我慢出来ずに、処刑に介入してしまった。
俺の乱入にその場の空気が一瞬凍った。
誰もが俺の介入に絶句していた。
「誰だ、あれは?」
「……え、どういうこと?」
そして、数秒経って今起きた現実を理解する者が一人または一人と我に返り始めた。
「なんだ貴様ぁ!!?」
「魔女の使い魔を召喚したんだ⁉︎殺せぇ!」
「悪あがきをするな魔女め⁉︎今すぐ殺して燃やしてしまえ!」
罵声が、動揺が、混乱が場を支配する。
「異端者めがぁ!!」
その中で、処刑場を守る守備兵と警備兵が一目散に俺と聖女の所へ向かってくる。
強化魔術で強化した目で索敵する限り、数は大体十数人程度。
応援を呼ばれたら更に多くの兵士達が呼ばれるだろうが、この場においてはこの程度なら容易い。
俺の飲んだ霊薬は死徒化の霊薬だ。
俺の家の魔術は基本的な魔術の一つである《変化》の魔術を得意としていた。
刃物から人が出るといった本来の能力以外の能力を付与させる魔術。
基本的な魔術故に、その応用さから極める事は難しいとされる魔術の一つだ。
俺の家の先祖は、人に新たな要素を足して昇華させる事を命題としていた。
だが父の父、つまり祖父の代で魔術回路は減り始め、だから祖父や父の魔術師の才能はお世辞にも有るとはいえない。勿論、その血筋である俺もまた才能は乏しい。
だから俺の家は衰退する事が決定付けられた家だ。
だが祖父は、それでも諦めずにその才能の低さを補おうと死徒化に手を出した。
結局、自分の全てを注いだ死徒化の薬が不完全だったのか、祖父は不完全な死徒となって聖堂教会に始末された。
その後始末をさせられた父には本当に同情する。
だが、その死徒化の霊薬は父が形見として遺して子供の頃の俺に見せてくれた。
聖女を救うには超人的な必要だと考えた俺は、父には悪いがそれに手を出すしかなかった。
だが、やはりその薬は不完全だったらしい。
考えてみれば、それはそうだ。祖父が心血を注いで作って飲んだ霊薬が不完全だったのだから、祖父が残したこの霊薬も不完全なのは自明の理だ。
死徒化は割合で言えば2割程度で止まってしまい、完全な死徒化には至らなかった。
今の俺は少々死徒化した程度の半端者。
もう仕方ないと割り切った。ここまで来たらとことんやりきってやる。
兵士は殺すつもりはない。だが、力を上手く制御できず殺してしまった場合はその時はその時だ。
支給された剣に魔力を通し、剣とそれを振るう両腕に強化魔術をかけて向かって来る兵士達に向けて全力で横に薙ぎ払う。
まだ少しだけとはいえ死徒化によって基礎能力が向上した俺の一撃は、それだけで衝撃波が発生し向かってきた兵士達は吹き飛んだ。
それを見た群衆が悲鳴を上げる。
「化け物だぁぁぁ⁉︎」
「本物の悪魔だぁ⁉︎」
「主よ…あの悪魔に裁きを!」
うるさい群衆の声を無視して俺は聖女へと近づく。
「さっさと逃げるぞ」
俺はそれだけ告げて彼女を持ち上げて肩に担いだ。
「えっ…あなたは⁉︎」
担ぐ時に俺の顔をよく見て、俺の事を思い出したらしい。
話してみたいが、とりあえず今は逃げる事が先決だ。
「飛ぶぞ!」
強化魔術で強化した脚で全力で地面を蹴る。
跳躍し、広場に集まっていた民衆達を飛び越える。
死徒化したおかげで家の屋根より高く跳ぶ事ができるのは少し驚いたが、これは都合が良い。
このまま何度も建物の屋根の上を跳んだりしながらさっさと逃げさせてもらおう。
「きゃぁああああっ⁉︎」
跳ぶ度に彼女の悲鳴が聞こえる。火刑では叫んだりしなかったのに跳躍では叫ぶとは驚きだ。
というか前世含めても彼女の悲鳴なんて初めて聞いた気がする。
「あまり叫ぶな、舌を噛むぞ」
まぁジェットコースターの比ではないアトラクションを急に体験させられているような物だから仕方ないか。
それからルーアンの街を出る。
強化魔術で強化した視覚で俺達を追う兵士達の姿が見えるが、正直遅すぎる。
ましてや集団行動している向こうと比べて此方は自由に動けるんだ。
撒くのは容易い。
「ん?」
逃げるのに夢中で、彼女に意識を向けると彼女が気絶している事に気づく。
処刑されると覚悟していたのに急にそれが回避できたのだから、緊張の系が切れたのかもしれない。
このまま向かうのは近くの廃村。この時代は廃村は幾つもある。その中の一つの村で彼女を休ませよう。
今は少しでも彼女を休ませなくては。
廃村はボロボロだったが、まだ家の形を保っている小屋は残っていた。
その家でボロボロの木の机を魔術で新鮮な木に変化させて彼女をベッドに寝かせる。
「はぁ……」
彼女を寝かせた後、俺は漸く一息つく。
やってしまったな…歴史への介入。
これから彼女を殺そうとする抑止力が襲ってくるのだろうか?
