転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる   作:模範的アーク市民

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 幼子の迷子のような、心細げな声。

 だが次の瞬間、彼女の瞳孔がカメラのシャッターのように急速に収縮し、焦点がカチリと合った。

 

 スノーホワイトが、うわごとのように何かを呟いた。

 その瞳の中で、無数の文字列が高速で流れていくのが、UI越しにも分かった。

 

『SEARCHING ARCHIVE...』

『DATA FOUND: 100 YEARS AGO』

『WARNING: RESTRICTED MEMORY』

 

 顔面が蒼白になり、呼吸が過呼吸のように荒くなる。

 脳内の論理回路が、目の前の現実と過去の確定事項との矛盾に悲鳴を上げているのだ。

 

「……あ、あ……ガァッ!?」

 

 突如、スノーホワイトが頭を抱えて絶叫した。

 まるで脳みそを直接かき混ぜられたかのような、生理的な拒絶反応。

 彼女は愛機セブンスドワーフを取り落とし、雪原に膝をつく。

 

「……死んだはずだ!! あの人は死んだ!! 私は見た!! 首が……おねえちゃんの首がァァァッ!!」

 

 記憶の蓋が無理やりこじ開けられ、封印していた地獄が溢れ出す。

 その姿は、伝説のピルグリムというよりも、悪夢にうなされるただの少女のようだった。

 

「えっ……? あ、あの……?」

 

 イヴが怯えたように後ずさる。自分の顔を見て発狂した英雄に対し、どう反応していいか分からず困惑している。

 全身の痛みを一瞬忘れ、呆然とその光景を見ていた。

 

(……は? 何だこれ)

 

 視界(UI)の中で、スノーホワイトのステータス画面が異常な挙動を起こしていた。

 

MENTAL CORRUPTION(精神汚染)

MEMORY ERROR(記憶領域エラー)

 

 真っ赤な警告ログが、滝のように流れていく。

 

(おねえちゃんが死んだ? ……誰のことだ?)

 

 確かなのは一つだけ。目の前の英雄が、壊れかけているということだ。

 

「消えろ……私の頭から出ていけぇぇぇッ!!」

 

 錯乱したスノーホワイトが、震える手で再び巨大なライフルを掴んだ。

 その銃口が、ゆらりとイヴの方へ向く。

 殺意ではない。これは――恐怖だ。

 あの最強のピルグリムが、たかだか新人の少女を見て恐怖している?

 

「お前はなんだ……!? なぜその顔をしている!? 答えろ、貴様ァッ!!」

 

 理性のタガが外れた咆哮。

 カシャン、とチャージ音が響く。

 対艦ライフルの照準が、イヴの眉間に吸い寄せられる。

 

(撃つ気か!?)

 

 UIに、イヴへと伸びる真っ赤な射線(キルライン)が表示された。

 トリガーに指がかかる。

 相手はピルグリムだ。放たれれば、イヴどころか後ろの雪山ごと消し飛ぶ。

 

「イヴ、伏せろッ!!」

 

 叫ぶと同時に、イヴへと飛びついた。

 彼女の華奢な体を抱きすくめ、雪原に強引に押し倒す。

 そのまま覆いかぶさり、背中を丸めて死の衝撃に備えた。

 

 無謀だ。対艦ライフルの一撃を、生身の人間が防げるわけがない。

 だが、思考よりも先に体が動いていた。

 

(……来るッ!!)

 

 背中が焼けるような錯覚。

 だが、その瞬間。

 

 ザッ!!

 

 赤い影が、目前に立ちはだかった。

 ラピだ。

 彼女は、スノーホワイトの巨大な銃口に真正面から対峙した。

 

「させません……ッ!!」

 

 だが、分が悪いどころの話ではない。

 相手は対艦ライフル。ニケのボディなど紙切れ同然だ。

 ラピもそれを理解している。

 だからこそ、彼女の瞳が、危険な色――鮮烈な真紅に染まっていく。

 

「……うぅぅッ!!」

 

 ラピの全身から、陽炎のような赤い粒子が噴き出した。

 大気がビリビリと震える。

 それは、ただのリミッター解除ではない。

 彼女の中に眠る、禁忌の獣。

 

(おい、なんだ……あの光は!?)

