転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる   作:模範的アーク市民

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 翌朝。

 宿舎の洗面台で、冷たい水を顔に浴びる。

 

 鏡に映る自分は、相変わらず特徴のない顔だ。

 目の下に少しクマができているが、それ以外はいつも通り。

 

「……ま、忘れるに限るな」

 

 タオルで顔を拭きながら、独りごちる。

 

 脳裏を過るのは、昨夜の報告会での出来事。

 アンダーソン副司令が見せた、あの一瞬の動揺。

 イヴの顔を見て漏らした()()()という名前。

 

 あれは間違いなく、一般人が触れてはいけない()()()だ。

 ただの指揮官が首を突っ込めば、翌日のニュースで不慮の事故死として処理されかねない。

 

 だが、冷静に考えれば怯える必要はないはずだ。

 

 こちらはただの、使い捨ての指揮官。

 副司令のような雲の上の存在と、二度も顔を合わせる機会なんてありえない。

 向こうだって、数多いる有象無象の一人にすぎないこちらの顔など、既に記憶から消去しているに違いない。

 

「……住む世界が違うんだ」

 

 そう言い聞かせ、意識を切り替える。

 

 感傷に浸っている暇はない。

 今日も元気に増え続ける借金がある。

 

「さてと……仕事、仕事」

 

 端末を取り出し、本日の臨時部隊募集リストをスクロールした。

 

 本来、指揮官の花形は地上奪還だ。

 ラプチャーを狩り、拠点を確保し、遺失物を持ち帰る。ハイリスクだが、リターンも大きい。借金を早く返すなら、迷わず地上へ行くのがセオリーだ。

 

 だが、昨日の今日で地上なんて御免だ。

 マリアンの件で精神は削られ、副司令の件で胃も痛い。

 今の自分は、死ぬ確率が1%でもある場所には行きたくない。

 

「狙うはアーク内部の雑用一択。下水道の点検、暴走した清掃ロボの鎮圧、迷子のペット捜索……なんでもいい、安全な仕事をくれ」

 

 血眼になってリストを更新し続ける。

 この手の安全かつショボい案件は、同じような逃げ腰の指揮官たちによる争奪戦になるのが常だ。

 

「……お、あった! 『第3区画・浄化施設の夜間警備』!」

 

 報酬はスズメの涙。だが、屋根の下でコーヒーを飲みながらモニターを眺めるだけの簡単なお仕事だ。

 

「よし、これだ。これなら定時退社どころか、残業ゼロで直帰できる」

 

 安堵の息を吐き、参加申請ボタンを押そうと指を伸ばした。

 これで今日の平穏は約束された――はずだった。

 

 ピロリンッ♪

 

 軽快な通知音と共に、端末の画面が勝手に切り替わる。

 表示されたのは、見慣れた募集掲示板ではない。

 巨大軍需企業、エリシオン社のロゴマークだ。

 

 そして、無機質なテキストメッセージが表示される。

 

『アダム指揮官。エリシオン社CEO、イングリッド様より出頭命令です。拒否権はありません。至急、本社へ』

 

「……は?」

 

 指が空中で止まった。

 飲みかけたコーヒーが、気管に入りそうになる。

 

「い、イングリッド様……? なんで……?」

 

 嫌な汗が背中を伝う。

 もう関わることはない、と割り切った数秒後に、これだ。

 

 平穏な日常へ戻る計画は、玄関を出る前に粉砕された。

 天井を仰ぎ、深いため息をつく。

 

「……前言撤回。やっぱり俺、なんか特大のフラグ踏んだっぽいな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 エリシオン本社、最上階。

 CEO執務室。

 

 張り詰めた空気の中、直立不動で立っていた。

 目の前の革張りのデスクには、エリシオンの絶対君主、イングリッドが座っている。

 

 その鋭い視線は、心臓を射抜くように冷たい。

 

「……アダム指揮官」

「は、はいッ!」

「単刀直入に言おう。先日の作戦における、貴官の行動についてだ」

 

 来た。

 背中を冷や汗が伝う。

 イングリッドは手元のタブレットを指先で叩きながら、淡々と続けた。

 

「……見事だった」

「へ?」

 

 予想外の言葉に、間抜けな声が出る。

 

