カスレアクロニクル   作:すばみずる

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11 性格の悪さが滲み出てやがる

 夕食後。狭いアパートの一室には、食べ終えたばかりのもやし炒めの匂いが立ち込めていた。

 

 シラベはあぐらをかいた膝に頬杖をつき、重々しく口を開いた。

 

「……バイトすることになるかもしれない」

 

 万年床でゴロゴロしていたレヴェローズが、弾かれたように上半身を起こして拍手する。

 

「ほう! それはめでたい! ようやく貴様も社会の歯車として復帰する気になったか! これで霜降り肉も夢ではないな!」

 

「気が早いぞ。あと歯車って言うな」

 

 レヴェローズが目を輝かせている姿にシラベは苦々しい顔をする。

 

「まあ、まだ『かも』だけどな」

 

「かも? 不確定なのか?」

 

 レヴェローズが小首をかしげる。その拍子に豊かな胸がたゆんと揺れるが、今のシラベにはそれを視姦する余裕はなかった。

 

「働く場所は『ボトムレスピット』だ。だが、採用には条件がある」

 

「ふむ、あそこならばカードに囲まれた職場環境としては悪くない。条件とは?」

 

「あの店の店長とデュエルして、勝たなきゃいけない」

 

「なんと野蛮な……。まるで傭兵の入団テストではないか」

 

 レヴェローズは呆れたように肩を竦めたが、すぐに興味深そうに身を乗り出した。

 

「しかしあの白髪の男、意外と好戦的ではないか。人は見かけに寄らないな」

 

「いや、そっちじゃない。店長は別だ……お前も見た、あのクソ生意気なガキ」

 

「なに? あの小娘がか?」

 

 レヴェローズが目を丸くした。

 

「ああ。あいつがオーナーの佐野ミトラ。俺も今日知ったんだが、実は三十五歳らしい。俺より一回り近く年上だ」

 

「な、なんと!? あの見た目でか!?」

 

 レヴェローズは驚愕にのけぞり、しげしげと虚空を見つめた。

 

「人間とは不可思議な生き物だな……。てっきり迷子の児童かと……」

 

「俺もそう思った。……まぁそれはいい」

 

 シラベは溜め息をつき、空になった紙パック酒を握りつぶした。

 

「問題は、相手があの性格の悪いババ……いや、店長だってことだ。昨日のあの言い草、覚えてるだろ?」

 

「忘れるものか! 私を鳥以下と断じ、貴様をキモいと言い放ったあの暴言!」

 

 レヴェローズが憤然とこぶしを握りしめる。

 

「上等ではないか契約者! これは好機だ。あの小娘、いや年増、でもないか。あの者の鼻をへし折り、私の価値を認めさせた上で職も得る。一石三鳥だな!」

 

「……だといいんだがな」

 

 鼻息の荒いレヴェローズとは対照的に、シラベの表情は暗かった。

 

 その沈鬱な様子に、レヴェローズは怪訝な顔をする。

 

「なんだ、その辛気臭い顔は。まさか、また面倒くさくなったのか? それとも怖気づいたか?」

 

「いや、やる気はあるさ。ただな……」

 

 シラベはポケットから、数枚のメモ用紙を取り出してテーブルに広げた。

 

「帰りに、また電気屋で調べてきたんだよ。ボトムレスピットの店のブログをな」

 

 

 

 シラベが調べていたのは、『ボトムレスピット』が運営している店舗ブログだった。

 

 入荷情報や大会日程が事務的に更新されているだけの殺風景なサイトだが、そこには過去の「店舗大会優勝者デッキレシピ」がアーカイブとして残されていた。

 

 シラベの記憶にある、高校、大学時代の光景。

 

 当時足繁く通っていた大会で、たまに見かける小学生くらいの女の子がいた。大人たちに混じって淡々とカードを回している小さな姿。

 

 当時は近所のマセたガキだと思っていたが──あれがミトラだったのだ。

 

 彼女は十五年前から『ボトムレスピット』のオーナーであり、同時にあの店でプレイヤーの一人として過去から今までプレイを続けていた。

 

 シラベはブログの過去記事を漁り、彼女が使用していた──そして恐らく、今も愛用しているであろうデッキの傾向を探り当てていた。

 

 

 

「これを見ろ。あいつが好んで使っていた優勝デッキのリストだ」

 

 シラベは記憶を頼りに書き出したメモを、ちゃぶ台の上に広げた。

 

 そこに記されていたキーカードの情報に、レヴェローズが眉をひそめる。

 

 

 


『剛金独鈷シルヴァルナ』

 コスト:〈6〉

 タイプ:機械 ― 唯一

〈4〉,〈T〉,このカードを生け贄に捧げる:プレイヤー1人を対象とする。あなたはそのプレイヤーの次のターンの間、そのプレイヤーをコントロールする。(あなたはそのプレイヤーが見ることのできるすべてのカードを見て、そのプレイヤーのすべての決定を行う)


 

 

 

「『剛金独鈷シルヴァルナ』……プレイヤーのコントロール奪取だと?」

 

「ああ。相手のターンを乗っ取って、好き勝手に行動させる極悪カードだ。戦術の無駄撃ち、自爆特攻、そもそも一ターン動きを止めるだけでも十分やりたい放題できる」

 

