ヒナタの第四ターン。
「『夜水の血印』をセット。ライフを2点支払い、スタンド状態で場に出す」
『夜水の血印』
コスト:-
タイプ:ルーン
・(〈T〉:水属性マナか闇属性マナを1点生み出す)
・このルーンがフィールドに出るに際し、2点のライフを支払ってもよい。そうしないなら、これはステイ状態でフィールドに出る。
ヒナタの足元に、闇と水の二色が混じり合うルーンが刻まれる。再びヒナタの腕から赤い光の粒子が散った。
ヒナタ:10→8
「まだ削んのかよ……」
関係者席でキリメが呻いた。残りライフ8。クモンの20に対して半分にも満たない数値まで自らの手で落とすのは、度胸のあるキリメでも遠慮したかった。
だがクモンの反応は、キリメとは違っていた。
ルーンをスタンド状態で出すということは、このターンに動くマナが増えるということ。この状況においても、ライフを支払ってまで出したいものがある。何かが来る。その警戒が、冷静さと熱情が同居するクモンの頭の中で明滅した。
『不思議に思わなかったかい、クモン君』
VRグラスの個別チャンネルを通じて、ヒナタの声が耳元に落ちてきた。
『私が出した『遅効性呪縛法』。あのカードは基本ルーンタイプを持つルーンが場に出ていればいるほどコストが安くなる。だが、それで得られる効果は生命体一体の追放除去だ』
確かに、とクモンは思った。追放除去は強力だが、同じような効果を持つカードは他にもある。もっとコストの軽い除去も、もっと使い勝手の良い除去もあるはずだ。
『たとえコストが安くなるにしても、より使いやすい除去は他にある。はたしてこのカードを使う意味があるのか、と』
「呪法カードを場に出す必要があるから……ですか?」
『ほぼ正解だ』
ヒナタの声に、教師のような頷きが滲んだ。
『更に言うなら──『遅効性呪縛法』の本来のコスト、6というその高さが必要だったのさ』
ヒナタの手が動く。
「呪法カード、『
宣言と共に、腐った世界樹の根元から九つの輪が回転しながら浮かび上がる。大小の円環が互いに噛み合い、天球儀のように複雑な軌道を描いて旋回している。その中心に、脈動する光の卵が宿っていた。
『
コスト:〈2〉〈風〉〈水〉
タイプ:呪法
・あなたの終了位相の開始時に、あなたは他の呪法1つを生け贄に捧げてもよい。そうしたなら、あなたの山札からマナ総量がその生け贄に捧げられた呪法のマナ総量に1を足した値を上限とした数値を無作為に指定し、それと同値の生命体カード1枚を探し、フィールドに出し、その後山札を切り直す。
クモンの横に控えるノルが、宙に浮かぶ輪転する輪を見上げた。
「何が出てくるかと思えば。運試しのカードかい」
鼻で笑う声だった。ノルの金色の瞳が、輪鼓の回転を追いかけている。
「そういう運試しをボクの前でやろうだなんて、苗を植えるところから出直してきたまえ」
ノルの手の中で杖が微かに震えた。デッキの操作も可能とするセイズであれば、相手のカード効果で発生する数値を好きに弄くり回すことなど容易い。
もっとも、本来ノルはこの対戦でセイズを使うつもりなんてさらさらなかった。自分の杖は使えば使うほど削れてしまうというのに、こんなどうでもいい戦いで消費するのは粗末な杖と言えども惜しい。
今はより大きく、長く、太い杖を育成することに注力していたい。そのための少年で、そのための勝負だ。望み得る運命を掴み取るために、杖は幾らあっても足りない。
だが、先ほどの不愉快な精霊は何と言った。幸運の女神などというのは、目盛りを誤魔化して生きるノルにとって宿敵以外に無い。それを僭称するのであれば、潰す。
故にセイズの術式を練り上げる。ただし杖の消耗を抑える為、ノルはクモンの中からセイズの糧となるものを吸い上げていた。思考から余分な熱が取り払われて、クモンの思考は更に現実を直視していく。
一方のヒナタも、天の輪を見上げていた。
『ああ、ギャンブルカードなんて困ったものだね』
独り言のような声が、クモンの耳にも届いていた。苦笑交じりの声だ。
『ここまで高速にライフを削られれば、こういう非常手段に頼らなければならなくなる。あるいはシラベは、こういうことも見越していたのかもね』
シラベ。その名前がクモンの耳を貫く。今この時、もっともヒナタから聞きたくない名前がそれだった。
