転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる   作:模範的アーク市民

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 ドォォォォォォンッ……!!

 

 腹の底に響く重低音と共に、紅蓮の炎が荒野に噴き上がった。

 遅れて届いた爆風が、髪やコートを激しく揺らす。

 もうもうと立ち上る黒煙が、青空をどす黒く汚していく。

 

 アニスが呆然と口を開けている。

 ラピも油断なく銃を構えつつ、その表情には隠しきれない驚愕が浮かんでいた。

 

 だが、反応は二人とは違った。

 驚きではない。襲ってきたのは、全身の血が沸騰するような焦燥感と、氷のような恐怖だ。

 

「……間違いない。あれは()()()()()()だ」

 

 乾いた唇で呟く。

 黒煙を引いて墜ちていく輸送機。この場所、このタイミング。

 脳裏の記憶――開始直後の場面と、目の前の光景が完全に合致している。

 

 輸送機が墜ちたということは、あの中に()()()が乗っている。

 この物語の核となる存在が。

 

「ラピ! アニス! 総員、墜落現場へ急行するぞ!!」

「えっ、ちょ、マジで行くの!? ラプチャーが集まってくるわよ!」

「生存者がいる! 絶対に確保するんだ!」

 

 アニスの文句を遮り、走り出した。

 

(頼む、生きててくれよ……!)

 

 この先の展開……?

 ――ダメだ、思い出せない。霧がかかったように曖昧だ。

 今、頭にある鮮明な記憶は、この墜落と、直後に訪れるある悲劇の断片だけ。

 まるで、暗闇に垂らされた一本の細い蜘蛛の糸だ。

 これが頼りなのに。もしここで主人公が死ねば、その唯一の糸すらプツリと切れてしまう気がした。

 

(……クソッ、なんでだ? なんで俺は肝心な続きを忘れてる?)

 

 転生した時に抜け落ちたのか?

 それとも、この世界での長い暮らしの中で風化してしまったのか?

 喉元まで出かかっているのに、重要な情報が出てこないもどかしさ。

 

「……チッ、今は考えてる場合か!」

 

 頭を振って、沸き立つ雑念を無理やり振り払った。

 理由なんて後だ。今はとにかく、その糸の先にいる生存者を確保する。話はそれからだ。

 

 祈るような気持ちで、瓦礫の山を駆け抜けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 墜落現場は、地獄の釜の蓋が開いたような有様だった。

 散乱する機体の破片。燃え盛る炎。

 そして、獲物を嗅ぎつけたラプチャーの群れ。

 

「邪魔だァッ!!」

 

 走りながらサブマシンガンを乱射する。

 もちろん、人間が持つ火器など、ラプチャーの装甲には豆鉄砲も同然だ。傷一つつけることはできない。

 だが、注意を引く(ヘイトを買う)ことくらいはできる。

 

「ギギ……?」

 

 案の定、数体のラプチャーがこちらを向いた。

 

「ラピ! アニス! 今だ、やれッ!!」

「了解! ……もう、無茶苦茶なんだから!」

 

 作った一瞬の隙を突き、ラピとアニスが飛び出す。

 ニケ専用の重火器が火を噴き、こちらの銃ではビクともしなかったラプチャーたちを次々と屑鉄に変えていく。

 

「指揮官、12時の方向! 生存者反応あり!」

「でかしたラピ!」

 

 ラピが指差した先。

 巨大な瓦礫の陰に、二つの人影があった。

 一人は、エリシオン製の特殊部隊用アーマーを纏ったニケ。

 そしてもう一人は、そのニケに守られるようにしてうずくまっている、制服の人物。

 

「おい! 無事か、新人!」

 

 滑り込むように二人の元へ駆け寄った。

 ニケの方が、銃を構えてこちらを警戒する。

 

「……救援、ですか?」

「ああ、通りすがりの同業者だ。怪我はないか!」

 

 ニケ――マリアンの問いかけに答えつつ、うずくまっている指揮官の方へ手を伸ばした。

 原作通りなら、ここにいるのは少し頼りないが正義感に溢れた、新人指揮官のはずだ。

 

「立てるか? ここは危険だ、すぐに……」

 

 手を差し伸べると同時に、背後からアニスが滑り込んできた。

 

「もう、勝手に飛び出さないでよ! 指揮官なんだから!」

「エリア確保。クリアです。……指揮官、手短にお願いします。墜落の音と振動を聞きつけて、奴らが集まってきます」

 

