転生モブ、ディストピア世界で指揮官になる 作:模範的アーク市民
ミシリス・インダストリー本社ビル。アークの技術力の結晶とも言えるこの摩天楼は、外壁から内装に至るまで、全てが白と紫を基調とした未来的で洗練されたデザインで統一されている。だが、今のこの身には処刑台への階段にしか見えなかった。
「……なぁ、まだ着かないのか?」
エレベーターの中、滲む冷や汗を拭いながら案内役の量産型ニケに問う。
「まもなく最上階、CEOオフィスです。……心拍数が異常です。医療班を呼びますか?」
「いらん。これはただの社会的ストレスだ」
深く息を吐き、胃の痛みを堪える。わざわざこんな最上階まで呼びつけるなんて、一体末端の指揮官風情になんの用があるというのか。どちらにせよ、ロクな用事ではないことだけは確かだ。
チン、と軽い音が鳴り、扉が開く。そこには、アークを見下ろす広大なガラス張りの空間が広がっていた。
「……遅いわよ。あんた、亀なの?」
部屋の中央、巨大なデスクの向こう側から、ヒステリックな声が飛んでくる。ミシリス最強の独裁者、シュエンだ。彼女は不機嫌そうに貧乏揺すりをしながら、ホログラムモニターを指先で叩いている。
そして、その両脇には――胃をさらにキリキリとさせるオマケが控えていた。
一人は、ピンク色のツインテールをした、ゴスロリ衣装の少女。手には不釣り合いなほど巨大なロケットランチャー、腰には棘付きの鞭がぶら下がっている。無表情で飴を噛み砕くその目は、明らかにこちらを人間として見ていない。
もう一人は、ボンテージ風の過激な衣装に身を包んだ、スタイルの良い女性。口元には艶やかな笑みを浮かべているが、全身からは危険なフェロモンが立ち上っている。
(……うわぁ。役満じゃねぇか)
回れ右をしたい衝動を必死に抑え、直立不動で敬礼した。
「指揮官アダムです。出頭いたしました」
「……ふん」
シュエンは鼻を鳴らし、デスク上のモニターをこちらへ滑らせた。そこに表示されていたのは、過去の戦闘ログだった。
「見たわよ、これ。……先日のブラックスミス戦だけじゃない。過去のヘレティック・インディビリア迎撃戦のデータもね」
シュエンが指を操作すると、以前死にかけたあの雨の日のログが表示された。
「あの時は、うちの最強部隊メティスも投入されていたわ。……だというのに、決定的な隙を作って撤退を成功させたのは、後方支援の
シュエンは忌々しそうに、けれど確かな評価を含んだ目で睨んでくる。
「あのラプラスですら攻めあぐねていた相手によ? ……ただの偶然にしては、タイミングが出来すぎているわ」
「……まぐれですよ。たまたま鉄塔が倒れて、雷が落ちただけで」
「謙遜はいいわ。結果が全てよ。……あんたの指揮下に入ると、ニケの生存率と作戦成功率が跳ね上がる。たとえそれが、廃棄寸前の
値踏みするような視線が突き刺さる。それは人間を見ているのではなく、性能の良いデバイスを見つけた時の目だ。
「だから目をつけたのよ。……ただの運がいいだけの三流かと思ったけど、どうやら
褒め言葉のつもりなのだろうが、背筋が寒くなる響きだ。彼女の中で、こちらのステータスがゴミから高機能な消耗品に昇格してしまったらしい。
「量産型や旧世代のスクラップだけで、タイラント級やヘレティックと交戦し、生還している。……まともな神経じゃないわ。あんた、何が見えてるの?」
「……運が良かっただけです。あとは、日頃の行いかと」
能面のような無表情を張り付け、答える。ゲームのUIで敵の攻撃範囲や弱点が見えてます、なんて言ったら、即座に解剖コースだ。
「運、ねぇ。……ま、いいわ。使えるなら何でも」
シュエンは興味なさげに言い捨てると、本題を切り出した。
「単刀直入に言うわ。あんた、私の依頼を受けなさい」
「……依頼、ですか?」
「ええ。北部の雪原エリアで、あるラプチャーの目撃情報があるの。……
「……は?」
思考が一瞬、停止した。人の言葉を、話す?
