転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる   作:模範的アーク市民

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 アーク中央政府軍本部。

 地下都市の最深部に位置し、人類の武力を統括するこの場所は、常に重苦しい静寂と冷たい鉄の臭いに支配されている。

 その一角にある、とりわけ重厚な扉を持つ執務室。そこは、アークの強硬派筆頭にして、鉄血の副司令――ドバンの城だ。

 

「……また、生き残っただと?」

 

 執務室に、地を這うような低い唸り声が響いた。

 ドバンは、部下が提出した報告書をデスクに叩きつけた。乾いた衝撃音が、彼の苛立ちを代弁している。

 

「報告によれば、対象アダムの部隊は、生存予測14.8%の発電所制圧任務を完遂。被害は軽微。……あろうことか、グレイブディガーを完全撃破しました」

 

 直立不動の部下が、震える声で告げる。

 ドバンは葉巻を噛み砕きそうな勢いで鼻を鳴らした。

 

「フン。……たかがモグラ一匹、運が良かっただけだろう」

「ですが、弾薬消費量が異常です。計算が合いません。まるで、敵の動きを事前に知っていたかのような……」

「黙れ」

 

 ドバンの一言で、部下は口を噤む。

 ドバンの瞳には、隠しきれない嫌悪の色が宿っていた。今回の任務難易度は、新人指揮官と寄せ集めの分隊が挑めば、全滅せずとも半壊は免れないレベルだった。

 さらにドバンは、盤石を期して搦め手も打っていたのだ。

 

「……前哨基地の運用資金はどうなっている? あのエリアのインフラ復旧費、わざと個人負担の区分で申請を通しておいただろう」

 

 ドバンは陰湿な笑みを浮かべた。

 アダムを経済的に追い詰めるため、兵站局に手を回し、本来なら軍が負担すべき基地の維持費や修繕費を、全てアダム個人の借金として計上させていたのだ。

 

「金に困れば、装備も整えられん。粗悪な装備で戦場に出れば、事故死する確率も上がる……はずだったが?」

「は、はい……。その件ですが……」

 

 部下が言いにくそうに端末を操作する。

 

「先ほど、ミシリス・インダストリーより送金があり……借金および発電所の修繕費、全額完済されました」

「……あ?」

 

 ドバンの動きが止まった。

 

「完済どころか、向こう数年分の運用費まで前払いされています。……出資者は、シュエンCEOです」

「ッ……あの小娘か!!」

 

 ドバンは忌々しげに舌打ちをし、灰皿を床に蹴り飛ばした。

 兵糧攻めは失敗だ。金の力で強引に解決された。

 

「秩序を乱すバグめ……。身の程を知らんゴミが、英雄ごっこか」

 

 ドバンは窓の外、広がるアークの摩天楼を見下ろした。

 彼の脳裏に、数年前の苦い記憶が蘇る。あれは、彼が士官学校で特別講師として登壇した時のことだ。

 

『……というわけで、この状況下では量産型部隊を囮にし、本隊の撤退ルートを確保するのが最も合理的だ』

 

 自信満々に説いたドバンの捨て駒戦術に対し、講堂の隅から手が挙がった。

 特徴のない顔をした一人の講習生――アダムだった。

 

『……副司令。その戦術論には、致命的な欠陥があります』

『何だと?』

『敵の心理と、ラプチャーの習性を考慮していません。その囮作戦は、敵にこちらの消耗を悟らせ、かえって本隊への追撃を招く可能性があります』

 

 彼は淡々と、しかし論理的にドバンの穴を指摘した。そして、黒板にチョークでさらさらと別の図式を描いてみせた。

 

『囮を使うのではなく、地形を利用して敵を分断し、各個撃破する。……こちらのほうが、生存率は30%上がります』

 

 講堂がどよめいた。軍の重鎮であるドバンが、名もなき学生に論破された瞬間だった。

 あの時の屈辱。恥辱。ゴミだと思っていた存在に見下された記憶が、古傷のように疼くのだ。

 

(……同じだ。経歴も、出身も、あの何もない空っぽな目も)

 

 ドバンもまた、アークの最底辺から這い上がってきた人間だ。血を吐くような努力と、他人を蹴落とする非情さで、今の地位を築き上げた。

 正道を外れ、汚れ仕事に手を染め、そうしてようやく手に入れた力と秩序。

 だというのに、あの男はどうだ。同じような出自のくせに、ひょうひょうと正道を歩み、あまつさえ自分を否定した。

 

「……奴は危険だ。私の軍に、あんな()()はいらん」

 

 ドバンは報告書にあるアダムの顔写真を、葉巻の火でジリジリと焼き焦がした。

 

「金で解決できない場所へ送ってやる。……次はもっと相応しい地獄を用意しろ」

 

