転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる   作:模範的アーク市民

12 / 19
012

 

「……2,800クレジット……3,000……うわ、もう3,200……」

 

 アーク市街地を走る、ごくありふれた黄色い量産型タクシー。

 その安っぽい合成皮革のシートに身を沈めながら、メーターの数字が上がるたびに肩をビクつかせていた。

 

「お客さん、大丈夫ですか?」

 

 運転手が、バックミラー越しに心配そうに声をかけてくる。

 

「だ、大丈夫だ。……ただの富の重みに震えているだけだから」

 

 強がって見せたが、内心はバクバクだった。

 地下鉄なら一律150クレジットで済む距離だ。それが、快適さと引き換えに20倍以上のコストを要求されている。

 だが今は、隣に誰もいない。汗臭いおっさんも、酔っ払いもいない。静寂と、微かな芳香剤の匂いだけがある空間。

 

(……これが、カネの力か。最高じゃないか)

 

 手元の端末を握りしめた。そこには、シュエンから振り込まれた法外な手付金の残高が表示されている。

 今回の依頼を成功させれば報酬で、養育費の返済金を完済することだって夢じゃないはずだ。

 

「……絶対に生きて帰る」

 

 窓の外を流れるネオンサインを睨みつけた。

 今回の任務、俺は本気だ。

 絶対に成功させて終わらせる。そして生きて帰り、あのメスガキ社長からふんだくれるだけふんだくって、悠々自適の隠居ライフを掴み取ってやる。

 

「運転手さん。地上行きエレベーター、第3出発ドックへ頼む」

 

(シュエンの手回しは完璧だ)

 

 今回の極秘任務には、念入りなダミーが用意されている。

 表向きの名目は、北部エリアの資源埋蔵量調査。正規の認可が降りた、誰も気に留めない退屈な任務だ。

 これなら、万が一中央政府に見咎められても独断専行による地上出撃で軍法会議にかけられる心配はない。

 あのメスガキ社長、性格は最悪だが、保身のための根回しだけは一流だ。

 そして、実働部隊としての計画も――脳内で完璧に出来上がっていた。

 生き残るために昨晩、死に物狂いでアークの公式記録を洗った。

 

 軍のアーカイブにある旧時代の建築申請書。電力会社に残っていた送電記録。それら断片的なパズルを組み合わせ、一つの仮説を導き出したのだ。

 北部研究所の地下には、旧時代の軍事用ブラックボックス――超高感度地殻振動センサーが眠っている。

 本来はロード級ラプチャーの接近を感知するための代物だが、あのバカでかい集音設備なら、感度設定を最大にするだけで地表の会話音声すら拾えるはずだ。

 

(つまり、寒い雪原を歩き回って喋るラプチャーを探す必要はない)

 

 現地に着いたら、サーバー室に直行。

 センサーを遠隔起動。

 ぬくぬくとした安全圏から声を傍受し、発信源(座標)を特定。

 はい、調査完了。

 敵と会わず、戦わず、データだけ抜いて報酬ゲット。

 

「……フフ、完璧すぎる」

 

 ニヤついていると、タクシーがゆっくりと停車した。目的地、地上行きエレベーター前だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……あら。随分と機嫌が良さそうね、指揮官さん」

 

 車を降り、ドックへの通路を歩いていると、背後から甘い声がかかった。

 振り返ると、そこには今回の護衛であるワードレスの二人――ユニとミハラが立っていた。

 ミハラは妖艶な笑みを浮かべ、顔を覗き込んできた。

 

「前哨基地の件が一段落して嬉しい? それとも、私たちとのデートが楽しみ?」

「両方だと言ったら?」

「ふふ、お上手ね」

 

 ミハラはクスクスと笑い、それから――スッと距離を詰めた。

 香水の匂いが鼻をくすぐる。だが、彼女の瞳は笑っていなかった。

 

「……ねえ。一つ聞かせて」

 

 囁くような声。壁ドンに近い距離で、彼女は退路を塞いだ。

 

「先日の発電所での戦闘。……貴方、どうして私たちの能力を知っていたの?」

「……っ」

 

 心臓が跳ねた。

 

「ユニの感覚遮断も、私の感覚共有も、ワードレスの極秘事項よ。一般の指揮官には公開されていないスペックのはず」

 

 ミハラの指先が、胸元のバッジを弾く。

 

「なのに貴方は、初対面で完璧な指示を出した。……まるで、最初から私たちの全てを知り尽くしているみたいに」

 

 冷や汗が背中を伝う。

 鋭い。鋭すぎる。シュエンは俺をナメているから気づいていないようだが、現場で命を張る彼女たちは異常性を肌で感じ取っていた。

 ここで下手に誤魔化せば、敵認定されるか?

