転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる 作:模範的アーク市民
ガタゴトと揺れる輸送エレベーターの中。流れているのは重苦しい沈黙……ではなく、微妙にピリついた空気だ。
今回の任務は、前哨基地近郊にある旧アーク発電所の確保と再稼働。
メンバーはイヴと、カウンターズの三人。
そして、ミシリスからの監視役 兼 臨時戦力として同行している、ワードレス部隊の二人だ。
「……ねえ。ちょっと狭いんだけど」
アニスが不満げに呟く。
彼女の視線の先には、巨大なロケットランチャーを抱え、不機嫌そうに貧乏揺すりをしているピンク髪の少女――ユニがいる。
「あーあ。うるさいなぁ。……ねえミハラ、この黄色いの、口塞いでいい?」
「ダメよユニ。任務中だもの」
隣でボンテージ姿の美女――ミハラが、嗜めるように微笑む。
アニスとユニ。相性は最悪らしい。水と油というか、炭酸とメントスというか。
胃の痛みを覚えつつ、意識を逸らすためにタブレット端末の電卓アプリを起動する。
今回の任務報酬と、必要経費の計算。
……どう弾いても、ネオンの弾薬費と、この後の設備投資で赤字だ。
「はぁ……。世知辛い」
思わず溜息をついた、その時。
それまで静観していたミハラが、ふと興味深そうに口を開いた。
「ねえ、気になってたのだけど」
妖艶な視線が、一同を順に見回す。
「あなたたち、彼――この指揮官さんの呼び方が、バラバラじゃない?」
言われてみれば、確かにそうだ。
「私は指揮官さん、ユニはお兄ちゃんだけど……」
ミハラが視線を向けると、まずイヴが元気よく手を挙げた。
「私はアダム先輩です! いつも私を導いてくれる、頼れる先輩ですから!」
キラキラとした純粋な瞳。眩しすぎて直視できない。
「私はアダム指導官です!」
続いてネオンが、自慢のショットガンを撫でながら答える。
「たまにケチ指導官と思うこともありますが、基本的には指導官です!」
「……おい、今サラッと悪口混ざってなかったか?」
「事実を述べたまでです。指導官は常に弾薬費の話ばかりしますから」
ネオンは心外そうに眼鏡を直した。どうやら、彼女の中での評価は口うるさい上官らしい。
そして、ラピが静かに口を開く。
「……私は指揮官と呼んでいます」
その言葉に、ミハラが小首をかしげた。
「あら? でも彼、もう臨時指揮官じゃないんでしょう?」
「……本来は臨時でしたが、すでにこの呼び名で馴染んでしまいましたし」
ラピは少しだけ視線を泳がせ、隣のイヴを見る。
「それに、イヴともお互いに名前で呼び合うことにしましたから。現場での混乱を避けるためにも、区別としてこのままの方が合理的です」
「ふーん……」
ミハラが面白そうに目を細める。
すると、今まで黙っていたアニスも口を挟んだ。
「私も指揮官ね。……ま、イヴのことは名前で呼んでるけど」
「あら、あなたたち仲良しなのね」
「まあね。こないだコイツ……イヴの部屋で、お泊り会なんてやったし」
アニスが少し照れくさそうに頭をかいた。
その言葉に、イヴがパァッと顔を輝かせる。
「はい! ラピとアニスと、夜通し語り合って絆を深めたんです! 枕投げとか、恋バナとかして!」
「おい、あの狭いボロ宿舎でか……?」
思わず突っ込む。
「楽しかったわよねー、ラピ。あんた、枕投げる時のフォームが完全に投擲兵器のそれだったけど」
「……アニスこそ、枕の中に硬いものを入れていたでしょう。迎撃しなければ被弾していました」
ラピが真顔で返す。どうやら壮絶な戦いがあったらしい。
だが、そのやり取りには確かに、以前のような余所余所しさはなかった。
「ふふっ、次はネオンさんも絶対参加ですよ!」
「えっ、私ですか?」
イヴに指名され、ネオンがキョトンとする。
「はい! まだネオンさんとはゆっくりお話してませんから! 次回は強制参加です!」
「むむ……火力の研究会なら歓迎ですが、枕投げですか。……弾道計算が必要ですね」
「……ま、いいんじゃない? 頭数増えたほうが騒がしいし」
アニスも満更でもなさそうだ。
彼女たちの間には、すでに確かな連帯感が生まれていた。
「……なるほどね。絆、か」
ミハラが意味深な視線を寄越す。
「で、そんな彼女たちを率いる貴方は、なんて呼ばれたいの?」
「……好きに呼べ」