「状況判断の速さ。そして、()()()()()()。……アンダーソン副司令も、貴官を高く評価しておられたぞ」

「……あ、ありがとうございます?」

「さて、本題だ。……生存したイヴ少尉、ラピ、アニス。この三名で、新たに特殊別動隊カウンターズを結成することとなった」

「はぁ……。それは、おめでとうございます」

 

 他人事のように相槌を打つ。

 

「そこでだ。貴官には、このカウンターズの戦術指導官(メンター)を命じる」

「……はい?」

 

 耳を疑った。

 

「あ、あの……自分は見ての通りの三流指揮官でして。特殊部隊の指導なんて大役は……」

「謙遜は不要だ。……それに、これはアンダーソン副司令からの()()でもある」

 

 イングリッドの声のトーンが、一段低くなる。

 

「マリアンの侵食パターンは、既存のデータにない未知のものだった。……つまり、接触者である彼女たちを、このままアークの中枢に置いておくわけにはいかない」

「……それは、どういう?」

「防疫上のリスクだ。原因が特定されるまで、彼女たちをアークの外側へ隔離する必要がある」

 

 隔離。

 その単語が出た瞬間、すべてを察した。

 

 防疫措置というのは、もっともらしい建前だ。

 だが、裏にある本音は間違いなく――昨日の件だ。

 

 アンダーソン副司令がイヴを見て動揺した、あの一瞬。

 何かこちらの知らない()()()()()()か、あるいは()()()()()()()があって、彼女をアークの中枢から遠ざけたい理由があるに違いない。

 

 それが何なのかは知らない。知りたくもない。

 下手に首を突っ込めば、翌日には行方不明になる類の案件だ。

 

「……なるほど。それで、その隔離場所というのは?」

前哨基地(アウトポスト)だ」

 

 イングリッドがモニターに地図を表示する。

 それは、アークの最上層と地上の中間に位置する、かつての対ラプチャー最前線基地。

 現在は放棄され、地図からも消えかけている場所だ。

 

「貴官には、その前哨基地の管理責任者 兼 監視役を頼みたい」

「……監視役、ですか」

「そうだ。基本、貴官はカウンターズとは別行動で構わない。今まで通り、自身で任務を受けて日銭を稼いでもらっていい」

 

 おや?

 眉をひそめる。

 

「つまり、カウンターズに入隊するわけではないと?」

「……貴官はあくまで、施設の管理人として彼女たちの生活基盤を整え、有事の際にサポートに入ればいい」

 

 副業OK。

 別行動可。

 ただの管理人。

 

(……悪くない条件だ)

 

 頭の中でそろばんを弾く。

 これなら、激戦区に連れ回されるリスクは低い。

 アンダーソン副司令への口封じに対する協力姿勢も見せられる。

 

「……承知いたしました。その条件であれば、謹んでお受けします」

 

 敬礼した。

 イングリッドの口元が、わずかに緩んだように見えた。

 

「賢明な判断だ。……では、現地へ向かえ。彼女たちは既に移動させてある」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数時間後。

 専用のエレベーターに揺られ、アークの天井付近――前哨基地へと到着した。

 

 プシューッ、と扉が開く。

 そこには、広大なドーム状の空間が広がっていた。

 

「……うわぁ」

 

 第一声は、感嘆ではなく、ドン引きの声だった。

 

 荒れ果てたコンクリートの床。

 天井から垂れ下がる、切れたケーブル。

 壁を覆い尽くす雑草と、所々に転がる錆びついた鉄骨。

 

 基地というよりは、巨大なゴミ捨て場だ。

 

「あ! 先輩! お待ちしてました!」

 

 瓦礫の山から、イヴが手を振って駆け寄ってくる。

 その顔は、なぜか晴れやかだ。

 

「ここが、私たちの新しい拠点なんですよね! すごいです、とっても広いです!」

「……お前、ポジティブすぎるだろ」

「はぁ……最悪。なによここ」

 

 対照的に、アニスが死んだ魚のような目で現れた。

 黄色いジャケットは既に埃まみれだ。

 

「シャワーは水しか出ないし、ベッドはカビ臭いし、冷蔵庫には何もない。……ねえ指揮官、ここ本当に人が住む場所?」

 

 ラピも無言で首を横に振っている。

 どうやら、環境は劣悪を極めているらしい。

 

 ピロリンッ♪

 