「凶悪だな。だがコストが重い。設置に6マナ、起動に4マナ……計10マナもかかる上に、使い切りだろう? ロマン砲の域を出ないのではないか?」

 

「普通ならな。だが、ミトラのデッキには相方がいる」

 

 シラベはメモのもう一枚のカード情報を指差した。

 

 

 


伝結晶聖女(クリスタライズ・セインテス)カルメリエル・ドゥブランコ』

 コスト:〈4〉

 タイプ:機械・生命体 ― 総司令

・伝晶2(この生命体はCC(クリスタル・カウンター)が2個置かれた状態でフィールドに出る。これが死亡したとき、機械・生命体1体を対象とする。あなたはこれのCC(クリスタル・カウンター)をすべてそれの上に置いてもよい)

伝結晶聖女(クリスタライズ・セインテス)カルメリエル・ドゥブランコの上からCC(クリスタル・カウンター)を1個取り除く:あなたの墓地にある機械1枚を対象とする。それをあなたの山札の一番上に置く。

 [0/0]

168cm/76kg/B128(L)/W66/H100


 

 

 

 その名を見た瞬間、レヴェローズの顔が引きつった。

 

「……姉様だと?」

 

「ああ。『自身のCC(クリスタル・カウンター)を取り除き、墓地の機械をデッキトップに戻す』。……こいつと『シルヴァルナ』、そして各ターンの最初に生命体一体にCC(クリスタル・カウンター)を供給する『結晶育成槽(クリスタル・グロース・タンク)』が揃うとどうなると思う?」

 

「……『無限ターン』ならぬ、『無限コントロール』か」

 

「そうだ。『シルヴァルナ』を起動して相手を支配する。そのターン中にカルメリエルの効果を起動し、墓地に落ちた『シルヴァルナ』をデッキの一番上に戻す。次の自分のターン、ドローするのは当然『シルヴァルナ』だ。マナさえあれば、これを毎ターン繰り返せる」

 

「えげつない……! 見た目通り陰険な奴だ!」

 

 最悪のロックコンボだ。

 

 一度決まれば、相手は何もできずに嬲り殺しにされるのを待つしかない。

 

「相手にターンは回ってくるが、その行動決定権はずっとミトラにある。つまり、相手は死ぬまで何もできずに、ただ嬲り殺されるのを待つだけの無限コントロール奪取の完成だ。最悪のデザイナーズ・コンボだ」

 

 シラベは忌々しげに吐き捨てた。

 

 効率を考えれば、こんなコンボは時代遅れもいいところだ。10マナも出せる状況なら他のフィニッシャーで殴ったほうが早い。わざわざ相手の心を折るようなロックを決める必要はない。

 

 それなのに、ミトラはこのデッキを好んで使い、大会で優勝を重ねていた。

 

「性格の悪さが滲み出てやがる。相手が苦しむ顔が見たいだけのサディストだ」

 

「姉様らしいと言えばらしいな。『死体あさり』のカルメリエル姉様だ。壊れた機械を拾ってきては何度も使い回すなど、あいつが好き好んでやりそうだ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をするレヴェローズ。シラベも頷きながら新しいパック酒を手にする。

 

「お前、カルメリエルと確執があったっけ」

 

「確執という程ではないが、とにかく優しさで取り繕った管理欲が鬱陶しい女だ。私がいくら努力していても鼻で笑い、子供扱いしてくる」

 

「出来損ないの妹に突っかかるのが楽しかったんだろ。手紙であれこれうるさく余計な世話を書いて来るタイプだ」

 

「どうだかな。私が植民地のデイバーロウへ着任する前に挨拶したきり会っていないし、連絡もない」

 

「そか。ま、面倒な奴が組んでるってこったな」

 

 二人は顔を見合わせ、深く溜め息をついた。

 

 性格破綻者の相手をするのは疲れる。

 

「まあ、あくまで過去の優勝リストだ。今の環境で通用する速度じゃないし、当日にこれを使ってくるとは限らねえ」

 

 シラベはそう言って、重い空気を払拭しようと努めた。

 

「それに、こっちはコストを踏み倒すリアニメイト戦術だ。ロックが決まる前に殴り倒せば勝機はある」

 

「う、うむ! そうだ! そもそもまともな性格をしているなら、採用試験であんな性格の悪いデッキ使うはずがない!」

 

 

 

 だが。シラベの胸中には、拭いきれない嫌な予感が渦巻いていた。

 

 自分の手元には第三王女レヴェローズがいる。世間的にカスレアと呼ばれる不遇なカード。

 

 対する相手が、もしあのデッキを使ってくるとすれば──そこにいるのは第二王女カルメリエル。

 

 精霊の実在を知ってしまった今のシラベには、これが単なるカードの組み合わせではなく、何らかの意図を持った運命の巡り合わせのように思えてならなかった。

 

(……嫌な予感がする。あの店長なら、俺がレヴェローズを使うと分かった上で、あえて姉をぶつけてきそうな気がするんだよな)

 

 シラベは無言で、ちゃぶ台の上のメモに書かれた『カルメリエル』の文字を睨みつけた。

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