孤高のリヴァイアサン   作:大和ユキ

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約束のために

「あー……」

 

 暑くて埃っぽく、ぬるっとした粘りっこい空気。

 汗ばんだ身体。

 最悪な寝起き。

 

「今、何時……」

 

 パッと眺めたスマホに表示されたのは「4月24日 金曜日 11時01分」の表記。

 記憶が確かなら、寝た時間は昨日の午前三時ぐらい。

 これが八時間寝たあとの目覚めなのか疑いたくなる。

 

 そしてインリアから来てる二件のDM通知。

 片方は香蓮から。

 私が送った「いつもの」で休むって連絡への返信。

 

『分かったよ、怪我はない?』

 

 心配、かけちゃったかな。

 

「大丈夫、怪我してないよ……っと、送信」

 

 厳密には昨日は常識的に考えたら結構な深手を負ったけど、今はもうすっかり完治。

 昨日傷跡があったところを撫でるけれど特に傷も痛みも無し。

 だから怪我はしてない。

 私嘘ついてない。

 

 そして来ていたもう一件の通知は――。

 

「げっ……そうだった」

 

 昨日連絡先を交換した相手、本田ルイ。

 彼から「昨日はあんまり話せなかったから、今日夕方五時に緑地公園のモニュメントで」と連絡が来ていた。

 昨日はロベールの移送の手伝いだとか軍からの聴取だとかで夜中の二時前まで付きっきり、話してる暇なんてほとんどなかった。

 

 ……まあそんな経緯があって、その埋め合わせで今日会うことになった。

 けどぶっちゃけあまり乗り気じゃない。

 香蓮との約束だから、会わないわけにはいかないんだけどさ……。

 

「はあっっっっ……くあーっ!」

 

 両腕両脚を思いっきり伸ばし、ベッドから這い出る。

 足元に積もったファストフードのゴミやらペットボトルやらがぶつかるけど……まあどうでもいいや。

 どうせ今日はもう学校行かないし、夕方からルイと会う約束も入ってる。

 有意義なことは何も出来ない日だって割り切ろうと、お手洗いだけ済ませてソファへ身を投げる。

 

「……ん?」

 

 肩のあたりに感じる硬い違和感。

 身体を起こして見てみると、そこにあったのは袋に入った青いパッケージ。

 二週間ぐらい前に買った映画DVDだ。

 

 ハードボイルドな探偵と小心者な刑事のタッグモノの第二作。

 前作が面白かっただけに探してたけど、どのサブスクにも無いから買ってきたんだった。

 

 二十五インチの小さなテレビの横、二百以上のDVDケースが所狭しと並ぶ棚へ収蔵されている「聖域」へ仕舞おうとも思ったけど……。

 

「……どうせ時間あるし観るか」

 

 夕方にはルイと会わないといけないのも億劫だし、夜遅くまで起きてたのもあって八時間寝たのに寝足りない気もする

 けど何もせずにダラダラしていると寝てしまいかねない。

 映画でも観ながら時間を潰そう。

 

 プレイヤーからディスクを取り出し、さっきの映画のディスクを挿し込み、リモコンで吹き替えを切り字幕モードに設定。

 三人掛けのソファへ身を投げなおし、山のように積もったスナックから適当に一つ選んで昼食代わりに封を開ける。

 そして香蓮とUFOキャッチャーで取った大きなドラゴンのぬいぐるみに体重を委ね、映画の世界へと入り込み始めた――。

 

 ――映画は、新しいキャラ……悲痛に暮れた科学者の登場から始まった。

 遺影とも取れる家族写真を大切そうに撫で、そしてゼロの並んだ通帳に大きな溜息を洩らす。

 入っていたらしき予定を取り消し、自室に閉じこもって暴飲暴食。

 登場の仕方的に今回の敵役(かたきやく)か。

 

「……あれ」

 

 なんだか物凄い既視感を覚える。

 どっかでこんな人見た気が……。

 

「って、お金無いとこ以外は私とおんなじじゃん」

 

