嫌われることして生きていく   作:新芽

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乱調

 悪夢を見てしまった。

 

 すでに薄れつつある悪夢の中での俺は、タロットに手相、占術にオーラ、霊能にと広く浅く手あたり次第に手を出していた。運勢や未来、霊だとかが本当に視えるはずもなく、毎日嘘を並べ立ててはたくさんの人を騙して金銭を掠め取る日々を送っていた。

 人を欺く術は拙いながらも希少な男ということでメディアへの露出にも成功し、不誠実な行状により十分な寿命と金銭も得て老後も安泰だろうというところまでは順調だった。

 

 都合よく利用していた女に拉致監禁されたあと体中を散々に刺され、のたうち回っているうち──最後には局部を切り取られてしまうまでは。

 

 そんな悪夢を見たものだからおかげで空調が完璧に整えられている自室であるのに体中が寝汗でベトベトとしている。不快に思いつつ手を伸ばしてナイトテーブルに置いてあるチャイムを押しておく。

 そもそも夢の中での話とはいえ、純度100%の悪意でもって騙すことを前提にして活動していた自分が悪い。だから悲惨な最後に納得できてしまうし、業者と結託して高額な墓石や革製品を売り捌きまくった罪悪感がすごい。とはいえ罪悪感も含めて秒単位で夢の記憶が劣化していっているし、もう忘れてしまいそう。

 

 そんなわけで爽快とは程遠い目覚めで眠気が若干残ってしまっている。しょぼしょぼする目を擦りながら背筋を伸ばし、大きなあくびをひとつ。汗だくで不快なパジャマを脱ぎ捨てる。

 脱ぎ捨てたパジャマはそのままにして、ひんやりとした床にそのまま寝転がる。体をほぐしがてら足の指を使ってシーツをたぐり寄せる。意味もなく丸めたり引き伸ばしたり、また丸めたりを繰り返す不毛を理解しつつも続ける。

 シーツを体に巻き付けるという最終段階に至った頃、ノックの音を耳にする。

 

「ご起床なされていますか?」

「うん」

 

 こちらの短い返答を聞いて入室してきたのはご学友の守川くん。ご学友というのは表向きの立場で、実際は従者見習いの少年。同年であるという設定ではあるが、本当は2つ年上だ。

 早熟な(そら)くんとは違って声変わりはまだのようだけど、男が希少なこの世界のことだから性別も偽っているのかもしれない。

 

「おはようございます」

 

 朝の挨拶は返さない。以前までの自分──桃姫川家唯一の男子たる空くんは従者見習いの守川くんとはあまり話さない。守川くんのみならず、人見知りというか、家族と動物以外にはあまり興味を抱かない少年だった模様。

 姉への対応は気持ち悪さが先行するがゆえに180度変えたものの、その他の人たちに対してまで態度を変えるのは今のところ保留にしている。なにせ海亀ヤッピーからの警報、転倒、昏倒、追憶からまだ2週間ほどしか経過していないのだから。

 

 どうせすぐにボロが出るだろうけど……。

 

 ただでさえ『転生特典』という爆弾を抱えていては、そちらにまで頭を回している余裕がない。もうどうにでもなーれな精神で面倒は将来の自分に片付けてもらおうと思っている。

 

「朝食はどちらで摂られますか?」

 

 守川くんの言葉を受け少し考える。その間にシーツを巻き付けすぎてトガっぽくなった状態を見かねたのか解こうとしてくる守川くん。でもそれには及ばないと手で制する。

 よし。朝食の前にシーツで遊んだことで更に汗ばんでしまった体をさっぱりさせとこう。

 

「風呂」

「かしこまりました」

 

 守川くんが手元の端末を手早く操作する。

 トガ風シーツを纏いローマ人を気取って浴場へと赴くべく自室を出る。

 無駄に幅広な廊下。床は毛並みの長いカーペットが敷き詰めらていて稍重の馬場となる。浴場への途上、用途不明の長椅子だとかローテーブルを尻目に裸足のままぷらぷら。

 背後には当たり前のように守川くんが続き、行き交う使用人は壁際に控えて礼を取る。当然、空くんはこれらを完全に無視する。

 

