転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる 作:模範的アーク市民
プシューッ、と減圧音が響き、巨大なエレベーターの扉が開く。
アーク地下、コマンドセンターの到着ロビー。
本来なら、激戦を終えた部隊が傷だらけで帰還し、安堵と血の匂いが充満する場所だ。
だが、今の俺たちはあまりにも綺麗すぎた。
「……えっ?」
受付カウンターに座るオペレーターの女性が、素っ頓狂な声を上げてこちらを凝視している。
無理もない。出発手続きをしてから、まだ十分も経っていないのだから。
「あの、指揮官? 忘れ物ですか? それともエレベーターの故障で……」
「いや、任務完了だ」
ポケットから、ハンカチに包んだコアを取り出し、カウンターにコトリと置く。
まだほのかに熱を帯びている、ラプチャーの心臓部だ。
「指定されたポイントのラプチャーは排除した。コア回収も済ませた。……これ以上、あの上にいる理由がない」
「は、排除……? たった5分で、ですか?」
「移動時間を含めればな。実戦闘時間は30秒くらいだ」
あくびを噛み殺し、端末にIDカードをかざす。ピリッ、と認証音が鳴った。
「おい、検品を頼む。もう上がりたいんだ。今日はスーパーの特売日なんでね」
「あ、はい! ただいま確認を……!」
慌ててコンソールを叩き始めるオペレーター。
その背後で、数人の上官らしき軍服の男たちが、モニターを指差してざわつき始めた。
『おい、見ろよこの戦闘ログ……被弾率ゼロだぞ』
『弾薬消費、ほぼ皆無? 遭遇と同時に
『馬鹿な、新米の部隊だぞ。相手は中型級だ。こんな芸当、ベテラン部隊でも……』
ヒソヒソとした話し声には気づかないふりをして、ロビーの出口へと足を向ける。
後ろには、P-12たち三名のニケが、誇らしげに胸を張ってついてきていた。
頼むから、そんな、やってやりましたよ感を出さないでくれ。俺たちは英雄じゃない。ただ、死にたくなくて必死に逃げ帰ってきただけの小市民だ。
「指揮官、お疲れ様でした! 素晴らしい指揮でした!」
「……声がデカい。目立つな」
「次の出撃予定はいつですか? また是非、私たちを!」
「未定だ。解散!」
逃げるようにその場を去る。勘弁してくれ。目立ちたくないんだ。
目立てば、面倒な任務を押し付けられる。死亡率が上がる。望みは、細く長く、地味に生きることだけなんだから。
◇
中央政府軍借り上げ宿舎、第104棟。
アークの居住区画の片隅に建つ、築五十年は下らないであろうコンクリートの塊が、今の城だ。
カシュッ。
自室に戻るなり、冷蔵庫から缶ビール――のようなもの――を取り出して開けた。
本物の麦なんて一粒も使っていない、合成アルコールと香料で作られた黄色い液体だ。だが、今の懐事情にはこれが精一杯の贅沢だった。
「……さて、と」
パイプベッドに腰掛け、支給されたタブレット端末を起動する。
画面に表示されるのは、初陣の報酬明細だ。
「基本給、危険手当、資源回収ボーナス……お、結構いったな」
表示された額面は、一般市民の平均月収を軽く超えていた。
さすがは命の値段が高い仕事だ。これなら、少しは貯金ができるかもしれない。
そう思ったのも束の間。指が画面をスクロールさせ、
「……は?」
所得税。住民税。復興特別税。
アーク空気清浄税。地下居住維持費。
宿舎共益費。光熱費。
装備レンタル料。弾薬補充費。
ニケ整備負担金(一部)。
ここまではいい。百歩譲って許そう。アークで生きるには金がかかる。
だが、最後の一行。
最も太い文字で書かれた、その項目が全てを台無しにしていた。
特別養育費返済充当金: -120,000 クレジット
「…………ふざけんなよ」
虚空に向かって毒づく。
捨て子だった身を、国が育ててくれたことには感謝している。衣食住に困ることはなかったし、教育も受けさせてくれた。
だが、それが全て借金として計上されていたなんて、聞いてない。
アークの福祉制度は、悪魔的だ。成人した瞬間に、莫大な請求書を突きつけてくるのだから。
「手取り……これだけかよ」
残った金額は、スズメの涙ほどだった。
「……ハッ。命がけで戦って、これか。結局、今夜もスーパーの半額弁当生活は継続だな」
合成アルコールを呷り、ため息をつく。
テーブルの上には、帰りに買ってきた半額シールの貼られた弁当。中身は、大豆プロテインを固めた唐揚げと、工場のLEDで育った色の悪いブロッコリー。
それでも、市民への配給食である
唐揚げに、付属の小袋を破って中身をぶちまけた。
トマト風シーズニングソース。トマトなんて一度も漬け込まれていないであろう、目が痛くなるような蛍光色の赤。それをたっぷりと絡めて、口に放り込む。
……うん、ケミカルな酸味と、パサパサのスポンジを噛んでいるような食感。
「……もっと稼がないと、死ぬな。金銭的な意味で」
空になった缶を握りつぶす。
