もしもマキマがチェンソーマンだったら   作:訥々

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35話 デンジとクァンシ

「はっ、はあっ、は………っ」

 

しんしんと雪が降り積もる中、1人の少年が力尽きるように倒れ込んだ。

しばらくして男たちが少年を取り囲み、何やら短く言葉を交わした後、抱え上げて何処かへ連れ去っていった。

 

 

◆◆

 

 

ある日、クァンシは上層部に呼び出された。

部屋にはギョロ目の軍人と、その隣にはやんちゃそうな子どもが立っている。

小学生……いや、未就学児と言われても信じられるほど幼い男の子だ。

 

「仕事だ。この悪魔を戦力化しろ」

 

命令はそれだけでは終わらなかった。

訓練を施すだけでなく、監視も兼ねて同居しろという。

軍人の話では、この子どもはソ連から脱走した支配の悪魔らしい。

“支配”というからには相当に高位の悪魔だろうが、上位存在特有の気配はほとんど感じ取れなかった。

 

「アイツら“新しい皇帝(ツァーリ)になれ”とか言って俺を虐めっからよ〜、何人かぶっ殺して逃げてきたんだ」

「アイツら?」

 

軍人が再び説明する。

支配の悪魔は現世に転生してすぐ、共産党……ではなく、ツァーリズムを信奉するソ連の地下組織に囚われていたという。

逃走は成功したものの行き倒れになり、そこを国境警備隊が保護したらしい。

いい拾い物をしたと満足げに笑う軍人。

クァンシはそれを冷たく一瞥すると、改めて子供を観察した。

 

(貧相な体つきだ…まともに食べていないのか)

 

膝をつき、子どもと目線を合わせる。

 

「お前、名前は?」

「デンジ」

「私はクァンシ。今日からお前を鍛えてやる」

「……飯くれんの?」

「簡単な中国料理くらいなら」

 

これが2人の出会いだった。

 

 

 

 

 

政治の中枢たる宮殿を離れ、はしゃぐデンジを適当にあしらいながら寝台列車に揺られること半日以上。

ワゴン販売の軽食で腹を満たし、一眠り。

そうして2人が辿り着いたのは、コンクリ建築が密集した沿岸都市だった。

凄まじい人口密度による熱気と湿気、あちこちから怒号が響く混沌は、クァンシのような裏社会の人間にとってむしろ都合がよかった。

 

「ここが私の家だ」

 

廃墟と見紛うほどにボロボロの雑居ビル、その地下がクァンシの住処だった。

デンジは「げえっ」と露骨に嫌そうな顔をしたが、中に入ると思いのほか綺麗なワンルームだった。

 

そして物が少ない。

部屋の大半は無彩色で統一され、生活に必要な最低限の家具しか置かれていない。

これは、いざ引き払うときの手間を極限まで削った結果だった。

 

物珍しそうに部屋を見回していたデンジの腹が、不意にぐうと鳴った。

一応、列車内で弁当を食べさせたのだが、とっくに消化してしまったらしい。

 

「待ってろ」

 

一言告げてキッチンに立つクァンシ。

作るのは鶏肉と生姜を入れたシンプルな粥だ。

米と水を鍋に入れて火にかけ、沸騰を待つ間に慣れた手つきで具材を刻んでいく。

刻んだ具材を鍋に入れた後は、時々かき混ぜながら弱火で煮込むだけという、時間がかかるだけの手抜き……もとい、お手軽な料理であった。

 

「なあ、まだー?」

「まだ。出来上がるまでこれでも食ってろ」

 

ソファにだらんと寝転ぶデンジへ、換気扇の下でタバコを吸うクァンシが棚から饅頭(マントウ)*1を1つ放り投げる。

それをデンジが危なげなくキャッチして頬張る。

 

そんなやり取りを何回か繰り返し、クァンシがようやく盛り付けを始めた。

黒一色の丼に白い粥をよそい、仕上げにごま油をひと回し。

立ち上る湯気と香りが、腹ペコなデンジの嗅覚をこれでもかと刺激した。

 

「ほらよ」

「おお…!」

 

ごとり、と無骨な丼が置かれる。

レンゲを受け取ったデンジは、すぐさま熱々の粥を勢いよくかき込んだ。

 

「げほっげほっごはぁあ!?」

「何をやってるんだお前は」

「こんな熱い食いもん食うの初めてなんだよ!」

 

クァンシは呆れたようにため息をつき、飛び散った米粒を布巾で拭き取る。

 

「ふー、ふー……うめー!」

(うるせえ……)

 

息を吹きかけながら慎重に食べ、オーバーリアクションをするデンジ。

その無邪気さとは対照的に、クァンシは憂鬱そうにもう一度ため息をついた。

 

 

 

 

 

この街にはコンクリの基礎部分や剥き出しの鉄骨、廃ビルなどが放置されている区画が多い。

そういった場所には野犬などの凶暴な動物が棲みつき、人が寄り付かないため、そこで訓練が行われた。

 

(もしかしたら、この女はチョーいいヤツなのかもしれねえ!)

