転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる 作:模範的アーク市民
研究所の外では、まだ猛烈な吹雪が吹き荒れている。
だが、厚い防音壁に守られた施設内は、嘘のように静寂に包まれていた。
「……ふぅ。やっと静かになったか」
割り当てられた客室のベッドに腰掛け、大きく息を吐く。
さっきまで、アリスが元気いっぱいに外から来たお友達を連れ回していたのだ。
イヴもカウンターズも、彼女のペースに巻き込まれて大はしゃぎだった。
ようやく遊び疲れて眠りについた頃だろう。
(……さて、明日の天候次第だが)
端末を取り出し、今後の予定を確認しようとした、その時だ。
コン、コン。
控えめだが、芯のあるノックの音が響いた。
「……? どうぞ」
ドアが開く。
そこに立っていたのは、この施設の主――ルドミラだった。
いつもの厚いコートではなく、少しラフな格好だが、その威厳ある佇まいは変わらない。
「起きていたかしら? 下僕」
「アダムです、女王様。……何か用ですか? 今夜の寝床なら十分に満足してますけど」
軽口を叩くと、彼女はフッと小さく笑い、すぐに真剣な眼差しに戻った。
「貴方に……見せておきたいものがあってね」
「俺に? ……部隊の皆も呼びましょうか?」
腰を浮かせかけると、ルドミラは静かに首を横に振った。
「いいえ。貴方だけでいいわ」
「……どうして?」
「あの新人……イヴと言ったかしら。あの子は、あまりにも純粋すぎる」
彼女はどこか遠くを見るような目を向けた。
「この北の残酷さを、今からあの子に見せる必要はないわ。……毒に触れるのは、私たちだけでいい」
「……過保護ですね」
「女王の慈悲とお言いなさい」
彼女は人差し指を唇に当て、静かに手招きをした。
「ついてらっしゃい」
◇
ルドミラの後ろ姿を追いかけ、長い廊下を歩く。
足音だけが響く無機質な通路。
突き当たりにある業務用エレベーターの前で、彼女は足を止めた。
そして、腕を組んだまま、顎で呼び出しボタンをしゃくってみせた。
「……押しなさい」
「……は?」
あまりに堂々とした命令に、間の抜けた声が出る。
「いや、それくらい自分で……目の前じゃないですか」
「私が触れれば、この鉄の箱はただの棺桶に変わるわ。……貴方は私に、この地下深くまで階段で降りろと言うつもり?」
(……何言ってんだ、この人)
棺桶?
単に手袋を汚したくないだけか、あるいは下僕に仕事をさせたいだけの女王様気質か。
どちらにせよ、逆らって機嫌を損ねるのも面倒だ。
「……はいはい、分かりましたよ」
俺はため息をつきながら、ボタンを押した。
すぐにチン、と乾いた音が鳴り、重厚な扉が開く。
「……褒めて遣わすわ」
ルドミラは満足げに頷き、悠然とエレベーターへと乗り込んだ。
やれやれ、俺は便利な人間リモコンってわけか。
扉が閉まり、箱が沈んでいく。
表示板の数字が地下へと減っていくにつれ、先ほどまでの呆れた空気は霧散し、ひんやりとした冷気が満ちていった。
「……着いたわよ」
案内されたのは、広大な冷却保管室だった。
白い息が出るほどの冷気。
だが、寒気を感じた理由は、気温のせいだけではなかった。
ガラス張りのカプセルが、壁一面に並んでいる。
その中には、ニケたちのボディが収められていた。
全員、首から下は綺麗だった。傷ひとつない新品同様の機体もある。
だが――。
「……全員、頭がない」
掠れた声で呟くと、隣に立つルドミラが静かに頷いた。
「これらは皆、この雪原で回収された迷い子よ。……身元が判明するまで、あるいはアークに送還できる日が来るまで、ここで眠ってもらっているの」
彼女は長い睫毛を伏せ、悔しげに拳を握りしめた。
「見つけた時には、既にこの有様だったわ。
「……脳泥棒、ですか」
「ええ。ただのラプチャーの仕業ではないわ。奴らは破壊こそすれ、部品を綺麗に持ち帰ったりはしない」
ルドミラはカプセルの一つに手を触れ、忌々しげに吐き捨てた。
「奴らは人の真似事をしたいのかしら……あるいは、我々の脳から何かを学ぼうとしているのか……。いずれにせよ、許しがたい暴挙だわ」
「……」
「我々はアンリミテッド。この極寒の地で迷える者を捜索し、保護するのが本来の使命よ」
今の彼女の声には、誇りよりも深い悲しみが滲んでいた。
「迷い子を導き、温かいスープと寝床を与える。それが我々の役目のはずだった。……けれど、最近はどう?」
彼女は自嘲気味に笑い、首のない遺体を見回した。
「私が見つけるのは、いつもこうして冷たくなった抜け殻ばかり……。今の私は守護者などではないわ。ただの墓守に過ぎない」
「ルドミラさん……」
「この北部に、ニケの脳を狙う悪意ある知性が存在するの」
ルドミラが、鋭い眼光を向けてくる。
ドクリ、と心臓が跳ねた。
知性。ラプチャーに?
