嫌われることして生きていく   作:新芽

6 / 10
登校

 空くんが通う鬼頭(きとう)学院は小学校にあたる初等科から大学までを含めた一貫校。そんな学院に通っているのは、ほとんどが良家の子女であるらしく超がつく名門校でもある。

 そして初等科の4年生である空くんこと俺は車での送迎により学院に通う。

 

 乗車時、ちらりと車のドアを見れば現実離れした分厚さがあって、手や足を挟んだら潰れるなあと思わずには入られないほど。窓は基本的に開かないし、座席の下やちょっとした隙間には用途不明の施錠された長細い箱がある不思議。

 それと同乗者の守川くんや警備の者は乗車中は一切の私語どころか、ほぼ動かない。

 

 俺も同じく握りこぶしを作って手を膝の上に置いて動かない。

 

 なぜなら空くんはわりと乗り物酔いする体質を持つから。なので通学時は頭の中で前世の記憶を頑張って引っ張り出し、エロいシーンを流している。

 エロい思い出の数々──主に勤勉な女王様らの顔と彼女らとの数々の輝かしいやり取りを思い出そうと頭を捻る。残念ながら劣化している記憶により、大半の女王様らのお顔やお名前を思い出せない上に記憶の大半はぬるぬるした床で占められている。

 反面、学生時代の恋愛遍歴なんていうどうでもいい甘酸っぱい記憶はわりと鮮明に残っていて、己の存在ごと消したくなる。

 

 そんな負けイベントを脳内で巡らせているうちにいつの間にやら学院に併設されている駐車場に到着。下車し運転手や警備の者らに見送られ、そこからは守川くんのみを伴う形で歩き出す。

 駐車場から学院の正門までは並木道が続き、学院の警備員同様に整然と立ち並ぶ木々には早くも秋が色づいている。空の方にはまだ夏の名残りがあって、日差しも相応にあるけどセミはオフ。

 そんなわけで着用中の上着を脱ぐかどうかに悩む。脱いじゃおうか、いやでも周りを見ると──うん……男はやっぱり少なくて参考にならない。

 

 並木道を進む初等科の生徒たち。

 男女比が1:10の世界であるので当然女生徒の数は圧倒的。ただし目算と空くんの学年やクラスの顔ぶれも参照するに、その比率は1:5くらい。

 どうして学院では男女比が1:5になるのか。これは夏休みを終える前、学院のことについて空くんの記憶以外の部分も調べていたのでわかっている。

 

 この学院の男女比が1:5であるのは何故か。それは経済的な格差も絡んでいると予想している。

 ネットの海で拾った知識であるので正確性には欠けそうだけど、概ね合っていそう。

 というのも単純に男は公立の学校ではなく私立校に通う比率が異様に高い為だとか。就学児童に対する補助金や助成金なんかの支給額に男女差はないものの、周囲からの圧であったり慣習という形でそういう結果に帰結するっぽい。

 結果、鬼頭学院の男女の比率は1:5となるわけで、実社会の同年代の1:15に比べて男の比率は高くなる。

 

 とはいえ1:5であってもさすがに心にもくるものがある。

 空くんの素行が功を奏して話し掛けてくる生徒はいなくとも、視線はがっつりと向けてくる。彼女らのその瞳に浮かべるものは姉らのものとは違う。まだ初等科に通う少女であるのに、はっきりとした『色』を宿している。

 

 ──どんなポコチンしているんだろう。

 

 目に浮かべる色の大半がそれ。実質初見の俺にはわからずとも、記憶の中に眠る空くんが明確にそう告げている。

 

 □

 

 通学時は警備の都合上、別行動が求められている。

 なので車に同乗することはないものの正門を前にすると合流してくる人物がいる。それは中等科のある校舎・設備とは門も敷地も別にしていてるので同じ初等科に通う人物になる。

 

「手ェ繋いどく?」

「繋がなうッ」

 

 こちらからの返答を待たずに伸ばされ、迫りくる腕。咄嗟に利き手である右手で対処しようとするも──思い留まる。慌て軸足を中心に体を反転させようとしたところで肩にズンとくる。

 

 姉らの中では一番年下であるのに、その肉体が持つポテンシャルは母を一番色濃く受け継いでいるらしい四女の(ひなた)。こちらが金属バットを持っていても勝てそうにないこの姉は、とにかく速くて、とにかく力が強い。顔も一番母に似ていてシャチシャチしている。