それとも普通に衆目で魔術を使ってしまった事が知られて魔術協会の刺客が送り込まれてくるのだろうか?
もしかしたら俺の行動が原因で特異点が発生してカルデアがこの時代に現れたりするのだろうか?
不安ばかりが重なって頭を抱えてしまう。
本来ならもっと準備をすべきだったんだろうが、俺の行動は殆どその場での感情による物だ。
父に知られたら怒られるかもしれないな…。
というか俺は国に反逆してしまったのだから父はそもそも無事なのだろうか?
思考を巡らせる度にどんどん気持ちが沈んでいく。
そこで、ふと寝ている彼女を見る。
白い死装束に身を包み、彼女は眠っていた。
輝くような長い金髪はとても綺麗で、傷だらけの顔と体はその魅力を失ってはいない。
「そうだ、傷を治さないと」
今になって彼女が傷だらけだった事を思い出して、治癒魔術で彼女を治療する。
俺は使う事はないと思っていた治癒魔術だが、「覚えておけばいつか役に立つ」と言って教えてくれた父には感謝しかない。
一通り彼女の傷を塞いだ後、とてつもない渇きが襲ってきた。
「…………ッッが、クソッ………」
急に砂漠に落とされて、体から水分という水分を抜かれたような気分だ。
水が飲みたくて小屋を出る。
廃村故に井戸は機能しておらず、近くには地面の水溜まりしかない。
勿論、その水は泥水。普通なら飲めば腹を壊しそうだが。
「構うもんか…!」
それでも俺はその泥水に飛びついて、夢中で泥水を啜った。
今は喉が渇いて仕方ないんだ。もう水ならなんでもいい。
ゴクゴクと泥水を飲んだら
「……ッ」
せっかく飲んだのに吐いてしまった。
体が水を拒絶しているようだ。
「クソッッッ!!」
本当は分かってる。
これは死徒化による吸血衝動だ。
まだ少しとはいえ死徒化しているんだ。この現象は当然の結果だ。
本当は分かってる。
近くに絶好の餌がある事を。
ソレに手を出せば、この苦しみから解放される。
彼女の眠っている小屋を見る。
今すぐ彼女の首筋に噛みつき、その血を吸えば
きっとそれは甘美な味だろう
「……ッ!バカか俺はッ⁉︎」
その思考を自分の頭を全力で殴って止める。
そんな事をしたら全てが台無しになる。
ここまでやってきた事の全てが無意味になる。
漸く長らえた彼女の命をこんな下らない事で失わせてたまるか。
そのまま俺は吸血衝動が治るまで自分の頭を殴り続けていた。
それを続ける事、約1時間くらい経ったくらいの事だ。
「無様だな、半端者」
そんな侮蔑を含めた声が聞こえてきた。
追手がもうここまで来たのかと思った。
長居をし過ぎた。
そう後悔しながら声のした方向に振り向くと、カソックをきた神父風の男が立っていた。見た所、歳は大体三十代くらいだろう。
その手には、前世で見た事がある武器があった。
「……
もう嗅ぎつけられたのか⁉︎
幾らなんでも速すぎる。彼女を救出してまだ半日も経っていないんだぞ⁉︎
「不思議そうだな?無理もない。私がいたのはただの偶然だ。悪魔と交信した魔女がいると聞いて教会から派遣された哀れな被害者さ」
男はそう言って、黒鍵を俺に投擲し俺の右手に刺さる。
「ああああああああああああ!!!」
激痛が走る。
まるで傷口から炎を送り込まれ続けられてる様だ。
「ましてやその魔女は蓋を開けてみれば、ただの女だった。落胆したよ本当に」
続けて投擲された2本目の黒鍵が左脚に刺さる。
また痛みで叫びそうになるが、口を開けた瞬間に更に3本目の黒鍵の刃が俺の口の中に入ってきた。
「─────ッッッッ!!!」
痛みで発狂しそうだった。
脳から体の隅から隅まで激痛が疾走する。
「そしたらどうだ?まさか死徒モドキがあの女の処刑を邪魔しに乱入してきた。半端者とはいえ人類の敵を始末できるとはなんたる僥倖か」
代行者の男は痛みにのたうち回る俺を感情の無い目で見ていた。
「だが、どうも解せん。貴様、なぜあの女を助けた?」
その言葉を聞いて、一瞬だけ痛みが退いた。