 親無し時間無し未来無しの無い無い無いの三拍子。

 今私の手元に残っているのも、父方の祖父と香蓮の二人と食事と映画で飢えを紛らわしながら時間を貪ることだけ。

 私とおんなじだ。

 けれど……男は多分前作に壊滅したはずの敵組織から掛かってきた怪しい仕事を受けてしまった。

 

(なーんだ、やっぱ違うじゃん)

 

 まああんまりにも私と似てるもんだから、こうやってズラして貰わないと集中できないから良いんだけどさ。 

 

 映画の世界と違って、何かで一発逆転なんてことは起きない。

 そんなのは夢物語だ。

 どうせ私の人生は今日も明日もその後もずっと変わらない。

 

「……なんか、違うな」

 

 大きなため息とともに、私はテレビの電源を切った。

 

 ******

 

 午後五時前、約束の十分ぐらい前。

 大高の真ん中外れにある自然公園。

 私の背には、三重螺旋構造の真ん中に大きな柱が特徴の、小さなビルほどの金属製モニュメントがそびえ立っている。

 昔遠足で来た時に「何十年か前の内戦のときにそれを記念して建てられた」とかって、社会の授業の答え合わせみたいに先生から教わった記憶を思い出す。

 

 時間が時間なのもあって人は閑散としていて、キッチンカーのソフトクリームをねだる子供やジョギングに励む老夫婦などがちょいちょい居る程度。

 そんな場所で私はルイを待っていた。

 下はグレーのストリート風デザインのオーバーサイズズボン、上は柄物の白い長袖シャツ。

 髪も梳かして来ただけで化粧も一切せず、着替えだけしてそのまま出てきただけ。

 

「……遅い」

 

 まあ私の方が早く来すぎてるのかもしれないけど、それにしたって呼びつけた側が早く来るべきなのに全くその気配がない。

 DMも三十分前で止まってるし。

 

 っていうかルイが何者なのかもよく分かんない。

 そもそも今まで襲ってきた異能者はどいつもこいつも碌でもないヤツばっかだった。

 今回も多分ロベールの異能のせいとはいえ呼び出された場所で待ち伏せされてたし怪しさ満天。

 

 その割には昨日見た感じ異能者なのに軍の人と喋ってた上、昨日ピンチになった時に頼んでもないのに助太刀を入れてきた。

 初対面の時もまっ先に私の怪我の心配してきたし、なんなら素振りや言動に純朴さすら感じさせてくる始末。

 

 けど異能者は異能者。

 警戒するに越したことはないし、香蓮が「去年のクラスメイト」って言ってたのもやっぱり気になる。

 もっと言うと私が襲われるのは良いとしても、香蓮が危ない目に遭うのはなんとしてでも避けないといけない。

 

 だなんて自分の中で再確認したあと、目の前に見覚えのある高校の制服が目に入った。

 

「やあ、ごめんね。待った?」

 

 そう言って姿を現したのは、栗色の毛に幼さの残る顔つきをした男。

 本田ルイだった。

 

「まあ……少しだけ」

 

「だよね。ごめんね、バスが遅れちゃってさ」

 

 ルイはそう言いながら姿勢を低くして謝ってきた。

 ……別にまだ遅れてないのになんで謝るのか。

 そんなことを不思議に思っていると、私の座るベンチの傍に鞄を置いてそこへ腰掛けた。

 無意識に身体半分ほどの距離を取る。

 

「……まあ、警戒するよな。昨日も全然話せなかったし」

 

「別に警戒してないよ」

 

「いや、いいんだ。知らない人間を警戒するのは悪いことじゃない」

 

 そうやって言う割にはルイは少し視線を落とし、困ったような表情を浮かべた。

 うっ……別に悪いことをしたわけでもないのに、その溢れんばかりの「善人オーラ」を向けられると調子が狂う。

 

 けれどルイはルイ、私は私。

 私には私のポリシーがあるんだから、そこの線引はきちんとしといた方が良い。

 

「言っとくけど、私はあんたと馴れ合うつもりはないから――ってあ、あれ?居ない?」

 

 ちょっと目線を外すと、私のすぐ近くにリュックを置きっぱなしにして綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 周囲を見回すと、モニュメント前の広場のキッチンカーの店員に話し掛けるルイの背中が目に入る。

