嫌われることして生きていく   作:新芽

4 / 10
反響

 母との定期通話を終えて翌日。起き抜けに寝る前から目をつけていた自室に生けられていた綺麗に咲いたホトトギスの花を手に取る。

 ナイトキャップだけは脱ぎ、自室に備え付けの洗面所にて顔を洗うついでに各種ポーズを鏡の前で取る。鏡に映る自身の頭上には残りの寿命が浮かび上がり、寿命がきっちり減っていることを確認。

 

 ホトトギスの花を手にパジャマ姿のまま自室を出て屋外へ。空くんの記憶にある庭に植えられた青々と葉をつける立派な桜の木を目指す。

 

「空様、あの……お怪我をされては大変です」

 

 おはようから侍っている従者見習いの守川くんが諌めるように言葉を口にする。

 

「平気」

 

 実はそれほど平気じゃない。手入れが行き届いた柔らかい芝生の上を歩いているだけだというのに、足の裏がわずかに痛む。

 それもそのはず、以前までの空くんは裸足で行動するようなことをしない子供だったのだから。まあでも痛みには強いほうというか、わりと好む性質を前世で持っていた気がするので、わずかな痛みを噛み締めつつ目的地となる桜の木に到着。

 

 桜の木の根本から10歩分、距離を取る。

 暦の上では8月であるというのに早朝だからか普通に肌寒い──けど、それは態度に出さない。出したら出したで連れ戻されることはなくとも、暖を取らせようとアレコレされそうだから。

 

「あ」

「いかがなされましたか?」

「端末忘れた」

 

 前世の記憶もあって端末ではなくスマホと言いそうになりそうなものだけど、そうはならない。たぶん空くんが口にしていた言葉が優先されるんだろう。

 そのうちお互いの人格や記憶が混ざり合って判別が付かなくなるかもしれない。

 

「空様のものにございますか?」

「うん」

「すぐに──いえ、持ってこさせます。少々お待ちください」

 

 走り出しそうになった守川くん。だけど急停止して自身の端末を取り出し操作しだす。

 まだまだ低い位置にある陽の光を浴び、大きなあくびをひとつ。

 芝生の上にごろーんと転がってみたくなって屈んでみたものの、この後のこともあるので着用中のパジャマを汚すわけにもいかず我慢。

 結果として唐突に行った一度きりの屈伸に守川くんが一瞬目を剥いた気がしなくもない。

 

 いつもどおりお互い黙したまま朝焼けの夏空をぽけーっと眺めていると、視界の端に目立つ色が見切れる。そちらに視線を向ければ、遠くに邸内を巡回する警備の者らが見えた。

 我が家の色である桃色で統一された揃いの制服姿の彼女らを記憶で知っているからこそ、驚きはしない。

 ひときわ背の大きい指揮官っぽい人物以外は揃って小銃を肩に掛けている。ここが別世界であるとはいえ、桃姫川家があるこの国は日本。

 辿ってきた歴史が違うからだろうけども、男女の価値観以外にも法もわりと違いそう。10歳でしかなかった空くんの記憶に頼るところが大なわけだけど、早々に限界が訪れそうな予感。既にわからないことだらけで、いろんなことを知る為にも学ぶ必要性を強く感じる。

 

 そんなことを考えているうちに自室に忘れた携帯端末が届けられる。使用人が小走りで届けてくれた携帯端末を守川くんが受け取り、すぐにこちらへと手渡そうとするのを手で制する。

 

「撮って。色んな角度と距離から。あと桜も入れて」

「は? はい、えと、かしこまりました」

 

 こちらの言葉に要領を得ないといった表情を見せた守川くん。

 でもすぐにホトトギスの花を手にしたままの俺の姿を見て意図を察してくれる。守川くんが十分に距離を取り、携帯端末をこちらへと向けるのを確認してホトトギスの花を天高く捧げるようにしたポーズを取る。

 

 なしだ。

 

 シャッター音が連続して聞こえてきたけども、あとで削除すればいい。気を取り直してポーズを変える。無難に胸元に咲き誇る花がくるように枝を持ちCanCamっぽくガハハと大きく口を開ける。

 

 ガハハしつつ思う。茎の部分が絶妙にポコチンの位置とかぶる。

 

 これもなしでは? いや、でも逆にあり? 