 

「だからって肩組まないでくれない?」

「いーじゃん、こんくらいー。姉弟なんだしさ」

 

 口調まで母に似ていて、ともすれば雑。でも言い方を変えればフランクで、全力全開の女社会にあって男を思わせる姉だったりする。

 だからか、他の3人の姉らに比べて拒絶してしまう感覚があまり芽生えてこない。

 

「関係ないし離れて」

 

 とはいえ、血の繋がった姉というのは無味無臭のウンコに違いはない。

 

「なになにー? また写真撮るの?」

 

 肩に回された腕は離れたとはいえ、なにか会話に齟齬が生じている気がしなくもない。

 ちなみに何度かこの姉にもトゥイッター用に撮影を手伝ってもらったことがある。あと、一緒に撮ろうと提案してくることも一番多かった。

 だけど自分用のアカウントに投稿する画像には基本的に他者を写り込ませないようにしているので毎度毎度、彼女の端末でも撮影するという二度手間があって面倒だったりした。

 

「外じゃ撮らないし、陽姉さんも勝手にぼくを撮ったら端末叩き割るからね──お母様が」

「うっ……わーってるよ」

 

 過去に彼女は別件にて2回も母の手により携帯端末を粉砕されている。その原因は2回とも同じで、フィルタリングを解除してのアダルトサイトの閲覧によるもの。

 有料サイトに課金までしていたことが判明して、家族の前で母にものすごく怒られていたのを思い出すだけで笑えてくる。

 

 ちなみに俺の端末にはフィルタリングがほとんど施されていない。

 過去に空くんがフィルタリングを解除したわけでも、解除するよう希望したわけでもない。これには男は性に芽生えるのが早ければ早いほどイイという社会的な風潮があるから。

 なので基本的にはエロ方面に関してのフィルタリングは最初から施されていない。

 例外はあって、俺に与えられている環境下では『宦官』や『切断』『死姦』等が含まれるものの閲覧はできないようになっている。

 

 という事実をつい先日、この姉と話すうちに知った。

 

「ん? また待ち伏せされてない?」

 

 陽気なシャチな顔をイルカをいたぶる時のような顔に変え、シリアスな空気を纏う姉。いつの間にか腰の辺りに腕が回されていて、ビクッとなる。

 

「してない……あとさ……よくわかんないけど、持ち上げようとしないでくれる?」

 

 一瞬だけ浮遊感を覚え、空くんを演じつつも『なんでここで持ち上げようとしたのこいつ? 変わってんなあ』ってな思いが沸き起こる。

 

「へーい」

 

 了承の意を口にしつつ、やや茶色がかったボブカットの前髪を手ぐしで掻き上げる姉。

 妙にツヤツヤしていて、その髪色もあってか栗々している。秋が本格化したら栗ご飯をリクエストしよう。

 

 栗ご飯が頭の中の大部分を占めているうちに学院の門を通り校舎に。そこで教室がある階も方向も違う姉とは別れる。別れ際、一瞬だけ目がう。

 姉は右目をパチンと閉じ、ウインクしてくる。

 意味がよくわからないけど、無視するのもなあと思って頭を捻る。捻った結果、顎を尖らせることをメインに据えた変顔を返しておく。

 

 なにしてんの? てな顔で首を傾げつつ去っていく姉。

 

 教室へと足を向ける俺の足並みは当然早くなるし、顔も赤かろうけどちょっぴり興奮している己にはちゃんと気付いている。

 

 □

 

 背後から感じる守川くんの視線を努めて無視して、初等科の4年1組の教室へ。開け放たれたままの教室の扉を前に一時停止。背後にいた守川くんが先に教室内へ。上下左右を確認して振り返り、頷く。

 

 それを見て俺も教室内へ。校舎内でも注がれていたもの同様、教室内からも一気に視線が集まる。

 ご多分に漏れず、クラスメイトともほとんど言葉を交わさない空くんであるので声が掛かることは──。

 

「あ、空」

 

 あった。

 

「……浦島? 浦島(かおる)?」

 

 くりっとした目が特徴的なクラスメイト。学院内にて姉らや守川くん以外でほとんど唯一言葉を交わす相手。

 

「うん? おはよう? 急にフルネームで呼んだりしてどうしたの?」

 