 

「な、なにやってるのよ!?」

 

 置き去りにされたルイのリュックをひっつかんで、大股でキッチンカーへと詰め寄る。

 

「支払いは?」

 

「バーコードで……って、残高ないや」

 

「ちょ、ちょっと!ルイくん!」

 

 店員とやり取りしているルイへ、肩で息をしながら鞄を突き出す。

 

「あんた何考えて――」

 

「ああ、ありがとう!助かったよ」

 

 そう言いながら鞄へと手を突っ込んで取り出したものに、思わず驚嘆の声を漏らした。

 

「あ、あんた財布すら預けたまんまどっか行ってたの!?」

 

「え?そうだけど……ってちょっと待っててね。お金五五〇円ちょうどでお願いします!」

 

「はいまいどあり、ゆっくりどうぞー!」

 

 店員がルイへ商品を差し出すと、ルイは満面の笑みを浮かべてこちらへ振り返り小走りで戻ってきた。

 

「さっきの続きだけどさ、あんた人に財布の入った鞄預けてどっか行くって何考えてるわけ!?」

 

「あ、確かに。でも大和さんが見ててくれると思ったからさ。ごめん、迷惑だった?」

 

「迷惑とかじゃなくてさ、私が人の者盗るような人間だったらどう……すん……の……?」

 

 そうやって捲し立てていたけれど、ルイの手にされている物を目にして思わず言葉を止める。

 彼が手にしていたのは、マンゴーのソフトクリームを両手に一個ずつ。

 そういえばソフトクリームのキッチンカーだったっけ、と狭くなっていた視野を広げて思い出す。

 

「ああ、これ? 食べるかなって思って」

 

「え? いや、食べる、けど……な、なんで?」

 

「なんでって……まあ、お詫びかな」

 

「お詫び?」

 

「うん、昨日は僕達の会う場所がバレて大和さんを危ない目に遭わせたし。それに、こうやって会って話してくれてる時点で僕からしたらありがたいからさ。だからその二つのお詫び」

 

 ルイはそう口にすると、頬を僅かに赤らめながらはにかんで見せた。

 ……この子、ほんとに異能者なの?

 何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなるのを通り越して、誰かに騙されるんじゃないかと心配になるほどの光属性。

 

「……あ! も、もちろん昨日の危ない目に遭ったのにソフトクリーム一個で全部解決とかって思ってるわけじゃ――」

 

 そうやって焦りを浮かべながら取り繕うルイの片手から、そっとソフトクリームを受け取る。

 

「……もう、昨日のは大丈夫。だから、その……」

 

 ――礼儀以外で、本心から香蓮や祖父以外にこれを言うのはいつぶりだろう。

 舌でその言葉の形を思い出しながら、ぼそっと口にする。

 

「あ、ありがとう……」

 

「へへ、どういたしまして。代金はいいから」

 

 別に恥ずかしいこと言ってるわけでもないのに、なぜか目線が合わない。

 なんだか、すっごく久しぶりな感じ。

 けれど、一つだけ大したことない不満を感じる。

 

「呼び方だけどさ。さん付けはされ慣れてないから呼び捨てでいいよ」

 

「……大和、でいいのかな? それじゃ僕のことも呼び捨てで呼んでくれ」

 

「えっ!? わ、私も!?」

 

「そりゃそっちの方がフェアだからね」

 

 まあこっちがお願いしたんだからお互いにするのがフェアか……。

 目を合わせながら渋々と首を縦に振った。

 

「よーし! それじゃよろしくな、大和!」

 

「よ、よろしく。ルイ」

 

 何気なくそう呼んでみたけど、やっぱり親しくもない人を呼び捨てする違和感は拭いきれなかった。

 

 

 ソフトクリームを受け取ったあと、元いたベンチへと戻る。

 手渡されたあとにもくっちゃべっていたせいか、ルイから手渡されたソフトクリームは表面が少し溶けてしまっていた。

 傾いた陽が、マンゴーの黄色を際立たせ、金色のようにすら錯覚する。

 

「うまい?」

 