(……知性? まさか、喋るラプチャーのことか?)
「……この広大な雪原全てに目を光らせることはできない。そこを突かれているのよ」
女王の声音には、隠しきれない疲労と、己の無力さを呪うような響きがあった。
◇
部屋に戻ったのは、日付が変わる頃だった。
ルドミラから聞いた話は、胃を重くするのに十分だった。
脳のないニケ。知性あるラプチャー。
この雪原には、まだ知らない何かが潜んでいる。
「……はぁ。気が重いな」
溜息をつきながら、そっと客室のドアを開ける。
暗闇の中、足音を忍ばせてベッドへ向かおうとした、その時だ。
「……どこへ行っていたのですか?」
暗闇の奥から、冷徹な声が響いた。
「うおっ!?」
心臓が跳ね上がり、思わず情けない声が出る。
月明かりに照らされ、ソファに座る人影が浮かび上がった。
ラピだ。
彼女はアサルトライフルを抱いたまま、赤い瞳でジッとこちらを見据えていた。
「ら、ラピ……。起きてたのか?」
「貴方が部屋を出た瞬間から、ずっとです」
表情を変えずに即答される。
さすがはカウンターズの良心にして、過保護な護衛役。
気配を消して抜け出したつもりだったが、完全にバレていたらしい。
「それで? こんな深夜に、どこを徘徊していたのですか。……この施設内とはいえ、安全とは限りません」
「い、いや……ちょっとトイレにな。場所がわからなくて迷ってたんだ」
とっさに嘘をつく。
無用な不安を煽りたくない。それに、ルドミラには内緒だと言われている。
「……トイレ、ですか」
ラピの目が細められる。
完全に疑っている目だ。
彼女は真っ直ぐに見つめ、静かに告げた。
「……指揮官。私たちは、貴方の部下です」
「……」
「貴方が一人で抱え込むことで守れるものもあるかもしれません。ですが……何も知らないまま守られるほど、私たちは弱くありません」
その言葉に、ハッとした。
そうだ。彼女たちは、自分なんかよりよっぽど修羅場を潜り抜けてきたニケだ。
変な気遣いは、かえって信頼を損なうだけかもしれない。
「……参ったな。敵わないよ、お前には」
観念して溜息をつき、隣のソファに腰を下ろした。
「……ここだけの話だぞ。イヴには聞かせるなよ」
「はい。心得ています」
地下で見た光景を、ありのままに話した。
脳のないニケたちのこと。
そして、この北部に潜む知性ある悪意のこと。
話し終えると、ラピの表情がより一層険しくなった。
「……脳を狙う、知性あるラプチャー……ですか」
「ああ。ルドミラさんはそう言っていた。……ラピ、お前は何か心当たりあるか?」
「いえ。……ですが、アークの記録にもない異常な事例です。普通のラプチャーではありません」
彼女は銃を握る手に力を込めた。
「……話していただき、ありがとうございます。状況は理解しました」
「怖がらせて悪かったな」
「いいえ。……おかげで、明日の帰路における警戒レベルを最大まで引き上げられます。不測の事態にも対応できるでしょう」
彼女は力強い瞳でこちらを見た。
「指揮官。貴方の背中は、私たちが守ります。……ですから、どうか信じて頼ってください」
「……ああ。頼りにしてるよ、ラピ」
その夜は、少しだけ安心して眠りにつくことができた。
◇
翌朝。
昨夜の吹雪が嘘のように、空は抜けるような快晴だった。
一面の銀世界が、朝日に照らされてダイヤモンドのように輝いている。
研究所のエントランス前には、整備を終えた雪上車が待機していた。
「うさぎさんにお友達のみんな、もう帰っちゃうの? 雪合戦の続きは!?」
