カスレアクロニクル   作:すばみずる

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125 猫にポケットはないぞ

 休日の朝。カルメリエルの作った朝食を食べ終えたシラベは、自室の布団に仰向けに寝そべり何もしていなかった。

 

 手に抱える大穴の腹を顔に乗せて、柔らかい毛並みに鼻先を押し付けている。大穴はされるがままに四肢を投げ出した無防備な姿勢でうとうとしていた。喉の奥から断続的にゴロゴロと音が漏れている。

 

 シラベも、おそらく大穴も何も考えていなかった。予定の無い日の朝ではいつもの事だ。

 

 このまま昼まで寝ていようか。そんな怠惰な事をしていいのか。良いだろう別に、とシラベが考えていると、部屋の戸が開いた。

 

「何をしているのだ、契約者」

 

「見て分かるだろ。だらけてる」

 

  ジャージ姿のレヴェローズを毛の端から見た後、シラベは大穴の腹から顔を離さずに答えた。猫の毛に口が埋まっているせいで、声がくぐもっている。

 

 レヴェローズはシラベの隣にどさりと寝転がった。ジャージの布地が布団の上で擦れる音がして、次の瞬間にはシラベの腕に柔らかいものが押し付けられていた。レヴェローズの腕がシラベの胴に回り、横から抱きつく形になる。

 

 シラベは追い払わなかった。休日だ。追い払う気力もない。

 

「ん、よっと」

 

 レヴェローズは首を伸ばして、大穴の毛並みに自分の顔を埋めようとした。大穴はレヴェローズの鼻先が埋まるにつれてわずかに身をよじったが、そこまで嫌がる様子はなかった。にぃ、と短く鳴いただけで、再び目を閉じる。

 

 シラベとレヴェローズが並んで寝そべり、その二人が吸うのを猫が受け入れる。三者がだらだらと重なり合った、非生産的の極みのような光景だった。

 

 しばらくそうしてぐだぐだとしていると、レヴェローズが不意に顔を上げた。

 

「あ、そうだ」

 

「なんだよ」

 

「契約者はエインヘリヤル・クロニクルのスマホゲームをやったのだったな」

 

「ああ。テスト版だから内容は教えらんないぞ」

 

「内容と言ってもカードゲームであろう。それはいい」

 

 レヴェローズはシラベにもたれかかったまま、ジャージのポケットからスマートフォンを取り出した。ミトラから支給されている型落ちの端末だ。シラベのものよりも古く、レヴェローズの扱いが雑なせいか画面に小さなヒビが入っている。

 

「契約者のスマホは確か古いものだったな。遊べたのか」

 

「一応は出来たぞ。演出機能とかほとんど落としてだったけど」

 

「ふむ。私が持っているものは契約者のものより更に古いのだろう。契約者のでそれでは、私のでは厳しいのではないか」

 

 シラベはようやく大穴の腹から顔を離した。あー、と気の抜けた肯定の声が思わず唇から漏れる。

 

 レヴェローズの指摘は正しい。シラベの端末でも演出を最低まで落として何とか動いていたレベルだ。更に古いレヴェローズの端末では動作する保証はない。

 

 シラベはこれを機に自分のスマートフォンを買い替えようとは思っていた。だがレヴェローズの分も合わせると、まぁまぁの出費になる。給料に貯めていたヒナタからの謝礼を足しても、二台分の端末代は財布に響く。

 

 とはいえレヴェローズのことだから、自分だけ新しくして私のは古いままかと拗ねるに決まっている。それにエリューズニルが正式リリースされた後、レヴェローズと一緒にプレイ出来るなら、ゲーム内で遊ぶ相手が増えて諸々のクエスト達成に楽だという打算もある。

 

「契約者よ」

 

 迷うシラベの上に、レヴェローズが覆い被さってくる。機と見るや敏なのは相変わらずだ。

 

「私の分も、買い替えてくれるのだろう?」

 

「どうするかなぁ」

 

 シラベはわざと返事を引き延ばした。レヴェローズの瞳が期待に輝いているのを見るのは面白くないわけではないが、即答するとこいつの増長に歯止めが利かなくなる。

 

 そうして時間を稼いでいると、部屋の戸が再び開いた。

 

「なに昼間から盛ってんのよ」

 