 いや、シュエンに報告されれば、解剖コースか?

 思考が高速回転する。だが、ミハラはふっと表情を緩め、耳元で囁いた。

 

「……ま、いいわ」

「え?」

「貴方は運がいいわね。最近のシュエン、何やら忙しいみたいで機嫌がいいの」

 

 ミハラは意味深に目を細めた。

 

「どうやら()()()()()()()を見つけたみたいなのよ」

「……おもちゃ?」

 

 内心で胸を撫で下ろした。

 シュエンの魔の手が他に向いているなら好都合だ。そのおもちゃとして目をつけられた可哀想な奴には同情する。

 

「貴方のその力が何であれ……それがユニを守る役に立つなら、私は何も言わない。シュエンにも黙っていてあげる」

 

 ミハラはチラリと、後ろで欠伸をしているユニを見た。

 その眼差しには、母親のような深い愛情と、悲痛な覚悟が滲んでいた。

 

「あの子は……寂しがり屋で、不器用な子よ。私がいなくなったら、きっと一人じゃ生きられない」

「ミハラ……?」

 

「取引しましょう、指揮官さん。……私は貴方の秘密を墓場まで持っていく。その代わり……もしもの時は、あの子をお願い」

 

 それは、自分の死を予感している者の遺言のようにも聞こえた。

 息を呑み、そして小さく頷いた。

 

「……分かった。約束する。俺の部隊に入った以上、誰も死なせない。もちろん、ミハラお前もだ」

「ふふ。……頼もしいわね。期待してるわよ、お兄ちゃん?」

 

 ミハラが悪戯っぽくウインクをして離れる。

 その背中を見送りながら、深く息を吐いた。

 

「もう! お兄ちゃん、遅い!」

 

 ユニがエレベーターの前で地団駄を踏む。

 

「はいはい、今行く」

 

 歩き出そうとした、その時だった。

 

「待ってください!!」

 

 ドックの入り口から、聞き覚えのある声が響いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「アダム先輩!!」

 

 息を切らせて駆け寄ってきたのは、イヴ率いるカウンターズだった。

 彼女たちは「私たちも同行させてください!」と必死に懇願してくる。

 だが、今回の任務はシュエン直々の極秘案件だ。新人を連れて行く許可なんて出るわけがない。

 即座に「帰れ」と追い返そうとしたのだが――それをミハラが止めた。

 

「あら。いいじゃない。弾除け……じゃなかった、戦力は少しでも多い方がいいわ」

 

 彼女はニヤリと笑うと、制止も聞かずに通信端末を取り出し、独断でシュエンを呼び出してしまったのだ。

 ブゥン、という起動音と共に、空中に不機嫌そうなシュエンの顔が映し出される。

 

『……ん? 何よミハラ。今、忙しいんだけど』

 

 映し出されたシュエンは、意外にもモニターに向かっていなかった。

 彼女は手元の別の端末を熱心に覗き込み、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。

 機嫌が良い。……いや、良すぎて逆に怖い。

 

「あら。ご機嫌麗しいですね、シュエン」

『ええ、悪くないわ。……ふふふ』

 

 シュエンはブツブツと独り言を呟いている。ミハラが「言ったでしょ?」と目配せした。

 

(……本当だ。あいつ、こっちを見てもいない)

 

 呑気に考えている横で、ミハラは声を張り上げた。

 

「シュエン。少し面白い拾い物をしまして」

 

 ミハラがカメラをずらす。

 シュエンの視界に、イヴたちが映り込んだ。

 

『……あ? なんで落ちこぼれどもがいるのよ』

 

 シュエンが面倒くさそうに顔をしかめる。いつものヒステリックな絶叫はない。完全に意識が別の場所に向いている証拠だ。

 

「彼女たちが、今回の極秘任務に同行したいと泣きついてきまして。……どうします? 追い返しますか? それとも――有効活用しますか?」

 

 ミハラは楽しげに、ウィンクを送ってきた。

 

(こいつ、完全に面白がってやがる……!)

