転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる 作:模範的アーク市民
墜落現場の瓦礫の山を抜け、比較的開けたルートを進む。
先頭を行くのは俺。その後ろに、ラピ、アニス、マリアン、そして新人のイヴが続く。
「助けていただいてありがとうございます。……あの、先輩のお名前は?」
背後から、イヴが恐る恐る声をかけてきた。
歩調を緩めず、前を向いたまま答える。
「アダムだ。臨時だから覚える必要はない。アークに戻れば他人だ」
突き放すような物言い。
どうせこの任務が終われば、俺は
だが、彼女はめげなかった。
「そんな……。私はイヴです。よろしくお願いします、アダム先輩!」
明るい声。
振り返らなくても分かる。彼女は今、こちらの素っ気ない態度を硬派なベテランか何かとして、勝手に好意的に解釈している。
(……アダムと、イヴかよ。出来すぎた冗談だ)
心の中で溜息をつく。
神様とやらは、どこまで俺たちを弄べば気が済むのか。
その時だった。
場違いなほど明るい電子音声が響く。
声の主は、イヴの胸元に装着された最新鋭の携帯端末――オペレーティング・デバイスからだった。
『……こちら、中央政府情報部シフティーです! 生存信号を確認! 聞こえますか、イヴ指揮官!』
「はい! 聞こえます、シフティーさん! 通信、回復したんですね!」
イヴが安堵の声を上げる。
それにつられるように、手元にあるヒビの入った安物タブレットも、ピコンと軽い通知音を立てた。
画面の隅にあった圏外のアイコンが消え、アンテナが最大まで立つ。フリーズしていたオフライン地図が一気に更新され、現在位置が正確に表示された。
「あの、アダム先輩。先輩のオペレーターさんとは連絡しなくていいんですか?」
イヴが不思議そうにこちらを見てくる。悪気はないのだろう。純粋な疑問だ。
苦笑交じりにタブレットを振ってみせる。
「俺には専属オペレーターなんていないからな。回線が繋がって地図が見れればそれで十分だ」
タブレットを懐にしまいながら、イヴの胸元のデバイスを顎でしゃくった。
「それにしても、驚いたな。そのオペレーティング・デバイス、新人に支給されるもんじゃないぞ。……お前、実はとんでもないお嬢様か何かか?」
「えっ? そ、そんなことないです! ただの支給品の中に……」
イヴが慌てて首を振る。
やはり、自覚なしか。そのデバイス一つで、俺の年収……いや、命がいくつ買えることか。
「……指揮官様。足元、お気をつけて」
気まずい空気を察したのか、マリアンが優しくイヴの手を引いた。
彼女の太腿の装甲には、先ほどの休憩中にイヴが巻き直した包帯が、白く浮かび上がっている。
「ありがとう、マリアン。……その包帯、歩きにくくない?」
「いいえ。……とても、温かいです」
マリアンは、その包帯をまるで宝石か何かのように、愛おしげに指でなぞった。
「私、人間に手当てされたのは初めてです。……これは、私の宝物です」
無垢な微笑み。
わざとらしく急かすように手を叩く。
「無駄話はそこまでだ。回収座標まであと少しだぞ」
◇
目的地は、かつての市街地だった場所だ。
到着と同時、イヴの胸元のデバイスが激しい警告音を鳴らした。
『ブラックボックスの解析が完了しました! ……えっ? そんな、嘘……』
シフティーの声が震えている。
「どうしたんですか、シフティーさん?」
『輸送機爆破の犯人が判明しました。起爆コードの登録者は……』
一瞬の沈黙。そして、告げられた真実。
『そこにいるニケ……マリアンです!!』
空気が凍りついた。
「……動かないで」
誰よりも早く反応したのはラピだった。
彼女のアサルトライフルが、躊躇なくマリアンの眉間に向けられる。
「え……? 待ってラピさん! 何かの間違いだよ!」
「解析結果は絶対です。彼女が、あなたを墜落させたのです」
「そんな! だってマリアンは……!」
イヴがマリアンを庇おうと前に出る。
だが、マリアンは否定しなかった。
彼女は虚空を見つめたまま、壊れたレコードのように呟き始めた。
「……ここです」
以前の優しい声ではない。無機質な、機械音声のような響き。
「ここです。ここです。ここです。ここです」
「マリアン……?」
「ここです、ここです、ここですここですここです――」
彼女の瞳が、鮮血のような赤色に染まっていく。先ほどまで包帯を慈しんでいた手が、痙攣するように宙を掻く。
(……来るぞッ!!)
脳内で、けたたましいアラートが鳴り響いた。
UIが視界を埋め尽くす。WARNINGの文字と、空から降り注ぐ巨大な質量の予測落下地点。
「総員、散開ッ!! 上だ!!」
叫びと同時だった。轟音と共に、空から絶望が降ってきた。
ドォォォォォォンッ!!
