嫌われることして生きていく 作:新芽
始業式も終わり授業は翌日からということで本日は午前のうちに帰宅という流れ。明日からは授業もあって通常の学院生活が再開される。
さっさと帰宅して今日は文芸全般にでもどっぷりと浸ろうと考えながら、校舎内を進む。
ちなみに教室を出る際、浦島くんから再び夏休み中になにがあったのかと問い詰められたものの「(生意気に可愛らしい顔面を持って女子らの視線の半数以上を集めていやがる)薫なんかには言わない」と答えておいた。
そんなこんなで正門前には姉の陽が腕組みをしてラーメン屋の大将スタイルで待機していた。大将さんはどうやら帰宅中の──おもに女子生徒らを睨みつけている様子。
当然この姉にもお付きのご学友がいて、彼女は若干ながら顔を紅潮させている。先回りする為に校舎内を急いで移動してきたからと思いきや、たぶん違う。
守川くんをはじめとするご学友は多少の運動くらいで息を切らしたりしない程度には鍛えているっぽいので、単純に羞恥からくる紅潮と思われる。
で、普通にこの大将を俺も恥ずかしく感じるので止めて欲しいとの感情が芽生えてくる。でもこれもまた空くんが今まで許容してきた状況だったりする。
いや、許容というより待っていてくれる姉の存在に喜んでいた。ともかく、大勢の生徒の前で姉のこの行動を咎めるわけにもいかないかなあとも考え、我慢する。
「どこか寄ってくー?」
大将な姉は腕組みを解きつつ、ご学友に持たせていた鞄を受け取りつつそう聞いてくる。ちなみに彼女の視線は俺のみに向けられていないようで、背後にも向けているっぽい。
「寄ってかない」
「陽さん、お久しぶりです!」
浦島くんは教室を出る際からずっと隣を歩いていたので、面識のある姉に声を掛ける。声を掛けられたほうの姉はまずはゆっくりと瞼を閉じ、小さく息を吸い込み──いや、飲み込んでいる。
「おしさ。か、薫くん」
肉親以外の男と言葉を交わすことが極端に少ないこの世界の女。
姉も例に漏れず、まだ初等科のちんちくりんな少年とはいえ男と話す時には緊張する模様。
まあ空くんの記憶を参照するに、この一番下の姉の陽のこのような反応が一番マシな部類であったりするのが悲しくなるんだけども。
「そうだ! 陽さん陽さん、空って夏休みになにか──ガッ!?」
軽く挨拶を交わし、その流れで再び追及の手を伸ばしてくる浦島くんの口元に手を伸ばして封じる。
彼の背後に付き添うご学友が瞬時に動き出すそうとするも、視線を向けることにより制止する。
「薫」
「はに? はわしへよ」
「しょうがないから教えてあげるけど、ここでは言わない。わかった?」
「へふ? ふん……はわっは……ふから! はわっは! はわっはお!」
帰宅途中の女子生徒らを中心に謎の歓声があがった気がしなくもない。それらを無視して浦島くんの口元を掴んだまま正門を出て、駐車場へと向けて並木道を歩き出す。
姉の陽はずっと視線を泳がせ、怖い顔をしたり微笑んだりとせわしなく表情を変え、しまいにはモゾモゾとしだしている。
そんな姉はあまり視界に収めないようにしつつ、秋を前にした強すぎない日差しを浴びて歩くうち、気分が上がってくる。
気分が上がれば優しくなれる。
なので浦島くんの口元由来の汁が付着した手を浦島くんの死角になるようモゾモゾとしている姉に差し出す。静かに、しかしものすごく狂喜に満ちた顔で手を握ってくる姉。
握りつぶされるかもと一瞬ヒヤッとしたけど、そんなことはなくて普通に握られた。
怖くはあった。
その手を握ってくるまでのスピードが尋常ではなかったから。
でも正しく一変の迷いもなく望みのものを掴みに行くその姿勢は見習うべきかもしれない。
□
浦島くんを流れで桃姫川家へ招くことにした。
各人がそれぞれの車での移動であるので、帰路は再び口を閉じて車酔いとの戦いに終始し、昼前には自宅に到着。あくびを噛み締めつつそのまま食堂へ。
浦島くんの家とは古くから家同士が親しくしていることもあってか、大げさなもてなしだとかは行われない。とはいえ、一応現在の桃姫川家に在宅中の最上位者の祖父が食堂に顔を見せるくらいには歓迎される。
そこでは浦島くんと挨拶を交わし、年の差はあれど男同士というのもあるからか、楽しそうに歓談に興じている姿が。
その間は手持ち無沙汰にもなるので、祖父と浦島くんを眺めつつ昼食を口にする。昼食に出されたのはナスと玉ねぎをメインにその他緑黄色した野菜が出されたので、しゃくしゃくと口を動かす。
