朝起きたら猫耳の美少女になっていたが、肉球が邪魔でスマホのロック解除すらできない   作:灯火011

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霞が関からの招待状と、冷徹な官僚の条件

 都内の民間遺伝子検査機関での極秘カンファレンスから数日後。

 

 坂本課長が放った「国の研究に協力する代わり、超法規的措置で戸籍を用意しろ」という前代未聞の裏取引提案は、ラボの所長を通じて、ついに国家の中枢へと届いた。

 

 

 そして今日。俺(キャット・ワン)と、高田部長、坂本課長、総務の松田の4人は、霞が関にある重厚な石造りの庁舎――厚生労働省の地下深く、窓一つない厳重な会議室に座らされていた。

 

「……空気が重いな」

 

 課長がネクタイを緩めながら小声でぼやいた。

 

 無理もない。俺たちは今、文字通り「国家権力」の懐にいる。昨日まで現場で鉄筋の配筋図を見ていたおっさん(中身)が来るような場所ではない。俺の尻尾も、恐怖と緊張で足にペッタリと巻き付いていた。

 

――ガチャリ。

 

 重厚なドアが開き、数人の黒スーツの男たちが入ってきた。先頭に立つのは、銀縁メガネをかけ、一ミリの隙もないスーツを着こなした神経質そうな男だった。

 

「お待たせいたしました。厚生労働省・健康局、特殊疾病対策室の、室長を務めております神宮寺(じんぐうじ)と申します」

 

 神宮寺は名刺をテーブルに滑らせ、冷ややかな視線を俺たちに向けた。その目は、民間ラボの所長のような「科学者の探究心」ではなく、完全に「厄介な国家機密を処理する官僚の目」だった。

 

「大手建設会社の高田部長ですね。……そして、その傘下の坂本課長。民間ラボからの報告書は拝見しました。『ヒトとイエネコのキメラ細胞を持つ女性が存在し、彼女の保護と研究に協力する見返りとして、新規の戸籍編製を要求している』……と」

 

 神宮寺は手元のファイルをパタンと閉じた。

 

「正直に申し上げます。荒唐無稽すぎて、最初は悪質な悪戯かと思いましたよ」

 

「事実ですとも、神宮寺室長!」

 

 高田部長がたまらず身を乗り出した。

 

「彼女は我々大都建設の重要な社員候補であり、日本の未来を担う宝です! 国が保護するというなら吝かではありませんが、彼女の基本的人権、すなわち『戸籍』の保障が絶対条件です! SDGsの観点からも……」

 

「高田部長。ここは企業理念を語る場ではありません」

 

 神宮寺が冷たく遮った。松田が隣で息を呑む。あの大企業たる大都建設の部長の言葉が、木っ端微塵に弾かれたのだ。これが国家権力か。

 

「坂本課長、とおっしゃいましたね」

 

 神宮寺の鋭い視線が、課長を射抜く。

 

「あなたがこの取引の絵図を描いた張本人だ。……民間の一介の現場監督が、国を相手に随分と強気な交渉を持ちかけたものです」

 

 課長は額に嫌な汗を浮かべながらも、ニヤリと笑みを作った。

 

「強気じゃありませんよ。お互いの『利益』の話です。そっちが本気で彼女の細胞や特異体質を研究したいなら、彼女が社会で『人間』として生きていくためのパスポート(戸籍)や生活の担保くらい、特例法で用意できるでしょう。……それとも、国にはその程度の力もないんですか?」

 

 課長のハッタリに、黒スーツの男たちが色めき立つ。だが、神宮寺は表情一つ変えなかった。

 

「……ええ。おっしゃる通り、もしこのデータが真実であれば、彼女は生物学的に前例のない『国家機密レベルの保護対象』となり得ます。その場合、法務省と連携し、『身元不明者からの就籍』手続きを超法規的に処理し、国が身元を保証することは……理論上は可能です」

 

 ――おおっ!

 

 俺と課長は顔を見合わせた。お堅い官僚の口から、「可能」という言葉を引き出したぞ!これで面倒な裁判所の手続きをすっ飛ばして、一発で戸籍ゲットだ!

 

 などと思ったのもつかの間。

 

「ただし」

 

 神宮寺のメガネの奥が、冷酷に光った。

 

「それはあくまで、『国が独自に行う医療検査』において、民間ラボのデータが完全に実証された場合のみです。我々国家機関は、民間のデータを鵜呑みにはしません。本日、この後すぐに、キャット・ワン氏には、この庁舎の地下にある国立特別医療センターにて、徹底的な身体的・細胞学的検査を受けていただきます」

 

 ピシャリと言い放たれたその言葉に、俺は血の気が引いた。

 

「て、徹底的な……検査……?」

 

「はい。大量の血液採取、骨髄液の検査、脳波測定、そして各種臓器の精密なMRIスキャン。未知の生物である以上、あらゆる角度からあなたの身体構造を医学的に解明する必要があります。……多少の苦痛や危険は伴うかもしれませんが、戸籍のためです。協力していただけますね?」

 

 神宮寺の口元が、わずかに歪んだ気がした。……モルモットだ。これ絶対モルモット扱いだ!完全に解剖台に乗せられるモルモットの扱いだ。

 

「じょ、冗談じゃねぇ……! 骨髄液にゃんて抜かれたら死んじまう!」

 

 俺はガタッと立ち上がり、逃げ出そうとしたが、背後に立つ黒スーツの男たちにガッチリと腕を掴まれた。

 

「キャットさん!?」

「おい、話が違うぞ! もっと安全な検査だと言ったはずだ!」

 

 松田と課長が抗議するが、神宮寺は冷徹に首を振った。

 

「勿論安全です。が、国と取引をするというのは、そういうことです。結果が出るまでの数日間、皆様には近隣の指定ホテルに滞在していただきます。もちろん、外部との連絡は一切禁止です。……さあ、キャット氏を医療ブロックへ」

 

 俺は抵抗する間もなく、白衣を着た屈強な医療スタッフたちに引きずられていった。

 

「か、課長ォォォーッ!!」

 

 重厚な鉄扉が閉まり、俺の声は地下の廊下に虚しく吸い込まれていった。

 

 俺の「戸籍獲得作戦」は、想像を絶する恐怖(?)の医療検査から幕を開けたのだった。

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