 茎の部分が腹のあたりにくるようにすると、花が顔の位置にくる──至近で見る花は普通にグロい。が、同時に閃きを得る。

 

 CanCamな大口でこのまま花を食べちゃおう。

 

「空様?」

「ほって」

 

 花を()む美少年は絵になるはず。

 はよう撮れ。

 よだれが止まらん。

 

 □

 

 手短に撮影を終えて朝食前に入浴。足の裏がヒリヒリするのを堪えつつ、ひとりバスカラオケを堪能。

 朝食を摂ったあと、トゥイッターのアカウントを取得。アカウント名は本名そのままの漢字は避けてひらがなで『そら』とした。

 早速、最初のポストをする。タグも一応付けておこうとは思って考えた結果、『美』を付けたいところを我慢して『少年』とだけ。

 残りの寿命『() 338() 11(時間)』という数字の短文と花を食む自身の写真を添付。おそらく誰にも見られていないけども最初はやっぱりこれだろう。

 

 あ、母にはすぐに見られるか。

 

 そういえばアカウントを取得したらすぐに母に報告するようにと言われていた。ここで報告をしないという選択肢はない。フォローしあう約束を昨夜のうちにしているし、反故にはできない。それにあの母のつぶやくであろう内容には多少なりとも興味が湧く。

 

 メールにてアカウントを伝えると、秒で『はい』と一言だけの返信。

 朝のこの時間帯は移動中であることが多いらしい母だけど、レスポンスは鬼だ。忙しい身であれば移動中も資料に目を通したり仕事関係の連絡を取り合っているのではとも思うけども、マルチタスクな母にとっては朝飯前なのかもしれない。

 それを証拠に姉らを産んだ際、分娩台の上で祖母と仕事の話をしていたとかしていなかったとか。父が以前そんなエピソードをぽろっと漏らしたことがある。

 その時の父はなんとも言えない困惑した表情を浮かべていたようだけど、今の俺からすれば出産中に食事を摂るよりマシだなあという感想が出てくる次第。

 

 一番下の姉を出産した際、母は産みの苦しみを微塵も出さずに空腹を訴え、食事を摂っていたとかいないとか。

 前世の出産と混同してはいけないのはわかってはいるけども、母のそれはこちらでも異常であるらしい。

 

『フォローってのをしてもらった。それはそうと今度一緒に花食べ行こ』

 

 母から再びメールが届く。おそらく初ポストに添付された画像を見ての発想だろう。

 でも別に花を食べたくなったわけでもないし、食用の花に美味しいというイメージもない。

 でもこれもいい機会かもしれない。

 

『花よりキリンを食べてみたい』

 

 と、返信しておく。

 

『キリンはさすがにすぐには無理。食べさせてあげたいけど手に入ったら一緒に食べよ』

 

 母より秒で届く返信。これならメールじゃなくてメッセージアプリで良さそうなものだと思うけども、この世界ではまだまだ一般的じゃない様子。もしくは母や空くんが情弱であるだけかもしれない。

 

『じゃあお母様の手料理で。そろそろ宿題する。お仕事頑張ってね』

 

 当たり障りのない返信の中に代替案を込めておく。

 母の手料理はシチュエーション重視の楽しいものだと記憶にある。森や川で狩りをして、その場で捌いて喰らう。母自らの手で捌いてくれた六甲クマの丸焼きは空くんの記憶に鮮明に残っていて、怖楽しかった。

 

 六甲クマの肉はガムみたいだったけど。

 

