あと数秒も
「オラァッ!!」
そこにデンジが割って入り、ガードの上からクァンシを殴り飛ばした。
「まだ動けっか?」
「当然」
これで2対1になった。
クァンシの高速移動は厄介だが、”前傾姿勢”という予備動作が存在する。
2人が連携すれば十分に戦闘は成立する。
ウェポンズや魔人たちは他の戦力に任せればいい。
吉田や日下部もいるのだから、クァンシさえ押さえ込めれば、依然として優勢なのは公安側だ。
デンジと岸辺は戦いながら、入ってきた出入口とは逆の方向へクァンシを誘導する立ち回りをした。
デパート内部で暴れられるのが一番まずい。
とにかく人の少ない場所へ。
仲間の邪魔にならない場所へ。
「っ……!」
鎖を巻いた腕で斬撃を受ける。
骨が軋もうと構わない。
とにかくクァンシをデパートの外へ連れ出し、戦場から遠ざけることだけを考えていた。
不思議なことに、クァンシはそれを止めなかった。
気付いていないはずがない。
この女がそんな単純な誘導に引っ掛かるわけがない……デンジの目には、彼女が気付いた上で誘いに乗っているように見えた。
そしてその予想通り、デパートから十分な距離を取ったところでクァンシが言った。
「ここでなら互いに本気で
「日本暮らしで鈍っていないか、久々に試してやる」
「……マキマの心臓取りに来たんじゃねーの?」
デンジは呆れながらもフッと笑う。
2人の間に流れる場違いな空気に、岸辺がほんの少しだけ疎外感を覚えた瞬間。
3人の立つ場所が陰になった。
「ん?」
デンジが眉をひそめた。
雲でも出たのかと思ったが、違う。
3人がほぼ同時に空を見上げると、デパートの上空に巨大な六本指の手のひらが出現していた。
ソレはまるで玩具を拾い上げるように、容易く建物全体を包み込む。
そして何かをすくい上げるような動作をした後、煙のように掻き消えた。
「……なんだったんだ」
建物に被害は見られない。
あの手のひらは何をした?
気がかりだがクァンシへの警戒を解くわけにもいかず、デンジはどう動くべきか決めかねていた。
そんな中、クァンシが不意に刀を放り捨てた。
握っていた刀だけでなく、腰のベルトに装備していた刀まで放棄して、戦意のなさを示したのだ。
「一時休戦だ」
「お前もアレを知らないのか?」
岸辺が疑わしげに尋ねる。
クァンシもあの手の正体を知っているわけではないらしい。
ならば優先すべきはデパートの確認だ。
誰からともなく、3人は急いで建物へ戻った。
中へ踏み込んだ瞬間、すぐ異変に気付いた。
静かすぎる。
砕けた、あるいは焼け焦げた床と壁。
あちこちに飛び散った血痕。
戦闘の跡は生々しく刻まれているのに、なぜかそこにいた生物だけが消えていた。
敵味方の区別なく、全員が消えていた。
デンジの背に冷たい汗が伝う。
「(まさか…)」
目を閉じ、プリンシへ念話を飛ばした。
肉体は無理でも、意思だけなら遠隔で相互に”ワープ”できる。
『プリンシ。今どこにいんだ?』
『デンジ様。来てはいけません』
『答えろ』
『……地獄にいます。マキマ様たちも───』
『呼べ』
マキマの名を聞いたデンジの決断は早かった。
『承知いたしました』
足下に現れたジッパーの隙間、闇がこちらを見据えている。
プリンシの能力は万能ではない。
質量の移動は一方向、プリンシのいる場所のみに向けて行われる。
地獄から現世へ帰ることはできない。
この裂け目は地獄への入口だ。
「デパートにいた奴らはこの先に飛ばされたのか?」
「そーだけど……この先は地獄だぜ」
「私も連れていけ。女たちが待っている」
地獄の恐ろしさをまるで分かっちゃいない。
それでも、飄々とした態度を崩さないクァンシを見ていると、なんとかなってしまいそうな気がして、デンジは思わず苦笑した。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「………」
デンジとクァンシが地獄の門へ飛び込むのを、岸辺は何も言わずに見届けた。
その表情は仄暗かった。
「死ぬなよ」
マキマ
デンジの肉片パワーで進化して、パワーやスピードがかなり上がった。
オレンジ色だったカバー部分が赤茶色に変色したが、これはデンジーマンとは別系統の進化。
デンジーマンが「ポチタの力だけを得た状態」だとすれば、今のマキマは「ポチタそのものに近づいた状態」。
なので戦闘スタイルもポチタ寄り。
この独自設定を利用して、マキマ消失のバッドエンドを書こうとしてた時期もあった……が、流石にやめた。
クァンシ
「がおー」を披露してくれたのは、デンジを子供扱いしてるから。
今作のデンジは年齢だけ見ればもう立派なオッサンなんですよ、おばあちゃん!