「……CEO。ラプチャーは機械です。言葉なんて話すわけが」
「だから調査するのよ。……もしそれが本当なら、アークにとって無視できない脅威……あるいは、有益なサンプルになる」
シュエンの瞳が、昏い光を宿して細められた。
「他の無能な指揮官じゃ、遭遇した瞬間に死ぬわ。……でも、あんたなら生きて情報を持ち帰れるかもしれない。そうでしょ?」
そして、彼女は声音を一段低くして、絶対零度の圧力を込めた。
「……もちろん、この情報はトップシークレットよ。アンダーソン副司令にも、イングリッドにも、誰にも漏らすんじゃないわよ」
「……」
「もしどこかでこの話が漏れたら……あんたを一生地下牢から出られないようにしてあげる。……分かった?」
(……冗談じゃない)
生存本能が警鐘を鳴らす。そんなイレギュラーな個体、関わったら最後だ。しかも、喋ったら社会的に抹殺されるオマケ付き。
だが、シュエンは拒絶を許さないオーラを放っている。拒否すれば、その場で後ろのサディストどもにミンチにされるだろう。
(……詰んだか? いや、待て)
脳をフル回転させる。逃げることはできない。だが、先延ばしにすることならできるかもしれない。
「……光栄なお話ですが、CEO。即答は致しかねます」
「はぁ? 私に逆らう気?」
シュエンの眉がピクリと跳ね上がる。ゴスロリが楽しそうにロケットランチャーのグリップを握りしめた。冷や汗を隠して、平静を装う。
「いえ。……実は現在、エリシオンのイングリッドCEOより前哨基地の発電所奪還という急務を請け負っております。ダブルブッキングは、ビジネスマナーに反しますので」
「……イングリッド?」
シュエンが舌打ちをした。三大企業のトップ同士、その縄張り意識は強い。イングリッドの先約があると言われれば、無理やり強奪するのは体裁が悪い。
「……チッ。あの堅物が、先に唾をつけてたわけ? 目障りね」
チャンスだ。すかさず、もう一つのカードを切る。
「ですが、この発電所任務が終われば、スケジュールは空きます。……それに」
ニヤリと――商売人としての卑しい笑みを浮かべてみせた。
「報酬さえ弾んでいただけるなら、その任務、前向きに検討させていただきます。……見ての通り借金まみれなもので、実入りがいい仕事は歓迎です」
その場が静まり返った。シュエンが、ポカンと口を開けている。恐怖で震えるでもなく、正義感で断るでもなく。ただ、金になるならやる、という、あまりに俗物的な提案。
「……は、はぁ? あんた、バカなの? それとも金の亡者?」
毒気を抜かれたシュエンが呆れた声を出す。横に控えていたボンテージが、クスクスと笑った。
「あら。正直でいいじゃない、シュエン。私、そういう欲に忠実な殿方、嫌いじゃないわよ」
「……黙りなさいミハラ。……はぁ、もういいわ」
シュエンは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「いいわ。じゃあその発電所、さっさと片付けてきなさい。……ただし」
シュエンの瞳が、爬虫類のように細められた。
「口だけじゃないって証明してもらうわ。……ユニ、ミハラ。あんたたち、ついて行きなさい」
「……へ?」
思考が停止した。
「エリシオンのポンコツ部隊だけじゃ不安でしょ? ミシリスの優秀な技術力を貸してあげるわ。……感謝しなさい」
表向きは支援。だが、その真意は明白だ。
「……ふぅん。こいつが? 地味だね」
ユニと呼ばれた少女が一歩前に出た。彼女はジッとこちらを見つめていた。その瞳には、子供が昆虫の脚をもぐ時のような、純粋な加虐性が宿っている。
「ねえ、シュエン。こいつ、あとで壊してもいい? どんな声で鳴くか、ユニ、すっごく興味あるんだけど」
「……好きにしなさい。任務が終わってからならね」
「やった! 聞いた? お兄ちゃん。……楽しみだねぇ」
ユニが無邪気に笑う。背筋に悪寒が走る。
「駄目よ、ユニちゃん。まずはお仕事してから」
ミハラが静かにユニの肩に手を置き、たしなめた。そして、妖艶な足取りで近づいてくると、耳元で囁いた。
「……ふふ、初めまして指揮官さん。私たちはあなたのお手伝いをするだけ。……仲良くしましょうね? 私たちが
甘い香水の匂いと、死の予感。だが、これから命を預け合う仲だ。最低限の仁義は切っておくべきだろう。
「……アダムだ。よろしく頼む」
引きつりそうになる頬を抑え、努めて平静に名乗り返す。そして、二人の顔を交互に見やった。
「そっちは、ユニとミハラ……だったか? シュエンCEOがそう呼んでいたが」
「あら、耳が早いのね。正解よ」
ミハラが満足げに目を細める。
「ユニのこと知ってるなんて、お兄ちゃん、ユニたちのファン?」
「……ただの記憶力がいい指揮官だよ。強力な助っ人の参加、歓迎する」
(……最悪だ。猛獣二匹を背負い込むことになっちまった)
天を仰いだ。借金返済への道は、どうやら地雷原の上にあるらしい。
◇
「はぁ!? ワードレス!? あんた正気!?」
前哨基地に帰還した先で待ち受けていたのは、アニスのヒステリックな絶叫だった。