 料理はさておき、夏休みの宿題をいい加減に片付けるべく学習用の机にかじりつく。

 昼まで侍ることになっている守川くんも彼には彼でやることもあるだろうしと退室を促す。ひとりとなり、今日中に終わらせるぞと気合を入れて取り組む。

 

 □

 

 昼をまたいで夕食の時間帯になる頃にはほぼほぼ片付いた。残すは日記や観察系の自由研究くらいなもの。

 まあ日記と観察記録はまったくの手つかずだったので粉飾するしかないんだけども。

 怠惰な空くんは夏休みが開始されると宿題どころか習い事のすべてを放棄する無双っぷりを見せていた。なのでこれくらいは可愛いものだったりする。

 

 とはいえこれで多少は肩の荷が下りた。

 ひと仕事終えたような開放感から、自室にあってもほとんど使用されることがないピアノに目を向ける。使用頻度のあまりの低さから埃が被っていそうなものだけど、それはない。使用人の手によって掃除され、たぶん定期的に調律まで施されている。

 

 前世のほうの記憶では楽器全般に触れる機会がほぼなかったものの、こちらの世界でならある。

 空くんは主に姉らがやっているからという理由で物心ついた頃から色んなことを習っていた。でも根が飽き性で堪え性のない彼は早々に習い事のほとんどを辞めてしまったようだけど、ピアノはほどほどに続けている。

 夏休みテンションにてそれは放棄されているものの、今も本来なら週に1度はレッスンを受ける身。

 

 鍵盤に触れ、軽く奏でてみる。

 

「意外と弾けるもんだけど……」

 

 ぎこちない。その一言に尽きる。

 脳内に浮かぶ譜面を必死に追いかけているような状態。

 テンポが早くなってくると指が遅れ、足元はおろそかに。本来ならこれくらい目を瞑っていても奏でられる程度の難易度のはずだと記憶にあるのにダメダメだ。

 

 ダメダメなりに時間を気にせずポロポロと何曲か奏でていると気付いた。

 

「フォローし返さないとだ」

 

 不意に思い出したトゥイッター。母からこちらのアカウントはフォローされたが、こちらからはフォローしていない。

 案の定、携帯端末を確認すれば母からのメールが大量に。宿題に集中すべく通知全般をオフにしていたので気付けなかった。

 

 早くフォローしろという趣旨のメールが18件。父を経由した催促が3件。昼は父と一緒に食用の花を食べたという報告が1件。

 あと祖母から必要な食材があれば言いなさいとの謎のメールが1件。

 母と父に今まで気付かなかったことを詫び、すぐにフォローすると返信する。祖母には意味がわからなかったので、不用であると返信しておく。

 

 早速トゥイッターを開き母のアカウントをフォローしようかと思いきや、今朝行った自身の初ポストへの反応がかなりの数あることに気付く。

 まず、母と行動を共にしていることから、トゥイッターの件を知った父からメールにて告げられていた名前のアカウントから控えめな反応。

 

 ただ、まったくの無関係のトゥイッターの利用者からの反応は予想外。

 

 美少年であるとはいえ、前世の世界であった場合はこんな風に事が運ぶはずがない。さすがは男女比1:10な世界の面目躍如。

 

「確かに顔は抜群に良いけど……でもそこまで?」

 

 大半は容姿を褒め称えるような内容。中には祖父のCG特性を受け継いでいるからか、CGや加工を疑うものがあった程度で大半は好意的だ。

 ただ預かり知らないところでポスト自体が引用される形で拡散されているのは、なんとも言えない気分になる。

 とはいえこの空くんのイケ好かない少年の容姿が通用するかもしれないという自信も同時に湧いてくる。

 

 とりあえず母と父のみをフォローしておく。

 それと現在進行系でCG疑惑の反応をした者、そんな人物と意味不明の言い合いを始めている人達を別のアカウントでフォローしておく。

 ついでに雑談料理配信者のスーパー紀香も検索してフォロー。なにげに日々多くのポストをしていて、かのおばさんはなんだか気になる存在。配信外での食事だとか空だとか雲、夜景や動物の写真を投稿しているだけの懐かしさを覚える正しくゴミな内容だけど、それがまた良い。