 

 UIが『UNKNOWN ENERGY DETECTED』と警告を発する。

 見たこともない、禍々しいほどの出力反応。

 ラピの中に、あんな力が眠っていたなんて聞いていない。

 

 対艦ライフルのチャージ音が極限まで高まる。

 ラピの赤いオーラが爆発的に膨れ上がる。

 

 衝突する。

 誰もがそう思い、身をすくませた。

 

 プツン。

 

 糸が切れるような音がした。

 世界から色が消え失せたような、唐突な静寂。

 

「……あ、が……」

 

 轟音は、しなかった。

 代わりに聞こえたのは、巨大な質量が崩れ落ちる音。

 

 ドサァッ……。

 

 恐る恐る目を開ける。

 そこには、全身の装甲の隙間から猛烈な排熱を立ち昇らせて倒れているスノーホワイトの姿があった。

 手にはセブンスドワーフが握られたままだが、銃身の光は急速に失われていく。

 

『TARGET: SILENCE』

『STATUS: UNCONSCIOUS』

 

 UIの表示が、戦闘モードから通常モードへと戻っていく。

 

「……は、ぁ……?」

 

 心臓が早鐘を打っている。

 雪の上に座り込んだまま、口をパクパクとさせた。

 

 助かった?

 いや、それよりも。

 

「……なんだよ、今の。聞いてないぞ、こんなの……」

 

 トーカティブは去った。

 だが、雪上車は大破し、俺たちは極寒の雪原に放り出された。

 そして目の前には、時限爆弾のように転がっている気絶したピルグリム。

 

「……指揮官。無事ですか?」

 

 ラピが油断なく銃を構えたまま、近寄ってくる。

 彼女の視線は、倒れているスノーホワイトに釘付けだ。

 

「ああ、なんとか生きてる……ッ、ぐぅ……」

 

 体を起こそうとした瞬間、脇腹に激痛が走った。

 肋骨が数本、確実にイカれている。

 呼吸をするだけで肺が焼けるように熱い。

 

「先輩! 無理しないでください!」

 

 イヴが慌てて体を支える。

 

「……悪い。さすがに、今回は派手に食らったみたいだ」

 

 荒い息を吐きながら、周囲を見回した。

 通信端末を確認するが、圏外の表示は変わらない。

 

(……このままじゃ、全滅だ)

 

 ジャミングが続いている以上、ここで待っていても救援は来ない。

 誰かがこのエリアを脱出し、通信を回復させなければならない。

 

「……ミハラ、ユニ」

 

 痛む脇腹を押さえながら、少し離れた位置にいるワードレスの二人を呼んだ。

 

「なぁに? 指揮官」

 

 ミハラが妖艶に微笑みながら近づいてくる。

 ユニも、つまらなそうにロケットランチャーをぶら下げて寄ってきた。

 

「お前たちに別命を与える。……今すぐここを離脱し、通信可能なエリアまで移動しろ」

 

 懐から、先ほど研究所で回収したデータチップを取り出し、ミハラの手のひらに乗せた。

 

「このデータを持ち帰り、アークへ救援を要請するんだ」

「……あら。私たちだけお先に失礼していいの?」

「ここに全員でいても共倒れだ。……お前たちの機動力なら、この嵐の中でもアークの通信圏内まで抜けられるはずだ」

 

 ミハラとユニは、戦闘力もさることながら、隠密行動や単独でのサバイバル能力に長けている。

 負傷した俺や、重量級のスノーホワイトを抱えていては無理だが、二人だけなら確実に任務を遂行できる。

 

「……ふーん。いいけど」

 

 ユニが唇を尖らせる。

 

「せっかく面白いことになってきたのに。……まあいいや。ミハラ、行こ?」

「ええ。……了解したわ、指揮官」

 

 ミハラはデータチップを胸元へ大切そうにしまうと、耳元に顔を寄せ、悪戯っぽく囁いた。

 

「必ず助けを呼んであげる。……だから、それまで凍って死なないでね?」

 

 彼女はクスクスと笑い、ユニの手を引いて駆け出した。

 二人の背中があっという間に白銀の闇に消えていく。

 

「……さて。俺たちも移動するぞ」

 

 振り返り、残ったメンバー――カウンターズとイヴに指示を出した。

 