「この国に来る前にこの国の魔術師を一通り調べていてな。だから貴様の事はざっくりだが知っていた」
「衰退し没落寸前の貴族の魔術師。もはや魔術師にもなれず一般兵として過ごす底辺の魔術師が貴様だ」
酷い言われようだ。だが、そうやって語ってくれるのはありがたい。
少しでも時間が稼げる。
俺は気力を振り絞り、激痛を無視して口に刺さっていた黒鍵を刺さっていない左手で掴んで引き抜く。
そのまま続いて、右手と左脚に刺さっている黒鍵も力づくで引き抜く。
相変わらず激痛が走るが無視する。
刺さっていた黒鍵を抜くと、全身の力が抜けて立っているのがやっとだ。
体に刺さった概念礼装を引き抜いただけでなんてザマだ。
「その底辺を彷徨う貴様が、そんな不出来な死徒に成り果ててまで、なぜあの女を助ける?」
その質問に、一瞬思考が止まった。
そうだ、俺は何故彼女を助けようと思ったのか。
その動機は俺が助けたいからだ。
前世で俺は彼女が火刑される運命だった事を知っていた。
彼女の姿を見て、彼女の声を聞いて、彼女の言葉を理解して、俺はそんな結末が嫌だと思ったんだ。
だから俺は死徒化の薬を飲んだんだ。
彼女が火刑に処され、燃えて焼き殺される末路なんて見たくなかったから。
「一度だけ、彼女の祈りを見たんだ」
そして、何よりも、きっと俺は
そこまで考えて、根底に眠っていた
こんな理由は正直恥ずかしい。
少なくとも目の前の男に明かすような内容じゃない。
「その姿がとても綺麗だと思ったんだ」
彼女の祈りを見てからじゃない
それは思い出すキッカケに過ぎない。
「だから助けたいと思った。それが理由だ」
俺の心は既に、前世で彼女を見た時から、きっと
「下らん理由だ」
俺の答えに、代行者はつまらなそうに呟いた。
再度、黒鍵を投擲される。
狙いは分からない。だが、そんなのは関係ない。
「うおおおおおっ!!」
黒鍵など力の限りに振るった一閃で容易く撃ち落とせる。
「馬鹿が」
代行者は俺が剣を振るった後の隙を瞬間を狙って一気に距離を詰めてくる。
無論、そう来ると思っていた。
だから俺は剣を振る腕の力を一切緩めず、下半身をそのまま固定したまま、上半身を一回転させる。
「ッッ⁉︎」
死徒との戦いによる経験からなのか代行者は、危機を察して咄嗟に地面を蹴ってこちらに詰め寄る勢いを殺す。
そして、代行者の顔面ギリギリで剣が素通りする。
空振りになってしまったが仕方ない。
ならば次の手を考えるまでだ。
代行者は再度地面を蹴り、俺から距離を取る。
「
正直な所、俺は死徒化の薬を飲んでから、このまま半端者のままなら場合によってはまた人間に戻れるんじゃないかと思っていた。
また家に帰りたいと思ったから。また父に会いたかったから。
彼女を安全な場所へ送った後、俺は俺自身の日常に戻るつもりだった。
だが、それはもう叶わない。
それはそうだ、なんせあの衆目に晒されてる中で魔女とされる死刑囚を救出したんだ。
兵士としての仕事は当然クビだろうし、父にもなんらかの影響があるだろう。
寂しいし苦しいけど、これは俺の選択の結果と受け入れよう。
楽観視する時間は終わりだ。
「ああ、もう吹っ切れた」
こんな親不孝者な息子で父には申し訳ないが、やっぱりどんな事になろうとも俺は聖女ジャンヌ・ダルクを助けたい。
過酷な苦しみを味わい続ける彼女を、俺は救いたい
「もう…俺に迷いはない」
ちぎれかけてぐらつく上半身を死徒としての再生能力が治していく。
ああ…便利だな死徒としての能力は。
死徒とは人を超えた能力を持っている。
かなり死徒化が進行したとはいえ、やはりあの霊薬は不完全だったようだ。
中途半端で死徒化が止まっている。
肉体が死徒化しているという訳ではない。
人間の死徒化はその存在そのものを書き換える。
俺という魂が死徒という病に汚染されているような状態だ。
肉体の問題ではなく、精神や魂の問題だ。