 アニスが文句を言いながら斜め前を塞ぎ、ラピが油断なく周囲へ銃口を向けて警戒態勢を取る。

 二人が作った安全圏の中で、俺の手が肩に触れた瞬間、その人物が顔を上げた。

 

「うぅ……」

 

 煤で汚れ、恐怖に震えるその顔を見た瞬間。

 雷に打たれたように硬直した。

 

「……は?」

 

 そこにいたのは、男ではなかった。

 透き通るような白髪(はくはつ)のショートヘア。その内側に覗く、鮮やかなピンク色のインナーカラー。

 夜空を映したような深い紺色の瞳には、星のような煌めきが宿っている。

 幼さの残る童顔。だが、その華奢な体つきとは裏腹に、制服の上からでも分かるほど豊満なプロポーション。

 

 息を呑むほどの美少女。

 だが、驚いたのはそこじゃない。

 

(誰だ、こいつ……?)

 

 記憶にある()()()()()()とは、似ても似つかない。

 そもそも、性別が違う。

 知っているのは、没個性的な男性指揮官だったはずだ。

 

 だが、目の前の彼女はどうだ。

 この特徴的な髪色、吸い込まれそうな瞳、そして浮世離れした美貌。

 

(……待て。この顔、どこかで……)

 

 強烈な既視感が、脳髄を突き刺す。

 知っている。この顔を、この特徴的な色彩を知っている気がする。

 いや、知っているはずがない。今日が初対面だ。

 だが、奥底にある前世の記憶が、猛烈な勢いで訴えかけてくる。

 

 ――重要人物だ。

 ――絶対に、関わってはいけないレベルの。

 

「……っ」

 

 名前が出てこない。

 喉元まで出かかっているのに、肝心な部分に霧がかかったように思い出せない。

 

 脳内で、警報が鳴り響く。

 これは俺の知っている原作とは違う。

 

「あ、あの……? 私の顔に、何かついていますか……?」

 

 少女が、不安そうに上目遣いで尋ねてきた。

 ハッとして、慌てて視線を逸らす。

 

「……いや。派手な髪色だなと思っただけだ。戦場じゃ目立つぞ」

「す、すみません……」

 

 謝る必要なんてないのに、彼女は小さくなった。

 その仕草。その声。中身は間違いなく着任したてのド新人だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 とりあえず安全な建物の陰まで退避し、一息ついた。

 ラピとアニスは入り口で警戒に当たり、こちらの会話が聞こえる距離で背中を向けている。

 

 マリアンは足を負傷しているようで、装甲が剥がれて内部フレームが露出している。

 

「マリアン、足を見せて」

「指揮官様、大丈夫です。ニケにとって、これくらいの損傷は……」

「ダメ。痛そうだから」

 

 新人は自身の腰のポーチから救急キットを取り出そうとするが、指先が酷く震えていて、なかなかファスナーを開けられない。

 遠くで響く爆発音に、彼女の小さな肩がビクッと跳ねる。

 

「くっ……うぅ……」

 

 恐怖で顔を強張らせ、浅い呼吸を繰り返している。

 それでも、彼女は震える手で包帯を掴み、マリアンの前に跪いた。

 

「私がしてあげたいの。……守ってくれて、ありがとう」

「……! はい。ありがとうございます、指揮官様……」

 

 マリアンの瞳が潤む。

 

(……このシーン。このセリフ)

 

 原作の序盤。マリアンと主人公の絆が深まる、象徴的なイベントだ。

 役者は違う。無個性な男性主人公ではなく、画面映えしすぎる謎の美少女だ。

 だが、本質は変わっていない。

 優しすぎる指揮官と、それに心酔するニケ。

 そして――恐怖に震えながらも、自分を守ってくれた道具に感謝を伝える、その善良さも。

 

 ――そして、この後に待っている()()も。

 

 視界には、まだ先ほどの戦闘によるUI(インターフェース)が残っていた。

 脈拍、残弾数、周囲の索敵情報。

 戦闘モードが解除されきっていない視界の隅で、ふと思い立って、包帯を巻かれるマリアンに焦点を合わせてみた。

 

(……試してみるか)

 

 もし原作通りなら、彼女の脳は既にラプチャーに汚染されているはずだ。

 俺の能力で、それが見えるかどうか。

 

 Target: Marian Affiliation: Elysion / Silver Gun Status: GREEN

 

(……正常?)