ピンク色のボディスーツに身を包んだアリスが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら駆け寄ってくる。
「ごめんね、アリスちゃん。お仕事があるから」
イヴが申し訳なさそうに眉を下げる。
すると、アリスは何かを思いついたように、ポケットから透き通った青い氷の結晶を取り出した。
「じゃあ、これあげる! キラキラしてて綺麗でしょ?」
「わあ……! ありがとう!」
イヴがそれを両手で受け取ると、アリスは彼女の耳元に顔を寄せ、内緒話をするように囁いた。
「あのね、これお守りなの。……森には意地悪なオオカミがいるからね」
「オオカミ?」
「うん。とってもお腹を空かせた、悪いオオカミ。……女王様が言ってたの」
アリスの声が、少しだけ低くなる。
「そのオオカミさんはね、お肉は食べないの。……お友達の頭だけを持って行っちゃうんだって」
「……えっ?」
イヴが息を呑む。
アリスは悲しそうに眉を下げ、自分の頭をコツンと指差した。
「……だから、気をつけてね? うさぎさん」
「……うん。気をつけるね。アリスちゃんも……」
アリスはパッと笑顔になり、拳を握りしめた。
「昨日追い払ったあの大きなカメさんも、みーんなハートの女王様の手下なんだから! ……早く全部やっつけて、お花がいっぱいの緑の世界を取り戻さなきゃ!」
彼女の瞳には、この過酷な雪原がただの寒冷地ではなく、冒険すべき不思議の国として映っているのだろう。
そして、その純粋な幻想を守り抜くことこそが、ルドミラの女王としての責務なのかもしれない。
無邪気な笑顔。
だが、その言葉を聞いた瞬間、ラピと視線が鋭く交差した。
(……アリスも、知っていたのか)
彼女の言う手下やオオカミは、単なる童話の住人ではない。
昨夜、ルドミラが語った知性ある悪意そのものだ。
この聡明な少女は、自分なりの世界観で、正確に敵の本質を理解している。
「……アダム」
考え込む背中に、凛とした声がかかる。
振り返れば、腕を組んだルドミラが立っていた。
「雪上車の整備は完璧よ。燃料も満タンにしておいたわ。……感謝などいらないわよ。行き倒れられては、私の庭の景観に関わるもの」
相変わらずの女王様ムーブだ。
だが、その表情は昨日よりも少しだけ柔らかい。
「ありがとうございます、ルドミラさん。……いろいろと、助かりました」
礼を言うと、彼女はふいっと視線を逸らした。
そして、少し躊躇ってから、ボソリと付け加えた。
「それと……今回は任務上の滞在だったけれど。次は客としていらっしゃい」
「客、ですか?」
「ええ。我が領土には、万病を癒やす極上の温泉があるの。……アリスも、貴方たちが来れば喜ぶでしょうし」
彼女は咳払いを一つし、こちらを見据えた。
「これは女王としての命令よ。……拒否権はないわよ?」
その不器用な優しさに、思わず吹き出しそうになった。
「了解です、女王様。……必ず、温泉に浸かりに来ますよ」
◇
帰路。
雪原を走る雪上車の窓から、流れる景色を眺めていた。
車内にはぴりついた緊張感が漂っている。
ラピが鋭い視線で周囲を警戒している影響だろう。アニスやネオンも、どことなく緊張感を保っている。そして後部座席で静かに得物を磨くミハラとユニ。
「あっ! 先輩、見てください! あそこに人が!」
助手席のイヴが、窓の外を指差して声を上げた。
視線の先。真っ白な雪原の中に、ポツンと黒い人影が見える。
「遭難者でしょうか!? 止めてください、助けないと!」
イヴがドアノブに手をかける。
ラピとアニスも身を乗り出した。
だが。
(……なんだ? あの影)
あの人影、輪郭が歪んでいないか?