今の俺は、下級の死徒程度の再生能力と身体能力があるだけの人間と言った所か。
つまりは半分人間で半分死徒の中途半端な半端者のまま。先程と殆ど同じだ。
それでいい。目の前の代行者を屠るには充分だ。
「行くぞ」
俺は自身の剣に魔力を流す。
強化魔術で強化しようとしたが、ふと思い至って剣に変化魔術を行使する事にした。
俺は自分の腕を少しだけ切って、俺の血を剣に滴らせる。
「させるか」
俺の魔術を邪魔しようと代行者がこちらに跳躍して向かってくる。
だが遅い、血は既に剣に落ちた。
血液は魔術において重要な魔術行使の媒介だ。
ましてやそれが死徒ならばその重要度は魔術師とは比べ物にならない。
死徒の血はエーテルで出来ているとされている。
それに魔力を通せば自然と形になるだろう。
そして変化魔術を使用して、普通の剣を変化させる。
剣に落ちた俺の血は剣を瞬時に包み込み、形を変える。
イメージするのは前世で憧れていた大英雄の大剣。
俺の持っていた普通の剣は紅い片刃の大剣へと姿を変えた。
どうやら半端な死徒化によって血の効果にも不備があったらしい。
あの大剣を再現するつもりが中途半端に再現された物になってしまった。
別にいい、これで目の前の代行者を屠る武器ができた。
せっかくだ、この剣に名前を付けよう。
「
剣を強化させた結果生まれた大剣だから
我ながら安直だが別にいいだろ。
この大剣と死徒として身体能力があれば、
こちらに接近した代行者は両手で握り込んだ一本の黒鍵で斬りつけてくる。
全力の魔力を流したのか黒鍵の剣身が柄に似合わない大剣となっている
それを作り上げた大剣を一閃させて迎撃する。
ガキィィィィン!という大剣と大剣がぶつかり合う音が響き渡る。
その一合の機に、二合、三合と大剣で剣戟を繰り広げる。
駄目だ、あやふやな記憶ではあの英雄の剣術を再現できない。
互い振るわれる大剣はお互い無傷、剣戟の中で起死回生の魔術行使を開始する。
「前世経験──
魔術を行使する。難しい魔術ではないから大した問題はない。
本来ならば降霊術は専門外で、碌に教えてもらってもいない。
だが
細かい術式は不要。
頭の中、つまり脳に魔力を流し
文字通り頭が割れるような激痛が走るが、そんな物はもう無視だ。
たかが痛みで彼女を護れるならば安い代償だ。等価交換にすらならない。
激痛の中で、俺は前世の自分の全てを思い出す。
前世で学んだ教え、使えていた技能、そしてその魂に刻んだ思い出まで全てを思い出す。
初めて聖女を見た時の事、彼女を目で追って自覚した俺の想いの全てを思い出す。
ああ…俺は本当に幸福だ…
そこまで思い出して、戦闘中だというのに俺はついそんな事を思ってしまう。
次に振るわれた俺の大剣は音を置き去りにして、一瞬にして二十八の斬撃をほぼ同時に放つ事ができた。
前世で見たあの農民を自称するあの侍みたいに同時に放つ事は叶わないが、そこは数でカバーする。
あのカルナと渡り合う
その数十の斬撃を浴びた黒鍵の剣身は砕け散り、代行者はその斬撃の衝撃波で吹き飛ばされる。
「この…半端な死徒風情がぁ!」
代行者が声を上げて、今度はありったけの黒鍵を投擲してきた。
黒鍵は合計で30本。一体どこに隠し持っていたんだか。
思い出を少しだけ隅に追いやって、今は必要な技能を引き出す。
「悪いな代行者、どうせなら完全な死徒の方が良かったかもしれないがそこは我慢してくれ」
前世で振るった剣の経験と、あの場所にいた時には一瞬でも振るえていた憧れの英雄の剣術を再現できる死徒としての身体を持った今の俺に黒鍵の投擲など、意味をなさない。
跳躍する。
それと同時に紅い片刃の大剣が音を置き去りにして振るわれ、投擲された三十の黒鍵を一秒の内に全て叩き起としながら一気に代行者へと距離を詰める。
トドメは剣ではダメだ。
最悪体を真っ二つにしても執念で反撃される危険性もある。それくらい危険性が代行者にはある。
故に魔術で仕留めると決めていた。
「なッ」
