嫌われることして生きていく 作:新芽
家族及び警備や使用人を騒がせはしたものの、前科のおかげで助かった。
それというのも過去に空くんは幾度も窓を開け放つガバっぷりを発揮していた。直近ではまだ記憶に新しい20日ほど前のあの海亀の目撃時にやらかしている。
学ばねぇガキ。
そんな視線を向けてくる者は皆無。困惑を隠せないでいた姉の雨も謎にこちらの身を案じてくるほどだ。
でも自分の中では違う。10歳の少年と今の人格は少なからず精神的な年齢差はあるはず、であるのに……。元の肉体の持ち主たる空くんに多少なりとも言動が引っ張られている自覚はあるけど、それでも考えなしが過ぎるような気がしなくもない。
ま、いっか。
そんなことより月が綺麗な夜だし、これはイイ絵が撮れそう。
死を呼ぶ転生特典というデバフを思えば、細かいことを気にしていては前に進めない。今はこの状況を最大限に活かすことを考え、行動しなくては。
「あの光。貸して」
「えっ!? ちょっ、え? 空くん?」
警備の者らを纏める指揮官っぽい人物に声を掛ける。直前まで姉の雨となにやらやり取りをしていたけど、ぶっこむ形で自身の希望を告げる。
言葉と同時に指差すのは窓の外。
庭に複数設置され、さきほどまで強烈な光を庭に放っていたサーチライトのひとつ。現状、庭は元の姿である間接照明過多な趣のあるものになっていて、わりと暗い。
月明かりの下で黒の書を手にした美少年。
その姿がはっきりと映らない可能性、大である。間接照明のみで絵になるのは肉眼で見た場合のみ、のはず。たぶん。写真に撮ったら暗すぎて『なにこれ』にることを危惧してのこの機転。
やっぱり俺はバカじゃあない。俺、かしこい。
「サーチライトのことを言っているのかな?」
「うん。こう……遠くから地面と月そのものが映えるように。あとこのノートもしっかりとね」
曖昧な言葉と身振り手振りでもって説明する。警備の指揮官っぽい人物もこちらの話を黙って聞いてくれている。
よし、あとは使用人のパンダさんをと思い振り返れば──頭を下げっぱなしなパンダさんがいた。これ以上彼女に迷惑を掛けるのもなぁ、という考えが過る。
「お母様に見せる為だし、雨姉さんが撮ってよ」
「え? うん……いいけれど。なんの為にって聞いてもいいかな?」
「意味なんてないよ? お母様と同じ」
自分で口にした言葉の意味がよくわからない。でもこの状況がそうさせたんだと思う。
はよう寝ようはよう寝ようと訴える10歳の肉体に活を入れ、窓の施錠をしっかりして自室を出て庭へ。
当然、裸足で。
履物は無粋だ。月明かりの下にて黒の書を持つ美少年は神秘性が肝なはず。
神だとか天使、仏といったものは裸足なイメージが強い。なので裸足。芝生がチクチクと心地痛いし裸足。咎める声を無視して裸足。
大きくて良さげな庭石へと移動を完了して気づく。
朝同様に肌寒い。
○
逆光で映りが悪い写真。美少年の顔はくっきり写っているものの、微笑んでいるというよりニヤついている感が強い。
あと黒の書や十六夜というオプションパーツがぼやっとしている。
他にもっと映りのイイものもあったけど、これはこれで逆に趣きがあっていいかなと判断。タグは『宿題』にしてポストしておく。
母と父へ、あの空くんが宿題を完遂させたよ、という報告が目的だったのでそのまんまだ。写真と一緒に『宿題がんばった』という文言に加えて『ありがとう』とも添えておいた。
この『ありがとう』には地面スレスレからの絵を希望した俺の為に着衣が汚れるのを厭わず地に伏せて撮影に挑んでくれた姉の雨に対するもの。
無用な騒ぎを起こし、なおかつ業務外となる照明班として協力してくれた警備の人たちに対するもの。
短い時間ながらも撮影中に体を冷やしてはいけないと、温かい飲み物を差し入れてくれたパンダさんに対するもの等々への感謝の表れを空くんのキャラを崩さずに伝えた形となる。
そして、この黒月天使ポストには翌日の朝に確認したところ多くの反応が寄せられていた。