肩をすくめて答える。
「どうせ俺はただの戦術指導官だ。名前なんてあってもなくても変わらん」
女子会トークで盛り上がる彼女たちを見て、改めて住む世界の違いを感じていたのだ。
だが、イヴがむっとした顔で詰め寄ってきた。
「そんなことないです! 先輩は、私たちのリーダーです!」
「……はいはい、わかったから顔近い」
真っ直ぐな信頼を向けられると、どうも背中が痒くなる。
彼女を軽く押し返し、エレベーターの扉が開くのを待った。
◇
『……到着しました。ここが旧発電所エリアです』
オペレーターのシフティーの声が、インカムから響く。
地上に出た一行の目の前には、錆びついた巨大なプラントが聳え立っていた。
だが、問題はその周囲だ。
「うわぁ……。うじゃうじゃいるわね」
アニスが顔をしかめる。
発電所の周囲は、無数のラプチャーによって完全に包囲されていた。
地上を彷徨う野良ラプチャーたちが、稼働音に引き寄せられたのだろう。
『正面突破は危険です。敵の数が多すぎます』
シフティーが冷静に分析する。
『施設の地下に通じる排水溝ルートがあります。そこから迂回して、内部へ潜入することを推奨します』
端末に地図が表示される。
確かに、地下の下水道を通れば、敵に見つからずに制御室近くまで行けるようだ。
だが。
「……」
その図面を見て、顔をしかめた。
狭い。暗い。そして何より――。
(……汚れるじゃねえか)
下水道だぞ。ヘドロまみれになるのは確定だ。
着ている制服は、一応指揮官用の特注品。クリーニングに出せば、特殊洗浄で3000クレジットは飛ぶ。
それに、こんな狭い通路で万が一敵に遭遇したら、回避行動が取れない。
ゲーム的に言えば、閉所での乱戦は事故率が高いクソマップだ。
即決した。
「却下だ」
『えっ?』
「そんな狭い場所で囲まれたら全滅する。リスクが高すぎる」
もっともらしい理由を並べ立てる。
「それに……泥だらけになったら、帰りのエレベーターに臭いが染みつく。クリーニング代も馬鹿にならん」
「えっ? じゃあどうすんのよ。この数を相手にするの?」
アニスが信じられないという顔をした。
眼前の敵集団を見据え、不敵に笑う。
「ああ。……ここなら射線が通る。一気に片付けるぞ」
広場なら、こちらの
それに、今日は使い勝手のいい駒がいる。
背後に控えるワードレスの二人を振り返った。
「ユニ! ミハラ! お前らの
「……は? なんでユニが、お兄ちゃんの命令なんか……」
「いいから構えろ! 弾薬費をケチるには、お前らの力が必要なんだよ!」
強引に指示を飛ばす。
視界に赤いグリッドが展開された。敵の配置、射線、そして感知範囲がすべて見える。
「ユニ! 3時の方向の敵群に感覚遮断を撃て! 視覚情報を奪って棒立ちにさせるだけでいい、トドメは刺すな!」
「えー? 地味ー……。爆発させたいのに」
「ミハラ! お前は一番デカい個体――あの中型ラプチャーに感覚交換を繋げ!」
「あら……。どうするの?」
「被弾して、その痛みを奴に誤認させろ! 奴の思考回路を焼き切って、お前にヘイトを固定させるんだ!」
指示を受け、ミハラが妖艶に唇を舐めた。
「なるほど……。私が受けた
ミハラが弾幕の中へ踊り出る。あえて攻撃を受け、その衝撃データを中型ラプチャーへ強制送信。
突如発生した
「そうだ! 敵が一箇所に固まった、その隙にネオン!」
「はいっ!?」
ネオンの背中を叩く。
「火力の時間だ!! 密集地帯をまとめて吹き飛ばせ!!」
「え……?」
ネオンが目を丸くする。
「まとめて、ですか? いつもは無駄撃ちするなって……」
「馬鹿野郎! チマチマ撃ってたら弾代がかさむだろ! 敵が一箇所に固まってる今なら、一発で全部消し飛ぶ!」
握り拳を作って力説した。
「最小の弾薬で、最大の戦果を上げる! これぞ究極の節約術だ!」
その言葉を聞いた瞬間、ネオンの瞳に
「……ッ!! そ、そうです……その通りです!」
ネオンが震える声で叫ぶ。
「ただ撃ちまくるのは二流のすること! 真の火力とは、一点に集中させ、効率的に殲滅すること……! 指導官は、ケチなのではなく……効率の鬼だったのですね!」
「あ? まあ、そうとも言うが……」
「見誤っていました……いえ、教えてください、その極意を! 了解です、
「は? 師匠?」
「火力ゥゥゥゥ!!!」
ドォォォォォン!!