代行者の顔面を右手で鷲掴みする。
そして間髪入れずに
「
触れた代行者の頭部から魔力を流し、その物体を把握し、魔力を変質させ最適な破壊を行う。
それが俺の魔術。
代行者は抵抗しようと踠くがもう遅い。
代行者は悲鳴も遺言も言う暇も無く、その頭部と心臓を破壊されて絶命した。
反撃される事のないように体を正面から大剣で両断する。
人を殺してしまった。
当然、罪悪感もあるし、手を汚した自覚もあるが、今はそれ所じゃない。
そこはもう切り替えて行こう。
ふぅ…と一息を吐くと、再び激痛が俺の肉体を襲う。
「ッッッ…………あッ」
当然だ、俺は半分人間で半分死徒の半端者。
死徒としての力を使えば人間としての部分が破壊されていく。
体内の内臓の幾つかが内側から破裂しているのを感じる。
両手両脚の筋肉もまるで耐えられなくなったように内側から断裂し破裂していく。
地面に倒れ込む。
「はぁ…はぁ…」
そしてじっと肉体が崩壊が収まるのを待つ。
崩壊が終わると、今度は死徒としての再生能力が俺の崩壊した体を再生していく。
地面に大の字で横になって想いに耽る。
なんとも不便な体だ。これからこの体で生きていくのかと思うと憂鬱になりそうだ。
だが、この体じゃないと彼女を護り切れない。
「アナタは…一体」
そう思っていると聖女の声が聞こえた。
振り向くと彼女の姿が見えて安堵する。
ああ…なんて…美味しそうな人なんだ
近づいて、彼女の首に牙を突き立てて、その血を啜りたい欲求に襲われる。
無意識に彼女へと歩みを進めていた。
今すぐにでも彼女に近づき、その血を飲み干したかった。
啜る前に彼女の顔を見る。最期くらいは彼女の顔をよく覚えておこう。
その表情は
その顔を見て、一気に我に帰る。
そうだった、まだ吸血衝動は治まってはいない。
また彼女を襲ってしまう所だった。
「もう起きたのか。まだ寝ていてもいいんだぞ」
衝動に耐えならなんとか精一杯の言葉を紡ぐ。
俺の事はいい。今は彼女の方が心配だ。
「いえ…大丈夫です」
俺に怯えながらも、彼女は俺と話をしてくれた。
「沢山、聞きたい事があります」
それだけで、今はただ嬉しい。
「なぜ、アナタは私を助けてくれたのですか?」
今なんでそんな事を聞くんだ?と一瞬思ったが、それは当然の疑問だ。
今の俺と彼女は一度会話をした程度の仲でしかない。
前世でも、すれ違ったりした程度であまり会話もしていなかったしな。
俺が一方的に惚れ込んでいただけだ。
「最初に見た時、貴女が神に祈る姿が美しかった。それを見てつい助けたくなった」
「それに、助けて欲しそうにしていたからな」
事前に用意していた正直な気持ちを言う。
そう聞かれたらこう答えると決めていた。
あの時、俺に助けてくれるのか?と聞いたのは心の奥底では誰かに助けて欲しいと願っていたからだ。
それはおそらく本来の歴史でも同じだろう。
前世の歴史ではその声に応えてくれる人はいなかったのかもしれないが、とりあえず今は俺が彼女を声を拾えた奇跡に感謝しよう。
俺の答えを聞いて彼女は笑った。
まるで面白い話でも聞いたみたいに笑っていた。
その笑顔を見て、吸血衝動はいつの間にか治まっていた。
きっとまた吸血衝動は襲ってくるだろう。
きっと多くの困難がこれから降りかかるだろう。
今はただ彼女と共に行動できる今を噛み締めよう。
それから彼女を故郷へと送る旅は正直楽しかった。
色々と大変な事もあったが、大体は父から教わっていた魔術で切り抜ける事ができた。
父には感謝しかない。
決して楽な旅路ではなかったが、彼女といた時間はとても楽しかった。
そうか、俺は
「起きろ……こんな所で寝ていては風邪をひくぞ」
懐かしい声が聞こえて、意識が浮上する。
どうやら意識を失っていたらしい。
彼女の故郷の目の前まで辿り着いた所でまた吸血衝動が襲ってきて、それを抑えようと意識を自分から刈り取ったんだった。
「まったく…探したぞ」
意識がはっきりとしてきた。