 彼らが潰そうとしているゴミの隣にいる少女が、アークにとっての聖域であるとも知らずに。ドバンの殺意は、静かに、しかし確実にアダムへと向けられた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 同時刻。ミシリス・インダストリー本社、CEOオフィス。

 広大なガラス張りの部屋で、シュエンは上機嫌に足を組んでいた。空中に浮かぶホログラムモニターには、ユニとミハラが連携してラプチャーを蹂躙する映像が映し出されている。

 

『……というわけで、シュエンCEO。ご相談というのは……その、発電所の修繕費の件でして……』

 

 モニターの向こうで、アダムが脂汗をかきながら頭を下げている。その顔には、絶望と媚びへつらいが滲み出ていた。

 プライドのない男だ。だが、そこがいい。

 

「ああ、あの請求書? ……見たわよ。結構な額ね」

 

 シュエンは冷ややかに言った。アダムの顔が青ざめる。

 

『は、はい……。ですが、あれはグレイブディガーが暴れたせいで……!』

「言い訳はいいわ。……確認なさい。今、貴方の口座に振り込んだわよ」

『え?』

 

 アダムが手元の端末を見る。次の瞬間、彼の目が驚愕で見開かれた。

 

『い、一、十、百……!? シュエン様! こ、これは桁が間違っているのでは!?』

 

 そこに表示されていたのは、発電所の請求額を支払い、さらにお釣りが来るほどの高額だった。

 

「間違ってないわよ。それは手付金」

 

 シュエンは妖艶な笑みを浮かべた。

 

「先日の依頼の正式な発注と、貴方を私の専属テスターとして囲うための、ほんの挨拶代わりよ」

『せ、専属……?』

「ええ。ユニとミハラだけじゃない。まだミシリスには、扱いの難しい優秀な不良品がたくさんいるの。……貴方なら、使いこなせるでしょう?」

 

 シュエンにとって、アダムはもはや代わりの利く指揮官ではなかった。

 自社の生み出す尖った技術を、実戦レベルで証明してくれる稀有な翻訳者(インターフェース)。他社に渡すには惜しい、優良な資産だ。

 

「その金でさっさと借金を払って、身ぎれいにしなさい。……これからも依頼を投げるわ。完遂すれば、その倍は弾んであげる」

『は、はいッ! 一生ついていきます!!』

 

 現金な反応に鼻で笑い、通信を切る。だが、その直後。シュエンの表情から笑みが消え、冷徹なCEOの顔に戻った。

 彼女は別のウィンドウを開いた。そこには、中央政府軍内部の極秘通達が表示されている。

 

『対象:アダム指揮官。次期任務選定:廃棄セクター・エリア14(危険度S)』

 

 ドバン副司令の署名入り命令書だ。エリア14。そこは、生存率1%未満。帰還率ほぼゼロの死地。明らかに、アダムを殺すための配置だ。

 

「……ハッ。相変わらず陰湿ね、中央政府の古狸どもは」

 

 シュエンは不快げに舌打ちをした。

 

「私の見つけた()()()()を、つまらないメンツのために壊そうってわけ?」

 

 アダムは有能だ。だが、政府にとっては目障りな異物でしかないらしい。このままでは、彼は遠からず軍の理不尽な命令で圧殺される。

 せっかく金を払って確保した資産を、ドブに捨てられるのは我慢ならない。

 

(……無能な軍部に使い潰されるには、惜しい素材ね)

 

 シュエンの中で、明確な敵対心が芽生えた。

 それは正義感ではない。私の所有物に手を出された、という、子供じみた独占欲とプライドだ。

 

「いいわ。だったら私が飼ってあげる」

 

 シュエンはアダムのプロフィールを、自分の重要資産フォルダへとドラッグ&ドロップした。

 

「せいぜい足掻きなさい。……貴方が生き残れば、ミシリスが買い取ってあげるから」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 再び、中央政府軍本部。

 

「……失礼するよ」

 

 ノックもなしに、ドバンの執務室の扉が開かれた。ドバンの眉間に深い皺が刻まれる。

 

「……何の用だ、アンダーソン」

 

 ドバンは視線を外さず、不機嫌に吐き捨てた。入ってきたのは、ドバンと対等の権限を持つもう一人の副司令――アンダーソンだ。

 

「用がなければ、君の煙たい部屋には来ないさ。……少し、人事の話をしたくてね」

 

 アンダーソンは許可も求めずにソファへ腰掛け、一枚の電子ペーパーをテーブルに滑らせた。そこに表示されていたのは、先ほどドバンが発行した『エリア14調査命令書』だ。

 

「……優秀な部下を、重要な戦場へ送るだけだが? 何か問題でも?」

「白々しいな。これは実質的な死刑宣告だ。……生存率14%の任務を生き延びたばかりの部隊に、休息も与えず0.8%の死地を強要する。これは軍の規定違反だよ」

「規定だと? 笑わせるな」

 