 今度はミトラだ。戸口に立って呆れた目を向けている。シラベの上に覆い被さっているレヴェローズの姿は、確かに言い訳のしようがない構図ではあった。

 

 レヴェローズがシラベの上から体を起こしながら反論する。

 

「店長と一緒にするな。私は今、契約者にスマホの買い替えを依頼していたのだ」

 

「ああ、なら丁度良かった」

 

 ミトラの表情が呆れから切り替わった。

 

「みんなで機種変更するから、携帯ショップに行くわよ。お金は出してあげるから」

 

「マジか」

 

 シラベは思わず布団の上で身を起こした。大穴が唐突に動いた体に、にゃっと不満の声を上げた。

 

「あんたらが使ってるスマホ、そもそも店のものなんだからね。買い替えるなら私を介するのが筋でしょうが」

 

 ミトラは腕を組んで言う。確かにその通りだった。シラベが使っている端末も、カルメリエルやレヴェローズに支給されているものも、全てミトラが店の備品として用意した社用スマートフォンだ。通信費も店の経費で落としている。

 

「でもなんで急に機種変更なんて、どうしたんだよ」

 

「私のスマホも一世代前でね。スマホゲーやるのにはスペックも容量も厳しくなってきたの。エインヘリヤル・クロニクルのゲームをここに追加するなら、容量大きめのスマホに買い替えないと無理だわ」

 

「ミトラは今何やってんだっけ」

 

「ん? FG0*1とゼゼゼロ*2とメギンド*3と……」

 

「分かったもういい。よく時間あるなお前」

 

「これでも減らしたんだけど。とにかく、ついでにあんたらのも買い替える事にしたから準備しなさい。あ、あんまり高い機種はダメだからね」

 

 釘を刺して、ミトラは自室に戻っていった。

 

 シラベはレヴェローズと顔を見合わせた。

 

「ま、ラッキーだな」

 

「うむ。店長もたまには良いことをする」

 

 頷く二人の横で、大穴は置いてけぼりのまま不満げに転がっていた。

 

 

 *

 

 

 その後、店の一行は近所の携帯ショップに向かった。シラベ、ミトラ、レヴェローズ、カルメリエルの四人が揃って携帯ショップのカウンターに並ぶ光景は、店員の目にはどう映っただろうか。家族にしては統一感がなく、友人にしては年齢層がバラバラだ。

 

 大穴はミトラのパーカーの中に隠れている。携帯ショップに猫を連れ込むわけにはいかないのだが、付いてきたくて仕方が無かったようでこういう措置となった。ミトラの腹の辺りでもぞもぞと動く気配は何度かあったが、店員は気づかなかった。

 

 ミトラが提示した予算から、店員は迷うことなく数機種を提案する。その中から、コストとスペックのバランスが取れた一機種に全員の意見が収束した。

 

 結果として四台全て同じ機種になり、違うのは色だけだ。ミトラが青。シラベが緑。レヴェローズが赤。カルメリエルが黒。

 

 機種変更の手続きと初期設定に小一時間を費やし、四人は携帯ショップを後にした。

 

 商店街を歩きながら、レヴェローズは嬉しそうに新しいスマートフォンを弄っていた。周囲の明るさに応じて画面の照度が変わるのを面白がり、タッチの反応速度に驚き、カメラを起動して自撮りしようとしてシラベに止められている。

 

「こんなに綺麗に映るのか! 契約者も私の顔を撮ってくれ!」

 

「後でな」

 

 シラベは新しい端末を手の中で転がしながら、古いスマートフォンからのデータ移行を確認していた。連絡先は空で写真もクラウドに保存しているが、アプリの設定なんかは移した方が早い。旧端末と新端末を見比べながら、移し漏れがないか確認する。

 

 そうしていると、シラベの隣を歩くミトラのパーカーがもごもごと動いたかと思うと裾から黒い影が飛び出した。

 

「うわっ。どうしたのよ急に」

 

「にゃおう」

 

 大穴だ。携帯ショップの中では大人しくしていたが、我慢の限界が来たのだろうか。

 

 大穴はミトラの肩を蹴って跳躍し、シラベの肩に着地した。いつもの定位置だ。シラベの肩の上で体勢を整え、しっぽを揺らしながら落ち着く。

 

 そしてシラベが手に持っている新しいスマートフォンに前脚を伸ばした。ちょいちょい、と肉球が画面を叩こうとする。

 