(……確か、この近くに岩場があったはずだ)

 

 来る途中、雪上車のナビゲーションマップで地形を確認していたのが功を奏した。

 記憶が正しければ、すぐ近くに風を凌げる天然の洞窟がある。

 

「近くに手頃な洞窟があったはずだ。……アニス、ネオン。そのデカい荷物(スノーホワイト)を頼む」

 

「げっ、私が? ……うぅ、分かったわよ。よっこい……しょぉぉッ!!」

「はい! ファイアパワーで運びます!」

 

 アニスがスノーホワイトの上半身を抱え上げ、顔を真っ赤にする。

 

「お、重っ!? なによこいつ、鉛でも食べてるの!?」

 

 ラピが俺を支え、アニスとネオンがスノーホワイトを担ぐ。

 奇妙な一行は、静寂を取り戻した極寒の闇へと歩き出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 空を見上げれば、厚い雪雲の向こうで太陽が沈んでいくのがわかる。

 青白い雪原が、徐々に濃紺の闇へと塗りつぶされていく。

 

「……寒っ。ねえ指揮官、気温下がってきてない?」

 

 アニスが白い息を吐きながら身震いした。

 日没だ。この極寒の地で夜を迎えることは、死を意味する。

 吹雪こそ止んでいるものの、放射冷却で気温はさらに下がるだろう。

 

「急ぐぞ。日が落ちる前に洞窟に入る」

 

 沈みゆく太陽と競争するように雪をかき分け、ナビの記憶だけを頼りに岩場を目指した。

 やがて、闇に同化しそうな黒い裂け目――天然の洞窟が見えてきた。

 

「……あそこだ。全員、中へ!」

 

 逃げ込むように洞窟へ滑り込む。

 風が遮断されただけで、体感温度が数度は上がった気がした。

 

「……下ろすわよ。……んぎぎッ!!」

 

 アニスが悲鳴のような声を上げ、スノーホワイトを地面に横たえた。

 

「はぁ、はぁ……マジで重い……腰が死ぬ……」

「お疲れ様、アニス」

 

 イヴが申し訳なさそうに背中をさする。

 岩壁に背中を預け、荒い息を整えた。

 脇腹の痛みが引かない。鎮痛剤を打ったが、意識が飛びそうだ。

 

 薄目を開けて周囲を確認する。

 入り口ではラピが見張りをし、ネオンがポータブルヒーターを設置している。

 そしてイヴは、心配そうに俺とスノーホワイトを交互に見つめていた。

 

「……あの、先輩。この人、大丈夫でしょうか」

 

 イヴが、スノーホワイトの額にそっと手を伸ばそうとする。

 だが。

 

「触るな」

 

 痛む体で身を乗り出し、彼女の手首を掴んで止めた。

 

「え……?」

「……悪い。だが、いつ再起動するか分からない。刺激しない方がいい」

 

 先ほどの光景が脳裏に焼き付いている。

 イヴの顔を見た瞬間の、あの錯乱。

 今のスノーホワイトにとって、イヴはただの地雷だ。不用意に近づければ、今度こそ洞窟ごと吹き飛ばされかねない。

 

「……はい。すみません」

 

 イヴが悲しげに手を引っ込める。

 気まずい沈黙が流れる中、ヒーターの駆動音だけが響いていた。

 

 その時だ。

 

 グゥゥゥゥゥ~~~~……。

 

 洞窟の岩肌を震わせるような、地響きに似た音が鳴った。

 全員がビクリと震え、警戒態勢をとる。

 ラプチャーか? それとも雪崩か?

 

 キュイィィィィン。

 

 スノーホワイトの瞳が、青く発光した。

 彼女はバネ仕掛けのように上体を起こし、周囲を素早くスキャンすると、最後に俺の顔を見て静かに言った。

 

「……腹が減った」

「……は?」

 

 あまりの第一声に、俺とアニスの声が重なった。

 スノーホワイトは無表情のまま、自身の腹部をさすっている。

 

「脳への負荷で、代謝回路が焼き切れそうだ。……貴様ら、何か食料は持っていないか? 脳を落ち着かせるための有機物なら何でもいい」

 