 

 ん? この紀香のようにくだらないことでもアピールしていくのも大事なのかもしれない。

 

 すぐにでも実践すべくチャイムを鳴らして使用人を召喚。30秒もすればノックの音がしたので入室を促す。入ってきたのは今日はもう下がっている守川くんに代わって、パンダっぽい使用人。

 

「撮って」

「かしこまりました。それで……空様をでしょうか?」

「うん」

 

 母とついでに父へのメッセージも兼ねたものを思いついた。

 それというのも宿題が片付いたという成果を報告するというもの。なんだかトゥイッターの使い方や目的が間違っていそうな気もするけども、まあいいや精神でゴリ押しでいく。

 学習用の机の上に積まれたノートを適当に選び、手にする。適当とはいってもどうしても目立つそれを無意識のうちに選び取っていた。

 

 表紙に踊るは東洋風の龍。宝玉を手にした龍の背後は満天の星空。ノート自体が真っ黒で、なかなかの出来栄えで結局はまあただのノート。

 黒のノートの中にはお隣のお国の龍宝語の書き取りがびっしりと並ぶ。未知なる言語ではあれ、空くんの記憶を頼りに書き取りを頑張ったので少し感慨深くなる。

 では早速とばかりに机の前に立ってノートを腹のあたりで持ち、囚人風な姿で撮ってもらおう。

 

「これを持つぼくを──いや、窓をバックに、ん? 今日って満月?」

 

 ふと、窓から差す月明かりに目を奪われる。

 

「いえ、満月は昨夜でしたので、十六夜にございます」

「へェ……イイじゃん」

 

 確かに窓から見上げた夜空に浮かぶ月は少し欠けているように見えなくもない。

 

 まあ、でも綺麗であるし、じっと見ていると不気味だし、心の根っこの部分とキャンタマがゾクゾクとしてくるし……フフッ、絵になりそうじゃん。

 

 びっしりと書かれた龍宝語。それはここが異世界であると強く主張する独特な文字列。

 

 黒の書を片手に恥ずかしげな十六夜の足元へと赴くべく、オレは施錠(くびき)を外し()開け放つ(繋げる)──。

 

 ──瞬間、世界が音に飲み込まれた。

 

「ンポ!」

「──ら様!?」

 

 爆発的な警報音。正体を理解するまでに爆音が体を貫き、脳をぐにょんと揺らす。

 加速した音の世界が次第に収まり、自身の失態を理解する。警備上の問題で夜間は窓を決して開けてはいけないことは我が家の決まりごと。

 SNSでの予期せぬ反応に興奮していたのかもしれない。あと、手にした黒の書──異世界情緒あふれる龍宝語の書き取り──と月という組み合わせも悪い。

 

 自己を正当化しようとしているうちに巨大な警報音は鳴り止み、今はジジジジという虫の鳴き声なようで明らかに人工的な小さな連続した音が鳴り響いている。

 パンダな使用人が頭を何度も下げ謝罪を口にしているのを背に、こめかみのあたりを汗が伝う。開け放たれた窓から入ってくる夏の夜の涼やかな風がまったく仕事をせず、嫌な汗が背にも伝う。

 自室の扉の向こう側がドタバタして入室許可を出してもいないのに大勢の使用人が入ってくるのを背中で理解する。

 庭では小銃を手にした警備の者らが展開中であるらしく、濃密になる人の気配を室内にいながらも感じ取ってしまう。当然向けられているであろうたくさんの視線のことは考えないように努めている。

 

「空くん!?」

 

 一番上の姉、雨の叫ぶような声が背に掛けられた。

 

「……失敗、したんだぜ?」

 

 一番上の姉、雨にごまかすように背を向けたままそう返す。

 

「空くん!?」

 

 一番上の姉、雨の困惑したような声が背に掛けられた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。