「うん、おいしい」

 

「そりゃ良かった」

 

 ちょっと垂れてきたのをティッシュで拭いたりしながら「今日学校は?」とか「インナーカラー青いのってそれ染めてる?」だなんていう他愛もない会話をした。

 

「これはね、十歳のとき異能に目覚めてからこうなったの」

「へー、そんなこともあるんだな。初めて聞いた」

 

 ルイはあっけらかんとした態度でそう返すと、コーンの最後の一片を口へ放り込んだ。

 これ(インナーカラー)自体は地毛申告とかがちょっと面倒になるぐらいで問題ない。

 けど、その大元(おおもと)の異能の方は――

 

「……さて、それじゃ本題に入ろうか」

 

 ルイの声色がガラッと変わる。

 さっきまでのハツラツとした感じから、声の高さを維持したままズッと据わったトーンになる。

 彼は前屈みになり両足へ腕を置いてその上で手を組み、難しそうな、それと同時に真剣な表情を浮かべた。

 

 私も思わず姿勢を正す。

 昨日は「多分告白だよね」なんて予想してたけど、これから告白が始まるとは一ミリも思えない。

 ルイは「()()()()()()」私に話をしに来ている。

 それを嫌でも解らされた。

 

「まずだけど、昨日の襲撃に関しては再三謝らせて欲しい。まさか、僕の方がつけられてるとは思ってもなかった」

 

「まあ、それはいいよ。見た感じ、相手が悪かったっぽいし」

 

「面目ない」

 

 昨日軍用車の中での移送中、本人が暴露の能力を自慢げに口にしていて、あまりの気色悪さに悪寒が走ったのを今になっても覚えている。

 

「そして結論から言おう。君は、ある男に狙われている」

 

「狙われてる?」

 

 そういえば昨日ロベールも「契約者が生け捕りを所望」とかって言ってた気がするかも。

 

「男の名をロムルス。そして、これは間違いないけどあいつに捕まったら最期。……もしかしたら、死ぬほうがマシな目に遭う可能性もある」

 

「ロムルス……」

 

 聞いたことない。

 けれど、なんだか物々しい名前に思わず身構える。

 さっきまで食べてたクリームの甘ったるさが、口の中で気持ちの悪さに変わるのを感じた。

 

「死ぬよりマシな目……そうなるのは嫌だな」

 

 一応程度に感想を述べるけど、そうやって並べられてもなんていうか、現実味がないっていうか。

 

「けれどそうもいかないんだ。ロムルス。あいつは前世では太古の昔、あのローマ建国の――」

 

「ちょちょちょっと待った! 昔の人の話なのは分かったけど、もしかして本物なの!?」

 

「ん? ああ、そうだ。正真正銘、過去の英雄たちさ」

 

 は、初めて知った。

 私が知らないだけで異能者同士のコードネーム的なものだと思ってただけに、衝撃の事実で空いた口が塞がらない。

 

「大半の異能者たちは前世のやり直しを賭けた『ゲーム』のために争っている」

 

 前世のやり直しを賭けたゲーム……。

 正直なことを言うとにわかに信じがたい。

 けれど、ルイの表情は真剣そのもの。嘘はつかれてない。

 ……どうやらマジっぽい。

 

「で、そのゲームのために私が狙われてるのは分かったけどなんで私?ゲームのため、とか漠然としたやつじゃなくて具体的に私で何をしたいのかーとか」

 

「予想の範囲は出ないけど――交渉材料、かな」

 

 交渉材料……?あれっ?

 そういえば昨日ロベールも「交渉材料」とかなんとか言ってた気が。

 

「交渉相手は十中八九が『軍』だろうね。君宛に軍からしつこく勧誘が来ているだろ?」

 

「あー……うん、まあ」

 

 半分イライラしながら、軍から来た封筒やメールを片っ端からゴミ箱にぶち込んでいた日々を思い出す。

 

「軍は君が『ゲーム』の戦力として欲しいと同時に守りたいと考えてる。だからこの考察は的外れなんてことは無いと思うんだけど」

 

「なるほどね……ってか、なんでそんなに詳しいの?」

 