「なんで
アニスは今にも噛みつきそうな勢いで、背後のユニとミハラを睨みつけている。
ユニは瓦礫の上に座り込み、ペロペロと飴を舐めながら、挑発するように足をぶらつかせていた。
「……人聞きが悪いね。ユニたちはただ、お兄ちゃんのお手伝いに来ただけだよ?」
「誰がお兄ちゃんよ! 気色悪い!」
「指揮官、警戒を。……彼女たちの思考パターンは、通常のニケとは異なります。背後を預けるべきではありません」
ラピも銃に手を掛けたまま、低い声で警告する。
一触即発。
火薬庫の真ん中で焚き火をするような状況だ。
頭を抱えかけた、その時だった。
「あ、あの! 皆さん、落ち着いてください!」
イヴが慌てて割って入った。
彼女はオロオロと視線を彷徨わせ、それからユニたちの前へ進み出た。
「えっと……初めまして! カウンターズ指揮官のイヴです!」
イヴは直立不動で、深々と頭を下げた。
そのあまりに真っ直ぐすぎる挨拶に、ユニが飴を舐める手を止めた。
「……は? 今度は何。また変なのが来た」
「ミシリスの方々ですよね? わざわざ助けに来てくれて、ありがとうございます! ……その、色々な噂はあるかもしれませんけど、同じ指揮官の下で戦う仲間ですから!」
イヴは顔を上げ、屈託のない笑顔を向けた。
そこには恐怖も、偏見も、警戒心もない。
ただ純粋な歓迎の色だけがあった。
「あの、もしよろしければ……作戦会議の前に、お茶でもどうですか? ここ、まだ水しか出ないんですけど……」
あまりの天然ぶりに、その場の空気が凍りついた。
アニスが口をあんぐりと開けている。
ラピですら、銃から手を離して呆然としている。
「……ぷっ」
ミハラが吹き出した。
「ふふ、面白い子ね。私たちにお茶ですって? ……そんなに無防備だと、いつか悪い大人に食べられてしまうわよ?」
「えっ? た、食べられる……ですか!? ……ラ、ラプチャーみたいに!?」
イヴが本気で驚いて身を引く。
その様子を見て、ユニがつまらなそうに鼻を鳴らした。
「……ふん。バカみたい。調子狂うなぁ」
ユニは興味を失ったようにそっぽを向いたが、先ほどまでの刺々しい殺気は少しだけ霧散していた。
イヴの底抜けの善意が、毒気を中和してしまったらしい。
内心、舌を巻く。
計算のない天然ボケは、時に最強の防御壁になるらしい。
「……ほら、アニスも喧嘩しないの。強力な助っ人なんだから」
「……うぅ。イヴがそう言うなら仕方ないけどさぁ……」
アニスが渋々といった体で矛を収める。
イヴはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「よかった……。あの、ユニさん、ミハラさん。これからよろしくお願いしますね!」
イヴが手を差し出す。
ユニはそれを無視したが、ミハラが代わりにその手を取った。
「ええ。お手柔らかにね、新人指揮官さん」
(……やるな、新人。これで空気は変わったか?)
そう安堵しかけた、次の瞬間だった。
「ま、待ってください!!!」
「……あ?」
ユニが面倒くさそうに顔を上げる。
そこへ、一人の少女が土煙を上げて猛然と突撃してきた。
興奮でメガネを曇らせた、ネオンだ。
彼女はユニを……いや、ユニが抱えている巨大なロケットランチャーを、食い入るように見つめていた。
「な、なんという大口径……! なんという重量感……!! そ、それはまさか、ミシリス製試作型の対要塞用ランチャーではありませんか!?」
「……は? 何こいつ。変なメガネ」
ユニがドン引きして後ずさる。
サディストすら引かせる火力バカの圧。
「ああ、この圧倒的な火力のオーラ……! 素晴らしいです! 私のショットガンとどちらが強いか、今すぐ試し撃ちしましょう! あそこの岩とかどうですか!?」
「……バカなの? 無駄なことに弾は使わないよ」
「むぅっ! 火力に無駄などありません! 火力こそパワー! 火力こそ正義です!!」
ネオンが熱弁を振るい、ユニが冷ややかな目で見下ろす。
イヴは「あわわ」と二人の間でおろおろしている。
ミハラはクスクスと笑い、アニスとラピは頭を抱えている。
「……カオスだ」
思わず天を仰いだ。
胃が休まる日は、永遠に来ない気がする。
パン、と手を叩き、無理やりその場の空気を切り替える。
「よし、挨拶は済んだな。……発電所へ行くぞ」
「はい! 行きましょう、アダム先輩! ……あの、ネオンさんも、ランチャーの見学は後で……」
「了解です! ですがアダム指導官、今回の作戦には火力が不足していると思います! 私にもランチャーの携行許可を……!」
「却下だ。予算がない」
即答し、歩き出す。
こうして。
カウンターズとワードレス。
水と油のような混成部隊は、イヴという中和剤を得て、なんとか崩壊を免れたのだった。
多くのアクセスをいただき、日間1位をいただくことができました。身に余る光栄です。
至らぬ点も多い駄文ですが、暇つぶしとして楽しんでもらえれば幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。