神秘性はまったく伝わっていなかったようで、ほとんどが『かわいい』という趣旨の反応。変わったところでは『美人すぎる』といった趣旨のものもあった。
幼さゆえに男らしさはまだまだとはいえ、空くんは女っぽい顔つきじゃない。どちらかといえば整ったポコチン顔だ。
あと毎度おなじみCGや加工疑惑の他、撮影者が誰なのかといった声も見受けられ──思わず口にしていた「よしよし、イエスイエスイエス!」と素で喜ぶ姿を使用人に見られてしまった。
あと母からはメールにて『今日はこれを見ながら羊羹』というものが届いていた。ちなみに父からはポストに直接返信する形で『靴を履こう』というもの。
そんなこんなで夏休みも残り僅かな日数を残すのみ。
ようやく宿題をあらかた片付けたので、残りの纏まった休みがあるうちにと動く。動画投稿や配信にて知名度と寿命を得るには、まずは自分磨きは欠かせないはず。
勉強も大事な要素かもしれないけど、それだけをしていればいいはずもなく、足りないであろうものに手を付けていく。
まずは身近にあってすぐに手が届く範囲で文化に触れていく。
手始めに家にあったこちらの世界では名作とされる文学作品を中心に手にとって読んでいく。前世にあった昭和初期くらいまでの時代の名作とされる作品とそう変わらないものもあれば、まったくの別物もあって、わりと楽しみながら手に取る日々。
でもそればかりに時間を使うと偏りが出るので、空くんはほとんど視聴していなかったテレビ番組も積極的に観るようにしている。名作・定番とされる映画もとは思うも、これは時間的な都合上後回しにしている。
音楽は『ながら』になるものの、積極的に耳にするよう努める。
こちらの世界の近代以降の音楽の歴史はほとんどが女社会で成立している。なので文学同様、近代以降、とくにパンクやロック、レゲエやヒップホップといったジャンルは女の手による作品だらけなので様相がかなり違う。
空くんはピアノを習っていることもあって、それなりに造詣があるものの彼は近代以降の楽曲はほとんど知らないようだったので、最近の音楽事情はほぼほぼ未知だった。
音楽関連は強力な武器になるかもしれないので、夏休みが明けたらピアノ以外の他の楽器を使った演奏と歌唱関連の習い事をさせてもらうことも検討中。
音楽番組は当然録画してなるべく視聴するようにしている。
芸術関連は空くんも俺も知識が皆無で、審美眼も持ち合わせていない上、そもそも興味が湧かないジャンル。
でも武器にはなるかもしれないので、触れる機会を作るべきか否か検討中。
ただ自身で筆をとって絵を描くことに関しては多少の才能がある模様で、思えば年齢のわりに字もかなり綺麗。目の前のものをスラスラ写生する腕前は相当なもので、記憶にあるものを思い出しながら描く筆さばきもそこそこ。
自身の前世を思えば絵心は皆無だったような気がするし、筆を運んでいる時は脳がぱっくりと割れて手が勝手に動いているような妙な感覚に囚われるので、この才能は100%空くんのものだと思う。
でも動画投稿や配信の中で『絵』の才能をどう活用するんだという悩みもある。
脳がぱっくりと割れる感覚があって客観的に見られるからこそわかるんだけど、絵で食べていけるほどの腕前ではない。たぶんここから血の滲むような努力をしたとしても、絵で食べていくには別のことで有名になったあと──有り体に言えば悪名高い芸能人画家ルートに入る道しかない。
それでは目的にも目標にも繋がらないので、絵関連は趣味やちょっとした特技の範疇に留めておく。
今できそうなこと、思いついたことの最後に語学。
お隣の龍宝帝国は世界最大の人口を抱える国。日本同様に強烈な男の減少に悩まされているものの、人口は9億人に登る。英語を第二言語にするよりも龍宝語に力を入れておくほうが──とも思うけど、英語圏も前世同様に多くて第二言語まで含めた場合は英語のほうが話者は多い。
なので結局第三言語まで学んでおくのが正解という辛い現実は前世同様。でも生きる為には頑張るしかないので、通っている学院でも龍宝語も英語の授業もあるのでガンバル。加えて両言語が母語の専任の教師をつけてもらえるよう両親にお願いすることも前向きに検討中。