「へぐしッ」

 

 少し肌寒い。

 浴場に到着するとすぐに具合が悪いのではと守川くんに詰められるも、これを否定。せめて検温だけでもと懇願され、これを了承。平熱だった。

 守川くんとは別れ、浴場で汗を流して湯船に浸かって一息つく。

 我が家には健康ランドサイズの浴場もあるけども、あちらは家族共用であるので使わないようにしている。今利用中の俺専用の浴場──風邪を引いた時や体調が悪い時に使用されていた──は全体で十畳くらいなので、ギリギリひとりカラオケも堪能できるサイズで気に入っている。

 

「ぶろ~んとざうるす~を~くう~」

 

 ササッと体を洗ってやや熱めの湯に肩まで浸かり、ア゛ア゛ッと声を上げる。

 それにしてもこの声、どこかで聞いたような気がしてならない。たぶん前世のほうで聞いたことがあって、とくに歌ったり声を作るとそう感じる──チート野郎でもあり犬でもある、そんな声な気がする。

 

「ま~そのうちおもいだすか~……ぶふ~」

 

 腹がいい具合に減っていることを自覚しながら、湯船から上がって冷水を浴びる。鏡に映るのは鳥肌を立てる小さな体。

 小さいとはいえ10歳、初等科の4年生にしては発育が良い気がする。これなら久しぶりに会う親戚のジジイによるあえて(・・・)下に見積もった年齢・学年予想をされずに済む早熟っぷりで──ああ、思い出す。

 

『え!? もう中学生なん!? ちゃんと食べてるか?』

 

 アレは今思えば負け犬が持つ特有のマウント行為だったんだろう。親戚の子供が相手であり保護者との血の繋がりまで計算した、反撃されないと確信しているからこそやっていた剥き出しの昭和。

 だから泥酔して寝ていた昭和のズボンと下着を剥いで親戚一同に聞こえるよう大声で「え!? チンコちっさ!? ちゃんと食べてる? てか包茎やん!? うそやろ!?」と、ぶちかました俺は両親からすごく怒られたっけ。

 

 よくよく考えると前世の俺って……普通にキツくない? ちょっとどころか、やり過ぎな自分に結構引くんですけど。

 もう上がろうと思っていたけど、過去の罪を湯船で一応そそいどく? と、とにかく湯船にもう一度浸かっておこう。

 

「ぱ~ぱぱ~ぱ~ぱぱ、ぱぱぱぱ~」

 

 後ろ向きな考えに染まりそうになったら、とにかく頭に浮かんだ明るい歌を口にする。でも頭に浮かんだ明るい歌もよくよく考えると後ろ向きだった気がする。

 なにもない出生地を出て、東京で牛飼って暮らすとかいう歌はさすがにどうなのか。

 

 ま、いっか。

 

 後ろ向きなのか前向きなのか不明な歌詞とはいえ曲調は明るくて不思議と元気が出てくる。前世では年配の上司への受けが良いのもあって、よく歌ってたから歌詞がすらすら出てくるからノれるし。

 

「腹減ったなぁ……朝から肉にしよっかな」

 

 そういえば昨日延命策にと考え、出した結論は良質なおかずになることだったっけか。でも一夜明けて冷静になってみると、昨日の自分のバカさ加減に困惑してしまう。

 おかずになったとして、どうやって嫌われる算段をつけるつもりだったんだ昨日の自分。

 

「おかず、おかず……おかずとは畑違いの政治だとか宗教、果てはお笑いについて語れば嫌ってもらえる?」

 

 危うい。盛大に叩いてくれる可能性はあっても、干され、誰からも相手にされなくなって関心を持たれなくなるリスクがある。 

 嫌ってくれる人がひとりにつき概ね10時間だけ寿命が伸びるってことは、70歳までに必要な数は4万人。にわかな知識で専門性の高い界隈を擦り寄りもしくは食い散らかすような行為でその数が稼げるだろうか? 