舞い上がる土煙。現れたのは、四足歩行の巨大要塞。タイラント級ラプチャー、ブラックスミス。
「あ……」
マリアンは逃げなかった。
抵抗することなく、伸びてきた触手に絡め取られ――そのまま、異形の胸部装甲の中へと吸収されていった。
◇
『敵性反応、タイラント級! 勝率予測12.3%……あれ? す、数値が上がっています! 28%……35%……まだ上がる!? で、ですが、火力差がありすぎます! 撤退を!!』
シフティーの悲鳴が響く。
イヴは腰を抜かし、蒼白な顔で震えていた。
「マリアンが……食べられちゃった……」
「ちょっと、しっかりして! 逃げるわよ! あんなの勝てるわけないじゃん!」
アニスがイヴの腕を引く。
だが、俺は一歩前に出て、サブマシンガンのコッキングレバーを引いた。
「待て。撤退は却下だ」
「はぁ!? あんたバカなの!? 相手はタイラント級よ!?」
「マリアンを取り返すんだろ」
視界に広がるUIを見据える。
敵の弱点、攻撃パターン、装填時間。すべてが数値として見えている。
イヴの肩を乱暴に掴み、無理やり立たせた。
「泣いてる暇があったら目を開けろ! お前の仲間だろ!」
「……っ! は、はい!!」
戦場を見渡す。
ブラックスミスが唸りを上げる。だが、その弾道が赤いレーザーポインターのようにハッキリと見えていた。
「ラピ! 右へ3歩、その瓦礫の裏だ! ミサイルが来る!」
「えっ? ……了解!」
ラピが飛び込んだ直後、彼女がいた場所をミサイルの雨が焼き尽くした。
「アニス! 敵が触手を伸ばすぞ! カウント3で、付け根の赤いコアが開く! そこを撃ち抜け!」
「うっそ、マジでナニが見えてんの!? ……3、2、1、ビンゴォォォッ!!」
アニスのロケットランチャーが、露出したコアに直撃する。
ブラックスミスが苦悶の声を上げ、体勢を崩した。
「すごい……アダム先輩」
イヴが呆然と呟く。
「畳み掛けるぞ! 総員、フルバースト!!」
ズズズ……ンッ。
一斉射撃により巨体が崩れ落ち、胸部のハッチが強制開放された。
ボロ雑巾のようになったマリアンが、地面に吐き出される。
◇
「マリアン!!」
イヴが駆け寄る。
だが、勝利の余韻に浸ることはできない。冷ややかな事実を突きつけられ、奥歯を噛み締めた。
(……やっぱり、ダメか)
UIに表示されたマリアンのステータスは、真っ赤な
救出成功に見えるが、システム上はもう手遅れなのだ。
「……脳の深層まで汚染されています。もうじき、理性を失いラプチャー化します」
ラピが沈痛な面持ちで告げた。
その銃口は、地面に倒れたマリアンに向けられている。
「処分を。……イヴ指揮官の手で」
イヴが弾かれたように顔を上げた。
「処分って……殺すってこと!?」
「規定です。完全にラプチャーになってからでは遅いのです」
「嫌だ……! アダム先輩!!」
イヴが縋り付いてくる。
涙で濡れた瞳が、こちらを見上げている。
「助けてください! 先輩なら、さっきみたいに何か手があるんですよね!? 治し方も知ってるんですよね!?」
「……」
彼女を見下ろした。
知っている。ここで彼女が
心を鉄にして、その手を振り払う。
「ない」
「え……?」
「俺はただの戦闘屋だ。壊れた脳を治す魔法は知らない。……見ろ、もう限界だ」
マリアンの体がビクンと跳ね、赤い瞳が明滅する。
口からは、言葉にならない呻き声が漏れている。
「楽にしてやれ。……それが
ハンドガンを抜き、グリップを彼女の方へ向けて差し出した。
「嫌……嫌だぁ……ッ!!」
イヴが首を振る。
だが、時間は待ってくれない。
(……クソッ)
一瞬だけ天を仰ぎ、覚悟を決める。
腕組みをして、瓦礫に寄りかかるふりをする。
だが、ジャケットの下の右手は、もう一丁の銃――サブマシンガンのグリップを握りしめていた。
親指で、静かに
(……撃て、イヴ)
心の中で念じる。
(お前が撃てないなら、俺が撃つ。……マリアンを殺されたと、一生俺を恨めばいい。それでも、お前を生かして帰すのが俺の役目だ)
張り詰めた空気。
殺気に気づいたのか、ラピがハッとしてこちらを見た。
視線だけで黙っていろと制する。
「……う、ぁ……」
その時。
マリアンが、震える手でイヴの手を掴んだ。
そして、イヴが持たされていた銃の銃口を、自らの額へと誘導した。
「マ、マリアン……?」
「……イヴ、様……」
マリアンが微笑んだ。
侵食の苦痛の中で、そこだけ奇跡のように穏やかな表情だった。
「包帯……温かかったです」
「……ッ!!」
「ありがとう。……私の、指揮官様」
「あ、あぁぁぁぁぁッ!!!!」
イヴの絶叫。そして。
ターンッ。
乾いた銃声が、荒野に響き渡った。
マリアンの体がふわりと崩れ落ち、動かなくなる。
ジャケットの中で握りしめていた銃の安全装置を、静かに戻した。
手には、じっとりと嫌な汗をかいている。
(……よくやった、新人)
◇
雨が降り始めた。
イヴは泣き崩れながら、動かなくなったマリアンの足から、泥で汚れた包帯を解いた。
そして、泥と血で汚れたその白い布を、マリアンの額に――致命傷を負ったその場所に、優しく巻き直した。
まるで、痛みを少しでも和らげてあげるかのように。
「……おやすみなさい、マリアン」
静かな弔い。
それを無言で見届け、踵を返した。
「……帰るぞ」
迎えの輸送機が到着する。
無言で乗り込んだ。
イヴは抜け殻のように座り込み、虚空を見つめている。
横を通り過ぎざま、ラピが小声で囁いた。
「……あの時。貴方も、撃つ準備をしていましたね」
とぼけて肩をすくめる。
「ん? 何の話だ? 俺はただの見物人だ」
「……いいえ。貴方は……」
ラピは何か言いかけたが、やがて静かに敬礼をして去っていった。
座席に深く沈み込み、タブレットの電源を切る。
窓の外では、雨に打たれる荒野が遠ざかっていった。