転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる   作:模範的アーク市民

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 長い通院生活とリハビリを終え、ようやく医師から現場復帰可の診断が下りた数日後。

 次の配属が決まるまでの短い休暇を利用して、アークの外れにある古びた教会へと足を運んでいた。

 ここは育った場所であり、今も変わらず、身寄りのない子供たちを受け入れている孤児院でもある。

 

「あ! アダムお兄ちゃんだ!」

「うわ、本当だ! 久しぶり!」

「お兄ちゃん、お土産は? 怪獣の尻尾は?」

 

 錆びついた鉄門をくぐった瞬間、庭で遊んでいた子供たちが、蟻の群れのように押し寄せてきた。

 苦笑しつつ、ポケットから安物のキャンディを掴み出してばら撒く。

 

「おいおい、病み上がりに無茶をするな。怪獣の尻尾はないが、アメならあるぞ」

「やったー!」

 

 無邪気な歓声。

 ここだけは、アークの淀んだ空気とは無縁の場所だ。

 だが同時に、背負った借金の重さを再確認させられる場所でもある。

 

「……おかえりなさい、アダム」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、礼拝堂の奥から一人のシスターが現れた。

 育ての親であり、この孤児院を切り盛りする女性だ。

 

 床まで届くほどの長い白髪と、それとは対照的な、艶やかな褐色の肌。作り物めいて整いすぎた顔立ち。

 街ですれ違えば誰もが振り返り、畏怖さえ覚えるような高嶺の花だが、不思議とこの粗末な教会には馴染んでいた。

 

 年齢不詳の穏やかな微笑み。

 その瞳は、言葉にしない想いまで汲み取るような、深く静かな慈愛に満ちている。

 

 子供の頃からそうだ。どんなに強がって平気なふりをしても、彼女の目はすべてを見透かしてしまう。だから彼女の前でだけは、どこか居心地が悪く、けれど安心するような不思議な感覚になるのだ。

 

「ただいま、シスター」

 

 彼女は顔色と、動くようになった腕を一瞥し、眉を少し下げた。

 何も言わずとも、どれほどの地獄を見てきたのか、そしてまだ痛みが残っていることを肌で感じ取っているようだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 教会の質素な食堂で、向かい合って座る。

 テーブルの上には、湯気を立てるハンバーグ。

 もちろん本物の肉ではない。合成タンパク質と増量剤で作られた代物だ。だが、たっぷりと掛かったデミグラスソースの香りが、記憶を刺激する。

 

「今日は貴方が来そうな予感がして、好物を作っておいたのです。……ソース多め、でしたよね」

「……ああ。変わらない味だ」

 

 一口食べると、張り詰めていた糸がふっと緩むのを感じた。

 アークの高級レストラン(行ったことはないが)の料理よりも、これこそが一番のご馳走だ。

 

「神は乗り越えられない試練を与えません。……ですが、辛い時は、いつでもここに帰ってきていいのですよ」

 

 シスターは食事には手を付けず、ただ慈しむようにこちらを見つめていた。

 その言葉は、聖書の教えというよりも、ただひたすらに息子の無事を喜ぶ母親のそれ。

 インディビリア戦で負った心の傷が、少しだけ癒やされていく。

 

 帰り際。

 玄関先で懐から茶封筒を取り出し、シスターに手渡した。

 

「……これ。今月の分だ。少ないが、足しにしてくれ」

「アダム……。自分の生活も苦しいでしょうに」

 

 シスターの視線が、着古したジャケットと、修繕跡だらけのブーツに注がれる。

 今回の入院費と装備の弁償金で、こちらの口座はすっからかんだ。この金だって、これからの食費を削って捻出したもの。

 そんなことは、彼女にはお見通しなのだろう。

 

 それでも、精一杯の見栄を張って笑ってみせた。

 

「心配するな。俺は独り身だからな。それに、最近は危険手当も弾んでる。ここのガキどもに不味い飯を食わせるよりはマシな使い道だよ」

 

 わかりやすい嘘だ。

 だが、シスターはそれを暴こうとはしなかった。

 彼女は困ったような、けれど嬉しそうな溜息を一つ吐くと、痩せ我慢ごと受け入れるように、封筒を両手で包み込んだ。

 