『本当に向こう見ずで、危うくて──愛おしい存在だよ』
やめて、と懇願する間もない。冷えていく思考にはそのひと言が誇張も思い込みも介在せずに突き刺さる。どういう意味で言われた言葉なのか、クモン自身を誤魔化せない。
レベも、カルメリエルも、そして今、ヒナタまでもがシラベの名を口にして、愛おしいとまで言った。クモンの胸の奥で、先ほどヒナタの言葉で燃え上がりかけていた炎がふっと萎えた。
激情が沈む。高鳴っていた心臓が急速に静まり、血の熱が引いていく。冷静さではない。消沈だ。
途端、ノルの杖がびくりと震えた。余熱を取るように糧として汲み上げていたものが、急激に枯れてしまった。セイズの準備に必要な精力がクモン自身の感情の落ち込みによって底を突いたのだ。
「……えっ」
ノルの瞳が揺れた。金色の中に、初めて焦りの色が走る。間に合わない。カードの効果解決が迫っている。セイズで相手の無作為に決定するその数字を指定しようとするが、術の糧が足りない。
ヒナタのターンの終了時。九転輪鼓の九つの輪が一斉に加速した。
「九転輪鼓の能力誘発。『遅効性呪縛法』を生け贄に捧げる」
場に残っていた呪縛カードが砕け散った。追放されていたクモンの晶隊長がフィールドに帰還し、結晶の獣が再出現する。だがヒナタにとってはどうでもいい。
呪縛法のマナ総量は6。それに1を加えた値が上限。つまり最大で7。
九転輪鼓の輪が回り、数値が弾き出される。
電脳空間の中で、巨大なルーン文字が宙に浮かび上がった。パーティションにもその数字が投影される。
7。
「
ヒナタの唇が弧を描き、光の卵が割れた。
その中から立ち上がったのは、一柱の女だった。
白い法衣。慈悲を象る右手の刺剣と、断罪を象る左手の長銃。空間そのものに投影されるその巨躯は、フィールドの半分を覆い尽くすほどの威容を誇っていた。頭上に浮かぶ光輪が、荒野の空を黄金に染め上げる。
パーティションに刻まれたカード名。
『清貧の女帝、レディ・ローマ』
『清貧の女帝、レディ・ローマ』
コスト:〈3〉〈風〉〈光〉〈水〉〈闇〉
タイプ:生命体
・飛翔(この生命体は飛翔を持たない生命体によってはブロックされない)
・監視(この生命体は攻撃してもステイしない)
・終焉(この生命体が何らかのダメージをクリーチャーに与えたら、それを破壊する)
・吸精(この生命体がダメージを与えると、さらにあなたはその点数分のライフを得る)
・清貧の女帝、レディ・ローマがフィールドに出たとき、あなたの山札の一番上にあるカード10枚を公開する。各カードタイプにつきそれぞれ、それらの公開されたカードの中からそのタイプのカード1枚をあなたの手札に加えてもよい。残りをあなたの山札の一番下に無作為の順番で置く。(「機械」「戦略」「呪法」「生命体」「戦術」「ルーン」「臨界戦術」はカードタイプである)
[7/7]
大型の生命体が出た演出に観客席が沸く中、ヒナタはレディ・ローマの姿を見上げた。
かつて共にいた精霊の未来の姿。レディ・ローマとは異なるカードだが、同じ名を冠した存在。あの精霊は今はもういない。シラベとの戦いに敗れ、ヒナタの元を去った。だがその先にある姿が今ヒナタの盤面に立っている。
懐かしさと、少しの寂しさと、それ以上の頼もしさ。
レディ・ローマがフィールドに降り立つと同時に、その能力が発動した。山札の上から十枚のカードが宙に展開され、光のホログラムとして一枚一枚がヒナタの前に映し出されていく。
ヒナタの目が十枚を走査し、四枚を手札に加える。枯渇しかけていた手札が、一気に潤った。
クモンは場に出た存在を仰ぎ見るしかなかった。7/7の飛翔持ち。攻撃してもステイしない監視。ダメージを与えた生命体を破壊する終焉。そしてダメージを与えた分だけライフを回復する吸精。それに加えて登場時に山札からの手札補給。
化け物だ。圧倒される少年の肩に、隣のノルが手を置いた。声を落とし囁く。
「大丈夫さ。ルーンを出すことさえ出来れば、結晶国獣のパワーは相手を上回る。その攻撃は相手もブロックせざるを得ないんだから、相打ちに取れるよ」