それに、足跡が……ない?
ドクン、と心臓が早鐘を打つ。
嫌な予感がする。
これは、ただの遭難者じゃない。これは――。
カッ!!!!
思考よりも早く、その人影が強烈な光を放った。
ズガァァァァァァァンッ!!
爆音。
雪上車のフロントガラスが衝撃波で粉々に砕け散る。
「きゃぁぁっ!?」
悲鳴と共に、車体が大きく横転した。
薄れゆく意識の中で、脳内に強烈なノイズが走る。
雪原。デコイを使った罠。知性ある捕食者。
ガチャリ。
脳内の鍵が開く音がした。
(……そうだ。思い出した)
ここだ。ここが、あのイベントの発生地点だ。
『WARNING: TYRANT CLASS DETECTED』
視界が真っ赤な警告色で埋め尽くされる。
横転した車内から這い出し、雪の上に投げ出されたイヴを見た。
彼女の上空から、巨大な影が落下してくるのが見える。
真っ赤なターゲットラインが、イヴ一点に固定されている。
(……知っている。この光景)
スローモーションのように流れる時間の中で、冷めた思考が巡る。
俺の記憶にある未来が正しければ、彼女はここで襲撃を受ける。
だが、死にはしない。
彼女はこの物語の主人公だ。ここで終わるはずがない。
どんなに絶望的な状況でも、奇跡的な運命が彼女を生かすはずだ。
だから、俺が出る幕じゃない。
大人しく隠れていれば、俺は無傷でやり過ごせる。
――脳裏では、確かにそう結論づけていた。
「――イヴッ!! 下がれェェェッ!!」
だが、俺の喉は勝手に叫んでいた。
俺の足は、思考よりも先に地面を蹴り砕いていた。
(……は?)
飛び出した瞬間、自分でも驚いた。
なんで? 俺は今、安全だと判断したはずだろ?
(……ああ、そうか)
イヴを突き飛ばし、その場所へ身を滑り込ませた瞬間、ようやく理解した。
俺の身体は、未来の保証よりも、目の前の恐怖に反応したのだ。
自分でも呆れるほどの馬鹿な本能。
次の瞬間。世界が反転した。
「ぐ、あ……ッ!?」
全身の骨が軋む音。肺の中の空気が無理やり押し出される感覚。
気づけば、宙に浮いていた。
いや、巨大な手に鷲掴みにされていた。
目の前に、巨大な鋼鉄の怪物がいる。
複数の複眼。霊長類を模したような巨躯。
――トーカティブ。
「……チッ。獲物を間違えたか」
怪物が、喋った。
低く、歪んだ、だが知性を感じさせる声で。
「アダム先輩!!!」「指揮官!」「撃ち落とす!!」
イヴ、カウンターズ、そしてワードレスの叫びが遠くに聞こえる。
銃器の一斉掃射、ユニの重火器がトーカティブの装甲を叩くが、怪物は微動だにしない。
激痛に顔を歪めながら、目の前の怪物を睨みつけた。
トーカティブの複眼の一つが、ギョロリと動き、こちらを凝視する。
赤いレーザーのような光が、身体をスキャンしていく。
「……奇妙だな」
トーカティブが首を傾げた。
「心拍数が……安定している? 死を前にして、恐怖がないわけではない。……これは、諦めか?」
握力が強まる。
ミシミシと、肋骨が悲鳴を上げる。
(……諦め? 違うね)
血の混じった唾を吐き捨て、ニヤリと笑って見せた。
「……ただの……痩せ我慢さ……」
「ほう?」
「お前……探してるのは……彼女だけじゃ……満足できないのか……?」
トーカティブの動きが、ピタリと止まる。
賭けだ。こいつが本当に原作通りなら、この情報に食いつくはずだ。
息も絶え絶えに、決定的な言葉を紡ぐ。
「……なあ……マリアン――モダニアは、元気か……?」
その瞬間。周囲の空気が凍りついたような気がした。
トーカティブの複眼が、一斉に見開かれる。
「……なぜ、貴様のような羽虫がその名を知っている?」
殺気が、好奇心へと変わる。
こいつにとって、マリアンのヘレティック化は極秘事項のはずだ。
それを知っている人間など、アークの上層部にもいない。
(釣れた……ッ!)