 不意に、端末から明るい声が響いた。

 オペレーターのシフティーだ。

 

『おめでとうございます、アダム指導官! これよりプロジェクト・アウトポストの始動です!』

「……シフティーさん。これ、事前に聞いてた話と違うんだけど。復旧済み施設じゃないのか?」

『いえいえ! 復旧させること自体が、今回の訓練プログラムなんですよ!』

 

 シフティーの声はあくまで明るい。

 

『ちなみに、この基地の管理名義はアダム指導官になっておりますので……』

 

 嫌な予感がした。

 

『今後の復旧資材費、および光熱費の基本料金は、全て指導官の口座から引き落としになります!』

「……は?」

 

 時が止まった。

 いや、止まっている場合じゃない。

 

「おかしいだろ! なんで俺が払うんだよ! ここは軍の施設で、俺は派遣されただけだぞ!?」

『ですがアダム指導官。これも中央政府からの正式な辞令に含まれておりまして、正規の手順を経ているんです』

 

 あくまで事務的に、シフティーは告げる。反論の余地などないと言わんばかりの口調だ。

 

『そもそも、こうして前哨基地を復興し地上奪還の足掛かりとするのは、アーク史上初の事例となります。ですので予算編成の前例が存在せず、特例措置として、現地最高責任者の個人資産を一時的に運用する形が採用されまして』

 

「運用っていうか、搾取だろそれ!」

 

 もっともらしい建前を並べてくるが、要するに丸投げだ。

 だが直後、通信ノイズに紛れて、ぼそりとした彼女の呟きが漏れ聞こえてきた。

 

『……まあ、私もこんな事例、聞いたことないですけど……』

「おい聞こえてるぞ!? 今聞いたことないって言ったよな!?」

『あ、早速ですが初期清掃費の請求書を送っておきますね~!』

「無視かよ!」

 

 プツン。

 通信が切れた。

 直後、端末に届く請求書の通知。

 その額面を見て、白目を剥く。

 

「……終わった。借金が増えた」

 

 その場に膝から崩れ落ちた。

 養育費の返済だけでもカツカツなのに、さらに廃墟のローンまで背負わされるとは。

 

「あの、先輩……?」

 

 イヴが心配そうに覗き込んでくる。

 

「大丈夫ですか? ……もしご迷惑なら、私たちがもっと節約して……」

「……いや、待てよ」

 

 イヴの言葉が耳に入ってこない。

 力なく顔を上げ、茫然と周囲の廃墟を見渡す。

 

 ドームの中央に位置する、崩れかけた管制塔。

 その周囲を取り囲むように広がる空き地。

 さらに奥に見える、巨大なエレベーターシャフト。

 

 既視感。

 強烈なデジャヴが襲う。

 

 初めて来た場所のはずだ。こんなボロボロの廃墟なんて、見覚えがあるはずがない。

 なのに、()()()()()()()()()()()()()気がする。

 

 あそこの空き地には、確か警察署が建つはずだ。

 その隣の瓦礫の山は……ホテルだ。

 そして、あの管制塔の地下には、膨大な資源を生み出すインフラコアが眠っている。

 

「……あっ」

 

 脳裏で、カチリと音がした。

 錆びついていた記憶のロックが外れる音。

 

 戦闘用UIは、敵がいない今は沈黙している。

 だが、脳内スクリーンには、今、ハッキリと幻視できていた。

 

 この廃墟の上に重なる、かつてプレイしていたゲームの()()()()()()

 

 ここには、あるシステムが存在する。

 設計図を手に入れ、施設を建設し、レベルを上げることで、定期的にクレジットやアイテムが自動生産されるシステム。

 

 いわゆる、放置収益(不労所得)だ。

 

「……イヴ。アニス。ラピ」

 

 立ち上がり、彼女たちの肩をガシッと掴む。

 瞳孔は今、完全に開いているはずだ。

 

「やるぞ。ここを、アーク一番のオシャレスポットにする」

「えっ? は、はい!」

「どうしたの急に……目が怖いんだけど」

「俺の借金返済……いや、お前たちの快適な生活のために! 俺はこの前哨基地を再建する!」

 

 高らかに宣言した。

 不純な動機100%だが、やる気だけは本物だ。

 

(ここを復興させて、テナント料をガッツリ徴収すれば……大家として左団扇だ!)