読書に語学、音楽やちょっとした息抜きに運動をして電池が切れて昼寝をしてよく食べる。
夜はこちらの世界特有のテレビやラジオも含めた娯楽に触れ、姉らにも流行や感想を聞く。
元気が残っていれば寝落ちするギリギリまでベッドに入ってネットに転がる動画や配信といったサブカルに触れるも、基本的には秒で意識を手放す。
その他にも合間合間にピアノを触ったり、気まぐれに家中の者らを中心に似顔絵を描いたりもする。
国内外の話題のドラマやアニメを早口でとにかく解説したがる一部の姉のお茶会めいたものにも顔を出す。
もちろんトゥイッターへの投稿も毎日複数回は必ずする形で継続。
3回目はジャガイモを手にして空を見上げ、髪を靡かせる。投稿する際の文言もそのまま『野菜』と、まんまだ。
4回目以降、30回目くらいまで手にするジャガイモを他の野菜や果物に変更して、文言もそれに合わせて『野菜』、『果物』と変えるのみ。
ちなみに髪を靡かせる際は警備の人に送風機を用意してもらい風を作ってもらっている。撮影は姉らが担当することもあったけど、彼女らは彼女らで不在であることも多くて大半は侍っている守川くんか使用人がしてくれた。
画像を投稿する際は髪の靡きかたを最優先にイイ感じに自己顕示欲が漏れ出たナルシスト度が高いものを選んだ。
母と父からは都度反応があった。
両者から『ジャガイモ』、『ナス』、『ちくわ』等々、手にしている野菜や果物の名を当てるというクイズ形式の返答を頂戴した。
母は相変わらずメールを送ってくる状態で、父はすでにトゥイッターを活用しだしている。
同年代と思われる男友達との食事や遊興時の2ショット画像を投稿したり、疎遠になりがちだった相手とトゥイッターというツールを介して再び繋がりを持ち始めている様子。まあ本妻である母の手前、男限定での繋がりしか表向き持たないようにしているようだけども……。
そんなわけで自分磨きに忙しい毎日を開始したことでトゥイッターをわりと蔑ろにした結果がこれだ。
なのに反応はわりとあって、フォロワーの数は日増しに増えていった。そして、多くの人の目に付いた結果として直接こちらとの接触を図ろうとする者も現れた。
姉らの中でもSNSの利用に強行に反対していた次女の雲。彼女はこれを予期していたのかもしれない。
他者には見えない形式のいわゆるDMにて送られてきたメッセージ。
面識以前にネットを介して話したこともないのに会いましょうだとかは、意味不明ながらもその目的の意図はわかる。
住所や所属する学校、氏名を聞き出そうとする類のものも、まあ気持ちが悪いけどわかる。
DMの送り主──同年代はほぼ皆無で成人済みであろう者が大半──の顔や全身を写した画像を添付して、友達になろう的な文言のものも清々しいまでの直結で、小児性愛を患っていそうな病人で気色悪いけど理解できる。
女の局部画像のみを送りつけてくる奴らはなにが目的なんだろう。
せめて顔を写せと言いたい。あと、男と同じで突起物が大きければ良しな価値観であるっぽいのを教えてくれるな。
とりあえずDMの設定をフォローしている相手のみにしておこう。
というわけにもいかない悲しい現実。嫌われなくてはいけない転生特典というデバフを背負っている身であるならば、こういった人種をこそ相手にしなくちゃいけない。
彼女らは間違いなく反転アンチという文字どおりの意味での糧となりえる存在。俺の可愛らしくも高貴で、それでいて逞しさもそのうち出てくるだろうポコチンを狙う豚どもは推定メイン糧。
手間ではあっても推定糧豚DMに対してはどんなものであれ返信しておく。
内容はテンプレ気味になってしまったけど、ほとんどが『わかりません』だとか『言えません』、『間に合ってます』等々の無難なもの。それでも彼女らが最も求めているのは『反応』であるとの予想の上で、しこしこと返事をしたためる作業をこなす。
そんなこんなで遊んでいるだけに見えても、ゆっくりとなにも考えずにいられる時間が消失した。