朝起きたら猫耳の美少女になっていたが、肉球が邪魔でスマホのロック解除すらできない   作:灯火011

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ご評価いただき感謝感激雨霰。

ぼちぼち続けてみます。


俺のコーディネートが、原宿系カリスマ美少女らしい

 空腹は満たされたが、新たな問題が山積みだった。

 

 まず、食料の備蓄がない。なけなしのツナ缶は今しがた俺が貪り食ってしまった。次に、情報収集と暇つぶしの手段がない。スマホは鼻で操作できるが、タップするたびに画面に鼻脂がつくのが精神衛生上よろしくない。それにできれば手で操作したい。と、なれば、この手でも操作が出来るよう、タッチペンが必要だ。

 

「……なにはともあれ、買い出しだな」

 

 俺はリビングの中央で仁王立ちした。現在の俺の装備は、ダルダルのスウェット上下。だが、このままでは外に出られない。問題は三つ。「耳」「尻尾」そして「手足」だ。

 

 まず、耳。これはパーカーのフードを目深に被ればなんとかなる。俺には、現場で愛用している厚手のグレーのパーカーがある。サイズはXL。今の華奢な体なら、余裕ですっぽり隠れるはずだ。

 

 次に、尻尾。スウェットの中でごわごわと蠢いている。これを隠すにはズボンの中に押し込むしかないが、圧迫感が凄いし、何よりバランスが取りづらくて変に酔いそうだ。俺はクローゼットから、カッターナイフを取り出した(肉球で挟んで持つのは至難の業だったが)。愛用のスウェットの尻部分に、思い切ってバッテンの切り込みを入れる。

 

「すまん、ユニクロ……」

 

 尻尾を外に出すと、驚くほど楽になった。あとは、上から丈の長い上着を羽織れば、尻尾が垂れ下がっているのはバレないだろう。

 

 そして最後にして最大の問題、手と足だ。まず俺は自分の「手」を見た。

 

 白と茶色の毛に覆われた、丸いクリームパン。軍手?――入らない。革手袋?――論外だ。俺は部屋中をひっくり返し、冬場に現場で使っていた「防寒用のミトン(指が出ないタイプの手袋)」を見つけ、ねじ込んでみた。

 ……パッツパツだ。肉球の厚みのせいで、ミトンがはち切れそうになっているし。しかも、見た目が「ボクシンググローブをつけた子供」みたいで、明らかに怪しい。

 

「却下だにゃ……にゃ?」

 

 訳の分からん語尾が勝手についてきた。にゃってなんだよにゃってよ。俺はミトンを壁に投げ捨てた。

 

 さて、となると、残る手段は一つしかない。俺はパーカーの袖を、限界まで引き伸ばした。そして、その袖で指先(肉球)まですっぽりと覆い隠す。

 ――いわゆる、『萌え袖』というやつだ。32歳のおっさんが、鏡の前で萌え袖を作って「よし、隠れたな」と確認している。傍から見れば地獄だな。だが、背に腹は代えられない。この状態でポケットに手を突っ込んでおけば、誰も中身が猫の手だとは思うまい。

 

 で、足。これが厄介だ。まず、よくよく見てみれば足の形状が人間とは違う。踵が浮いていて、常につま先立ちのような状態(趾行性)になっている。本当に猫の脚だ。

 スニーカーを履こうとしたが、踵が収まらないし、足の甲の幅が広すぎて入らない。無理やり履けば歩けなくはないが、激痛が走る。

 

「……これしかにゃーか」

 

 俺が選んだのは、ベランダ用に使っていた『クロックス(偽物)』だ。幅広で、踵がないサンダルタイプ。これなら、多少足の形が変わっていても突っかけられる。1月の寒空の下、サンダル履き。それに、毛皮のおかげで「そういう靴下」を履いているようにも見える。及第点というところだろう。

 

 完全に「近所のコンビニに行くヤンキー」スタイルだが、仕方がない。

 

 

 準備は整った。帽子を目深に被り、フードを被り、マスクをする。ダボダボのパーカー(萌え袖)、ダボダボのズボン、そしてサンダル。鏡に映っているのは、完全に不審者だった。

 

「……職質されたら走って逃げよう」

 

 俺は覚悟を決め、玄関のドアを開ける。

 

 ―――外の世界は、俺の知っている世界とは別物だった。

 

 まず、匂い。隣の家の晩飯の匂い(カレーだ)、アスファルトの埃っぽい匂い、誰かの香水の匂い。それらが一気に鼻腔になだれ込んでくる。そして、音。遠くの踏切の音、子供の叫び声、自動販売機のコンプレッサー音。情報量が多すぎて目眩がする。

 

 俺はフードをさらに深く被り、足早に歩き出した。歩き方も難しい。いつもの感覚で歩こうとすると、体が軽すぎてフワフワと跳ねてしまう。俺は必死に「ドシッ、ドシッ」と重々しく歩くように意識した。その姿が、周囲からどう見えているかも知らずに。