 扉近くの座席に着席したまま振り返り、困惑顔の浦島くん。

 ここ最近はナルシスト度が高止まりしている空くんの顔面に負けず劣らずな水準を持ち合わせている奇跡のような存在が少々どころか中々にいや自分に正直になるとわりと本気で腹立たしくなるほどで今の今までその存在をナルがゆえに頭から消し去っていた彼は──認めよう、可愛らしい顔をしている。

 

「えっと……大丈夫?」

 

 落ち着こう。今すぐどつき回したくなるけど、落ち着こう。

 嫉妬に狂って手元を狂わせても無駄だ。この憎たらしほど可愛らしい顔面の持ち主にもご学友が付いていて、どうせ手が届かない。

 

 よし、だいぶ心が静まってきた。

 

「……平気。おはよう、薫」

 

 クラスメイトでもある前に幼馴染でもある彼もまた資産家の子だ。そんな浦島くんとは互いに名前で呼び合う仲だったと記憶している。

 

「あ、守川くんもおはよう」

「おはようございます」

 

 ご学友のお付きの守川くんにもしっかりと挨拶をする浦島くん。

 浦島くんのご学友も彼の側に控えているけど、空くん的には言葉を交わす機会も必要も認めなかったからか、氏名は不明。

 

「夏休み、どうだった?」

「……」

 

 ここは氏名不明とはいえ、浦島くんのご学友にも挨拶をしておくべきだろうか? いや、過去の空くんの学院での言動を振り返ってみるに不自然かな? 

 うーん、でも顔が良いことに目を瞑れば友人枠にしてやってもいいと思える浦島くんに近い人物を居ないものとして扱うのも、ひとりの人としてムズムズするし悩みどころだ。

 これが家族だったりしたらわりとなにをしようとも気にしない。家族愛というデフォルト特性の恩恵でノーカン扱いされるから悩まずに済むし。

 

「空様?」

「ん? なに?」

 

 抑え気味の声量で守川くんからいきなり名を告げられる。普段から、とくに学院内では声を掛けられることはほとんどないってのに珍しい。

 

「いえ、ご質問なされていますので」

「なにを? 誰が?」

「ボクがだよボクが」

 

 いつの間にやら座席から立ち上がり、自身の顔を指差す浦島くん。眉を若干下げ、困惑と笑顔を同居させた表情を浮かべている。

 

「そう? で、なに?」

「夏休みだよ、夏休み。どうだった?」

「どうって……普通に──」

 

 言葉を口にしていて気付く。あれは普通じゃあない。

 とくに夏休みも半ばを過ぎた頃からはもう物理的にも中身的にも世界観的にも全部ひっくり返った。それ以降の日常生活も時間に追われる日々だったし、我ながら勤勉に動いていた。

 

「んんっ? もしかして、なにか変わったことでもしたの?」

「した。というか起きた」

「え、なになに? 教えてよ」

 

 教えてと言われるなら転生云々を抜きにして答えてもいい。ただ幼馴染ではあってもまだ友人とは微妙に言えない可愛らしい顔面を持ちやがる浦島くんに答えるのは癪に障る。

 

「嫌だけど」

「えー、いいじゃんか。ボクと空の仲なんだし」

 

 軽く胸元に拳を当ててくる浦島くん。その所作からして小突くというより、触れるようなものに近い。

 でも空くんの日頃の言動由来の癖が出て、無意識のうちに浦島くんの手首を掴み取って睨みつけてしまう。

 

 不意に女子らの多くからジトッとした視線が向けられ、教室内が一瞬にして静寂に包まれる。

 

 掴み取った浦島くんの手を衝動に任せて離し、自席へと無言のまま足を向ける。守川くんの前の席となる自席にすぐに着席せず、一時停止。

 自席の机の物入れを守川くんが確認及び内容物を取り出すのを待つ。案の定、複数の手紙が確認されたようで守川くんがそのまま回収する。

 

 毎度の確認作業を終えたのを見計らい、着席。背後の座席には守川くんが。左側最前列の窓際であるので隣接する座席は右側のみ。

 右側に座る生徒は既に着席していて、空くんに守川くん、浦島くんにそのご学友を含めて右隣の彼がこのクラスの男子のすべて。

 

 そんか彼は相変わらず今日も読書をしていてる。ふとこちらに気付いた彼が顔を上げ、小さく頷いてくる。

 これが彼なりの朝の挨拶であることは覚えているので、こちらもいつもどおり小さく頷き返しておく。幼いながらに大層な酒呑みな顔をしている彼は空くん以上に無口だ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。