転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる 作:模範的アーク市民
スノーホワイトの対艦ライフルから放たれた大質量の徹甲弾が、モダニアから放たれた粒子ビームと正面から衝突する。
極北の雪原に、疑似的な太陽が生まれた。
吹き荒れる凄まじい衝撃波。雪嵐の中、体は枯れ葉のように数メートル後方へ吹き飛ばされる。
「ぐっ、がぁ……ッ!」
肋骨が悲鳴を上げた。
ブラックアウトしかける意識。奥歯が砕けるほど食いしばり、どうにか大地に爪を立てる。
『
視界の端で、薄水色のUIが激しく明滅する。
ラピ、アニス、ネオンの耐久ゲージが、たった一つの余波で削り取られていた。
これが、ラプチャーの頂点に連なるヘレティックの力。
「マリアン! やめて! お願いだから!」
爆風の中心で、イヴが叫ぶ。
彼女だけは無傷だった。モダニアの展開する強固なエネルギーシールドが、爆発の余波からたった一人の「指揮官さま」を完璧に守護している。
だが、それは同時にイヴが囚われていることを意味していた。モダニアの腕がイヴの腰に回され、その身を拘束している。
「……指揮官さま。危ないから、じっとしていてくださいね」
硝煙と雪煙の中から、ゆっくりとモダニアが浮かび上がる。
巨大な外部装甲などは纏っていない。どこか豪奢なドレスを思わせる特異な装束の、華奢な等身大の少女の姿。
それにも関わらず、彼女の放つ圧倒的なプレッシャーは、単なる生体兵器の枠を完全に逸脱していた。
「チッ……イヴが捕まってる! うかつに撃てないわ!」
先の戦闘でメインのグレネードランチャーをへし折られたアニスが、予備兵装のサブマシンガンを忌々しげに構え直して舌打ちする。
ラピもまた、銃口を向けながらも引き金を引けずにいた。シールドに守られているとはいえ、ニケの重火力を至近距離で叩き込めば、その余波や衝撃だけで生身のイヴを傷つけかねない。
「火力、装填完了です……! って、撃てませんよあれじゃ!」
先ほどの余波で雪だるまのように吹き飛ばされていたネオンも、頭に積もった雪を払いながらどうにか戦線に復帰してきたが、同様にショットガンを構えたまま立ち尽くしてしまう。
「すぐにお掃除します。痛くないように、一瞬で送ってあげますから」
冷酷な殺人機械の瞳が、標的である「害虫」だけを正確に捕捉した。
直後、モダニアの周囲から無数の光弾が射出される。
「散開しろ!!」
俺の叫びと同時に、部隊が左右に散る。
雪原が次々と爆発し、抉れ飛ぶ。圧倒的な弾幕。防戦一方では削り殺されるだけだ。
「ラピ! アニスとネオンで雪原を撃て! 雪煙を煙幕代わりにして、その隙にイヴを奪還する!」
「了解! ネオン、アニス、足元を狙うわよ!」
ラピの指示で、二人が一斉に雪原へ向かってありったけの火力を叩き込む。
爆発が巻き上げた大量の雪と土砂が、モダニアの視界を一時的に遮った。
「そこだッ!」
白煙を突き破り、ラピが猛スピードで肉薄する。
狙うはモダニアの腕。イヴを引き剥がすための強襲。
だが――ヘレティックの反応速度は、ニケの限界を凌駕していた。
「無駄です」
煙の中から伸びたモダニアの脚が、ラピの腹部を正確に蹴り飛ばす。
「がはッ……!」
凄まじい衝撃音と共に、ラピが数十メートル後方へと吹き飛ばされた。
「ラピ!!」
「……問題、ありません。ですが……!」
雪に突っ込んだラピが立ち上がる。しかし、その一撃は無駄ではなかった。
迎撃の反動で、モダニアの拘束が僅かに緩む。その隙を突き、イヴが自ら身をよじってモダニアの腕から抜け出したのだ。
「イヴ、こっちへ走れ!!」
「マリアン……ごめんっ!」
イヴが涙を振り絞り、こちらへ向かって駆ける。
空になった腕を見つめ、モダニアの表情がピクリと凍りついた。
「……あ。指揮官さま……どうして、そっちへ行くんですか……?」
虚ろな声。だが、次の瞬間――彼女の端正な顔が激しく歪んだ。
無機質だった殺人機械の瞳に、ドロドロとした執着と激昂が渦巻く。
「あああああ! 害虫が! 指揮官さまを惑わす害虫がああああッ!!」
標的と指揮官が分離した。これで射線の制約は消えたが、同時に最悪の逆鱗に触れたのだ。
「今だ! 全弾叩き込め!!」
「言われなくても! 喰らいなさい!!」
アニスが残余の手榴弾を次々と投擲し、ネオンとラピがアサルトライフルとショットガンの弾幕を浴びせる。
だが、生身の少女の周囲に展開された強固なエネルギーシールドが、あらゆる火力を理不尽に弾き飛ばす。傷一つつけられない。
『
――バカな、アレだけ喰らわしてノーダメージかよ!?