「こら」

 

 シラベは端末を前脚から遠ざけるが、大穴は珍しくしつこかった。肩の上で身を乗り出し、シラベの手元に再び前脚を伸ばす。

 

「やめろって。新品だぞ」

 

「んるるぐぐ」

 

 いつもならシラベが一度制止すれば引き下がる大穴が、今日は退かない。細い瞳孔がスマートフォンの画面を真剣に見つめている。

 

「大穴も、スマートフォンが欲しいと言っているのでは?」

 

 様子を伺っていたカルメリエルが後ろから声をかける。シラベは立ち止まり、肩の上の大穴の様子を伺う。違うのなら首を振りそうなものだが、そういう様子は無い。

 

「使えないだろ、猫なんだから。渡してどうすんだよ」

 

「自分だけ仲間外れが嫌なのかもしれませんわ」

 

「じゃあ、シラベがこれまで使ってたスマホをあげたら?」

 

 丁度データ移行の確認を終えたシラベの古いスマホに視線が集まる。白いそれは使い古しで既に電話回線の契約は無いが、Wi-Fiに繋げば使えなくもない。

 

「別にいいけど。あげるったって持ち歩けないだろ。猫にポケットはないぞ」

 

「それならご安心を」

 

 カルメリエルがシラベの手から白いスマートフォンを抜き取った。シラベが止める間もなく、カルメリエルはシラベの肩に乗っている大穴の首元に、白いスマートフォンを押し当てた。

 

 ずぶ、と。白い筐体が、大穴の漆黒の毛並みの中に沈んでいく。

 

 ずぶずぶと音でも立てそうな様子で、スマートフォンの角が毛の中に没し、画面が消え、本体が完全に見えなくなった。黒い毛並みの表面には何の痕跡も残っていない。

 

 大穴は満足げに目を細めた。ゴロゴロと喉を鳴らし、何事もなかったかのようにシラベの肩の上で丸くなる。

 

「……なにこれ」

 

 ミトラが、奇異なものを見た目で大穴を凝視していた。

 

「実験している最中に見つけましたの。大穴の身体には、小さなものであれば収納出来る空間があるようですわ」

 

 カルメリエルは糸目を細めて笑った。

 

「収納って、食べてるんじゃないのこれ」

 

「いえ、それとは別のようで、出し入れ自由ですわ。以前シラベ様のコップで試した時は、三日後にぺっと吐き出してくれました」

 

「たまに無いなと思ったら何やってんだよお前」

 

「コップは洗いましたのでご安心を」

 

「そういう問題じゃない」

 

 シラベはカルメリエルの実験癖に眉間を抑え、ミトラは背伸びして大穴の首元を指で触ってスマートフォンが本当に消えたのかを確かめている。

 

 シラベも同じように確認するが、触った感触は猫の毛しかない。スマートフォンの硬さも角も感じない。完全に猫の中に収まってしまっていた。

 

 大穴は二人の指に頬を擦り付けながらゴロゴロと鳴らし上機嫌だ。何かを手に入れたという満足感だけが猫の表情に滲んでいる。中身が何であるかは、おそらくもう気にしていないだろう。

 

「まぁ……壊れてもいい旧端末だし、いいか」

 

 シラベは考えるのをやめた。この猫が物理法則に従って生きるなんて期待していないし、そもそもレヴェローズとカルメリエルだって胸の谷間にデッキケースを何故か収納しているのだ。気にするだけ無駄だ。

 

「じゃ、帰るか」

 

 切り替えたシラベは歩き出した。肩の上で大穴が揺れ、先を歩くレヴェローズが新しいスマートフォンのカメラ機能に夢中になり、後ろからカルメリエルが穏やかな足取りでついてくる。

 

「ん」

 

 ミトラがシラベの手を掴んだ。新しい青いスマートフォンを反対の手に持ち、小さな指がシラベの指に絡みつく。

 

 シラベは何も言わず握り返した。

*1
ファイト・グラウンドゼロ。10年続いてるスマホゲー。盾を持ったなすびがかわいい

*2
ゼウスゼータゼロ。3Dアクションゲーム。メイド姿のサメの子がかわいい

*3
メギンド七二〇〇〇〇〇〇。サ終したのに遊べるゲーム。青髪の踊り子姿の悪魔がかわいい

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