転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる   作:模範的アーク市民

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 ガコン、と足元で硬質な音が響いた。

 次いで、内臓が浮き上がるような不快な浮遊感が襲ってくる。

 

「……うっぷ。これが噂の地上への架け橋かよ」

 

 吐き気を堪えながら、振動する壁に背を預けた。アーク地下深部から地上へと伸びる、長大な輸送エレベーター。今日が、指揮官としての初陣だ。

 

 同乗者は三名の少女たち。全員が量産型ニケと呼ばれる、アークの主戦力だ。

 彼女たちは直立不動で、微動だにしない。その装甲には、過去の激戦でついたと思われる細かい傷や、幾度もの補修跡が見て取れる。

 士官学校(アカデミー)を出たばかりの新米とは違う、場数を踏んだ古参兵(ベテラン)たちだ。

 

「……指揮官。顔色が優れませんね」

 

 汎用歩兵モデルのプロダクト12が、淡々とした口調で話しかけてきた。その瞳に心配の色はない。あるのは()()()()()()()()()()という、諦めに似た冷ややかさだ。

 

「心拍数が上昇しています。過呼吸の恐れあり。……鎮静剤を使用しますか?」

「いらん。……ただの乗り物酔いだ」

 

 冷や汗を拭いながら、強がって見せた。彼女たちの視線が痛い。新卒のエリート様が、戦場の空気にビビってる――そう思われているのが手に取るように分かる。

 

「それより、装備の確認は済んでいるな?」

 

 問いかけると、彼女たちは慣れた手つきで武装を点検した。

 

 盾役(タンク)の重装甲モデルプロダクト23。

 遊撃(アタッカー)のプロダクト12。

 狙撃(スナイパー)のプロダクト08。

 

 あえて申請した、バラバラの機種による混成部隊だ。補給担当には、管理が面倒だと嫌な顔をされたが、生存率を優先した結果だ。

 

「地上到着まで、あと30秒。……指揮官、一つ忠告を」

 

 P-12が、まるで年下の子供に言い聞かせるように言った。

 

「戦闘が始まったら、私たちの後ろに隠れていてください。貴方の仕事は()()()()()()です。指揮は……現場判断で私たちが回しますので」

 

 典型的なお飾り指揮官への対応だ。しかし、腰のサブマシンガンのコッキングレバーを引きながら、静かに首を横に振った。

 

「却下だ」

「……はい?」

「俺の指示通りに動け。自分の部隊で死人を出すと、寝覚めが悪くて飯が不味くなるタチなんだ」

 

 真っ直ぐに彼女たちを見据える。吐き気は収まらないし、膝も笑っているが、言葉だけは強く置いた。

 

「いいか、総員傾注。俺たちは英雄じゃない。ただの公務員だ。だから定時で帰るぞ。残業はお断りだ。……開くぞ!」

 

 プシューッ――と蒸気を吹き出しながら、分厚い隔壁が開いていく。差し込む容赦のない直射日光が網膜を焼いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「全機、止まれ。……その先、何かいるな」

 

 P-23の肩を掴み、強引に瓦礫の陰へ引き戻した。

 

「し、指揮官? ラプチャー反応あり、交戦距離です。前に出ないと射線が……」

「出るな。自殺志願者じゃないんだから、安易に体を晒すな」

 

 低い声で告げる。P-12たちが顔を見合わせる。新人は恐怖で足がすくんでいるのか? ……そんな空気が流れたが、無視して指示を飛ばした。

 

「P-23、お前はあのバスの残骸の影で盾を構えろ。絶対に頭を出すな。敵を引きつけろ」

「P-12はその横から牽制だ。バラ撒くだけでいい」

「P-08は後方のビルの2階へ走れ。あそこなら全域が見渡せる」

 

 矢継ぎ早に飛ぶ、具体的すぎる指示。彼女たちは戸惑いながらも、長年の戦闘経験からその配置が理にかなっていることを本能的に悟り、持ち場へ散った。

 直後、前方の瓦礫が吹き飛び、機械の獣たちが姿を現した。ラプチャーだ。その群れの中央で、中型級がブゥン……と低い駆動音を上げ始める。

 

「高エネルギー反応! 砲撃が来ます!」

 

 P-12が叫び、こちらを庇おうと身を乗り出す。その瞬間。

 

 ――ズキン!