以前までであれば時間を掛けて片付けていた野菜が中心の食事も、今や慣れた。たぶん調理の腕前や素材そのものが良質だからなんだろうけど、トウモロコシやトマトなんてほぼほぼデザートに思えるほどで、出所したての心境に近い。
「ではゆっくりしていきなさい、薫くん」
「はい、ありがとうございます」
祖父が食堂より退室する。それと同時に浦島くんの席の前には昼食が運ばれてくる。こちらには食後のお茶が。
「薫、ぼくの部屋で食べなよ」
食後のお茶をぐびっと一気に飲み干そうとするも、熱すぎたのでちびっとだけに留めて席を立ち、浦島くんの返答を待たずに食堂に控える使用人らに目を向ける。
口の中で若干ヤケドした舌を転がしつつ、背後に浦島くんの抗議する声を聞きつつ太くて長い廊下を進む。
あ、そういえば同じ頃に帰宅した姉の陽は、学院より先に帰宅していた上の姉3人に詰められており、激高した彼女が暴れ出したので連れ去られていった。
前世記憶では皆無に近いけど、空くんのほうでは見慣れた光景の女同士による拳を顔面に叩き込み合うような争いが生じていたけど、以降の彼女らの行方は知らない。行方もだけど殴り合いに発展した経緯も知りたくもなかったし、忘れたい。
自室に浦島くんを招き入れ、昼食を浦島くんに詰め込んでいく。
配膳をしてくれた使用人にも退室してもらい、2人きりに。浦島くんはかなりのペースで食が進む。
まあ、早く食べろ早く食べろとワンコしていたからだけど。
「ほら! 食べたよ! ごちそうさま!」
「ジュースもちゃんと飲みなよ」
食後のお茶を出すかのような流れで、頑なに口にしようとしなかったねずみ色のジュースを浦島くんの前に置く。
はいー、と弱々しく口にしてねずみ色を見て、天井を見上げ、再びねずみ色を見て、観念したような表情を浮かべて意を決してねずみ色のジュースを一気に呷る浦島くん。
「それで、夏休みになにがあったかだけど」
「うっ……う、うん、教えてよ。なにがあったのさ」
「勿体ぶらずに結論から先に言う」
とりあえず理由はぼかして、原因は口にしないようにしておく。
相手は空くん同様10歳なんだし、チョロいチョロいイケるイケる。
「うん」
「夏休みの間にぼくは変わった。で、目立ちたくなったんだ」
これでしっかりと答えたことになる。勿体ぶったわりにはよくある長期休みの間に自分探しに成功したという錯覚に陥っただけ、と受け取ってくれるだろう──浦島くんの周りが。
あとは浦島くんが帰宅するまで読書でもしながら片手間に相手をすればオッケーだ。
「えっと……うん、それで?」
「は? それだけだけど?」
「は?」
鏡に写したように互いに首を傾げ、なに言ってんだこいつという視線をぶつけ合う。
「ハア……薫はバカだなあ。夏休みに心境の変化があって目立ちたくなった。それだけだよ」
「いや、ボクは夏休みに空になにがあったのかを知りたいんだけど……益々、そのー、変になったよね、空」
少し聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、目の裏がチカチカする。
たぶん俺は良くても空くんの魂の残滓のほうが他者から評価されたり、ディスられることを嫌うからこそ浮上してきた怒りなのかもしれない。
思えば、自身の、それも空くん寄りの思考をベースにした言動を否定されると、こういう風にすぐにカリカリしたような気がする。
「益々? あと変になったってのは?」
ただし空くんを操作するのは俺。なので年端も行かない少年の憎たら可愛いらしい浦島くんを怒らせたいわけでもないので言葉に怒気が乗らないよう努める俺おとな。
「うーん、はっきり言って空ってちょっと変わってるというか、まあそのー、うん……そんなに睨まないでよ」
睨んでいないし、怒ってもいない。
夏休みを経て生来の空くんを抑え込むコツをわりと掴んできたという自負がある。
「怒ってないけど? 言いたいことがあるなら言えば?」
「じゃあ言う! 空って家族以外に興味がほとんどないしさ。付き合いがものすごく悪いってこと自覚してる? 今日こうしてお呼ばれしたのだって初めてだし、ボクが遊びに誘っても断られてばかりでさぁ……女子も少し強引で大げさな子がいたりするけど、それにしたって空っていつも完全に無視してるし、男子とすらほとんど話さないじゃん。話すのが苦手でも接し方っていうのがあるし、孤立してたって良いことないと思う!」
浦島くんがものすごく早口で捲し立てる。ものすごく早口なので最後の方しか頭に入ってこない。
浦島くんは要するに空くんには友達がいなくて孤立していると言いたい?