結晶国獣のパワーは現在4。ルーンが一枚出れば倍加して8になり、レディ・ローマの7を超える。飛翔は持っていないから結晶国獣自身はブロックには回れないが、逆に地上の攻撃ならレディ・ローマをブロッカーとして引きずり出すことが出来る。
だが。クモンの手札を見下ろす。次のターンに引けるカード一枚。それがルーンである保証はどこにもない。
先ほどまでクリアだった思考の中に、冷たい靄がかかり始めていた。
第五ターン。クモン。
引いたカードは──ルーンではなかった。だが、戦えないわけではない。
「『積層式結晶装甲鎧』をプレイ」
『積層式結晶装甲鎧』
コスト:〈1〉〈風〉
タイプ:呪法
・(次のレベルになることはあなたのメイン位相として行う。そのレベルの能力を得る)
・あなたのターンの戦闘位相の開始時に、あなたがコントロールしている生命体1体を対象とする。それの上にCCを1個置く。
・〈風〉:レベル2 あなたがコントロールしていてカウンターが置かれているすべてのカードは護法〈1〉を持つ。
・〈3〉〈風〉:レベル3 あなたがカードやプレイヤーに1個以上のカウンターを置くなら、代わりに、そのカードやプレイヤーにそれぞれその2倍の個数のその各種類のカウンターを置く。
クモンの場に、結晶で出来た甲冑が展開された。レベルアップ型の呪法だ。今はまだレベル1だが、毎ターンの戦闘開始時に生命体にカウンターを一つ置く効果を持つ。
「もう一枚、『刻まれた喰印の犠牲者』を場に出します」
『刻まれた喰印の犠牲者』
コスト:〈1〉〈風〉
タイプ:呪法
・印装填 ― あなたがコントロールしているルーン1つがフィールドに出るたび、あなたがコントロールしている生命体1体を対象とする。それの上にCCを1個置く。
戦闘開始の位相に入り、装甲鎧の効果で晶隊長にカウンターが一つ積まれる。
クモンの攻撃宣言は無い。レディ・ローマの吸精がある。クモンの生命体で攻撃しても、返り討ちに遭うだけではなく、回復を許してしまう。
歯を食いしばってターンを渡す。次のターン、ルーンさえ引ければいい。
クモンの想いなどどこ吹く風で、ヒナタの第五ターンが始まる。
「『風のルーン』をセット。『チケットショップ』を唱える」
『チケットショップ』
コスト:〈1〉〈風〉
タイプ:呪法
・チケットショップがフィールドに出たとき、ならびに、あなたがマナ総量が5以上であるカード1つを唱えるたび、カードを1枚引く。
新たな呪法がフィールドに現れた。登場時にカードを一枚引き、さらにマナ総量5以上のカードを唱えるたびに追加ドローを生み出す。
手札が潤うヒナタの盤面に対し、クモンの場には飛翔持ちを止める手段がない。
「さらに、『ハヌマーンの空間滑り』を唱える。対象は──『新たなる結晶国獣』」
『空間滑り』
コスト:〈光〉〈闇〉
タイプ:戦略
・単属性のカード1つを対象とする。それを追放する。
クモンの顔が強張る。
空間がねじれ、結晶国獣の足元に黒と白の猿のような絵柄が渦が開く。光と闇が螺旋を描いて獣を呑み込んでいき、結晶国獣の姿がフィールドから消えていた。
レディ・ローマとの相打ちを狙える唯一の可能性が、盤面から取り除かれた。
「戦闘。レディ・ローマで攻撃」
白い法衣を翻し、女帝が宙に舞い上がった。パーティションを通じて黄金の光が客席にまで降り注ぐ。女帝の刺剣がクモンへと振り下ろされた。
クモンのライフに七点の直撃。そして与えたダメージと同じだけ、ヒナタのライフが回復する。
クモン:20→13
ヒナタ:8→15
第六ターン。クモン。
「ドロー。……『春風の巡回馬』を召喚します」
『春風の巡回馬』
コスト:〈風/光〉〈風/光〉
タイプ:生命体
・あなたが、あなたがコントロールしている生命体の上にカウンターを1個置くたび、カードを1枚引く。この能力は、毎ターン1回しか誘発しない。
[2/2]
風を纏った馬がフィールドに降り立つ。カウンターが置かれるたびにドローを生む。カウンター戦略の潤滑油ではある。その正しい運用通り、戦闘開始ステップで装甲鎧が晶隊長にカウンターを載せ、それに反応して巡回馬がドローを生む。手札が一枚増えた。
だが、やはり攻撃は出来ない。レディ・ローマの飛翔はブロックできないため攻撃に移るのが本来の手筋だ。しかし攻撃してもローマのブロックと終焉で一方的に破壊されるだけでなく、殴れば殴るほどブロックしたローマによってヒナタにライフを回復させるだけ。