 

 こめかみを焼くような激痛。網膜に焼き付くのは、見慣れた赤い照準円(ターゲットサイト)だ。

 この世界に来てから何度も目にしてきた。敵の弱点、破壊すべきポイント――。

 だが、今日はそれだけではなかった。

 

(……っ、なんだ、これは……!?)

 

 ノイズ混じりの視界に、見たこともない映像が強制的にロードされる。

 

 ――チャージ完了。極太のレーザーが放たれる。

 ――逃げ遅れたP-12が蒸発し、P-23が盾ごと溶解する。

 

 あまりに高精細で、あまりに悪趣味な()()()()()のダイジェスト。

 ゲームのバッドエンド映像を脳内に直接叩き込まれたような感覚に、背筋が凍りつく。

 路地裏で死にかけた時だって、こんな映像は見えなかった。なのに、本能が理解してしまった。乾いた笑いがこみ上げる。

 

「P-08! あいつの胸の()()()()()()()()を撃ち抜け!」

 

 痛む頭を押さえながら指示を飛ばす。無線越しに、P-08の戸惑った声が返ってきた。

 

『えっ!? あそこはエネルギー収束点です、下手に撃てば誘爆の……』

「いいから撃て! 今すぐだ!!」

 

 苛立ち混じりの命令に、P-08が反射的にトリガーを引いた。

 

 カッ――!

 閃光と爆音。脳内の映像がノイズと共に霧散し、現実のラプチャーが自らのエネルギーに飲み込まれて爆散する。

 

「……て、敵部隊、沈黙。……全滅、しました」

 

 一瞬の静寂。P-12が、信じられないものを見る目でこちらを振り返った。アカデミーの定石を無視して、あの一瞬で最善手を打った新米指揮官。彼女たちの目には、とんでもない戦術眼の持ち主に映っているはずだ。

 

「指揮官……今の判断は……? なぜあの一瞬で……」

 

 震える声で問う彼女に、溜息をつきながら髪をかき上げた。ゲームの画面が見えた、なんて言えるはずがない。言えば即座に精神汚染の疑いで処分される。

 だから、能面のような無表情を作って、嘘を吐いた。

 

「……見れば分かるだろ」

「見れば……ですか?」

「ああ。あんなにエネルギーを溜め込んで赤熱してたんだ。不安定な状態なのは明らかだろう。ピンの抜けた手榴弾と同じで、ちょっと突っつけば暴発するに決まってる」

 

 呆れ半分に言う。P-12たちが顔を見合わせ、絶句した。

 やがて、彼女たちの瞳から侮りの色が消え、代わりに得体の知れない畏怖が宿っていくのが分かった。

 

(……やばい、変に評価が上がったか?)

 

 内心で舌打ちしながら、ラプチャーの残骸へと歩み寄った。これ以上長居したら、他の敵が集まってくる。さっさとずらかるに限る。

 

「指揮官、周辺警戒と資源回収を……」

「却下だ。そんな暇はない」

 

 残骸の胸部をナイフでこじ開け、中から輝く結晶体――コアだけを引き抜いた。まだ熱を持つそれをハンカチで包み、ポケットにねじ込む。

 

「戦利品はこれで十分だ。全力でエレベーターに戻るぞ!」

「し、しかし、到着からまだ5分も経っていませんが……!?」

「5分も生き残ったんだ。上出来だろ!」

 

 呆気にとられる彼女たちの背中を押し、まだ扉が開いたままのエレベーターへと駆け込んだ。閉まる扉の隙間から、遠くに新たなラプチャーの群れが見える。間一髪だった。

 

 こうして、俺の指揮官としての初陣は終わった。

 

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