嫌われることして生きていく   作:新芽

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トゥイッター

 次女──(くも)は長女の雨と同学年の中等科の3年生。長女の誕生より半年後に同腹(・・)から誕生。

 内面にシャチを飼う犬顔な長女とは違い、タレ目に大きな口を持つハイエナフェイス。母のような完全なるシャチフェイスには及ばないものの中々にパンチの効いた顔面を持つ。

 

「ッ! それはダメよ! 姉として、桃姫川家の者として絶対に認められない! 空くんであろうとっ! 空くんだからこそ尚更ダメッ! 絶対にっ!」

 

 感情が先行したような物言いでもって反対の意を唱える次女の雲。そのあとも彼女の主張は長々と続けられた。

 要約すると男たるものトゥイッターなんてものを利用して『家族、とくに姉以外』にその姿を無闇に晒すべからずといったもの。ブラコンを拗らせ、弟を溺愛する姉らの中でも次女の雲はとくにSNSの利用による空くんのオープン化には反対とのことである。

 

「ぼくがやりたい。だからやる。雲姉さんに反対されてもやる」

「ど、どうして、どうして急にそんなこと言うように──」

 

 長女の雨同様、次女の雲もここ最近の俺の態度の急変に理解が追いついていない様子。だからといって彼女らを慮っているわけにもいかない。

 こちとら、なにもしなければ20歳で死ぬ転生特典(デバフ)持ち。

 とはいえ、ここまで主張を強く唱えるこれ()を放置したままなのは、これからの活動に支障をきたすかもしれない。

 

「雲だけじゃなくて、わたしも反対よ?」

 

 長女の雨までもが反対の意を唱えるが、その熱意は次女の雲ほどではないと見る。

 だがここで目立っている2人にばかり目を向けるのは愚策である。三女に四女の表情や雰囲気を注視することは大切で、コンカフェなんていう虚無なる賽銭箱に複数回も訪れた経験のある俺からすれば当たり前に身に着けた処世術から来る判断。

 どうやら上の姉らの思いの外のガチリアルな物言いを認めた彼女らは、上の姉らの顔色を伺い、結果として黙しているだけと見た──ウインクした三女だけ意図が読めないが。

 

「雨姉さんが反対するの? 雨姉さんのこと、ぼくはは許してあげたのに……」

「そう、じょ、冗談よ冗談。反対するわけないわよ。賛成。わたしは賛成よ」

 

 近代以降、女系相続が慣習になりつつあるこの世界。家を継ぐ立場である長女だからこそ、母からはとりわけ厳しく躾けられている。

 それゆえ珠のように可愛がられている男の、それも子供の/motherコマンドはチートコードとほぼ同義。

 

 長女雨、秒で反転を確認。

 

「空くん聞いてちょうだい……雨姉さんとは違って、()は空くんの為を思って言っているの。だからお母様に叱られたとしても反対するわよ。これは変わらない」

 

 正面からキッと音がなるくらいに目に力を込め、/motherには屈しないことを宣言する雲。あといつまでも立ってないで、着席したらどうかとも思う。人のことは言えない空くんの生活態度ではあるとはいえ、行儀が悪い。

 

「雲姉さん」

「……なに?」

「わかったから」

「え? わかってくれたの?」

 

 本当ならこちらの主張を返すべきところ。でも今言い返しても不毛な言い合いに発展しそうなので、ハイハイしておく。

 

「空」

「なに? お祖父様」

「雲はお前の身を案じて言っておるようだし……な?」

「うん」

 

 うん。という返事って便利。イエスともノーとも返さずに済むし、ちゃんと答えた感がちょっとだけある。子供のうちは。

 祖父は撮影してくれそうにもないのでフォークに突き刺さったままの厚切りの肉を皿の上に戻す。空いた手を祖父のほうに向ければ、意を汲んだ祖父の従者を介して携帯端末を返してくる。

 

「空くん話はまだ──」

 

 言葉の応酬が続きそうだし、写真撮影くらい祖父以外にしてもらえばいい。

 次女の雲がまた長々と主張をぶっ放しているのを無視。朝食を黙々と口に運ぶものの、この肉体が嫌う人参が添えられていて手が止まる。

 食育に関しては男であっても我儘が許されない桃姫川家。仕方がないとゴルフウェア姿の長めの襟足に日に焼けた脂っこい顔のメタボ体型の営業と案件に塗れた地方タレントを強くイメージする。

 まったくの無関係、加えて生理的な嫌悪感を覚えるものをイメージすると嫌いな食べ物であっても味が薄まる。

 

 人参不味い。

 

 □

 

 朝食後、いつもどおり魔女みたいな風貌の主治医に往診に来てもらうとばかり思っていたら、祖父から病院へ行くよう言われた。くしゃみひとつでそこまで大事にすることもないだろうにと思うも、祖父に手を引かれ車に乗せられてしまう。姉らが付き添って来ることはなかったけども、代わりに祖父が同乗する形で病院へ。

 