 

 シュエンが口を開く前に、イヴが一歩前に出た。

 彼女はアンダーソン副司令を彷彿とさせる真剣な眼差しで、ホログラムのシュエンを見据えた。

 

「シュエンCEO。私たちを、同行させてください」

『はぁ? 邪魔だって言ってんの』

「邪魔はしません。……むしろ、貴社の利益になります」

 

 イヴは淀みなく続けた。

 

「私たちは今回の任務詳細を知りません。ですが、ワードレスのような特殊部隊が動くということは、それ相応の危険と、価値ある目的があるはずです」

 

 イヴはちらりと、こちらを見た。

 

「もしワードレスの方々だけで挑み、損耗すれば、ミシリスの貴重な資産が傷つくことになります。……ですが、私たちカウンターズがいれば、私たちはアダム先輩の……いえ、ワードレス部隊の盾になれます」

 

(……詳細も知らずに来たのか、こいつら)

 

 呆れると同時に、少しだけ胸が熱くなった。

 中身も知らない危険な任務に、ただ俺がいるという理由だけで首を突っ込んできたのだ。

 

「そして、もし成果が得られた場合……その功績は全て、シュエンCEOとミシリスのものとして報告します。中央政府(アンダーソン副司令)やエリシオンには共同作戦ではなく、単なる()()()()()()として報告します」

 

『……へぇ?』

 

 シュエンの表情が変わった。

 リスクを減らし、リターンを独占できる。合理的かつ、ミシリスにとって旨味しかない提案。

 彼女は手元の端末をいじりながら、口元だけで冷たく笑った。

 

 副司令の直轄部隊であることを逆手に取り、失敗時のスケープゴートに使う。

 その計算が立ったのだろう。シュエンは気だるげに手を振った。

 

『……いいわ、弾除けが増えるのは歓迎よ。……勝手についてくれば?』

 

 そういうと、

 

「よ、よかったぁ……!」

 

 イヴがその場にへたり込む。

 シュエンは興味を失ったように、すぐに視線を自分の手元に戻した。

 

『ただし、もう私の邪魔だけはしないでよ。……忙しいんだから』

 

 プツン。

 通信が切れる。

 ミハラが言った通り、今のシュエンは何やら別の計画に夢中らしい。俺たちにとっては好都合だが……それはそれで不気味な予感がした。

 

(……ま、今は考えるのはよそう)

 

「アダム先輩! やりました!」

 

 イヴが立ち上がり、真っ直ぐに俺を見た。

 

「アダム先輩だけ、危険な場所に行かせられませんから。……私たちは、チームですから!」

 

 その純粋すぎる信頼が、今は少しだけ痛くて、そして温かかった。

 イヴの背後から、ラピが一歩進み出る。彼女はいつもの冷静な表情で、しかし力強く頷いた。

 

「指揮官。独断専行の処分は甘んじて受けます。ですが、貴方を死なせるわけにはいきません。……同行を許可してください」

「……好きにしろ」

 

 こうして、予定外のフルメンバーでの出撃が決まった。

 だが、一つ懸念があった。

 

(……俺の調査じゃ、あの研究所のセキュリティを納品したのはテトラライン社だ。念の為用意してもらったミシリスの強制解錠デバイスじゃ、解除に時間がかかるかもしれないが……)

 

 アダムはチラリと、背後にいる重武装の少女たちを見た。

 

(……ま、その時は物理ハッキングだな)

 

 最悪、電子ロックが解除できないなら、ドアごと吹き飛ばせばいい。単純な話だ。

 幸い、今の俺には火力と叫ぶだけの歩く火薬庫や、破壊活動が大好きなサディストがいる。

 テトラの小洒落たセキュリティなんぞ、我らの暴力的な火力でねじ伏せて、無理やりこじ開ければいいだけの話だ。

 

(スマートじゃないが、背に腹は代えられない。……いざとなったら、派手にやろう)

 

「出発準備完了! 行きましょう、先輩!」

 

 イヴの声に、不安を飲み込んで頷こうとした、その時。

 

 ドォォォォォォンッ!!