 

そんなデンジの期待は、訓練が始まったその日のうちに粉砕された。

 

「も、もう無理ィ……」

「無理じゃない。早く立て」

 

デンジがクァンシの家に住まわされたそもそもの理由は、「支配の悪魔を強力かつ従順な兵に作り変えるため」である。

そして、そのオーダーを受けたクァンシは「ならば自分より強くなるまでガチバトルを繰り返せばいい」という結論に至ってしまい……

 

「血だ。飲め」

「ごぼぼぼぼぼっ」

 

デンジは何度も何度も殺されかけ、その度にそこらにいた獣か悪魔の血を飲まされて強制回復。

 

おぎゃ……おぎゃ……

「起きろ」

「おぎゃあ!? (いて)えええええ!!」

 

精神が一時的にぶっ壊れた(オギャバブ)時は首を圧し折られ、痛みで我に返るまで放置。

 

(いいヤツだと思ったのに、あんな恐い女だって知ってたらついて行かなかったぜ! じゃーなクァンシ、もう会うことも───)

「どこへ行くんだ?」

「き、今日の晩飯の……食材の準備だぁ!」

「私に断りも入れずにか? ……逃げようとした罰として、今日の訓練は倍にする」

「くぅーん………」

 

脱走を決意し、実行に移すこと数十回。

数ヶ月経つ頃には「どうやっても逃げられねえ」と悟り、「強くなれるし、飯貰うためなら仕方ねえか…」と渋々受け入れるようになった。

訓練の一環として悪魔狩りも行い、デビルハントの経験も積んだ。

 

こうした虐待にも等しい訓練の成果は凄まじく、苦しんだ分だけデンジは強くなった。

ついでに、クァンシが家事をサボるために炊事や洗濯なども教えたことで、デンジは生活力も身に付けた。

 

 

 

 

 

クァンシとの訓練が“戦い”に移行し始める頃には、2年の月日が流れていた。

その間に国際情勢も移ろい、対立していた中ソ二国間での雪解けが進み始めた。

外交交渉の席で話題の1つとして上がったのが、支配の悪魔だった。

ソ連当局も存在だけは把握していたらしい。

 

支配の悪魔はソ連の所有物である!

断言こそしなかったものの、「居場所を知っているなら教えろ」「生きているなら返還しろ」という意図があるのは明白だった。

 

中国側としても、手塩にかけて育てた───クァンシに丸投げしただけだが───兵を()()してソ連の戦力を増強させるのは避けたかった。

だからといって、せっかく終息しかけた冷戦を再燃させるリスクを負うのも宜しくない。

 

中国上層部の判断は、損失はそれなりに大きいが、殺処分もやむなし……というものだった。

貴国へ返還するまでの間、当国にて管理していたが、反旗を翻したためやむなく殺処分した……見え透いた言い訳だが、少なくとも表向きには丸く収まるだろうと彼らは考えた。

 

では、誰がデンジを始末するのか。

悪魔と人間の成長速度は異なる。

この2年でデンジの背丈は小学生から初中(中学)生ほどにまで伸びていた。

捕獲した当時はともかく……クァンシに鍛え上げられた今の支配の悪魔に、並の部隊を差し向けても蹴散らされるのが目に見えている。

ならば育成者であるクァンシに一任しよう、と上層部は安易に決めた。

これが大失策だった。

 

 

 

 

 

『デンジを殺せ』

 

デンジが寝静まった深夜。

電話越しに命令を受けた時点で、クァンシに実行する意思は欠片もなかった。

むしろ過去に得たコネを使ってデンジを日本へ逃がそうと企んだ。

 

翌日、朝食を作るデンジに淡々と事情を説明した。

ソファにもたれてタバコを吸いながら、何でもないことのように。

 

「決行は今日の夜だ」

「……クァンシは来ないのかよ」

「行くわけないだろ。国家を敵に回しながら子守りなんざ御免だ」

 

デンジだけなら「殺そうとしたら逃げられた」という言い訳がギリギリ通じる。

ソ連に渡るよりかはマシだからだ。

しかしクァンシまで逃走……否、亡命すれば中国は間違いなく激怒する。

暗殺者を送り込む程度で済めばいいが、最悪の場合はソ連と組んで日本に戦争を仕掛けてくるかもしれない。

クァンシは中国に残るしかなかった。

 

突然すぎる別れだった。

戸惑いながら、それでもデンジは、どうせまた会えるだろうという楽観を残しているようだった。

 

 

あっという間に1日が過ぎた。

2人は夜の港に立っていた。

山と積まれたコンテナが、オレンジ色の灯りに照らされている。

 

「あのコンテナ船に乗れ」

「お〜、でっけー船」

 

デンジは遠足前の子どものようにおどけるが、そこにいつもの明るさはなかった。

別れ際、クァンシはこれからやるべき事を丁寧に言い聞かせた。

 

隠密は訓練通りにやれ。食料はコンテナの中に売るほどあるから、適当に掻っ払え。もし船員にバレた時は殺さずに気絶させろ。東京に着いたらデビルハンター本部を目指せ。クァンシの紹介だと言えば悪い扱いはされない筈だ───

 

「分かったな?」

 

真剣な表情で頷くデンジ。

光の加減だろうか……クァンシには、その瞳が揺らいでいるように見えた。

 

「よし、行ってこい」

 

クァンシが背中をドン、と押す。

デンジは振り返ることなく走り出し、すぐにコンテナの陰に隠れて消えた。

クァンシはコンテナ船が出航するまで、人目につかない場所でひっそりと見届けた。

 

 

 

 

 

家に戻り、電気を点けても誰もいない。

そこには無機質な部屋があるだけだ。

 

(明日からは私だけで家事をするのか……)

 

ああ、面倒くさい。

クァンシは深くため息をついた。

 

 


 

中ソの指導者が「悪魔いるのに地続きの大国同士で対立してる場合じゃねえ!」と理性的な判断を下した結果、1960年頃に中ソ対立は沈静化しました。核兵器がなかったのもデカい。

 

ちなみにデンジ誕生は1957年くらい。

………クァンシ様って何年生まれなんだろう?

 

 

 

*1
具無し蒸しパン。クァンシの朝ごはんは大体これ

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