 病院では簡単な診察だけで終わらず、念の為にとCTやらMRI検査に血液と尿の採取まで行われた。

 さて終わりだと思っていたら、看護師ではなくて喧嘩の強そうな技師っぽい病院の人間に加えてスーツ姿のおばさんらに囲まれる形でかなりの量のパッチテストをやらされ──過去の判定との違いに驚かれたものの男子であることに気を使われたのか、熱心に説明されるようなこともなかった。

 そのあとは化粧っ気のない医師に要領を得ない質問を繰り返しされ、彼女が指定する簡単な絵や字を描かされた。

 

 ここまでくると目的もわかるというもので、黙ってすべてを受け入れた。

 

 病院内で祖父と昼食を済ませて夕食前には帰宅し、思うことは色々とあれどそれを態度に表するでもなく夕食を摂る。祖父をはじめ、姉らはこちらの顔色をいつも以上に伺ってくるような素振りだったと思う。

 夕食後は山積みのままの夏休みの宿題を片付けるべく精を出す。破損の激しい前世記憶であっても学業関連の抜けはまだマシで、サクサクと片付けていく。

 難しい内容と思えるものであっても所詮は小学生向けで──詰まるところが結構あるけども、インターネットがあれば答えはすぐに出てくるので大丈夫。

 

 作業用BGM代わりにとNicoTubeという国内では最大手と思われる動画共有サイトから、目についたライブ中の配信を垂れ流しにする。学習用の机の隅に置いたタブレット端末の画面に映るのは、裸エプロンで尻丸出し──申し訳程度の布面積のTバックを着用している──のおばさん。

 彼女はたぶん40過ぎで、そのたるみの目立つ肉体を晒し、酒を片手にキッチンに立ち料理をしている。名前は『スーパー紀香(のりか)』であるらしい。

 

 コメント:《そうめんはもうしないの?》

 コメント:《この汚いケツも見慣れた》

 コメント:《塩コショウは最後?》

 コメント:《お尻綺麗》

 コメント:《昨日のハトってまだ残ってる?》

 コメント:《酒飲みすぎ》

 コメント:《独身キッチンドランカーおばさん》

 

 最初はそのインパクトに目が引かれたものの、5分もすればその絵面にも慣れる。画面上を流れていく視聴者によるコメントはやや辛辣なものが目立つものの、配信主のスーパー紀香は気にした素振りを見せない。

 たぶんいつものことなんだろうし、この内容の配信で全肯定なコメントだらけになっていたら、それはそれで怖い。

 

『もう夏も終わりやん? ウッ……でなあ……ほら、もう無理やん? 独身でフリーの男なんかやあ……三次元には存在せーへんし、二次ウッ……ハア……明日は休みやし今日はこのまま自棄呑みに自棄食いしてオナって気絶やな』

 

 コメント:《今日「も」だろババア》

 コメント:《ゲップはまじでやめろ》

 コメント:《※彼女は処女を拗らせています》

 コメント:《今日もでしょ》

 コメント:《マリコカートしろ》

 コメント:《本日のゲップ数27》

 コメント:《最近は二次元の供給も不足してるしもうAIに理想の彼を量産してもらってる》

 コメント:《その量をひとりで・・・》

 コメント:《コメで自語りキモ》

 

 どうやら料理ではなくて雑談がこの配信のメインだと思われる。内容のほとんどは酔っ払いの世に憂いているおばさんの戯言っぽい。

 特別面白いとは感じないものの、だらしないその体が妙にリアルでチラチラと目で追ってしまう。

 

「空くんはマザコンにシスコンだけじゃない? いや、この趣味って俺の記憶の影響? うーん……」

 

 顔がとびきり整っているわけではない。声はガラガラで明らかに酒ヤケしていて、口にする関西弁も下品な印象に拍車をかけている。

 肉体の年齢もあってポコチンは反応を示さないものの、お隣のお国の龍宝(りゅうほう)語の書き取りのペースが中々に上がらない。

 

「これ系が異性として好きとか? え? このおばさん──スーパー紀香を……ハ?」

 

 いや、さすがにそれはない、と思う。強くそれを否定しきれない、というこの自分の感覚に少し困惑するけども、ないったらない。

 これはたぶん母を見ているんだ──このスーパー紀香に。

 前世でのオリックスファンを拗らせ過ぎていた母にどことなく似ている気がしなくもない。

 

「そう思って見ると……応援したくなってくる不思議」

 

 名をどうしても思い出せない前世の母。芋を使った料理が得意で、食欲が旺盛な頃は献立の希望を聞かれたら「芋」と答えていた覚えがある。

 頭の中に複数のタブが開かれ、前世の母の美化された記憶と、思い出したくもない記憶、他人に知られては母の名誉がウンコになるようなものが同時多発的に映像と静止画、音声のみと色んな形で流れていく。

 

「母ちゃん……」

 

 自然とこぼれ落ちた原初のマザコンワード。衝動的にコメントを打ち込むべくタブレットを引き寄せる。

 いざコメントの打ち込み欄をタップすると、ユーザー登録が必要である旨の通知にイラッとくる。仕方がないとユーザー登録を済ませ、配信へと戻ってみれば話題は『女のヒゲ』についてへと移り変わっていた。

