嫌われることして生きていく   作:新芽

9 / 10
許嫁

 生前まだ小学生だった頃、両親と外食した帰りに繁華街にて街頭インタビューを受けたことがある。情報バラエティ系の番組で使われるらしく、小学生を対象にした将来の夢を聞くという在り来りなものだったと記憶している。

 そこで俺はわりと緊張してしまって、思わず将来なりたいものをレディー・ガガと答えてしまったのがいけなかった。

 数日後にはカットされずに珍回答シーンとして放送されたそれがきっかけとなり、放送翌日から友人やクラスメイトらから誂われるネタにされてしまった。

 

 あだ名は当然ガガと化した。

 

 親しみを下地にしたあだ名なら許容できるし、友人との雑談の中でのイジり程度なら気にしない。でもマウンティングを伴うあだ名や面白くないイジりは普通に嫌悪感を覚えた。

 なので一定以上の悪意を以ってガガと呼ぶ奴らの机や私物に『ガガ』と落書きする行為を繰り返した。筆箱から消しゴム、体育着に上靴、はてはメガネやパンツにもガガ。

 当時の俺は公文にも通っていたし、わりと慎重に行動するタイプだったので簡単な偽装工作まで施してのガガだった。自分の私物にもガガと落書きをしていたし、筆跡を誤魔化すために利き手じゃないほうを使ったり、丸文字を使用したり、使用するペンやテープの種類も学区外で購入して足が付かないようにしたりと、子供の浅知恵とはいえ積極的な行動が功を奏したのか犯行が露見することはついぞなかった。

 

 何度か犯行を疑われ、教師から詰問を受けることもあったけども最後まで自白はしなかった。

 

 結果として親から学校で酷いイジメを受けているのではと心配されてしまった。そんな親から励まされたり、大丈夫かと声を掛けられるたび、ちょっとだけ自責の念にかられたりしたもので母ちゃんの芋料理が恋しい。

 

「守川──じゃなくて船川、お腹空いた」

 

 ふと前世の記憶を思い起こしていたら小腹が空いたので希望を口にする。

 

「ス、スープでもお持ちしましょうか?」

「うん。芋のスープがいい」

「かしこまりました」

 

 守川くん的な立場として今日から侍っている少年の船川くんに発注して机の上に視線を向ける。空くんの様子がおかしくなったことで、従者見習いの追加という差配を祖母か母がしたっぽい。

 それはそれとして、こちらはなにかできる訳でもないので放置。今は宿題を片付けるほうがよっぽど大事だけど、面倒で、小腹が空いて、面倒で、なのでスーパー紀香の配信を視聴しちゃう。

 本日も肌の露出度が高めのキッチンドランカーなおばさんが下品な関西弁とゲップを口にしていて安心する。

 

『グッゥゥウウ……ヘヘッ……へん、人生ゲームってあるやん? アレ、正月とか関係なく季節問わず無性にやりたくなれへん? なれへん? ウチは結構なんねんけど──でな? アレってウッ……えーっと……そう、人生ゲームな。人生のゲームやんか、アレ。ほなら夢やん?』

 

コメント:《なっつ》

コメント:《人生ゲームって何?》

コメント:《夢?》

コメント:《夢って何?》

コメント:《マジでげっぷすんな》

 

 要領を得ない言葉の連続と流れの早いコメント群。いつもどおりとはいえ、今日は配信開始から1時間近く経過していることを確認して納得する。

 だいぶ酔いが回っているようで、それを証拠に顔を手の平でべちゃっと擦る回数が多い。

 ちなみに今日の料理()はおむすびであるらしく、土鍋で米を炊いた跡が伺えるけどわりとどうでもいい。

 

『今ってやあ……ふま、生まれ落ちた時代が悪いとか言われる地獄みたいな世の中やん? ガチで、ほんまそうやろ? でも……それでも人生に夢も希望も持てへんのはアカンやん? やろ? でやな、ウチが言うのも変かもしれウッんけどやぁ……ほら、猿みたいに毎日オナるんも夢とか希望を手繰り寄せる想いを、ほら……結実? ほれ、叶えたいからっていうか、な? そうやろ?』

 

コメント:《???》

コメント:《言ってる意味がわかんない》

コメント:《また政治の話?》

コメント:《マツカーしろ》

 

 俺からすると顔面偏差値が平均クラスの40代のおばさんが夢と自慰行為について真顔で語るこの光景が奇異なものに映るし、興奮しちゃおうとする魂のほうに恐怖を覚えて、混乱して、図形の問題を解くのに支障をきたして大変で──意識的に下腹部に軽くパンチしておく。

 これに溺れてしまってはいけない。マザコンやシスコンよりかはマシかもしれなくても、熟女の独身処女のアル中性欲猿に入れ揚げるのは拙いってのはわかる。

 

『幸せってなに? 好きなヒトやブッ──夢描いてたヒトとかやぁ……そんなヒトとの間にこさえた子供と暮らす将来? そんなん……もう稼ぎがよくたって一桁台はおろか10番目すらコネがなかったら無理でやぁ……実際は叶わへんフィクションの世界だけのヘェエ、フッ……ァァアアンやん。音楽と作画とアルコールで誤魔化して頑張ってレズに走って……やっぱりチンコに夢見て、ほんで現実は残酷過ぎて、そんなんありえへんって心が叫ぶようになってしまうやんもう……ハッ、もう死にたなってくるわ。なんなんこのクソゲーの現実。オナって寝よ。ほな今日は終わり。またあし──や、まあまた今度な、ハイ』

 

 ぶつ切りで終了するスーパー紀香の配信。このぶつ切りっぷりは毎度のことだ。

 なんとなく頭の後ろで腕を組んで天井に視線を向けて口を尖らせる。プヒュプヒュと下手くそな口笛を吹いて、今は夜であると思い出して口笛を止めたところで着信音。

 