激痛で薄れる意識を必死に繋ぎ止め、ハッタリを重ねる。
「さあな……。だが、今の彼女は……まだ不完全だろう……?」
「……何?」
「俺を殺せば……彼女を完成させる鍵は……永遠に失われるぞ……」
トーカティブの手が、わずかに緩んだ。
情報の価値を見極めようとしている。その隙だった。
ズドンッ!!!!
雷鳴のような轟音が響き渡った。
「グオォッ!?」
トーカティブの右肩、ミサイルポートが根元から吹き飛ぶ。
身体が宙に投げ出された。
雪原に叩きつけられる衝撃。
だが、痛みよりも先に、圧倒的な気配が降ってきた。
純白のマント。巨大な兵装を従えた、戦場の女神。
「……見つけたぞ、異形な獣」
スノーホワイト。
彼女は身の丈ほどもある巨大な対艦ライフル――セブンスドワーフを、片手で軽々と構え直した。
銃身から猛烈な排熱が陽炎となって立ち昇り、次弾装填の駆動音が雪原に響き渡る。
「ここで土へと還れ――消えろ」
慈悲なき一斉射撃。
一個師団にも匹敵する火力が、トーカティブを飲み込んだ。
再生する暇すら与えない、圧倒的な暴力。
これが、ピルグリムの力か。
「グ、ガアアアアッ!!」
トーカティブが断末魔を上げる。
勝負あった。誰もがそう思った、その時。
突如、太陽が遮られた。
上空から、雪原を覆い尽くすほどの巨大な影が急降下した。
ドゴォッ!!
スノーホワイトの身体が、枯れ葉のように無造作に吹き飛ばされる。
舞い上がる雪煙。その中心に、絶望的な質量を持ってそれは着地した。
黒い装甲に覆われた、巨大な外骨格。
空を裂く翼と、ラプチャーをすら容易く握り潰せるほどの剛腕を備えた、浮遊する鉄の玉座。
その中心――禍々しい機械の心臓部に、一人の少女が埋め込まれるようにして座っていた。
包帯に包まれた身体。
ヘレティック・モダニア。
彼女は無機質な瞳で周囲を一瞥すると、外骨格の巨大な腕を動かした。
瀕死のトーカーティブを、まるで壊れた人形でも拾うかのように鷲掴みにする。
「ふむ、増援ですか。旗色が悪いですね。……また、会いましょう」
そのまま、スラスターが轟音を上げ、黒い怪物は空へと消えていく。
雪に埋もれたまま、遠ざかるその影を見上げた。
「……やっぱり、来てたのかよ……」
「先輩! 先輩!?」
イヴが泣きながら駆け寄ってくる。
ラピ、ユニ、そしてミハラがこちらへ走ってくるのが見えた。
「……ゲホッ。……大丈夫だ、生きてる……」
身体を起こそうとした時。
「……あ」
吹き飛ばされたスノーホワイトが、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見えた。
その瞳は、逃げた敵への殺意に燃えている。
「おい、そこの人間。今のラプチャーは……」
彼女が言いかけ、そして、横にいるイヴを見た瞬間。
時が止まった。
戦場の女神の顔から、全ての感情が抜け落ちていく。
殺意も、戦意も、冷徹さも。
持っていた武器を取り落としそうなほど、彼女の手が震えていた。
スノーホワイトの視線は、イヴの顔――かつての英雄、リリーバイスと瓜二つの顔に釘付けになっていた。
雪原に、風の音だけが響く。
やがて、彼女の唇から、信じられないほど幼く、弱々しい声が漏れた。
「……お姉……ちゃん……?」
イヴがキョトンとして顔を上げる。
過去の亡霊に囚われた巡礼者と、何も知らない無垢な少女。
二人の視線が、静かに交差した。