 当初打ち込もうとしていたコメントは差し控え、流れに沿う形で思ったことを打ち込む。

 

『女の人も産毛じゃなくてガチのヒゲ生えるの?』

 

 かなりのコメント量があるので配信主の目には止まらず流される。が、いくつか男のニオイを嗅ぎつけ馴れ合いを求めるような反応を示すコメントが流れる。

 それらを無視してタブレットの電源を落とし、自室に備え付けられているトイレへ。自動的に誰かの手によって清潔に保たれている自室のトイレの便座に腰を下ろす。しっかりと施錠されていることを確認。

 

 深呼吸をひとつ──と、思いきや場所が場所なだけに思い留まる。

 

 代わりにと、ブーと唇を震わせて小さく息を吐く。洗浄ボタンを押し、上下左右振れ幅の大きい思いの丈を乗せる。

 

「転生とかふざけんじゃねえよクソガァァァアアア! 見ず知らずの家族とか怖ェんだよボケェェェエエエ! この狂った世界も怖ェェェエエエんだよカスガアァァッァア!  母ちゃん父ちゃん助けてや……無理やろ、こんなん」

 

 それはそれは叫ぶ。

 喉がバグるかもしんない。

 構うもんかと叫ぶ、叫ぶ叫ぶ。

 

 □

 

 トイレでハッスルして自分に折り合いをつける。結果、幾分か落ち着いたので携帯端末を使ってネットサーフィンをしながら出すものを出してスッキリ。

 前世の人格の影響から、流れでそのままエロサイトを閲覧してわりと困惑。この世界の男の性的嗜好は前の世界と比べてぱっと見ではそう違いはないものの、男優がほとんど存在しないからなのか、道具や器具の多様化が目についた。

 あと少し古臭いサイトのデザインであったりUIだなという感想はあれど、懐かしい思いのほうが強かった。

 

 でも肝心のエロの本質である女優陣の偏差値が限りなく低いことに驚かされる。

 

 原因はおそらくこの世界の男が極端に少なく、需要が限られすぎていることによる弊害。ならばと女向けの男が主演を務めるコンテンツが増えるかといえば、男は希少なためかそんなこともなさそう。

 結果として市場規模が前世と比べて極めて小さく、それゆえに競争原理が限定的でレベルが低いのかもしれない。

 

「ま、別にいーけど。強がりとかじゃなくて、マジで」

「……なにか問題がございましたか?」

「独り言」

 

 トイレから出てエロ考察に集中し過ぎていたからか、飲み物を持ってきてくれた使用人が自室にいることを失念していた。

 使用人の名前は空くんの記憶を辿っても不明。パンチ力がすごそうな使用人で、背丈が十分にあり首が太く腕が長くて手も大きい。

 あと打たれ強そうな顔面もあってすごい。とにかくすごい。前世の肉体をこちらに持ってきても勝てそうにない。仮にも女が相手であるってのに……秒殺される自信がある。

 

 それぐらいすごくって、でも良い人そう。

 

「失礼しました……あの、そろそろお時間でございます」

「うん」

 

 パンチアウトな使用人に対して返答し、目線で退室をほどこす。礼を取って退室していくパンチさんを尻目に壁に掛けられている時計を眺め、ぼんやり。

 しばらくして受信を告げるコール音が室内に響く。手元のリモコンを操作して壁に貼り付けてある大画面のモニターに向け応答する。

 

『空、へーき?』

 

 画面に映る人物は相変わらずの見事なシャチっぷり。

 歯並びは良いのに、どうしてかギザギザとした歯を幻視してしまう。それくらい口元が捕食者っぽい。

 

「うん。大丈夫だった」

 

 大丈夫ではない。吐き出して折り合いはつけたとはいえ、色々と思うところはある。

 ただ、画面の向こう側の母に向けてその思いをぶつけるのは違うだろう。

 

『ほうん、ほらよはった』

 

 こちらの世界での母との会話の半分以上はテレビ電話を介したもの。

 今、画面に映るのはいつもの装い──虎柄という強そうでいて弱そうな柄の着物姿な母。

 ちなみに母は今、夕食後の時間帯であるのにたこ焼きを次々に口に放り込んでほぐほぐさせている。多忙であるので満足に食事を摂る時間もない──わけじゃない。

 母曰く、中々直接対面することが叶わない愛息子の顔を眺めながらおやつを食べるのが好きなだけらしい。

 

「お母様」

『ほ? どした?』

「ぼく、トゥイッターしてみたい」

『……ほん……イイかも。流行ってるみたいだし、アタシもやってみよっかな』

 

 その見た目に反してフランクな口調。当主であり厳格な印象の強い祖母に対してもこの口調を貫く母。

 

「良かった。お母様も──」

『ああ、雨たちが反対したんでしょ? あの娘らとはアタシは違うし。しょ?』

「う、うん、違うね」

 

 ドヤ顔を浮かべる母の口元には青のりとソースがべったりと付いていて、すごく頭が悪そうに見える。そんな姿に何故か涙が出そうになった。

 

 

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