 

「まずは資材調達だ! アークに戻って、イングリッド様に掛け合うぞ!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アーク、シミュレーションルーム。

 基地の復旧に必要な資材申請の手続きに来た一行は、ついでにイングリッドから実力テストを命じられていた。

 

「地上での長期滞在任務に耐えうるか。このシミュレーションで証明してみせろ」

 

 という名目だが、実際は隔離する前に、最低限の戦力があるか確認しておきたいというところだろう。

 

 待機室で装備を点検していると、ラピが隣に来て、小声で囁いた。

 

「……指揮官」

「ん? なんだ」

「マリアンの件です」

 

 ラピの表情は硬い。

 周囲を警戒しながら、さらに声を潜める。

 

「彼女の侵食反応……地上に出る前から、微弱な予兆があったのではないでしょうか」

「……」

「もしそうなら……私たちの敵は、地上のラプチャーだけではないのかもしれません。……()()()()()()()()()()()があるのでは」

 

 ――その瞬間だった。

 ラピの一言が、脳内に刺さった(くさび)を弾き飛ばした。

 

(……あ。)

 

 世界が反転するような感覚。

 忘れていたはずの記憶が、濁流のように押し寄せてくる。

 

 冷徹な機械の声。

 暗闇で行われる取引。

 人類の存続という大義名分のために、人身御供として差し出されるニケたち。

 

 『アークの管理AI、エニック』

 『ラプチャーとの密約』

 『選別と生贄』

 

(……そうか。思い出した)

 

 マリアンは事故で侵食されたんじゃない。

 彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 

 背筋がスッと冷えるのを感じた。

 吐き気や動揺ではない。ただ、圧倒的に冷たい納得だ。

 アークという箱庭そのものが、最初から腐りきっているという絶望的な真実。

 

 ラピはまだ、その全貌を知らない。ただの直感でしかない。

 だが、その直感はあまりにも鋭く、そして致命的だ。

 

「……おい。滅多なことを言うな」

 

 自分でも驚くほど低い声で言った。

 

「俺たちは今、防疫措置という名目で左遷された身だ。……余計な詮索は寿命を縮めるぞ」

 

 これ以上、その真実に近づくな。

 

「……大人しく、草むしりでもしてた方が長生きできる」

「……」

 

 ラピはこちらの顔をじっと見つめる。

 瞳に宿った、尋常ではない冷たさを感じ取ったのだろう。

 彼女は静かに頷いた。

 

「……了解しました。今は、目の前の任務に集中します」

 

 ラピが下がった直後、ドアが開いた。

 

 

 

「――お待たせしました! 補充要員として派遣されました、エリシオン所属の……」

 

 入ってきたのは、眼鏡をかけた小柄な少女。

 その手には、不釣り合いなほど巨大なショットガンが握られている。

 

「ネオンです! コードネームはまだありませんが、火力には自信があります!」

「……火力?」

 

 アニスと同時に聞き返した。

 

「はい! 火力こそ正義! 火力こそパワー! スパイですが、火力重視で活動しています!」

「……スパイって自分で言っちゃってるわよ、この子」

 

 アニスが呆れたようにツッコミを入れる。

 頭を抱えた。

 

(……イングリッド様。これ、俺たちへの監視役のつもりですか? バレバレすぎやしませんか?)

 

 あからさまに怪しい。

 だが、拒否権はない。

 

「……はぁ。まあいい、行くぞ。テスト開始だ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 シミュレーション戦闘は、カオスを極めた。

 

「火力ゥゥゥゥッ!!」

 

 ネオンが叫びながらショットガンを乱射する。

 狙いは雑だが、威力だけは凄まじい。

 

「ちょ、危ないって! 味方に当たってる!」

「誤差です! 火力の前では些細な問題です!」

「アニス、右翼のカバー! ラピ、中央突破! ネオンは……そこで弾幕張ってろ!」

 

 後方から必死に指示を飛ばす。

 イヴもまた、不慣れながらも懸命に部隊をまとめようとしている。

 

「ラピ、リロードの隙をカバーします! ネオンさん、もう少し弾薬を節約して!」

「ええっ!? 弾薬費なんて、火力の神様への供物ですよ!?」

「俺の口座から引かれるんだよ! 無駄撃ち厳禁だ!!」

 