「……そうですか。では、そのお言葉に甘えさせていただきます」

「ああ、そうしてくれ」

「感謝します。貴方のその優しさが、いつか貴方自身を救うことを祈っています」

 

 その温かさに背中を押されるように、逃げるように背を向け、教会を後にした。

 門を出て、空調の効いたアークの通りを歩きながら、小さく息を吐く。

 

「……さて。格好つけた分、また稼がないとな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 休暇明け。中央司令部、地下深層エリア。

 教会の温かい空気とは真逆の、無機質で冷たい廊下を歩いていた。

 手の中にあるのは、一枚の辞令書。

 

 ――特務コマンド部隊 04-F 臨時指揮官任命。

 

「04-F、ねぇ……」

 

 聞いたことのない部隊名だった。

 だが、受付のオペレーターが見せた、ご愁傷様です、と言わんばかりの同情的な視線が、部隊の評判を物語っていた。

 通称、掃き溜め。問題児収容所。

 前任の指揮官たちは皆、任務放棄して逃げ出したらしい。

 

「ま、現実はこんなもんだ。……行くか、新しい職場へ」

 

 ため息をつき、部隊待機室のドアノブに手を掛ける。

 その瞬間。

 

 ガァンッ!!

 

 中から何かが激突するような轟音が響いた。

 

「ふざけんじゃないわよ! なんでまた()()()()なの!? 私たちは捨て駒!?」

「アニス、落ち着きなさい。ロッカーが凹みます。また報告書を書くのは私なのよ」

 

 怒声と、冷静なツッコミ。

 眉間を揉みほぐしてから、ドアを開け放った。

 

「……おい。そのロッカー、備品だぞ。壊したら弁償だ」

 

 部屋の中には、二人のニケがいた。

 一人は、黄色いジャケットを着た快活そうな少女。今は怒りで顔を歪め、ロッカーを蹴り飛ばした体勢で固まっている。

 もう一人は、赤いベレー帽を被った少女。手にしたアサルトライフルを整備しながら、我関せずといった様子で座っている。

 

「あ? 誰よあんた」

 

 黄色い方――アニスが、こちらを上から下まで値踏みするように見て鼻を鳴らした。

 赤色の方――ラピは、椅子から立ち上がり、冷めた目で敬礼した。

 

「……識別信号確認。貴方が、新しい臨時指揮官ですか」

 

 二人の顔を交互に見やる。

 その瞬間、思考が僅かに停止した。

 

(……ん? 妙だな)

 

 量産型とは違う、特徴的な専用装備。洗練されたデザイン。

 そして何より、この顔。

 初めて会うはずなのに、強烈な既視感がある。

 記憶の奥底、前世の記憶にある()()が引っかかる。

 

「おい、お前ら。……以前、どこかの戦場で会わなかったか?」

 

 思わず口に出た言葉に、アニスが呆れたように目を丸くした。

 

「はぁ? 何それ、ナンパ?」

「……あ?」

「やだー、着任早々口説いてくるとか、最低なんですけど。残念だけど、あんたみたいな貧乏くさい男はお断りよ」

「……違いない。俺も金のかかりそうな女は御免だ」

 

 かぶりを振る。

 気のせいだ。

 

 ラピが淡々と告げる。

 

「初対面です、指揮官。記録にはありません」

「そうか。なら俺の勘違いだな」

 

 近くのパイプ椅子を引き寄せ、ドカッと座り込んだ。

 

「ねえ、あんたもどうせすぐ逃げるんでしょ? だったら最初から命令しないでくれる? 私たち、自分たちで判断した方が生存率高いんで」

 

 アニスが挑発的に腰に手を当てる。

 歴代の指揮官たちへの不信感が滲み出ていた。

 大きく息を吐き出す。

 

「逃げる? ……ああ、俺だって今すぐ逃げたいよ。だがな、金が必要なんだ」

「は?」

「指揮方針はシンプルだ。定時で帰る。以上」

 

 ラピの眉がピクリと動く。

 

