愛と欺瞞とエアギター 作:バカと煙
迷子は永遠に迷子なのか。
誰もいない曇天に向かって投げてみる。眠そうな白猫が、あくびと共に問いを飲み込んでしまった。
正しい家路があるから迷子なわけで。一生迷い続けるなんてことは、まあ、有り得ない。いつかは帰るべき道を見つけて、散り散りになっていく。
だから別に、あの日のともりんを恨んでいるわけじゃない。ただ意外だったのは、一番堪えているのが私だったってことで。自分でもそうなのだから、そよりんやりっきーにだって予想はできなかっただろう。まして、ともりんには。
「はぁ。帰ろ」
イギリスに行ってそのまんまの方が良かったかも。うーん、でも、そしたらお節介は焼けなくなるか。って、私本当にどうしちゃったんだろ。フリじゃなくて、本当に性格が良い人みたいなこと考えてる。
気付けば足取りは別方向へ。白猫につられるまま歩き慣れた知らない道をゆけば、がら空きの駐車場が見えてくる。車止めのひとつには女の子があぐらをかいて座っていて、その周りをぐるりと猫が囲んでいる。
私が知る限り、楽奈ちゃんはいつもこの場所でギターを弾いている。
「またきたの?」
「ん、まーね。楽奈ちゃんも嬉しいでしょ?」
「?」
「不思議そうな顔しないでよ」
塩対応なところはいつも通り。
笑顔で迎えられたら夏でも雪が降りそう。
「楽奈ちゃんはさ、誰かと一緒にギター弾きたいなって思わないの」
「なんで」
「いつもここで弾いてるから」
こんな質問をする人間は良い人じゃないな。他人を叩いておいて、「痛い? 大丈夫?」って聞くくらいめちゃくちゃだ。
MyGOが存在しないのは私のせいなのにね。
くだらない質問でバランスを取り戻して、私は楽奈ちゃんの前に腰掛けた。抱えられたヴィンテージのギター。切っ先が私へ向いた。
「ひとりでいい。みんな、いなくなる」
左右色違いの瞳が、私を射る。私はついぞ、楽奈ちゃんの抱える荷物を解くことはできなかったけれど、あれほど長い付き合いだったのだから、その中身についておおよそ察しはつく。
「あのんはどうしてここに来るの。ギター、弾きたい?」
「いいかな。弾けなさそうだし」
「あ、ほら、猫! 可愛いからさ」
「……つまんねー」
沈黙。楽奈ちゃんがギターの弦を引っ掻く振動だけが、間の抜けた音を発する。相変わらず──もう私より上手いんじゃない?
実は歌も上手いし……私、比べられてちょっと大変だったんですけど。
「そーは言ってもさぁー。楽奈ちゃんの方こそどっかに行っちゃいそうじゃん」
「……」
中学生に何言ってんだか。
「私はつまんねー女かもだけど、それじゃあおもしれー人を見つけてバンドやった方がいいよ。一人でやるのって、しんどいし」
人に見せられる人生でもないくせに説教まで垂れ始めた自分に苦笑する。私と一緒にここまで来た白猫は、楽奈ちゃんの陰に隠れてしまった。代わりに茶色の毛並みの子猫が私のスカートをよじ登ろうとする。傷付けるのは勘弁して欲しいけど、抱き上げるのも躊躇する。
あ、忘れてた。
スクールバッグから抹茶味の飴玉の袋を取り出して、楽奈ちゃんに差し出す。楽奈ちゃんは訝しげにそれを眺めてから受け取った。
「……ありがと」
個包装の一つだけ私が確保して、口に放り込む。渡したくせに、と言わんばかりの楽奈ちゃんの視線が刺さる。
「……抹茶、すきっていってない」
「あー、ほら、結構噂になってるよ?」
「うわさ?」
「抹茶パフェ」
からんころんと転がる飴玉の感触。味はまあまあ。楽奈ちゃんのお眼鏡には適わないかも。自己満足で適当に買ってしまったことを少し後悔する。
ぼーっとすること20分くらい。駐車場には一台だけ車が停めに来て、怪訝そうに私を見た。楽奈ちゃんは気にならないのか。常連だったら見慣れた光景かも。
「愛音?」
そんなことを考えていたら、聞き慣れた声が背後から降ってきて、咄嗟に振り返った。
私と同じ羽丘の制服。遠い晴れ空の髪を
「こんな所で何をしていますの?」
「なにって、見ての通りだけど。猫と遊んでた」
「まあ。……そちらの方は?」
「要楽奈ちゃん。ここのボス」
「花咲川の制服ですわね。立希と同じ……」
祥子ちゃんは躊躇した様子もなく駐車場の方へと歩いてきて、猫たちに囲まれた。楽奈ちゃんは立ったままの祥子ちゃんを見上げて、無言のまま。
「私、豊川祥子と申します」
「さきこ」
「かっこいいギターですわね」
「うん、ずっと一緒」
祥子ちゃんと楽奈ちゃんは相性が良さそうだなぁ、と傍から見ていて思ったり。
ともりんや睦ちゃんと楽奈ちゃんは何となく似ている気がするし……それにしたって、楽奈ちゃんは自由すぎる気がするけど。
「祥子ちゃんはどうしてここに?」
「アルバイトですわ」
「え、こっちなんだ」
「ええ。ですからここで猫集会が開かれているのは知っていましたが……」
楽奈ちゃんがすっくと立ち上がる。飴玉の袋を持ったままギターをしまって、駐車場の裏口から路地の方へと出ていってしまった。
「行ってしまいましたわね」
「気まぐれだから……」
「愛音はギターに興味がございますの?」
「……どうして?」
「猫には興味がなさそうでしたから」
ギターは嫌いじゃない、とだけ答えた。
祥子ちゃんのことは、少しだけ苦手だ。
私と楽奈ちゃん以外にとっての光だった彼女への納得と、羨望と、嫉妬と……
「もしよろしければ、来週の音楽の授業、私とグループを組みませんこと? 少しくらいでしたら、ギターも教えて差し上げられますわ」
この優しい好意が、どうしようもなく後ろめたい。
人生ずっと迷子!