 絶叫虚しく、シミュレーションルームは硝煙と薬莢の海に沈んだ。

 

「……終了。テスト、クリア」

 

 システム音声が響く。

 結果は、なんとか合格ライン。

 

 イングリッドがモニター越しに頷いた。

 

「……連携に課題は残るが、個々のポテンシャルは悪くない。よろしい」

 

 彼女は冷徹に告げた。

 

「では、最初の任務を与える。……前哨基地近郊にある発電所の調査だ」

「発電所?」

「ああ。前哨基地を本格稼働させるには、電力の安定供給が不可欠だ。……あそこを確保すれば、貴官らの生活水準も向上するだろう」

 

 生活水準。

 つまり、ホットシャワーが出るようになるということか。

 

「やります! 絶対やります!」

 

 アニスが食い気味に返事をした。

 

「……準備が整い次第、出発せよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 テスト終了後。

 アークの市街地へ向かう通路を一人で歩く。

 

 イヴたちは先に前哨基地へ戻らせた。

 こちらにはまだ、資材の発注手続きや、自分の仕事の調整が残っている。

 

「……ふぅ。疲れた」

 

 懐から愛用の安物タブレットを取り出す。

 画面には、電卓アプリが表示されている。

 

「今回の手当がこれだけ。で、前哨基地の初期投資と、ネオンの弾薬費が……」

 

 計算すればするほど、数字がマイナスの方へ傾いていく。

 今月も、半額弁当生活確定だ。

 

「……はぁ。借金、減らねぇなぁ」

 

 溜息をついた、その瞬間だった。

 

 ブブブブブブッ!!!

 

 タブレットが異常な振動を始めた。

 画面上の電卓アプリが強制終了し、真っ赤な警告ウィンドウが埋め尽くしていく。

 

『接続要求:拒否不可』

『接続要求:拒否不可』

『接続要求:拒否不可』

 

「うわっ!? なんだ、ウイルスか!?」

 

 慌てて操作しようとした瞬間、スピーカーからヒステリックな絶叫が響いた。

 

『――ああもうッ! イライラするわね!!』

 

 バツンッ、と画面が切り替わる。

 

 そこに映し出されたのは、不機嫌そうに眉を寄せた、美しい黒髪のショートヘアの少女。

 露出の多い丈の短い白のジャケットを羽織っている。

 その可憐な容姿とは裏腹に、こちらを睨みつける紫色の瞳には、明確な苛立ちが宿っていた。

 

 ミシリス・インダストリーCEO、シュエンだ。

 

「……あ?」

 

 呆気にとられていると、彼女は画面越しに睨みつけてきた。

 

『やっと繋がった……! あんた、一体どうなってるのよ!?』

「は、はい? どうなってるって……」

『とぼけないで! たかが三流指揮官の連絡先ひとつ特定するのに、ミシリスの検索アルゴリズムが半日もエラーを吐き続けたのよ!?』

 

 シュエンは本気で苛立っていた。

 

『該当データなし、アクセス権限不備、上位プロテクトにより閲覧不可……。アークの管理AIがあんたを隠蔽してるとでも言うわけ!?』

「……はぁ? 何言ってんだアンタ」

 

 心底困惑した。

 こちらはただの指揮官だ。士官学校の成績も平凡、借金まみれの一般市民。

 隠蔽されるような機密なんて何一つ持っていない。

 

(……ミシリスのサーチエンジン、意外とポンコツなのか?)

 

 そんな失礼なことを考えていると、シュエンは深呼吸をして、無理やり冷静さを取り戻した。

 

『……まぁいいわ。とにかく見つけた。これ以上私の時間を無駄にさせないで。今すぐミシリス本社に来なさい。拒否権はないわ』

「え、ちょっと待っ……」

『来なかったら、あんたのその安っぽい端末を物理的に爆破してあげる』

 

 プツン。

 

 一方的に通信が切れた。

 地図アプリが勝手に起動し、目的地としてミシリス本社を指し示す。

 

「……なんだよ、それ」

 

 呆然とタブレットを見つめる。

 イングリッドの次は、シュエン。

 

 平穏な生活は、完全に崩壊していた。

 

「……俺はいつから、三大企業のオモチャになったんだ?」

 

 逃げ場はない。

 重い足取りで、新たなトラブルの待つミシリス本社へと向かって歩き出した。

 

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