 

 表示されたのは、無機質な()()の文字だけだった。

 敵性反応なし。

 

(やっぱり、ダメか)

 

 小さく息を吐いた。

 所詮、この眼は戦闘補助用だ。表面的なステータスや敵の弱点は見えても、脳内の微細な侵食まではスキャンできないらしい。

 システム上は何も警告が出ていない。

 

(この世界線では、マリアンは無事……なんてことはないよな)

 

 UIの表示を信じていいものか迷った、次の瞬間だった。

 

「……指揮官様。包帯、綺麗に巻けましたね」

 

 マリアンが微笑む。

 その時。彼女の美しい紫色の瞳の奥で、赤い光がチカチカと明滅した。

 

(――ッ!?)

 

 一瞬だ。瞬きすれば見逃すほどの、わずかな異常。

 UIには映らない。ステータスは()()()()()のままだ。

 だが、この目は確かに見た。

 

「マリアン、どうかした?」

「……え? いえ、なんでもありません。少し、目眩がしただけです」

 

 彼女は気丈に振る舞っている。

 だが、その返答のテンポ。言葉と言葉の間に挟まる、ほんのコンマ数秒の()()()()()

 まるで、処理落ちしたPCのようなラグ。

 

(……間違いない。侵食だ)

 

 背筋が凍りついた。

 システムは正常を示している。だが、彼女の中身は確実に、ウイルスに蝕まれている。

 

「ねえ指揮官、どうすんの? この子たち連れて帰る?」

 

 アニスが退屈そうに欠伸をしながら、振り返らずに聞いてきた。

 ラピも、今は周囲の警戒に戻っている。

 彼女たちは気づいていない。マリアンの瞳の奥にある狂気に。

 そして、この先に待つ残酷なシナリオに。

 

(……俺は、知っている)

 

 このまま進めば、ブラック・スミスが現れる。

 そしてマリアンは侵食を発症し、主人公を襲い――最後は、主人公の手で処分される。

 それが、このゲームの()()()()()()()だ。

 

 拳を握りしめる。

 今すぐマリアンを拘束し、アークへ送り返せば助かるか?

 いや、ダメだ。侵食されたニケは即処分だ。遅かれ早かれ、彼女は死ぬ。

 

 何より、直感が告げている。

 これは()()()()なのだと。

 

 ここでマリアンが死に、その痛みを刻み込むことで、この少女は初めて指揮官(主人公)として覚醒する。

 それが、この物語の……俺が知っている()()の始まりだ。

 逆に言えば、ここでマリアンを無理に生かせば、主人公の覚醒フラグが折れ、物語が成立しなくなる恐れがある。

 

(……ふざけるな)

 

 胸中で、どす黒い憤りが渦巻いた。

 誰かが死ぬことでしか進まない物語。

 それを、知っていながら見殺しにしなきゃならない俺の立場。

 

「……指揮官?」

 

 黙り込んだこちらを、ラピが不審そうに見る。

 深く息を吐き出し、どす黒い感情を腹の底へ押し込んだ。

 

「……挨拶は後だ、新人。ここは俺の管轄エリアだ。悪いが、俺の指揮下に入ってもらうぞ」

 

 一歩前に出て、少女を見下ろした。

 彼女は驚いたように目を丸くしたが、すぐに素直に頷いた。

 

「は、はい! お願いします、先輩!」

 

 無垢な瞳。何も知らない、任官したての指揮官。

 これから、彼女を地獄へ案内しなきゃならない。

 彼女の手を汚させ、最も残酷な引き金を引かせるために。

 

「ラピ、アニス、マリアン。フォーメーション・デルタだ。マリアンは中央で新人を護衛。ラピとアニスは左右を展開」

「了解」

「へーい」

「承知いたしました」

 

 3人が動き出す。

 空を見上げた。

 今はまだ、青空が広がっている。だが、UIマップの端には、既に巨大な赤い反応が点滅し始めていた。

 

『WARNING: TYRANT CLASS DETECTED』

 

 ブラック・スミス。

 第1章のボスにして、マリアンの処刑執行人。

 

(……クソったれな運命(シナリオ)だ)

 

 銃のマガジンを叩き込んだ。

 震える新人の背中を、乱暴に叩く。

 

「行くぞ、新人。腹を括れ」

「ひゃっ! は、はい!」

 

 俺たちは歩き出した。

 あらかじめ記された残酷な歴史を、一字一句違わずなぞるために。

 

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