木に寄りかかった俺の前にいたのは、今世の俺の実の親、父がいた。
「……驚いているな?まずは何から説明すればいいのか…」
そりゃ驚くだろう。
てっきり俺のせいで処刑されてるとばかり思っていた。
今すぐにでも謝罪したいが、どうやら自分から意識を刈り取ったせいで肉体がまだ動きづらくて声も出せない。
「お前が魔女と言われたあの少女を救う為に処刑を邪魔したと聞いた時は流石に驚いたぞ。だから家に色々と押しかけて来てな、元からもうそこまで国への忠誠心は無かったのでこの際だからと思って国家反逆してみた」
そんな買い物するついでみたいなノリで国家反逆したのか…。
だが今は父の無事を喜ぼう。家に来た国の刺客はおそらく父が返り討ちにしたんだろう。
なんせ俺の魔術の師匠だ。魔術の腕前は俺よりも遥かに上だ。
「何故お前が彼女を助けようと思ったのかは、大体見当がついている」
なぜ分かるんだろう?。
兵士なってからは全く連絡してないのに。
「不思議そうだな、俺も似たような事があったからさ。一度だけ家族からも疎まれ、周りが敵だらけだった女性を救おうとあちこちに喧嘩を売った事があるだけだ」
ああ…なるほど。確かそんな母との馴れ初めを子どもの頃に聞いた事がある気がする。
「理由はおそらく、お前も一目惚れだろう?」
なんで分かったんだ父よ
「分かるとも。お前は俺の息子なんだからな」
何故俺の心が読めたんだ父よ。俺はまだ喋れるようになってないぞ。
「そんな顔を赤くして恥ずかしそうな顔をするな。いいじゃないか、1人の惚れた女性を救おうと足掻くなんて誰でもできる事じゃない」
どうしてだ?
俺は自分勝手な理由で国を相手に戦ってしまったのに。
これまで先祖が祖父が家で築いてきた物を潰してしまったのに。
これまでだって沢山迷惑をかけてきたのに。
「迷惑だなんて思ってない。むしろ誰かの為に戦う事が出来る息子を持って、俺は本当に誇らしい」
なんだか涙が出ていた。
親というのは知識としては知っていた。
知識としてでしか知らないが親にも色々ある。
子どもとの関係が上手くいかない例や子どもとの関係すら築けない例がある事も知っている。
きっと俺は恵まれている。
こんな素晴らしい親を持てたのだから。
「ありがとう」
力を振り絞って声を出す。ああ…やっと声が出せた。
これで漸く最後の頼みを口にする事が出来る。
「父よ、俺を殺してくれ。吸血衝動を抑えるのがもう限界なんだ…最期は…人として死にたい」
死徒化してからもう何も口にしていない。
彼女と旅をしていた時もずっと吸血衝動が襲ってきた。
渇いて、渇いて、渇いて仕方ない。
もしもこのまま吸血衝動に呑まれて誰かの血を吸うと、きっと俺は吸血衝動の奴隷となり本物の化け物に成り果ててしまう。
「やれやれ…あの霊薬が無くなっている事に気づいてから薄々予想はしていたが、やはりそう来たか。実を言うと俺の父…つまりお前の祖父も同じ頼みを俺にしてきたんだぞ?まったく…そんな酷な頼みを二度もされる俺の気持ちも少しは考えてくれ…」
ああ…やっぱりそうなんだ。
祖父は聖堂教会に処理されたと聞いていたが、聖堂教会はその手伝いをしただけで祖父の処理自体はやはり父がしていたのか。
本当に申し訳ない。再会した父にこんな事を頼むのは本当に心苦しいが、俺が化け物となって彼女を脅かすのは絶対に嫌だ。
「すまない…本当に…すまない」
父には本当に申し訳ない。親不孝な息子で本当に申し訳ない。
それでも彼女の重荷になるのは嫌なんだ。
俺の吸血衝動の事を知れば、きっと彼女は自分のせいだと自分を責めてしまうだろう。
俺が本当の化け物になったら、彼女にも父にもきっとその心に深い傷を残してしまうだろう。
だから、せめて俺がまだ半分だけ人間でいられている内に殺してほしい。
「……子が親にそんなに謝るな。後始末は任せろ、お前が助けたがっていた彼女にもキチンと説明しておく。ただ…」
ただ…?