ユニの能力で視界を奪われ、ミハラから共有された痛みで錯乱したラプチャーの群れ。
そこに、覚醒した(?)ネオンのショットガンによる最大火力が直撃する。
回避も防御もできない敵は、文字通り紙屑のように吹き飛んだ。
「……殲滅確認。被害、ゼロです」
ラピが呆れたように報告する。
真正面からの堂々たる蹂躙劇。
排水溝を通らず、泥一つ付かずに、最短ルートでの突破に成功した。
「あら……私たちの使い方、よくご存知ね?」
ミハラが自身のコートの埃を払いながら、熱っぽい視線を送ってくる。
「初対面で、ここまで私たちの癖を理解して指揮した人間なんて初めて。……ゾクゾクしちゃうわ」
「……ふん。まぐれでしょ」
ユニは面白くなさそうに顔を背けたが、その表情には少しだけ驚きの色が混じっていた。
◇
発電所の内部。
制御室へ続く廊下は、不気味なほど静まり返っていた。
(……静かすぎるな)
UIには、まだ敵性反応はない。
だが、胸騒ぎがする。この手の静寂は、大抵ロクなことがない。
制御室の扉を開ける。
そこで目にしたのは――端末を操作しているラプチャーの姿だった。
「ありえない……」
ラピが息を呑む。
ラプチャーが施設を
そんなイレギュラー、聞いたことがない。
『警告! 高エネルギー反応! 敵の増援です!』
シフティーの悲鳴と共に、警報が鳴り響く。
天井が崩れ、無数の飛行型ラプチャーが雪崩れ込んできた。
「迎撃ッ!!」
叫ぶと同時に、激しい銃撃戦が始まる。
だが、敵の数が多すぎる。
その時、視界に強烈な警告が表示された。
【CAUTION : Targeted >> EVE】
「ッ!?」
敵の射線が、一本の太い束となってイヴに集中している。
イヴは敵の出現に気を取られ、回避動作が遅れていた。
(マズい、直撃する!)
そう認識したのと同時に、視界の隅でラピが動いた。
彼女もまた、イヴの危機を察知したのだ。
自分の身を投げ出して、イヴを庇おうとする自己犠牲の動き。
だが、その瞬間。
脳裏に、強烈なノイズが走った。
ザザッ――!!
視界のUIが赤く染まり、ほんの数秒先の未来が、走馬灯のように強制再生される。
――イヴを庇い、レーザーに貫かれるラピ。
――コアを損傷し、機能を停止する体。
――絶叫するイヴ。崩壊する戦線。
あまりに鮮烈な、死の予知。
これが原作のイベントなのか、俺の能力が見せた可能性なのか、そんなことを考えている暇はない。
(……させるかッ!!)
思考よりも先に、身体が弾かれたように動いていた。
「ッ、イヴ!」
ラピが叫び、飛び出そうとした――その一瞬前。
イヴの襟首を掴み、強引に懐へ引き寄せる。
そのまま勢いをつけて、瓦礫の陰へと滑り込んだ。
同時に、飛び出そうとしたラピへ鋭く叫ぶ。
「動くなラピ!! ステイだ!!」
「ッ!?」
気迫と、絶対的な命令。
ラピは反射的に足を止めた。
ジュッ……!!
その直後。
本来ラピが飛び込むはずだった空間を、灼熱のレーザーが焼き払った。
もし彼女が動いていれば、確実に大破していただろう。
「……っ!」
ラピが目を見開く。
彼女は驚愕していた。指揮官が、自分よりも速く反応し、最善手を選択したことに。
「……ふぅ。危なかった」
瓦礫の陰で息を吐き、腕の中を見る。
抱きすくめられる形で、イヴが目を白黒させていた。
「怪我はないか、イヴ」
「……ぁ……」
顔の距離は数センチ。
互いの吐息がかかるほどの密着状態。
状況を理解した瞬間、イヴの顔が一気に沸騰した。
「は、ひゃい……!?」
「ん?」
「ち、ちかい……近いですっ、アダム先輩……! そ、それに、守って、くれた……?」
イヴの瞳が潤み、顔色が真っ赤に染まる。
彼女はシャツをギュッと握りしめ、パニックを起こしたように震えていた。
「だ、だだだ大丈夫です! 元気です……!」
(……なんだ? 衝撃でバグったか?)