生き残るためだけじゃない。借金を完済して、いつか本物のステーキを食うために。明日も、あの地獄へ通勤しなければならないのだ。
……その時。
ふと、机に放り出した支給品のタブレット端末――そのインカメラのレンズが、微かに光ったような気がした。
――ピ。
気のせいか。首を振り、冷めた合成唐揚げを口に放り込んだ。
◇
翌日。
コマンドセンターのロビーは、今日も出撃を待つ指揮官とニケたちでごった返していた。
「さて……今日のメンバーはどうするか」
壁際の
新人の指揮官に、専属の部隊なんてものはない。任務のたびに、待機中の量産型ニケを募集し、即席のチームを組むのがルールだ。
「前回と同じ奴らは……いや、情が移ると判断が鈍る。今日は別のタイプにするか」
画面を操作し、遊撃・防御・支援のバランス型で募集要項を入力した。
特定の個体は指名しない。誰でもいい。そう考えて、募集開始のボタンを押す。
――カチッ。
『部隊編成完了。定員に達しました』
「は?」
目をパチクリさせた。
ボタンを押してから、0.0秒。瞬きする間もなく、3枠の募集が埋まったのだ。
「……バグか? サーバーのエラーか?」
訝しみながらも、集合場所であるD-4ゲートへと向かう。
まさかな。いくらなんでも、そんなに早く集まるわけが――。
「お待ちしておりました、指揮官!」
ゲートの前には、三体の量産型ニケが直立不動で待機していた。
見覚えのある、汎用歩兵モデルのP-12。
盾役のP-23。
スナイパーのP-08。
……先日、一緒に初陣を飾った、あの三人組だった。
「……おい」
「はい! 本日の作戦行動を共にさせていただきます、プロダクト12です!」
P-12が、まるで初対面のように爽やかに敬礼した。
だが、こちらの目は節穴じゃない。彼女の持っているアサルトライフルには、先日の戦闘でついたひっかき傷がそのまま残っている。
「お前ら、昨日の部隊だろ。なんでまたここにいる」
「偶然ですね、指揮官。奇跡的な確率ですが、これも運命かと」
ジト目で睨むと、後ろに控えていたP-08が、ボソリと小声で呟いた。
「……ふふ。募集開始に合わせてサーバーへ直接アクセス、0.01秒の勝利ね。他の量産型には負けないわ」
「おい、今なんか言ったか?」
「いいえ? 照準の調整中ですが」
こいつら、確信犯だ。完全にこちらの枠を狙い撃ちしてきやがった。
「……はぁ。もういい、時間がない」
再募集をかけている暇はない。
諦めて溜息をついた。
「いいか、今日もルールは同じだ。死ぬな。命令を聞け。定時で帰るぞ」
「「「了解!!!」」」
やけに嬉しそうな返事が、ロビーに響き渡った。
◇
地上。廃ビルが立ち並ぶ市街地エリア。
今回の任務は、指定ポイントの防衛だ。
「前方よりラプチャー反応多数! 数、想定よりも多いです!」
「増援か……! チッ、これじゃ残業確定じゃないか」
P-12の悲鳴に近い報告を聞きながら、瓦礫の陰で舌打ちする。目の前の通りを、ラプチャーの群れが埋め尽くそうとしている。
まともに撃ち合えば、弾薬が尽きるのが先か、こちらの装甲が抜かれるのが先か。いずれにせよ、定時退社は絶望的だ。
――ズキン。
その時、またあの頭痛が走った。
視界が歪み、世界に赤いラインが走る。
(……見える。あいつらの進行ルート……湧きポイントは、あそこか)
視界には、敵が増援として現れる出現位置と、そこへ至る導線が赤い矢印となってハッキリと映し出されていた。
敵は、崩れかけた高架下を通って、こちらへ雪崩れ込んでくるつもりだ。
「P-08!」
「はい、狙撃ポイント確保済みです。敵の前衛を……」
「違う。敵は撃たなくていい」
「はい?」
「あそこだ。3時の方向、廃ビルの三階部分。あのヒビが入った太い柱を撃て」
指差したのは、敵など一人もいない、ただのボロボロの柱だった。
P-08が困惑の声を上げる。
「えっ? ですが、あそこには敵影はありません。それに、あんなところを撃ったら……」
「崩れるな。……だから撃つんだよ。今すぐにだ!」
「り、了解!」
P-08のスナイパーライフルが火を噴く。重い銃声と共に、コンクリートの柱が粉砕された。
瞬間。支えを失った巨大な瓦礫の塊が、轟音と共に崩落し――ちょうどその真下を通過しようとしていたラプチャーの増援部隊を、ごっそりと生き埋めにした。
ズズズーン……!
土煙が晴れると、そこには瓦礫の山に押しつぶされ、身動きが取れなくなった鉄屑の山だけが残っていた。敵の戦力は、一撃で半減以下になっている。
「……え?」
「うそ……敵の増援ルートを、読んでいたのですか?」
「しかも、あの柱があの一撃で崩れる強度だということまで計算して……?」
P-12たちが、呆然とこちらを見ている。
違う。ただ、UI画面越しに
「……掃除の手間が省けたな」
努めて冷静を装い、埃を払う。
「残った敵を掃討して撤収だ。……定時まで、あと15分。急ぐぞ」
背中で、ニケたちが息を呑む気配がした。
彼女たちの瞳の中で、俺への