「……それは、任務の放棄を示唆していますか?」

「違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。残業代が出ない戦闘はしない。修理費がかかる被弾も許さん。……俺の財布のために、お前らは無傷でいろ」

 

 アニスとラピが顔を見合わせた。

 人類のために死ね、とも、守って死ね、とも違う。

 ただひたすらに、金と効率と生存を説く指揮官。

 そのあまりのセコさに、二人は毒気を抜かれたようだった。

 

「……何それ。ケチな男」

「倹約家と言え」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌日。

 地上行きのエレベーターに乗り込み、地上へと向かっていた。

 任務は、通信が途絶えた地上部隊の捜索および周辺哨戒。

 難易度は低い。リハビリには丁度いい案件だ。

 

 地上へ出ると、そこは快晴だった。

 廃墟のビル群が、青空の下で静かに風化している。

 

「敵影確認。3時の方向、ラプチャーの小規模群です」

 

 ラピが冷静に報告する。

 視界にはUIが展開され、敵の弱点(コア)と、攻撃予測ラインが赤く表示されていた。

 

「アニス、11時の方向へグレネード1発。爆風で目くらましだ。ラピ、その隙に右の瓦礫から回り込んでコアを抜け。……無駄撃ちしたら給料から引くぞ」

「げっ、細かい! ……えいっ!」

 

 アニスが放ったグレネードが炸裂し、ラプチャーの視界を奪う。

 その一瞬の隙を突き、ラピのライフルが火を噴いた。

 タン、タン。

 正確無比な2発の射撃が、敵のコアを貫く。

 

 崩れ落ちるラプチャー。

 戦闘時間、わずか5秒。被害ゼロ。

 

「……ねえ。今の指示、タイミング完璧すぎない?」

 

 アニスが、硝煙の匂いの中で訝しげにこちらを見た。

 ラピもまた、銃を下ろしながら背中を凝視している。

 

「……敵の行動を予測していたかのような采配」

 

 彼女たちの視線に、気づかないふりをして額の汗を拭った。

 

「よし、殲滅完了。……ふぅ、これで残業せずに済むな」

「ただのケチかと思ったら、なんか妙に勘がいいわね……。実は凄腕? いやいや、まさかね。こんな貧乏くさいのに」

 

 アニスが肩をすくめる。

 歩き出した。まだ信頼関係とまではいかないが、奇妙な共犯関係のような空気が生まれつつあった。

 

「いい天気だ。このまま平穏に終われば……」

 

 何気なく空を見上げた。

 青く澄み渡った空。

 その彼方から、一機の航空機が飛んでくるのが見えた。

 

「……ん? なんだあれ」

 

 輸送機だ。中央政府軍のマークが見える。

 だが、その機体は不自然に黒煙を上げていた。

 

 ――キーン……。

 

 嫌な音が聞こえる。

 その光景を目撃した瞬間、こめかみに、焼きごてを当てられたような激痛が走った。

 

「ぐっ……!?」

「指揮官?」

 

 ラピが怪訝そうに振り返る。

 だが、彼女の声は耳には届かない。

 視界のUIではない。もっと深い場所、脳の奥底から、記憶の濁流が溢れ出していたのだ。

 

 ――燃え上がる輸送機の残骸。

 ――瓦礫の陰で包帯を巻かれる、黒髪の少女。

 ――巨大なラプチャーの咆哮と、優しかった()()に向けられる銃口。

 

 断片的な映像(ビジョン)

 それはかつて、画面の向こう側で見た()()()()()()そのものだった。

 

(……待てよ。この映像、知ってる。まさか、これ……)

 

 背筋を、冷たいものが駆け抜けた。

 ただの事故じゃない。

 これは、かつて熱中し、そして絶望した、あの残酷なシナリオの――。

 

 ドォォォォォォォォンッ!!!!

 

 轟音と共に、輸送機が目と鼻の先へ墜落した。

 舞い上がる土煙。

 UIには敵性反応多数の警告が出るだけだ。だが、本能が、それ以上の脅威を告げていた。

 

「……は? おいおい、嘘だろ……」

 

 呆然と呟く。

 目の前で、この世界の残酷な本編(メインストーリー)が、今まさに幕を開けようとしていた。

 

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