 机の上の端末に目をやれば各種アプリの通知やメッセージの類ではなく通話の受信であるようで、送信主を確認すれば番号のみというもの。前世であれば酔っ払っていようと無視するような状況であれ、空くんを操作する現状では出たほうが良いだろうとの判断の下、手を伸ばして応答する。

 

『あ、出た。空? これ、空やんな?』

 

 聞こえてきたのは記憶ではよく知るものの、俺的には初めて耳にする少女の声。

 直近まで耳にしていた紀香の影響からか、そのイントネーションもあいまってすごく京阪。

 

『あれ? 空ちゃうん? おーい、空ー、おーい。違うんやったら違うって──』

「京香でしょ? なに?」

『あ、空やん! や、やー……へへ、空、空や、フフ、ヘヘヘヘ』

 

 空くんが拒絶反応を示してくる。とはいえ押さえ込めないほどではない。

 

「……京香?」

『マジか。名前呼びやん。ヤッバ……専用ボイスってこと? そうなん?』

「何か用があるんじゃないの?」

『た、たまらん……またこうして話してくれるだけで……食べたなるやん』

 

 食べても良いとは思う。でもせめてこっそりとやるべきだ。

 被捕食者に隠そうとしないその在り方は良くない。

 

「今から、はいかいいえ以外口にしないで。もしそれ以外を口にしたら切るし二度と知らない番号からの着信には出ないから」

「うん? わかった、今からやん──」

 

 通話を終了し、電話帳に登録されていない番号からの着信をすべて拒否する設定にする。設定を終えるまでの間にも着信が延々とあったが無視。空くんの許嫁は記憶のとおりでノンデリだ。

 

 □

 

 焦る。

 

 このままトゥイッターで知名度をコツコツと稼ぎつつ、身になる芸や特技を磨いていて本当に大丈夫なのか。寿命が懸かっているのだから、もっと早くから動くべきなんじゃないか。

 想定している計画では小・中学生の間は自分磨きをしつつ少しずつ知名度を得ていく期間としているけども、高校生となる15歳から本格的に活動を開始するとしたら猶予は5年しかないことになる。

 

 理想は万単位とはいえ、現実的には数千人規模であってもそんな数の人に嫌われるって、相当に難易度が高いんじゃあるまいか、と。

 

 そんな不安と焦りを覚えたから、先走ったことをしてしまった。本日のトゥイッターに投稿したものが自分でも少し困惑してしまうような内容になっている。

 すぐに削除しようかとも考えたけども、祖母からの反響が熱烈なものであったので消すに消せなくなってしまった。

 

 内容は短く、単純。

 

 自室でピアノをポロンポロンしつつ、ボソボソと歌ってみただけというショート動画。肝心の音質もノイズが多く、演奏は拙く、歌は調子外れで、良いのは定番の顔面くらいという有様。

 それでも今までで一番の反響があって、好意的な意見が大半で、心底気持ち悪くなって無性に酒に逃げたくなるほどに自己嫌悪がすごかった。

 でもひとっ風呂浴びて気分を変えた後は、好意的じゃない反応を発見してニンマリ──その高揚した気分で少しだけ激しめのダンスをして最終的に盆踊りに落ち着いたところで心に余裕ができた。

 

『顔以外に見るべきところなくね』

『その顔は加工じゃん』

『男装はもうええってしょーもな』

 

 好意的じゃない反応の中、目立ったものでもこの程度のソフトな意見。

 ただし、好意的な意見を持つであろう人たちから、かなり荒っぽく反論されてしまっているのが心苦しい。表立って庇うことはできなくとも、この手のソフトであってもアンチ寄りな発言をしてくれる人々は大切にしていかないといけない。

 なので発言者のアカウントを辿り、彼女らの趣味趣向を可能な限り調べていく作業をコツコツとする。

 

 彼女らの琴線を少しでも理解しなければ。

 

 調べ物が捗るようパソコンを起動して前世の癖でついついブライドタッチして検索するも、全然思ったように指先が動かなくて人差し指でポチポチとジジイしていく。そして、ジジイすること10分ほどで進展があった。

 

「へえ……顔以外云々って正論パンチをしていた人は……ほー」

 

 なるほど──ヅカというかこっちでは西宮に本拠を構えているようでミヤと呼称されている違いはあれど、ミヤミヤした人物であるらしい。てかこっちにもあったのね、歌劇団。

 でもまぁ考えるまでもなく前世に比べてこちらでは需要はものすごく高そうではある。どうやら所属する団員数は前世以上っぽくて、ほうほう、なるほどやっぱり規模は大きそう。

 自前の劇場を8つも持っているようで、OGと現役も含めてトップスターはお茶の間でよく見る面々ばかり。ちなみにトップ層の男前度数は前世と差異はないように思えるけど、層の厚さが段違いっぽい気がする。

 

 で、正論パンチャーのトゥイッターでの過去の発言を見ていくにつれ、震わされてしまう。限られた情報の中での判断ではあれ、彼女はおそらく独身で、収入も多くはないだろう層という予想ができる。

 しょっちゅう友人らとの食事や旅行をしているという内容をトゥイートしてはいるものの、写真や動画は皆無で、彼女のことをフォローしている人数は一桁で……涙が出てくる。ついついフォローしたくなってしまう手を止め、誰にも覗かれることのない心の中だけだとしても優しくあろうと思いつつ床に就く。

 

 

 翌朝、端末に送られてきたメールのうち許嫁からのものを発見。ぽけっとした頭で内容を確認する。

 

『逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし』

 

 意味はわかるけど意図が掴めない。とりあえず包丁の絵文字を返信しておく。

 

 

 

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