攻撃を断念し、戦闘後のメイン位相に移行する。
「『風のルーン』をセットします。効果でCCが乗り、再びドロー。……『印響の結晶トカゲ』を召喚します」
『印響の結晶トカゲ』
コスト:〈風〉
タイプ:生命体
・印装填 ― あなたがコントロールしているルーン1つがフィールドに出るたび、この生命体の上にCCを1個置く。
[0/1]
連続した効果によって手札が循環し、小さな結晶のトカゲがフィールドに現れた。0/1の最小サイズだが、これもまた印装填を持っている。次のルーン着地で成長する種だ。
クモンの盤面には生命体が四体並んでいた。晶隊長、万力腕、巡回馬、結晶トカゲ。そして呪法が三枚。数だけならヒナタを上回っている。
だがどれも、レディ・ローマを止める手段がない。たとえ次のターンに全軍で攻撃したとしても、ヒナタのライフを削り切ることは出来ない。そしてヒナタの返しにはレディ・ローマの七点が飛んでくる。
敗北が見えていた。
「大丈夫だよ。もう一度シャッフルの機会さえあれば、飛翔殺しの戦略を持ってこれる。それまでの辛抱だ」
隣のノルが何かを言っているが、クモンの耳には届かない。クモンはただ、盤面を見つめていた。
自分が出来ることの全てを並べた。強いカードを迷いなく動かし、出来ることはやったつもりだった。
それでも足りなかった。
単なる運だ、と。誰かが囁いた言葉に対して、クモンは笑うしかない。笑いたかった。
それは自暴自棄の笑顔ではない。やりきった末の笑顔だった。悔しさはある。感情の底が抜けるほどの悲しみもある。だがそれ以上に、自分が持てる全てをこのフィールドに叩きつけたという実感があった。
対面のヒナタが、その笑みを見る。戦姫の装束を身に纏った女性は、僅かに目を伏せ、受け止めるように微笑んだ。
*
その後。逆転も番狂わせも起こらず、淡々とターンが進んだ後。
ヒナタの第七ターン。
「戦闘。レディ・ローマで攻撃」
女帝による三度目の飛翔。白い法衣が広がり、女帝が空を翔ける。光輪が太陽のように輝き、空間全体が黄金に染まった。
クモン:6→−1
ライフカウンターがゼロを割った途端、VR空間が、静かに崩壊を始めた。荒野の大地にひびが走り、脊界樹がゆっくりと傾いでいく。空が割れ、その向こうにステージの照明が覗いた。
パーティションに『WINNER : HINATA ASHURI』の文字が大きく映し出される。その瞬間、観客席が爆発した。歓声と拍手が渦を巻き、VMコロッセオ全体を揺さぶる。
VRグラスを外したヒナタが、フィールドの中央に歩み出た。衣装に着いて赤い宝石が照明を浴びて輝いている。
反対側から、クモンがグラスを外しながら歩いてくる。
小学生の目は赤くなっていた。泣いてはいない。だが、泣く手前の、全てを出し尽くした後の空っぽの顔をしていた。
ヒナタが手を差し出した。
クモンがその手を握った。今度は汗ばんでいなかった。握り返す力も、最初よりずっと強かった。
「良い戦いだった。ありがとう、クモン君」
「──ありがとう、ございました」
声が震えた。最後の一音だけ、僅かに裏返った。
ヒナタはクモンの手をしっかりと握り返す。それからその頭に、空いた手をそっと乗せた。
「また戦おう。……楽しみにしているよ、少年」
その言葉は、弟子入りを願い出たあの日にヒナタが返した条件と同じものだった。身近な壁を越えろ。その先にまた会おう。
今日のクモンは、壁を越えられなかった。だが、壁にぶつかることを恐れなかった。それだけでも進歩の兆しがあったと、クモン自身も実感が出来た。
また戦えばいい。また負けてもいい。負けたとしても進むものがあるのだと、いまのクモンは信じる事が出来る。
クモンから離れた位置で、ノルドリッチが杖を手にぽつりと立っていた。白い髪が照明に透けている。
金色の瞳がクモンの背中を見つめ、それからヒナタの顔に移り──最後に、客席の方角をちらりと見やった。
100話記念キャラ人気投票
-
押江シラベ
-
佐野ミトラ
-
亜修理ヒナタ
-
兼定キリメ
-
橋谷クモン
-
レヴェローズ
-
カルメリエル
-
ヴェルガラ
-
全てを喰らう大穴
-
レディ・ローマ
-
ノルドリッチ