転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる   作:模範的アーク市民

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 ザァァァァァッ……。

 

 視界を白く染めるほどの豪雨が、荒野の廃墟を打ち叩いている。

 時折、遠くで光る稲妻と、腹の底に響く重低音が、この嵐がただの自然現象ではないことを告げていた。

 あれは、前線で交わされている砲撃の音だ。

 

「……最悪だ。なんで俺がこんな()()()()()()にいなきゃならないんだ」

 

 防水シートで作った簡易テントの下、泥だらけの軍靴を見つめて低く毒づく。

 本日の任務は、合同作戦の後方支援。相手は単騎でアークを壊滅させうる人類の天敵――ヘレティックだ。

 新人指揮官が関わっていい相手じゃない。ゲームなら、イベントムービーで都市が一つ消し飛ぶレベルの災害だ。

 

()()()()()()()()()だ? ふざけるな。ヘレティック相手に安全圏なんてあるわけがない」

 

 招集命令が届いた時、全力で抵抗した。腹痛、原因不明の高熱、装備の不調――ありとあらゆる仮病と言い訳を並べ立て、辞退を申し出たのだ。

 だが、返ってきたのは――拒否すれば軍法会議、および借金の即時一括返済という、死刑宣告にも等しい命令書だけ。結局、首根っこを掴まれるようにして、この死地へと連行されてきたわけだ。

 

「……ピリピリしてやがるな、空気が」

 

 初陣から、数ヶ月。

 どうにかこの地獄のような地上任務を生き延びてきた。即時撤退と生存優先。徹底したリスク管理のおかげか、まだ五体満足でここにいる。だが、今日ばかりは運だけで乗り切れる気がしない。

 

 主力であるアブソリュートとメティスが交戦しているエリア、その退路確保と通信中継が、この部隊の役目だ。

 

「指揮官。温かいコーヒーです。……粉末のレーションですが」

 

 差し出されたマグカップを、無言で受け取る。

 湯気を立てているのは、いつものP-12。彼女の背後には、P-23とP-08も控えている。

 そういえば、こいつらとは妙に縁が続く。本来、指揮官は三回の任務ごとに部隊をローテーションさせられるはずだが。

 

「……警戒レベルに変更は?」

「ありません。ですが、電磁波干渉が増加しています。前線の戦闘が激化しているようです」

「了解だ。……休める時に休んでおけ」

 

 それだけ告げて、視線をタブレットに戻す。

 彼女たちとは世間話をしない。情が移れば、判断が鈍る。

 ニケは兵器だ。いつ壊れるかわからない道具に、感情というリソースを割くのは非効率的だ。そう自分に言い聞かせ、意図的に距離を置いていた。

 

 ――ズドンッ!!

 

 唐突に、地面が大きく跳ねた。遠くの砲撃音ではない。もっと近く、圧倒的な質量の着地音。

 

「なっ……!?」

「指揮官! 至近距離に高エネルギー反応! 識別信号……ヘレティックです!!」

 

 P-12の悲鳴と共に、視界へ赤い警告色が奔る。

 テントから飛び出した先には、雨のカーテンを切り裂いて現れた最悪の想定――絶望そのものが鎮座していた。

 巨大なサソリを模した異形の装甲。その背には、無機質で美しい女性の姿をした本体が融合している。

 ヘレティック・インディビリア。人類の敵対者(ラプチャー)の中でも、頂点に君臨する化物だ。

 

「あら。ゴミ掃除の最中でしたか?」

 

 インディビリアが、退屈そうにこちらを見下ろす。

 本来なら、前線のアブソリュートやメティスと交戦中のはずだ。戦闘の余波で一時的にここまで後退してきたらしい。

 

「ひッ……」

 

 P-12たちが後ずさる。無理もない。量産型ニケが束になっても、傷一つつけることすら叶わない相手だ。

 

 ――ズキン。

 

 激しい頭痛。UIの強制起動。

 だが、表示されたのはいつものような数字の羅列ではなかった。

 

(……あ?)

 

 脳裏に、鮮明な映像がフラッシュバックする。

 

 ――右へ逃げる映像。その先で巨大な尾に薙ぎ払われて肉塊になる自分たち。

 ――左へ逃げる映像。戯れのような追撃で蒸発する自分たち。

 ――戦う映像。銃を構えた瞬間に首を飛ばされる自分たち。

 

(なんだ、これ……。どこにも、ない……?)