 さっきまでの発狂が嘘のような冷静さだ。

 いや、冷静というよりは、人間性を繋ぎ止めるための本能に全振りしたような目だ。

 呆気にとられながらも、ポケットに入っていたエナジーバーを一本差し出した。

 

「こ、これくらいしかないが……」

 

 スノーホワイトはそれをひったくり、包装ごとかじりついた。

 バリバリという音。数秒で完食。

 

「……足りん。全然足りん」

 

 彼女は不満げに鼻を鳴らすと、ふらりと立ち上がった。

 そして、洞窟の隅に張り付いていた、手のひらサイズの蜘蛛のような虫を見つけるや否や、電光石火の早業で捕獲した。

 

「あむ」

「ひっ!?」

 

 アニスが悲鳴を上げた。

 スノーホワイトは虫を真顔で咀嚼した。

 

「……悪くない。タンパク質は貴重だ」

 

(……この人、本当にあの伝説のピルグリムか?)

 

 高潔な女神像が、音を立てて崩れていく。

 だが、そのコミカルな空気が続いたのは一瞬だった。

 

 スノーホワイトが振り返り、その視線がイヴを捉えた瞬間。

 

 ピタリ。

 

 彼女の動きが止まった。

 咀嚼する顎が止まり、瞳から光が消える。

 

「……っ」

 

 スノーホワイトが、顔をしかめて後ずさった。

 まるで、強烈なノイズを聞かされたかのように、こめかみを押さえている。

 

「……貴様」

 

 低い声。

 さっきのような錯乱はない。だが、明確な拒絶がそこにあった。

 

「……貴様を見ていると、私の思考回路に異常な負荷がかかる。……不快だ」

「え……?」

「寄るな。視界に入るな。……私の脳を掻き回すつもりか?」

 

 スノーホワイトが、露骨に嫌悪感を向ける。

 殺意ではない。生理的な拒絶反応だ。

 イヴが傷ついたように唇を噛む。

 

「……彼女はただの新人指揮官だ」

 

 痛みを堪えて声を張り上げ、二人の間に割って入った。

 スノーホワイトの鋭い眼光が、こちらを射抜く。

 

「……私の本能が警鐘を鳴らしている。()()()()()()()()()()()()()と」

「偶然だ。世界には自分に似た人間が三人はいるって言うだろ」

「……」

 

 苦しい嘘だ。

 スノーホワイトはジッと俺たちを値踏みした後、フンと鼻を鳴らして視線を逸らした。

 

「……まあいい。今はこれ以上のエラーに対処するリソースはない」

 

 彼女は再び壁の虫を探し始めたが、その背中からは「これ以上近づくな」という明確な境界線が引かれていた。

 

「指揮官」

 

 ラピが隣に座り込み、小声で囁いた。

 彼女もまた、警戒を解いていない。

 

「彼女の状態、どう見ますか?」

「……ボロボロだ。身体も、精神も」

 

 正直に答えた。

 UI越しに見る彼女のボディは、継ぎ接ぎだらけだ。

 アークの最新パーツなんてものはない。ラプチャーの装甲板を無理やり溶接したような箇所、規格の合わないネジで止められた関節。

 百年。

 彼女は、補給もない地上で、たった一人で戦い続けてきたのだ。

 壊れたパーツを敵から奪い、自分の体を改造し、人としての形を失いながら。

 

「……それに、あなたの状態も心配です」

「俺か? 俺はただの打撲と骨折だ。……お前こそ、さっきの()()はなんだ」

 

 問いかけると、ラピは一瞬言葉を詰まらせ、目を伏せた。

 

「……分かりません。ただ、あのままでは指揮官たちが殺されると……そう思った瞬間、身体の奥が熱くなって……」

「……そうか」

 

 深くは聞かない。

 だが、あの赤い光は、間違いなくスノーホワイトのそれと同質の、あるいは対になる力だ。

 

「……寝ましょう、指揮官。見張りは交代でやります」

「ああ……頼む」

 

 意識が限界だった。

 ヒーターの熱を感じながら、泥のように眠りに落ちた。

 

 夢を見た。

 真っ白な花畑の中で、誰かが笑っている夢だ。

 だが、その花はすぐに赤黒い血に染まり、鉄の味がする雪へと変わっていった。

 誰かの声が、リフレインしていた。

 

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