 

 突然、エレベーターホールに重低音のBGMが鳴り響いた。

 どこからともなく、七色のスポットライトが俺たちを照らし出す。

 

「な、何!?」

 

 イヴが耳を塞ぐ。

 光の中から、黄金の衣装を纏った男が、スライディングで現れた。

 

「Eーーーーntertainment!!!」

 

 テトララインCEO、マスタング。

 

「ま、マスタング社長!? なんでここに!?」

 

 アニスが目を丸くする。

 マスタングは華麗にターンを決め、目の前でポーズを取った。

 

「ノンノン。面白いショーの予感がしたのに、招待状がないのは寂しいデース! ……それに」

 

 サングラスの奥が、ギラリと光る。

 

「昨晩、軍のデータベースの廃棄資料アーカイブで、ずいぶんと熱心に予習していた子ネズミちゃんを見つけてしまったのでネ!」

 

「……っ」

 

 心臓が跳ねた。

 廃棄資料? あそこは機密指定が解除された、50年以上前の古いデータ置き場だ。誰でも見れるし、誰も見向きもしないゴミ山だ。

 

「戦前の民間建築申請書。旧規格の送電ログ。そして廃盤になったテトラ製セキュリティのカタログ」

 

 マスタングは歌うように並べ立て、ニカッと笑った。

 

「これらを同時に閲覧するなんて、ヒマな歴史学者か――鍵穴を探すコソ泥くらいデース!」

 

「…………」

 

 俺は天を仰いだ。

 シュエンから預かった強制解錠デバイス。その解析時間を短縮するために、俺は過去のゴミから現在のセキュリティ規格を特定し、あらかじめデバイスに正解ルートを入力していた。

 足がつかないよう、あえて現在の機密データには触れず、合法的なゴミ山を漁ったのに。

 その検索履歴の組み合わせだけで、目的を完全に見抜かれたのだ。

 

(……マジかよ。三大企業のトップは、ゴミ箱の中身まで監視してんのかよ……!)

 

 俺の完璧で慎重な計画は、最初から筒抜けだったらしい。

 

「輝く原石が、コソコソと裏口を調べるなんてノンノン! Starなら、正面から堂々とエントリーするべきデース!」

 

 その時、懐の端末から、再びシュエンの激昂した声が響いた。

 

『――ちょっとマスタング!! どうしてあんたがそこにいるのよ!? これはミシリスの極秘――』

 

 ザザッ……プツン。

 

 シュエンの怒声が、唐突なノイズと共に遮断された。

 

「……あ?」

 

 端末を見ると、通信状況は圏外になっている。

 マスタングは人差し指を立てて、ウィンクをした。

 

「おや、失礼。野暮な雑音(ノイズ)はカットしておきマシタ! Showに邪魔者は不要デース!」

 

「……おい」

 

 引きつった笑みを浮かべた。

 あのシュエンの回線を、問答無用でジャミングしたのか、この男は。

 三大企業のトップ同士に仁義もへったくれもない。噂に違わない無法者(エンターテイナー)ぶりだ。

 

 呆れていると、彼は懐から一枚のカードキーを取り出した。

 

「これがあれば、どんな堅牢な扉も、バックステージへの入り口になりマス! テトラ製セキュリティの万能VIPパス! プレゼントデース!」

「マジか……! 助かる!」

 

 手を伸ばすと、マスタングはヒョイとカードを引いた。

 

「ただし! このキーのアクティベート(有効化)には、魂のボディランゲージが必要デース!」

「は?」

「さあ、レッツ・ダンシング! 私の動きを完璧にコピーするノデース!! ミュージック、スタート!!」

「ちょ、待て、ここでか!?」

 

 そこからは地獄だった。

 イヴ、ラピ、アニス、ネオン、ユニ、ミハラ、そして通りすがりの量産型ニケたちの視線が突き刺さる中、マスタングと共に、謎のクネクネダンスを踊らされた。

 

「そう! もっと腰を入れて! パッション! パッション!!」

「……殺してくれ」

 

 ユニが「キモい」と呟いたのが聞こえた。俺の尊厳は死んだ。

 

 マスタングが嵐のように去った後、端末がピクリと反応した。

 ジャミングが解除されたのだ。

 画面に映ったのは、やつれ切った顔のシュエンだった。

 

『…………』

「あー……シュエン社長?」

『……もういいわ』

 

 シュエンは力なく手を振った。その目には、深い疲労の色が滲んでいた。

 

『カウンターズだのテトラだの……もう好きにしなさい。私の頭痛が悪化する前に、さっさと成果だけ持って帰ってきてちょうだい。……あとは任せるわ』

 