 

 イケそうでもあるし、ダメそうでもある。予想がつかない領域だ。

 

 いやいや違う違う。そもそもオプションを搭載しないとダメなら始めからおかずという選択が間違いなんだ。

 それに嫌われ()けるってことは、多くの人に観てもらい()けることが必須なわけで、おかずってのは消耗品という面が強くて短命だろうし、長く愛されるのは上澄みの中の上澄みなイメージがある。

 

 なら別の道を考えるべき。

 そして、放置していれば20歳で寿命が尽きるのだから、動くなら早いうちにだ。

 

 前世と今生の記憶を辿って見るに特筆したような特技は持たない。

 ならば努力だけではどうしようもないようなスポーツ全般は捨てる。文学、音楽、芸術方面も一握りの天才だけが活躍するようなものも同様だ。

 

「未成年のうちに動けそうな……動画投稿やら配信が無難かなぁ」

 

 現状、秀でていると言えるのは、この顔と恵まれているだろう出自と男女比による希少性。

 でもこの3つだけじゃ目標とする持続的な知名度の獲得は難しそう。自分磨きを今からでも始めないと手遅れになるかもしれない。

 

「っても……人気の配信者とかってこれさえあればっていう共通点とかなかった気がする」

 

 強烈な個性を持っているってのが正解に近い? で、個性をきっかけにして更に突出した人気を得たり維持するのには……んー、面白いとか、愛嬌があるとか、人としての魅力があるとか? 

 

 でもそういう突き抜けた特別な『なにか』ってのは結局は才能の部分が大きそう。そういうのは努力して身につくものじゃない気がする。自分にそういう『なにか』がなかった場合は、どうするべきか。

 

「でも手探りで我武者羅にやるしかないっぽいよなぁ」

 

 個性と言えるほどのものでなくとも、特技と言える水準レベルに歌に演奏、踊り等々を身につける。文化芸術、サブカルまでをも含めたものに積極的に触れ、感性を磨く。

 知ってもらう機会を高めるべく語学を修めておけば強みになる。顔も家柄も性別も才能といえば才能。

 でもそれだけで十分だと楽観するわけにもいかない。寿命が懸かっているのだから、武器は多ければ多いほどいい。努力で身につく武器であるなら繕っていこう。

 

 たぶんそれが答え。とにかく動き出そう。

 

 □

 

 朝風呂を終え、屋敷の大きさのわりには小さな食堂へ足を向ける。ここは家族だけしか使用せず、来客があった場合はバドミントンを気兼ねなくやれそうな広さと高さを持つサイズの食堂が使われる。

 忙しい日々を送っている母は姿を見せず、父も同様。我が家の当主様な祖母も母同様に姿を見せない。

 そんな大人たちの中でもとびきり整ったファンタジー感──どころか正しくファイナルファンタジーなCGめいた顔面の持ち主な祖父だけは既に席についている。

 その祖父が朝からガツガツと口にしていてる肉までもがCGに見えてくる不思議。

 

「空、大事ないのか?」

「え? なにが?」

 

 朝の挨拶以降、黙々と肉と肉と芋と肉を口にしていた祖父。そんな彼から不意に声が掛かり、頭ならだいぶダメかもしれません──と、咄嗟に口にしそうになる。

 とはいえ、ここ最近はずっと偽った自分を演じているからか、ボロは出ず上手いこと時間稼ぎの定番で返せた。

 

「あまり体を冷やしてはいかん。念の為、あとで医師に診てもらっておきなさい」

 

 言葉は俺に向けてではあっても、視線は別。祖父は食堂に控える、おはようからおやすみまで侍る彼自身の従者へと視線を向けている。

 ちなみに従者見習いの守川くんは現在侍っていなくて、この食堂への入室が許されていない模様。姉らの従者見習いも同様で従者は従者で色々とあるようだ。

 

「わかった。食べ終がったら、うん、診てばふ」

 