警告音を鳴らす絶望的な数値に、嫌な汗が噴き出す。
勝てるわけがない。イベント戦闘なら、「耐える」ターン。だがこれは現実の肉体。HPがゼロになれば、全員スクラップになる。
ズギュウウゥン!
モダニアの砲口から、高収束の粒子ビームが放たれた。
直前。網膜に『
狙いは、アニス。
「アニス! 右へ飛べ!!」
「えっ!?」
あがりきった声の指示に、アニスが反射的に横へ跳んだ。
直後、彼女が立っていた雪原が蒸発し、ガラス化して抉れ飛ぶ。
わずか一歩の遅れが、上半身を消し飛ばしていた次元の火力。
「な、なにアレ……掠っただけで装甲が溶けてるんだけど!」
青ざめるアニスを尻目に、モダニアの追撃は止まらない。
次の瞬間、無数の赤いレーザーラインが、扇状に展開された。
『──シミュレーション、起動』
脳裏を、ノイズ混じりの最悪のビジョンが駆け抜けた。
数秒先の光景。
ビームの雨に晒され、全員が灰燼に帰す映像。
『
「ダメだ、スノーホワイト! 遮蔽だ!!」
「チッ……!」
絶叫に、スノーホワイトが即座に反応した。
セブンスドワーフのシールドを展開し、射線に割り込む。
轟、と。
光の奔流がシールドを直撃し、白雪のピルグリムが大きく後退した。
分厚いコートが焦げ、機械の身体がオーバーヒートの悲鳴を上げる。
「ハァッ……ハァッ……! 化物め……出力がデカすぎる。次を受ければ、このシールドも持たんぞ!」
血を吐くような声。
伝説のゴッデス部隊の生き残りですら、単騎では凌ぎきれない暴力。
モダニアがトドメとばかりに、胸部のメインコアに莫大なエネルギーを収束させる。それに連動し、頭部の生体ユニットが激しい排熱処理を開始した。
『
『
絶対の死が迫る。
その時、戦術支援インターフェースがある奇妙な挙動を示した。
物理的な頭蓋で守られているはずのモダニアの頭部。そこに、UIが『透過』するように、脳内に寄生する『NIMPH』の密集ポイントを弾き出したのだ。
莫大なエネルギーチャージの反動で、彼女のシールドが一瞬だけその急所の防壁を薄くしている。
『
ロックオンサイトが、狂ったように網膜で点滅した。
痛む腹をねじ伏せて立ち上がる。肺の底から、ありったけの酸素を絞り出した。
「スノーホワイト!!」
「なんだ!」
「モダニアの側頭部を狙え! エネルギーチャージの余波で、シールドが薄くなってる!」
「だが、頭を撃ち抜こうとヘレティックの再生能力が上回る! 致命傷にはならん!」
分かっている。なら、答えは一つ。
原作知識という名の、悪魔の果実をかじるしかない。
「さっき話した通りだ! 今がその瞬間だ、お前の『アンチェインド』を撃ち込め!!」
「――――ッ!」
スノーホワイトの目が大きく見開かれる。
あの洞窟で語った預言――『激戦の最中、窮地を乗り越えるためにアンチェインドが必要になる』。
それが現実の状況と完全にリンクした。
無用な逡巡は、一瞬で断ち切られた。
「本当に……奴の中枢に届くのだな!?」
「信じろ!! 右側頭部、耳の上から3センチの座標だ!!」
UIの赤丸が示す、針の穴を通すようなピンポイントの座標。
チャキッ。
スノーホワイトがセブンスドワーフの薬室に、特殊な弾丸を装填する。
「お掃除、完了で――」
モダニアのビームが放たれる、わずかコンマ数秒前。
「……消えろ、悪夢」
ズドンッ!!