「別に友達とか必要なかったし」
これは性別を問わず顔面が優れている奴が口にすると格好良く映る不思議な言葉。
顔面が劣っていると途端にすごく惨めに映る残酷な言葉でもあるけど、空くんなら大丈夫。言っていい。
「それって寂しくならない? 気が合わない相手と無理に付き合う必要はないだろうけれど、話してみないとわからないよ、それも」
カウンセラーなのかな、浦島くんって。
まあそれは冗談としても、彼は彼なりに空くんを想って厳しい言葉を口にしているんだろうことくらいはわかる。
あと妙に大人びているというか10歳の子供の発言とも思えないけど、名家とされる家の子弟だと考えると標準くらいだと空くんのライブラリにはあったりする。
「興味が湧かなかったし、寂しいだなんて思ったこともなかったと思う。でもぼくも変わったから。だからこうして薫と話しているわけだし」
「そう、そうなんだねぇ……でも空は変わったような変わってないような、益々頑固になったような、なってないような……よくわかんないや」
なんだか会話の流れがぐにゃんぐにゃんになってきた気がしてならない。
過去の空くんの行いを参照するに、浦島くんにもかなり厳しいスカシや冷笑ムーブをぶっ込んでいた。こうやって普通に会話してくれているだけでも浦島くんの心はとても広い。
なればこそ、ここは素直になって心の扉を開いて応えるのが礼儀というもの。
「好きなことも見つけたし」
「うん? 急にどうしたの? 好きなこと? あの空が?」
「うん、あの空が」
正確には別に好きなことじゃないけど、端から見れば趣味に目覚めたとなるだろう。
最近は語学学習に読書やテレビ鑑賞のみならず、その他の様々な文芸全般に積極的に自らの意思で触れているわけだし。
「ホントかなぁ……あー、でも……図鑑以外の本とかも読むようになったんだ」
浦島くんの視線を追うに、自室の本棚に向けられているのがわかる。その本棚に収められているものの大半は未だに動物や虫をはじめ海洋生物や菌類の図鑑が占めている。
でもここ最近は定番の文学作品や入門書的な経済や政治、歴史や宗教関連等々が並ぶようになっている。
それらを目ざとく見て取った浦島くんは席を立ち本棚へと足を向ける。
「見てもいい?」
「いいよ」
「ありがとう──ってこれ、これを読んだの?」
浦島くんが手に取った本のタイトルは『男を飼い慣らす42の方法』。中々に気持ちの悪いタイトルの本だけど、一応ベストセラーだったりする。著者が現在獄中にあることを除けば、内容はわりと納得できる部分が多かったと記憶している。
「読んだよ」
「へ、へぇ……これも?」
浦島くんが次に手にしたのは『男性経験100人超えのカリスマが教える男を堕とす方程式』。これもまたベストセラーだったけど、中身は財力にものを言わせたパワープレイの羅列だったのでつまらなかった。
「それは面白くなかった」
「そ、そうなんだ……空ってホントに変わったのかもね」
なんとなくここは格好をつけておくべき。なので両手を頭の後ろで組み、ついでに足も組んで答えておく。
「うん。好きなこともだけど──夢も見つかったからね」
「ええええ!? それはさすがにウソでしょ!? 空だよ!? あの!」
今日一番の驚きと声量をもって浦島くんが顎をしゃくらせて叫ぶ。
どうしてしゃくらせているのかは不明だけど、彼は本当に驚いた時は顎を尖らせる傾向にあったような気がするし、おそらくそれは遺伝。
彼の母は整った顔立ちながらも顎が顎々しくて顎っているので遺伝に違いなく、日本史に登場する浦島家の歴代の人物の肖像画もソフトに顎っていたので間違いない。
とまあ顎は置いておいて、こちらも浦島くんの反応には考えさせられる。
「ウソじゃないよ。目立ちたいからトゥイッターも始めたわけだし」
「え……あのロボットみたいな空が? ホントに?」
「ロボット……?」
友達もいないし、孤立もしていたかもしれないけどロボット? そもそも浦島くんがイメージするロボットとは一体?
「じゃあ僕もトゥイッターしてみる。だからアカウント教えてくれない? フォローするよ」
「え、普通に嫌だけど」
「ええっ……そこは嫌なの……やっぱり空は空だった」
アカウント名はそのまま『そら』だし、探せばすぐ見つかるかもしれない。
でも浦島くんは幼馴染であり心が広くて真っ直ぐでもロボット扱いしてきたし可愛い顔してやがるし姉らが鼻息を荒くしていたしアカウントを探し当てられてフォローされてもブロックしてやろう。