 それ以上に気になったのはそこ。

 ルイもただの高校生なはずなのに、なんかちょっと「ゲーム」に対する理解度が浮いてるっていうか。

 

「……僕は軍と親交のある『組織』に所属しててね。もちろんゲーム周りのね」

 

 ルイは続きを口にしようとしたけれど……なにか、言いにくいことでもあるのか。

 続きを紡ぐなく口を噤んだ。

 そして、ルイは意を決するように告げる。

 

「……正直に言おう。あの高校へは、半分は『ゲーム』のために組織に言われて入学した。つまり……近い環境で君を監視するにね」

 

「私を……監視?」

 

 思わずルイから身を遠ざける。

 まさかこんなにも近くで一年近くも異能者に監視されていただなんて……。

 けれど、私にとっては自身が監視されている事実よりも、別の可能性の方が恐ろしかった。

 

「あんた……まさか香蓮に何かしてないでしょうね?」

 

 香蓮はルイのことを「一年の頃のクラスメイト」って言ってた。

 こうやって私へルイを紹介したのも香蓮だ。

 なら、もしかしたら――。

 

「――それは無い。安心してくれ」

 

 私が更に食って掛かろうとした直前、ルイはきっぱりとそう述べた。

 

「もちろん、何もしなかったわけじゃない。君に関する些細なことは聞いたりしたけど……むしろ鈴原さんがあまりに楽しそうに君の話をするもんだから、情報を抜くのが申し訳なくなったぐらいだよ」

 

「えっ……? そ、そうなの……?」

 

 か、香蓮……裏で私のことそんな風に話してたんだ……。

 私の口角が上がり、ちょっと上機嫌そうにしているのを見てか。

 ルイも安堵した表情を浮かべながら鼻から息を洩らす。

 

 イヤ、でもダメだ。

 ルイは私を近くで一年も監視してたんだぞ、と軽く咳払いをしながら言い聞かせ直す。

 

「……けどそんだけ見てたってことは、私のことは結構知ってるってこと?」

 

「そうだね。君の異能に関するものとか家族構成、あとは……」

 

 ルイは言葉を詰まらせると、一拍だけ置いた上で眉を寄せ言葉をこぼした。

 

()()()の人生が異能に狂わされたってことも、だ」

 

 ……そっか。

 全部、知ってるんだね。

 声には出なかったけど、心の中でため息混じりにそう吐露した。

 もちろん、私の手が汚れてることも。

 

 ……けれど。

 ルイがどこか遠くを見据えて下唇を噛んでいた。

 その目元からは、憤っているようなものすら感じ取れた。

 

 ――なんで、そんなに怒ってくれるの?

 そう聞こうと思えば聞けただろうに。

 なぜか、その言葉が口から出なかった。

 

「話を戻そう。君へ話を持ちかけたのは、そのロムルスってやつから軍と僕らの組織で君を守るためだ。僕としても、鈴原さんとその友達の君が傷つくのは嫌だしね」

 

「けどそれって軍から言ってくれば良くない?昨日もあいつ(ロベール)突き出す時に話してたわけだし」

 

「……今まで軍から言われたこと全部そっぽ向いてたのは大和の方なんじゃないのか?」

 

「ぐっ……」

 

 そう言われると反論できない。

 だからルイがわざわざ正体を明かして交渉しに来たのか……。

 

「そして、その保護対象には鈴原(香蓮)さんも含まれている。あとはこれを大和が受けるか受けないか、だ」

 

「私が受けるか受けないか……」

 

 なんとなく、途中から話は読めていた。

 けれど、あまりに急なことだからかな。

 首をすぐ縦に振ることができない。

 

「……これって香蓮に話しても良い?」

 

「ああ、もちろん」

 

 ルイはその後に「けれど、鈴原には口止めしておいてくれ。この話が世間に漏れるのは避けたい」と付け加えた。

 うーんと唸り声を上げながら考え込んだけれど、答えはいまいちつかない。

 軍は元より、そのルイの「組織」ってのも信頼するに足るかもわからないし……。

 

「少し、悩む時間が欲しいかも」

 

 結局、その場はそう結論づけた。

 