放たれた一撃が、モダニアの光の奔流のわずかな隙間を縫うように直進する。
頭蓋を覆う外殻を貫通し、UIが指定した脳内のNIMPH中枢へと、狂いなく到達した。
「……あ?」
パキンッ、と。
透明なガラスが割れるような音が、戦場に響く。
直後、モダニアの全身から赤いノイズが迸る。チャージ中だったエネルギーが暴走し、自壊が始まった。
体を侵食していたヘレティック特有の装甲殻が剥がれ落ち、中枢のNIMPHが完全に破壊される。
「あ……ああ……! 指揮官、さ……」
糸の切れた操り人形のように、恐るべきヘレティックの体が力を失った。
虚空から重力に従い、真っ白な雪原へと崩れ落ちる。
ズッ……ドォォォォン……。
舞い上がる雪煙。
圧倒的だったエネルギー反応が、嘘のように沈黙した。
『
視界の赤いアラートが消え、静寂が訪れる。
膝から崩れ落ち、熱い雪に顔を埋めながら、大きく息を吐き出した。
「……勝っ、た……!」
雪煙が晴れていく。
雪原に倒れ伏す人影。
そこには見覚えのある白髪の少女が静かに横たわっていた。
アークの制服ではなく、黒を基調とした未知のインナースーツに身を包んでいるものの、その顔立ちは間違いなく彼女だった。
「マリアン……!」
イヴが弾かれたように駆け出す。
ラピが制止しようと手を伸ばすが、イヴは構わず雪原へ走り寄った。
膝をつき、倒れた少女を抱き起こす。
マリアンは目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
微かな寝息だけが、彼女が生きていることを証明していた。
「マリアン……。マリアン、私だよ……っ」
イヴは涙をこぼし、意識のない少女をきつく抱きしめた。
(……原作通りなら、彼女はやがて目を覚ます。だが、その精神は完全に白紙状態……幼児退行してしまっているはずだ)
俺は奥歯を強く噛み締めた。アンチェインドでNIMPHを破壊した代償として、彼女はすべての記憶と知能を失ってしまうのだ。
それでも今はただ、生きて取り戻せたことだけを喜ぶしかない。
奇跡の生還。だが、残酷な事実が重くのしかかる再会だった。
背後で、重い足音が雪を踏み鳴らした。
スノーホワイトだ。セブンスドワーフの砲身から白煙を上げながら、冷ややかな視線でマリアンを見下ろしている。
「洗脳が解けたとはいえ、そいつは人類の敵だ。本来ならばここで処分するのが規定のプロトコルだが……」
「ダメッ! マリアンは私たちがアークへ連れて帰ります!」
イヴがマリアンを庇うように立ち塞がった。
スノーホワイトは深々と溜息をつき、セブンスドワーフを背負い直す。
「勝手にしろ。だが、警告しておく」
「警告?」
「アーク上層部が、貴重な『生きたヘレティック』を温かく出迎えると思うか? 解剖台の上で解かれるのがオチだ。そいつを連れ帰るなら、アークの全てを敵に回す覚悟を持った方がいい」
冷徹な事実。
もし中央政府に正体がバレれば、マリアンは実験動物行き。当然、部隊全員が反逆罪で消される。
だが、見捨てる選択肢など最初から存在しない。
「……連れて行く。なんとか誤魔化すさ」
「強情な連中だ。まあいい、貴様らには借りがある」
スノーホワイトは懐から、自身の情報端末を取り出した。
数回のタップ操作。直後、こちらの戦術インターフェースに未知の暗号化された通信周波数が一瞬だけ明滅し――ポケットの中の情報端末が、短い振動を返した。
新規の連絡先が、自動で追加された合図だ。
「何かあればそいつに連絡しろ。あの不可解な『預言』……貴様が視ている未来とやらの話を、いずれじっくりと訊かせてもらう」
白雪のピルグリムは、それだけ言い残すと背を向けた。
雪原の中に、白いマントが溶けるように消えていく。
「さて……」
凍てつく空を見上げる。
遠くから、ユニとミハラが手配したであろう救助部隊のローター音が聞こえ始めていた。
ご無沙汰していました。
忙しい時期が一旦抜けたのと、3.5周年イベントでモチベが上がったので、また定期的に投稿できればと思います。