 

 今までどんな危機でも、細い糸のような生存ルート(赤いライン)が見えていた。

 だが、今回は違う。

 三六〇度、どこを見渡しても、その先にあるのは無残な死体だけ。

 逃げ場なし。完全に詰みの盤面だ。

 

「あぁ、ちょうどいい。少し腹立たしいことがありましてね。あなたたちで憂さ晴らしをさせてもらいましょうか」

 

 インディビリアが嗤う。巨大な尾が、鎌首をもたげるように持ち上がった。

 

「撃てッ!! 牽制しろ!!」

 

 喉が裂けんばかりに叫ぶ。絶望的な未来が見えていても、立ち尽くして死ぬわけにはいかない。

 一斉射撃が開始される。アサルトライフルの乾いた音が響くが、装甲には火花が散るだけだ。

 

「くっ……硬すぎる!」

「通りません! まるで効いてない!」

 

 P-23が盾を構えて前に出るが、尾の一振りで紙屑のように吹き飛ばされた。

 

「ガハッ……!?」

「P-23!!」

 

 瓦礫に叩きつけられるP-23。装甲がひしゃげ、赤い人工血液と黒いオイルが混じり合った液体が噴き出す。

 力の差がありすぎる。これは戦闘じゃない。処刑だ。

 

(クソッ、クソッ、クソッ! 何か……何か時間稼ぎできるものは……!)

 

 血走った目で周囲を見回す。その時、視界の端に映ったあるモノに、UIが反応した。

 

 『オブジェクト:旧時代の送電鉄塔』

 『耐久値:極低』

 『効果:一時的な進路妨害』

 

 真横に立つ、朽ち果てた巨大な鉄塔。

 倒せば、数秒は時間を稼げるかもしれない。だが、それだけだ。倒したところで、あんな化け物には……。

 

「……やるしかない! P-08! 三時の方向!」

 

 指示より早く、P-08は既に銃口を動かしていた。こちらの視線の先にあるものを、彼女は理解していたのだ。

 

「ターゲット確認。……あの鉄塔の基部ですね?」

 

 P-08の声は冷静だった。

 何度も修羅場を潜り抜けてきた、阿吽の呼吸。

 

「奴の上に倒して、動きを止める! やれるか!」

「お任せを!」

 

 ズドンッ!

 

 迷いのない一撃。基部を破壊された数百トンの鉄塊が、バランスを崩してインディビリアの方へ倒れ込む。

 

「……ちっ、目障りな!」

 

 インディビリアは避ける素振りすら見せない。倒れてくる鉄塔を、その巨大な尾で薙ぎ払おうとした――その瞬間だった。

 

 カッ――――!!!!

 

 世界が真っ白に染まる。鼓膜を破るごとき轟音。

 上空の暗雲から、自然界の全力、数億ボルトの落雷が――偶然にも、避雷針となった鉄塔を直撃したのだ。そしてその電気エネルギーは、鉄塔に接触していたインディビリアへと全て流れ込んだ。

 

「ギ、ガァァァァァァァァッ!!??」

 

 さしものヘレティックも、想定外の過負荷には耐えられない。全身からスパークを散らし、再生システムが悲鳴を上げる。

 

「……え?」

 

 泥水の中に膝をつきながら、その光景を見つめた。狙ったわけじゃない。ただの偶然だ。だが、その偶然が、奴の動きを止めた。

 

「やった……か……?」

 

 そう確信した、次の瞬間。

 

「……おの、れぇぇぇッ!!」

 

 機能停止寸前のインディビリアが、最後の悪あがきで巨大な尾を振り回す。標的は、この状況を作り出した元凶。回避不可能。

 

「あ――」

 

 死ぬ。

 そう思った瞬間、視界に三つの影が割り込んだ。

 

「指揮官!!!」 「守れッ!!」 「させない!!」

 

 P-12。P-23。P-08。

 俺に覆いかぶさるようにして、壁となった。

 

 ドォォォォォォォンッ!!