「まあそう言うだろうと思ったよ。けれど急いで欲しい。明日は土曜だけど、昼間までには答えが欲し――」

 

『リリリリリリリリリ……リリリリリリリリリ……』

 

 唐突に電話のコール音が鳴り響く。

 ポケット越しに太ももに振動を感じる。

 

「あ、私のスマホだ……って香蓮?」

 

「お、丁度いいじゃないか。今のうちに約束でも取り付けてくれるとありがたいな」

 

 ルイは声のトーンを一つ上げながらそう口にした。

 けれどおかしいな、今は塾の時間なはずなのに。

 ……なんかあったのかな。

 

「もしもし香蓮、どうし――」

 

 応答ボタンを押して耳に当てた瞬間、言いようのない違和感が吹き込んでくる。

 スピーカーの向こうからでも、その半端な生暖かさを感じられそうな気色の悪い吐息。

 ――香蓮じゃ、ない。

 

「ねえ、誰よ。あんた」

 

 自分でも声がぐっと引き締まったのを感じる。

 ルイがこちらに振り返ると「えっ?」と疑問符を浮かべるけど無視する。

 

『っふ……なんでバレたぁ?』

 

 ねっとりした、湿度の高い声質。

 鼻詰まりを感じさせるような滑舌の悪さ。

 

『俺の名前はジャン・ド・モンフォール。正式なブルターニュ――』

 

「どうでもいい。香蓮はどこ?」

 

『……まあ待てぇ、交換条件はあ――』

 

「香蓮はどこって聞いてんのよッッッ!」

 

 怒気の籠もった低い声でそう訊き返す。

 行き交う人達がこちらへ振り向くけれど、知ったことではない。

 

『っっ!?めぐちゃん!?めぐちゃんなの!?ダメここに来ちゃ――っぐ!?』

 

『黙ってろこのガキが……!』

 

「香蓮っ!?」

 

 香蓮は喉に何かを詰まらせるような息苦しそうな声をあげると、また黙り込んでしまった。

 

「大和、何があった? まさか――」

 

 横から状況を聞いて来るルイへ「今は黙ってて」という意味を込め、無言で鋭い眼光を向ける。

 義理人情もないような行動なのは分かってるけど、今はそんな状況じゃない。

 ルイも状況を察したのか。一瞬目を見開いたのち、首を縦に振った。

 

「……目的はなに」

 

 電話へ戻り、私の方から話を戻す。

 これ以上の脱線は香蓮を痛めつけることにしかならない。

 

『っふ……今から一時間以内、指定した場所へ来いぃ。警察や軍の気配を感じたらこのガキを殺す。いいなぁ?』

 

 ジャンは私へそう釘を刺すと、目的を明かすこと無く通話を切った。

 着信終了のツーツーという電子音が鼓膜を揺らす。

 

「大和、鈴原に何かあったのか?」

 

「……ええ」

 

 乱れた呼吸で返事をする。

 

「もう動かれたか……!」

 

 ルイは明らかな動揺を浮かべる。

 かくいう私は、しばらく着信終了したスマホの画面から目を離せなかった。

 

 視界が(すぼ)み、呼吸も忘れるほどに思考を巡らせる。

 香蓮が危ない目に遭うのは初めてじゃない。

 けど、香蓮が居なくなったら、私は――。

 

 ――そうだ。このまま香蓮が、死ぬ。

 

 最もあっちゃいけないことが頭に過った瞬間、脳の血が沸き立つのを感じる。

 

「相手は誰だった?目的は?鈴原さんはぶじ――!?」

 

 ルイが矢継ぎ早にそう聞いてきた直後、彼の方を見上げると。

 そんなに鬼気迫った表情をしているのか、ルイは大きく目を見開き、驚嘆の表情を浮かべた。

 

 異能の力を行使する時特有の、神経が熱を持つ感覚。

 握り込んだスマホが軋む音を上げる。

 

 今から言うことが質問に対する答えになっていないのは分かってる。

 けれど。もう、居ても立ってもいられない。

 

「……行くわよ」

 

 そうとだけ口にして、モニュメントのあとを去った。




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