 プツリ。

 今度は静かに通信が切れた。

 どうやら、マスタングのエンターテインメントは、傲慢なCEOの精神さえも破壊したらしい。

 

「……ま、許可は出たってことでいいか」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数日後。

 俺たちは北部雪原エリアを走る、大型の雪上車の中にいた。

 

「快適だ……」

 

 運転席でハンドルを握りながら、安堵の息を吐いた。

 シュエンとの事前交渉で、地上に隠匿されていたミシリス製特殊装甲雪上車の使用許可をもぎ取っていたのだ。外は猛吹雪だが、車内はヒーターのおかげで常春だ。

 

「あれ? アダム先輩、通信が切れました。シフティーさんとも繋がりません」

 

 後部座席のイヴが、端末を振って首をかしげている。

 ついさっきまではアークの通信網に繋がっていたはずだ。

 

「……磁気嵐の影響だろう」

 

 ハンドルを握り直した。

 これはシュエンの手回しによる意図的なジャミングだ。今回の極秘任務のログを中央政府に残さないための、エリア限定の強力な隠蔽措置。

 

(……だが、意味あるのか? これ)

 

 バックミラーを見た。

 後部座席では、カウンターズがトランプをし、ワードレスの二人が昼寝をしている。そして懐にはテトラのVIPキー。

 ……まあ、任務を成功させて、俺の報酬さえ出ればどうでもいいか。

 

「おお! 着いたわよ! 雪原!」

 

 いつのまにか後部座席から身を乗り出したアニスの声と共に、視界が開けた。

 そこは、一面の銀世界だった。

 

「わあぁっ! すごいです先輩! 空から氷のお菓子が降ってきます!」

 

 車を降りた瞬間、イヴが目を輝かせて駆け出した。

 地下生まれの彼女たちにとって、本物の雪は初めて見るエンターテインメントだ。

 

「うっわ寒っ! ……でも、綺麗かも」

 

 アニスが雪玉を作る。

 

「天然の冷却材……火薬の保管に最適です!」

 

 ネオンが雪にダイブする。

 

「ミハラ、足跡。面白い」

 

 ユニがサクサクと新雪を踏む。

 

「……あなたたち、遊びに来たわけではないわよ。周囲への警戒を怠らないで」

 

 一人だけ銃を構え、油断なく周囲を見回しているラピが、呆れたように溜息をついた。

 

「……まったくだ、遠足じゃないんだぞ」

 

 そういう俺は、一人だけ防寒具をガチガチに着込み、震えていた。

 美しい雪景色も、俺にとっては遭難のリスクでしかない。

 

「行くぞ。……あそこだ」

 

 指差した先。

 吹雪の向こうに、巨大なドーム状の建造物が霞んで見えた。

 北部研究所。今回の目的地だ。

 

「やっと着いた……。さっさと終わらせて、アークに帰還するぞ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 研究所の入り口は、雪と氷で閉ざされていた。

 マスタングから貰ったVIPキーを取り出し、凍りついた外部接続ポートへ差し込んだ。

 

「頼むぞ、エンターテインメント……!」

 

 ピッ。

 電子音が鳴り、ホログラムウィンドウが展開される。

 だが、そこに表示されたのはACCESS GRANTED(許可)の文字ではなかった。

 

WARNING: BIOLOGICAL SIGNAL DETECTED(生体反応検出)

 

「……は?」

 

 エラーメッセージと共に、視界(UI)が激しく明滅する。

 

「ねえ……なんか、建物が動いてない?」

 

 アニスの震える声。

 

 ズゴゴゴゴゴ……!!

 

 大地が悲鳴を上げ、激しく振動した。

 研究所のドームが、まるで卵の殻のようにひび割れ、隆起していく。

 落ちてくる氷塊。舞い上がる雪煙。

 その中から現れたのは、巨大なドーム施設そのものを、甲羅のように背負った、超巨大な亀のようなラプチャー。

 

「嘘だろ……?」

 

 絶句した。

 かつての研究所は、とっくの昔にハッキングされ、防衛装置ごと乗っ取られていたのだ。

 ただの建物だと思って近づいたそれは、眠れる巨獣だった。

 見上げるほどの巨体が、ゆっくりとこちらを見下ろす。

 無数の砲門が、向けられた。

 

「……セキュリティ云々の前に、建物ごと盗まれてんじゃねえか……ッ!!」

 

 叫びは、猛吹雪の中へと消えていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。