「俺も…些か疲れた。お前の母さんがいなくなってからお前が俺の生き甲斐だったからな。後始末が終わったら、俺もお前の後を追うよ。それくらいは許してくれ」
……ああ、本当に…俺は…父になんて迷惑を…
「だからそんな悲しそうな顔をするな。俺は少し遅れるが一緒に母さんの所へ行こう。これでやっと…妻にお前を紹介してやれる」
「できる事ならお前が助けた彼女の事も紹介してほしいが、それはまた今度にしよう」
嬉しさと悲しさを内包したような表情を浮かべた父は俺に懐から取り出した黒鍵を心臓に突き刺した。
「先に行っていろ、俺の息子…ヴィクトル。後始末を終えたらすぐに行くから向こうで待っていてくれ」
心臓を貫かれたのに不思議と痛みは無い。
以前、あの代行者に黒鍵で刺された時は激痛だったのにえらい違いだ。
「ああ…待ってる」
最後の力を振り絞って父へ返事を返す。
化け物と成り果てる事も無く、彼女を襲う事も無く、人として死ねた事に安堵して、俺の意識は闇に落ちた。
なんか、生意気なトリックを仕掛けててすいませんでした…
ぶっちゃけこのネタバラシ回をやりたかったが為にジャンヌ視点の話を先に出しました。
ジャンヌ視点を後に回した方が物語としては綺麗だったかもしれないと思い始めてちょっと後悔してます。
あとこの後書きに色々載せるつもりだったのですが、ちょっと長くなったので次回に回す事にしました。明日にまた投稿します。
後の世ではヴィクトルやジャンヌはどういった認識なのか現代の動画配信者が解説するだけなので短いと思いますが、良ければ読んで頂けると嬉しいです。
人物補足
ヴィクトル(エンハウンス)
ご存じ彼の前世はFGOでは巡礼の葉で交換できて、あのじれったい某夫婦の息子っぽいポジションに落ち着いてカルデア生活を満喫していたあの子です。終章後に消えちゃったのでその魂は転生したという感じ。
本体から切り離された端末が転生して英霊の座に刻まれ英霊となりました。転生というプロセスを挟んでますが大体英霊のアルテラとよく似たような存在になっています。
ジャンヌ・ダルク
自分を助けてくれた&無自覚に好意まで抱いていた人が先に逝ってしまった事で心にグッサリとデカい傷を負ったまま消えるという結末を迎えた可哀想な子。最期で神隠しにあった事で後の世では彼女を更に神聖視する声と信仰を集め、その逸話が原因でこの世界のFGOではメタトロンの依代に選ばれた。という設定。
そして、この世界でのApocryphaではその魂と自身の直感からジーク君にヴィクトルを感じ取って、ジーク君をヴィクトルと確信して最初っからジーク君への好意がフルスロットル。その為ジーク君への好意が周囲から見てもかなり分かりやすくなっている。
ただ周りからはどう見ても初恋相手をジーク君に重ねてるようにしか見えないのでヴィクトルの事情を知らないと闇深なヤンデレにしか見えないのが難点。
もしヴィクトルとジークが両方存在する現場にジャンヌが遭遇した場合、果たして彼女はどうなるのか。
ヴィクター
なんで黒鍵を持っていたのかというと彼の父を介錯する時にその時の担当の代行者に一つ貰ったから。息子の遺体を回収して妻の眠る墓に埋葬した後に自殺を決行する。その遺体は息子の遺体と共に眠っていたが、後の世で行われる亜種聖杯戦争で魔術師がヴィクトルを召喚する触媒として掘り起こされる。