 

 ――コンビニへ向かう道中、すれ違う女子高生たちが、ヒソヒソと囁く声が聞こえた。

 

「ねえ、今の見た?歩き方かっこよくない?」

「見た。顔ちっさ!モデル?」

「服装ヤバくない?あのオーバーサイズ感にサンダルとか、計算ずくでしょ」

「目がめっちゃクールだった。K-POPのアイドルがお忍びで来てるんじゃない?」

 

 猫の聴覚が、その会話を拾ってしまう。誰のことだ?俺の後ろにアイドルでもいるのか?振り返りたかったが、フードがずれるのが怖くてそのまま直進した。

 

 そして、いよいよコンビニに到着。自動ドアが開く。俺はカゴを……持てない。萌え袖の中で肉球を丸め、両手で挟むようにしてカゴを持つ。不自然極まりないが、「極度の冷え性の人」に見えなくもない。

 

 店内を巡回する。ツナ缶コーナーへ。両手でなんとか品物を掴んで5缶パックを3つ、カゴへ放り込む。次に文具コーナー。スマホ用のタッチペン……あった。カゴへ。

 

 レジへ向かう。店員は若い男性バイトだ。気だるげな様子で俺のカゴを受け取り、バーコードを読み込み始めた。

 

「1,580円になります」

 

 さて、ここからが本当の戦いだ。財布から小銭を出すことなど、このクリームパンハンドでは不可能。だからこそ、家を出る前にQR決済画面を表示させておいたのだが……。俺はポケットからスマホを取り出した。もちろん、萌え袖のまま、両手で挟むようにして持つ。

 

 画面を見る。――真っ暗だ。

 

(……しまった。スリープか!)

 

 当然だ。家を出てからここに来るまで数分。初期設定のままなら自動ロックがかかる。俺の額(フードの下)に冷や汗が流れた。

 

 どうする?

 

 まずは画面を点けなければならない。俺は両手の肉球でスマホをサンドイッチにし、サイドボタンを渾身の力で押し込んだ。カチッ。画面が点灯するが、そこには無情にも『パスコードを入力してください』の文字。

 

 指紋認証?――俺の指は肉球だ。

 顔認証?――今の俺は誰がどう見ても別人(猫)だ。登録されている「30代のおっさん」の顔に反応するわけがない。

 

 店員がスキャナーを構えて待っている。

 

「あ、あの、お支払い……?」

 

 不審がられている。ヤバい。

 

(……やるしか、ねぇのか)

 

 俺は覚悟を決めた。背に腹は代えられない。ここでモタモタして通報されるよりはマシだ。俺はスマホを顔の高さまで持ち上げた。

 

 店員が「え、なに?」という顔をする。俺は店員から見えない角度に身体をひねり、そして――。

 

キュッ。

キュチュッ。

 

 スマホの画面に、どことなく湿った鼻先をリズミカルに叩きつけた。………1、2、3、4。鼻でパスコードを入力する、この屈辱。傍から見れば、『スマホに熱烈なキスをしている痛い女』か、『画面におまじないをかけている不思議ちゃん』にでも見えた事だろう。

 

ピロン♪

 

 ロック解除音。俺は死んだ魚のような目で、素早く決済アプリを立ち上げ(これも鼻でスワイプした)、画面を店員に向けた。

 

「……これで」

 

 店員は少し頬を赤らめていた。

 

「あ、はい……画面にキスしてた?なんか儀式?かわいすぎんだろ……」

 

 そんな一人ごとの声が聞こえてきたが、無視だ。

 

 店員がスキャナーを近づける。俺が安堵の息を吐こうとした、まさにその時だった。

 

 俺の後ろに並んでいた客――疲れた様子のサラリーマンが、小銭入れを落とした。しかも、ただ落としただけではない。手が滑ったのか、小銭入れの口が空中で全開になり、中身が床にぶち撒けられたのだ。

 

ジャラララララッ!!

 

 硬質な金属音が、静かな店内に爆発的に響いた。大量の100円玉や10円玉が、磨き上げられたリノリウムの床を弾き、四方八方に転がり始める。まるで、散弾銃の弾丸が飛び散るように。

 

「ああっ、すいません!」

 

 サラリーマンが慌てて声を上げ、店員が「あー、大丈夫ですよ」とのんびりカウンターから出ようとした。

 

 だが。彼らが動くより先に、俺の身体が勝手に反応していた。

 

(……え?)