首をかしげる。感傷に浸っている暇はない。
地響きと共に、壁を突き破って奴が現れたからだ。
『WARNING: TYRANT CLASS DETECTED』
「ギギギ……ガガガガガッ!!」
耳障りな金属音と、重低音の駆動音。
巨大なドリルを装着した、芋虫のような異形のラプチャー。
「キャアアッ! な、なによコイツ! キモチワルイ!」
「師匠! あいつ、私の火力を試そうとしてます!」
すっかり師匠呼びが定着したネオンと、アニスが叫ぶ。
狭い通路での高速戦闘。異形のラプチャーがドリルを回転させ、突進の構えを取る。
通常の動体視力では捉えきれない動きに、部隊が翻弄されかける。
だが。
「慌てるな! 動きは単純だ!」
イヴから離れ、瞬時に指揮モードへ切り替えた。
ラピが無事だ。指揮系統は健在。なら、負ける要素はない。
視界には、高速で動き回る大型ラプチャーの胴体に、輝く
「全員、俺の指示に合わせろ! 奴の攻撃を潰す!」
「り、了解!」
指先で虚空を指し示す。
UIが示す未来予測に従い、叫ぶ。
「右だ! 次は中央! ……来るぞ、フェイントだ!」
大型ラプチャーの不規則な動きも、今の目には予測線付きの軌道として映る。
まるでリズムゲームのノーツを処理するような感覚だ。
「今だ、撃ち抜け!!」
ズガガガガガッ!!
全員の一斉射撃が、敵の赤丸を正確に撃ち抜く。
突進を止められ、体勢を崩した大型ラプチャーが、苦し紛れに口を開けた。
そこだ。
「ネオン! お前の大好きな時間だ!」
「はいっ!?」
「あの口の中に、ありったけの火力を叩き込め!!」
ネオンの顔が、恍惚とした笑顔に変わる。
「待ってましたぁぁぁ!! 火力ゥゥゥゥ!!」
至近距離からのフルバースト。
轟音と共に、大型ラプチャーの頭部が粉砕され、巨大な身体が爆散した。
◇
「……作戦完了。お疲れ様でした」
静寂が戻った通路で、ラピが銃を下ろす。
彼女の視線が、真っ直ぐに向けられた。
「……あの時。私が動くよりも早く、貴方は動きましたね」
「ん? ああ、なんとなくな」
誤魔化すと、ラピは静かに首を振った。
「貴方がいなければ、私は機能停止していました。……感謝します、指揮官」
その眼差しには、今までの事務的な敬意とは違う、もっと深い信頼の色が宿っていた。
……まあ、悪い気はしない。
「あ、あのっ! アダム先輩……!」
その横で、イヴもモジモジしながら口を開く。
まだ顔が赤い。
「私も、その……助けていただいて……ありがとうございました……」
先ほどの密着を思い出したのか、彼女は目が合うと、すぐに逸らしてしまう。
「……熱でもあるのか? アークに帰ったら医務室行くか?」
「ち、違いますっ! もう……!」
イヴは頬を膨らませてそっぽを向いた。解せぬ。
と、その時。
背後から殺気……というか、不満げなオーラを感じた。
「……むかつく」
ユニだ。
アニスやイヴたちが俺を取り囲んでいるのが気に入らないのか、つまらなそうに靴先で床を叩いている。
「ミハラもお兄ちゃんばっかり褒めるし、あの
ユニが背後に回り込み、鞭の柄でつんつんと背中を小突いてきた。
「調子乗らないでよ。ユニはまだ認めてないからね。……次変な命令したら、これでお仕置きするから」
言葉は棘だらけだが、その行動は明らかに
孤児院育ちの身としては理解できる。これは、拗ねた子供の愛情表現(あるいは八つ当たり)だ。
溜息をつき、ポケットをごそごそと探った。
そして、安物の包み紙に入った飴玉を取り出すと、振り返りざまにユニの口へと放り込む。
「んぐっ……!? ……な、なに?」
「口が寂しいんだろ。糖分補給しとけ」
ぽん、と彼女の頭に手を置いた。
「あー、あとで基地に戻ったら、高い菓子も買ってやるから機嫌直せ。……今回はお前のおかげで助かったよ」
ユニは目を丸くして見上げ、それから口の中で飴を転がした。
「……子供扱いしないでよ」
ボソリと呟いたが、その表情からは険が消えている。
「……別に、こんなので機嫌直らないし。……高いお菓子、絶対だからね」
文句を言いながらも、彼女は横にちょこんと座り込んだ。
どうやら、少しだけ懐柔できたらしい。
「ふふ。ユニを手懐けるなんて、やっぱり指揮官さんは凄いわ」
ミハラが楽しそうに笑う。
こうして、波乱の発電所任務は幕を閉じた――はずだった。
『……アダム指揮官。任務完了、お疲れ様でした』
シフティーからの通信が入る。だが、その声は少し言いにくそうだ。
『発電所の制圧は確認しました。ですが……施設内の破壊規模が甚大です。大型ラプチャーが暴れたことによる損壊と、トドメの爆発による二次被害が……』
「……は?」
端末が震える。
届いたのは、一通のメール。件名は『施設修繕費請求書』。
添付された金額を見て、目の前が真っ暗になった。
「……な、なんで敵が壊した分まで俺に来るんだよぉぉぉ!!」
絶叫が、無人の発電所に虚しく響き渡る。
ホットシャワーへの道は、まだ遠い。