 ドバンは鼻を鳴らし、葉巻の煙を吐き出した。

 

「アークの危機に規定も何もない。使える駒は使い潰す。それが我々のやり方だろう? ……ましてや、相手はどこの馬の骨とも知れん指揮官だ。代わりは幾らでもいる」

「……その認識を改めてもらいたい」

 

 アンダーソンの声色が、ふっと低くなった。室内の空気が張り詰める。

 

「彼は、すでに代わりのきかない戦力だ。グレイブディガーを撃破し、ミシリスの特殊部隊を手なずけ……何より、あのシュエンCEOが彼に投資を始めている」

「ッ……」

 

 ドバンが忌々しげに舌打ちする。ミシリスの介入は、ドバンにとっても面白くない事態だ。

 

「それに、あのイヴ少尉もだ。……彼女の潜在能力は、君も報告書で知っているだろう? だが、彼女は精神的に未熟だ。アダム指揮官なしでは、まともに機能しない」

 

 アンダーソンは、あくまでイヴは有能だが精神的に脆い新人という体で話を進める。彼女の最重要機密は、決して悟らせない。

 

「だからこそだ!」

 

 ドバンが机を拳で叩いた。

 

「得体が知れん! なぜ奴だけが成果を上げる? なぜ有望な新人が奴に依存する? ……あの男は異物(バグ)だ! 軍の秩序を乱す不確定要素は、早急に排除しなければならん!」

 

 ドバンの言葉には、戦略的判断以上の感情――ドロドロとした私怨とコンプレックスが滲み出ていた。それを見たアンダーソンは、溜息交じりに首を横に振った。

 

「ドバン。……君らしくもない。それは戦略的判断か? それとも、君の個人的な感情か?」

「……何?」

「自分の理解できないものが怖い、かつて恥をかかされた相手が目障りだ……。そういった感情で、貴重な戦力をドブに捨てようとしているように見えるが」

「貴様……ッ!」

 

 ドバンが立ち上がりかけるが、アンダーソンは動じない。静かに、しかし冷徹な眼差しでドバンを射抜く。

 

「忠告しておこう。……あまり彼を追い詰めるな」

「……あんなゴミを庇うつもりか?」

「違う。リスク管理の話をしているんだ」

 

 アンダーソンは言葉を選びながら、核心を突いた。

 

「彼は優秀だ。そして、アークの理不尽さを誰よりも理解している。……もし、君が彼を殺そうとし続けて、万が一にも彼が生き延びた時……あるいは、彼がアークに絶望した時」

 

 アンダーソンは一拍置き、重く告げた。

 

「彼が、その優秀な指揮能力と部隊を引き連れて……アークを見限る(離反する)可能性を考えたことはあるか?」

「……ッ」

 

 ドバンの動きが止まる。ニケや指揮官の脱走。ピルグリム化。あるいは、ヘレティックへの侵食。それはアークにとって、最大のタブーであり、最悪の損失だ。

 

「窮鼠猫を噛む、という言葉がある。……彼をただのネズミだと思って侮っていると、喉笛を食いちぎられるのは我々の方かもしれんぞ」

 

 アンダーソンは立ち上がり、背を向けた。

 

「彼への干渉は程々にすることだ。……これは命令ではないが、同僚としての忠告だと思ってくれ」

 

 パタン、と扉が閉まる。

 残されたドバンは、苦虫を噛み潰したような顔で、吸いかけの葉巻を灰皿に押し付けた。

 

「……離反だと? あのゴミが……?」

 

 ドバンは認めない。認めたくない。だが、アンダーソンの言葉にあった不気味な説得力が、彼の思考に棘のように突き刺さっていた。

 

「……チッ。気に入らん。……気に入らんぞ、アダム……ッ!」

 

 ドバンの殺意は消えない。だが、その行動には、わずかながら躊躇というブレーキがかかった。

 地下深部の密室で交わされた、二人の副司令の暗闘。その全てを、さらに高い次元から見下ろす視線があった。

 

 

 

『……観測対象:ドバン副司令。感情レベル、不安定』

 

 アーク中枢、AIルーム。無機質な空間に、エニックの冷徹な声が響く。

 

『対象:アダム。イレギュラー係数、上昇中。……シミュレーション結果、彼の生存はアークの利益に合致する確率98%』

 

 エニックの無数のモニターには、怒りに震えるドバンの映像と、定食屋で幸せそうに唐揚げを頬張るアダムの映像が並べて表示されていた。

 

『ドバン副司令の行動は、アークの存続に対する()()()になりつつある。……引き続き、監視を継続する』

 

 絶対的な支配者であるAIは、静かに判断を下した。アダムという()()は、今やアークの中枢システムにまで影響を及ぼし始めていた。

 

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