 家族であれ目上の存在な祖父との会話中であっても、空くんは前菜の緑色のなにかを食べるのを止めないし言葉遣いもだらしがない。

 あと咀嚼しながら言葉を口にするのはデフォルト設定されていて、こういった態度は全自動で出る。シスコンの矯正くらい強い意思をもって対応すればまた違うのだろうけど、これはこれで空くんらしさでもあるので矯正はせずにいる。

 

「お祖父様、念の為わたしが付き添います」

「なら、私も」

「え、自分のほうが──」

「ずる。アタシだって──」

 

 食卓に同席する4人の姉らが勝手なことを口にしているが、無視。そんなことより目の前に出された分厚い肉をこの体は欲している。

 一切れ口に運べばその瞬間に肉本来の旨味が口内で爆発し、芋が恋しくなる肉肉しい肉、芋が美味い。

 

「む。どうする空。雨らはこう言っとるが……」

 

 姉らのこの言動に本来の空くんなら喜んで付き添いを了承していたことだろう。

 でも前世の記憶が生えてきた俺と顔を合わせる機会が多かった祖父は、姉らへの対応を変えたことを直接見聞きしているからこそ、こうして俺の意思を聞いてくれるのだろう。

 

「お祖父様、守川もいるしひとりでへーき」

「そうか……空もこう言っておるし控えなさい」

「はい……わかりました」

「ですが、お祖父様──」

「止めなさい。空くんが嫌だと言っているんだから」

「でも──」

 

 祖母か母が同席していれば、こうはならないだろう。

 例年夏の間は祖母も母──父はおまけ──も国内外を飛び回っているので現状の姉らは揃って全員がノビ5と赤特の乱調持ちだ。

 祖父は目上の者として扱われはするものの、この世界にあってそれは威厳ではなく配慮されるというか、大事にされるだけの存在。我が家の威厳担当は祖母であり、次代を担う母の2人。成人前とはいえ、この世界を生きる姉らはそれを承知しているのだろう。

 それを証拠に姉らは祖父の制止に了承の言葉は口にはしたものの、目が諦めていない。姉らはまだチラチラとこちらを伺っており、諦めたように見えない。

 

 別に付き添いくらいならいいんだけど。

 

 そんなことより今はすべきことをやらなくては。会話の流れをぶった切って動こう。

 

「お祖父様、これでぼくのこと撮って」

 

 一人称がぼくなのは違和感がすごいけど、我慢。急に変えるには他者が抱く違和感もすごそうだし。

 

「ん? 撮る? 今か?」

「うん。トゥイッターに上げようかと思って。ほら、こうして肉を豪快に頬張るところを撮って」

 

 頼めば否とは言わなさそうな姉らに撮ってもらうのは簡単。でも誰が撮るかで喧しくなりそうなのは自明。ならば選択肢は祖父一択となる。CGっぽいし。

 祖父の従者を介して祖父の手に渡った携帯端末。CGっぽいのに慣れていなさそう手付きでペタペタと画面に指を走らせ、困惑顔を覗かせる祖父の口元には芋が付着したままだ。

 

 自分磨きをするのと同時にすぐにでもネットの世界に飛び込んでいく。それが今朝定めた結論から導き出された一歩目。すぐにでも動き出す必要があるのだから、失敗を気にせず動く。

 

 手始めにSNSを駆使した売名からやっていこう。

 

「ッ! それはダメよ! 姉として、桃姫川家の者として絶対に認められない! 空くんであろうとっ! 空くんだからこそ尚更ダメッ! 絶対にっ!」

 

 突然食卓を叩きつけて大声で主張する二番目の姉。体は無反応だったけど心の方がビクッとなってしまった。

 唐突に差し込まれた非日常を前にして頭の芯が熱くってきて、次いで急速に醒めてくる。祖父は携帯端末に指をちょこんとした姿勢のままフリーズしていて、室内の空気は非常に重い。

 

 んで、一番下の姉。

 

 今のこの空気の中で俺に向かってぶっ込んできたそのウインクはなに? 意味がわからないし、わかりたくもない。いや、マジでなにそれ。あなたが一番怖い。

 

 

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