 

 衝撃波と熱量で、世界が裏返る。体は枯れ葉のように吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられた。

 

「ガハッ……!」

 

 肺の空気が絞り出される。薄れる意識の中で、見た。

 身を挺した三つの影が、上半身を消し飛ばされ、物言わぬ鉄屑となって崩れ落ちるのを。

 

「……あ……、あ……」

 

 インディビリアは、そのまま煙を上げて撤退していく。

 後に残ったのは、ただの雨音だけ。這いつくばりながら、彼女たちのもとへ滲り寄った。

 

「おい……P-12……」

「P-23……」

「P-08……」

 

 返事はない。

 ただ、P-12の首から千切れ飛んだドッグタグだけが、泥の中に落ちて光っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――ピッ、ピッ、ピッ。

 

 無機質な電子音が響いている。

 消毒液の匂い。重い瞼を持ち上げる。そこは、アーク中央病院の個室だった。

 

「……気がついたようですね」

 

 ベッドの脇でモニターをチェックしていたのは、白衣を着た医療用ニケ。

 意識が戻ったのを確認すると、事務的な、しかし柔らかな口調で告げた。

 

「ここはアーク中央病院です。あなたは全身打撲と肋骨の骨折、及び内臓損傷で搬送されました。……丸三日、眠っていたんですよ」

「……三日……?」

 

 酸素マスク越しのくぐもった声が漏れる。

 記憶が混濁している。雷雨。ヘレティック。そして……。

 

「……俺の、部隊は……」

 

 医療用ニケの手が、一瞬止まった。

 無機質な瞳を伏せ、淡々と事実が告げられる。

 

「残念ですが、随伴していたニケ三機は、全損(ロスト)判定です。ボディの損傷が激しく、(ブレイン)の回収も不可能でした」

「……」

「現場には、これだけが残されていました」

 

 サイドテーブルに置かれたのは、泥とオイルで汚れ、ひしゃげた三枚のドッグタグ。

 最後まで握りしめていたものだ。

 

「……そうか」

 

 涙は出なかった。ただ、胸の奥が冷たく重くなるだけ。

 量産型は代えが利く。アークではそう教えられる。それを信じたかった。深く関わらないように、ずっと距離を置いてきたのだ。

 

「それと、司令部からのお届け物です」

 

 医療用ニケは、豪奢な箱を差し出した。

 中に入っていたのは、輝く銀色の勲章――アーク守護勲章と、一枚の通知書。

 

「あなたの部隊の行動が、インディビリア撃退のきっかけになったと高く評価されています」

 

 勲章をサイドテーブルに放り投げる。こんな金属片で、あいつらが戻ってくるわけじゃない。

 通知書の端に書かれた()()()()()()の金額に目を落とす。確かに、今までにない高額だ。

 だがその下の行には、自動的に天引きされる『入院費』『治療費』『装備損壊弁償金』、そしていつもの『養育費返済分』が記載されている。

 手元に残るのは、花束が数個買える程度の端した金だけだ。

 

「……退院後の予定は?」

 

 尋ねると、医療用ニケは端末を操作し、首を横に振った。

 

「白紙、ですね。上層部からの指示です。――英雄の体は国の資産である。完治するまで、一切の前線任務を禁ずる、と」

「……そうか」

 

 体のいい厄介払いか、それとも純粋な配慮か。どちらにせよ、今の俺に新しい部隊を率いる気力は残っていなかった。

 

「まずは体を治してください」

 

 ベッドに深く沈み込む。傷ついた体以上に、心が重かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 退院の日。

 真っ直ぐにアークの外れ、廃棄区画へと向かった。

 そこは、回収された量産型ニケたちの残骸が眠る、名もなき共同墓地だ。

 個別の墓なんてものはない。識別番号が刻まれたプレートが壁一面に並んでいるだけの、無機質な場所。

 なけなしのボーナスで買った白い花束を、その壁の前に供える。

 高かった。合成培養花ではなく、天然の花だ。だが、今度ばかりはケチる気にはなれなかった。

 

「……馬鹿な奴らだ」

 

 壁に刻まれた、無数の番号の中から、あの三人の番号を見つめる。

 P-12。P-23。P-08。

 

「情が移ると辛いからって、俺はずっと線を引いてた。お前らはただの仕事道具だって、自分に言い聞かせて」

 

 でも、彼女たちは違った。

 突き放しても、彼女たちは見ていた。このどうしようもない指揮官を守るために、躊躇いなくその命を投げ出した。

 

「……クソが」

 

 胸の奥が痛む。まだ完治していない肋骨のせいじゃない。

 この世界は、英雄ごっこができるような綺麗な場所じゃない。

 人間一人の命も、ニケの命も、ただの数字として処理される――かつて熱中し、そして絶望した()()()()()()N()I()K()K()E()という名のクソゲーそのものだ。

 

 ドッグタグを強く握りしめる。英雄になんてなってやるものか。高潔さなんて犬に食わせろ。

 泥水を啜ってでも、どんな汚い手を使ってでも生き延びてやる。

 

 花束に背を向け、俺は歩き出した。

 

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