 

 俺の意識は、スローモーションになった世界に取り残されていた。転がる硬貨の金属光沢が、網膜を焼き焦がすように刺激する。チカチカと動く無数の小さな物体。それが視界に入った瞬間、俺の脳内で「犬飼剛」の理性が吹き飛び、「猫」の本能が肉体の制御権を奪い取った。

 

 ――動くものは、捕えろ。

 

 俺の身体は、人間には不可能な角度で前傾姿勢をとっていた。趾行性(つま先立ち)の足が生み出す、爆発的な加速。俺は床を蹴ったのではない。床を滑った。

 

シュバッ!

 

 低い姿勢のまま、まるで氷上を滑るパックのように、レジ前から通路中央へと移動する。最初に狙うのは、最も遠くへ転がろうとしている500円玉だ。俺は身体をひねり、伸びきったパーカーの袖口(中身は肉球)を、正確にコインの上に叩きつけた。

 

パシッ!

 

 確保。だが、まだ獲物はいる。俺はそのままの勢いで、床に手をつき、それを軸にしてコマのように回転した。遠心力を利用し、反対側の棚の下へ潜り込もうとしていた100円玉二枚を、もう片方の袖口で同時に抑え込む。

 

パシパシッ!

 

 まだだ。まだ動いているヤツがいる。俺は低い姿勢から、バネ仕掛けのように跳躍した。空中で体をひねり、雑誌コーナーの前で減速していた10円玉と50円玉の前に着地――いや、着地と同時に、両手でそれぞれのコインを挟み撃ちにするようにプレスした。

 

ダンッ!

 

 全ての硬貨の動きが止まった。静寂が戻る。俺は、雑誌コーナーの前で、這いつくばるような姿勢で固まっていた。右手の袖の下に500円玉と100円玉二枚。左手の袖の下に10円玉と50円玉。全ての「獲物」を、この肉球で制圧していた。

 

(……何やってんだ、俺)

 

 我に返る。心臓が早鐘を打っている。ゆっくりと顔を上げた。フードがずれて、視界が開けている。マズい。小銭を落としたサラリーマンは、腰を浮かせた中途半端な体勢のまま、口をポカンと開けて硬直していた。レジの店員は、スキャナーを持った手が空中で止まっている。

 

 誰も動けない。そりゃそうだ。目の前で、ダボダボ服の不審者が、人間離れした速度で床を這いずり回り、回転し、跳躍して、散らばった小銭を瞬時に回収してみせたのだから。完全にホラー映画のクリーチャーの動きだった。

 

「……」

 

 俺は無言で立ち上がった。そして、両手の袖口で器用に挟み込んだ大量の小銭を、サラリーマンの前にジャラジャラと差し出した。

 

「……全部、ありにゃすか」

 

 できるだけ低い声で言おうとしたが、最後に、喉の奥から「グルル」という猫独特の警戒音が漏れてしまった。いや、なんだ、声帯まで猫っぽいのか。よくわからん。

 

「あ、ひっ、は、はい!ありがとうございます……!」

 

 サラリーマンは震える手で小銭を受け取った。それを見届けた俺は逃げるようにレジに戻り、スマホを突きつけた。店員がビクッとして、慌ててスキャンする。商品を受け取ると、俺は一度も振り返らずに店を飛び出した。

 

 背後で、ようやく解凍された店内の空気が、ざわめきに変わる音が聞こえた。自動ドアを抜けると、冬の朝の突き刺さるような日差しが目に染みた。眩しい。隠れる場所なんてどこにもない。

 

 俺は白昼の住宅街を駆け抜けながら、サンダルの足音をパタパタと情けなく響かせる。買い物袋の中で、タッチペンとツナ缶がカシャンカシャンとぶつかり合う。

 

「……なんでだ」

 

 走りながら、俺は心の中で毒づいた。俺はただ、せめて鼻でスマホを操作しなくても良いようにタッチペンが欲しかっただけだ。文明人としてスマホを操作し、人並みに飯を食いたかっただけだ。なんで32歳の現場監督が、平日の朝っぱらから猫耳パーカーで、コンビニの床を這いずり回らなきゃならねえんだ。

 

「くそったれにゃ……にゃってなんだ!」

 

 俺のボヤキは、またしても可愛らしい猫の鳴き声に変換されて、空しく冬空に吸い込まれていった。

 

 

――その後、SNSにて

 

@コンビニ店員A

さっきバイト先にとんでもない客来た。パーカー萌え袖のめっちゃ美少女(多分モデル?)なんだけど、スマホにキスしてロック解除してた。尊すぎて死ぬかと思った。

 

@通りすがりの営業マン

コンビニで小銭ばら撒いちゃって終わったと思ったんだけど、フード被った女の子がマトリックスみたいな動きで全部拾ってくれた……。あれ人間か? 反射神経エグすぎた。ちゃんとお礼言えなかったのが心残り。

 

@動画まとめ速報

【動画あり】謎のパーカー美少女、コンビニにて床を滑走してコインをキャッチする神業を披露。「猫耳ついてない?」「動きが野生」「新しいパルクールか?」と話題に。

#猫耳パーカー #神業

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