空中に展開された半透明のパネル。そこに無機質な発光を伴って浮かび上がったのは、5という極端に少ない数字だ。
通常環境のエインヘリヤル・クロニクルにおいて、初期ライフは20である。それが今、ミトラの命の猶予を示すものとして表示されているのはたったの一桁。ゲーム開始の時点から既にレッドゾーンに足を踏み入れていると言っていい。些細な直接火力の呪文や、最下級の生命体による一撃すら致命傷になり得る数値だ。
慣れない革のブーツの中でミトラの足がわずかに震え、彼女は分厚いマントの裾を強く握り込むことでその震えを無理やり封じ込めた。
対面に立つ兵士の傍にも、同じく5の数字が灯っている。条件は平等。だが、相手は殺意を剥き出しにした正体不明の怪物であり、こちらはただの一般人だ。ゲーム上の数値が平等であることの安心感など吹き飛んでしまう。
これが自分の組み上げた愛用のデッキを持っているのであれば、これほど不安に感じることはなかっただろう。だが今、自分が使わなければいけないのはアプリ起動直後に配られる何の面白みもない水と風の初期構築デッキだ。回避と遅延には長けているが、決定打に欠ける初心者用の束でしかない。
情報不足と戦力不足。だがそれでも、ミトラは舐められないようにゆっくりと口の端を吊り上げ、不敵な笑みだと本人は思っているものを顔に貼り付けた。完全な見栄だ。それでも、弱気を見せればそれだけで相手を勢いづかせるのが対人ゲームの鉄則である。
怯えを悟られて得することなど、この盤面においては何一つ存在しない。
「いつでもいいわよ」
湿った森の空気を切り裂くように放たれたその声色だけは、プレイヤーとしての虚勢を保っていた。
*
火達磨兵の1ターン目。空中の盤面に見覚えのあるアイコンが浮かび上がる。
『火のルーン』。基本属性ルーンの一枚。その姿に沿うようにメインの属性は火であるということか、あるいは火を含む二重以上か。ミトラの脳が断定はせず想定を巡らせる処理を始める。
火達磨兵は続けて1マナを支払って機械を一つ置いた。
『軍票』
コスト:〈1〉
タイプ:機械
・〈2〉,軍票を生け贄に捧げる:カードを1枚引く。
敵盤面に浮かび出た粗末な金属片を見て、ミトラは睨む。
1コストの置物。マナを支払って生け贄にすれば1枚ドロー出来る、それだけのカードだ。
火属性の華であるアグロデッキは速度が命だ。ドローソースの置物を置くような余裕はないはず。速攻型には見えない。
チュートリアルゆえの紙束デッキを握らされているならそれでいい。だが、これが多少でも練られたものなら、これはシナジー前提の動きだ。機械という共通のカテゴリを参照する何かが、このデッキの軸になっている可能性がある。
恐怖よりも、デッキの構造を暴くという理性が先に立った。ミトラの中で職業意識が動き出す。
(手札補給がメインでやるならもっと良いカードがある。火達磨兵のコンセプトに沿った単なる潤滑油か、あるいは機械自体をリソースにする系のカードもあり得る。場に並ぶのを阻止しきるのは現実的ではない)
ミトラが思考を巡らせる中で、火達磨兵が手札を下ろす。ターンエンドを示したらしい。
ミトラの1ターン目。
手札をもう一度確認して、ここからの動きを追う。水と風の二重構成デッキは、配布された初期デッキの中では最も妨害寄りの構築だ。攻撃力は低いが、相手の動きを止める手段は揃っている。
その為の手順を脳内で組み上げてから、ミトラは手札からルーンを選んで自分の盤面にセットした。
『風水盤の針』
コスト:-
タイプ:ルーン
・風水盤の針はステイ状態でフィールドに出る。
・〈T〉:風属性マナか水属性マナを1点生み出す。
二重属性のステイインルーン。風か水のどちらかのマナを生み出せるのは、多重属性デッキの屋台骨だ。しかし。
(ステイインかよ……!)
ミトラは内心で舌打ちした。場に出した瞬間は使えず、次のターンの開始時にスタンドするまで休止している状態だ。このターンはマナを生み出せないことがひどく歯痒い。
(私のデッキなら『青い風のルーン』も『地底湖の刻石』も入ってるのに。ああでも今は2点ダメージは痛いか。それでも回復効果があるとかデッキトップ操作させるとかあるじゃん、これだから初心者デッキは──)
顔には出さず、内心で愚痴り倒す。ボトムレスピットにある自分のデッキなら、こんな貧弱な動きはしなくて済む。だが今手元にあるのはこれだけだ。文句を言っても何も変わらない。
「エンドよ」
ミトラは涼しい顔でターンエンドを宣言した。
火達磨兵の2ターン目。二枚目の『火のルーン』がセットされ、続けて2マナを支払って生命体が召喚された。
「……出でよ、我が同胞……」
『ガラクタ背負い』
コスト:〈1〉〈火〉
タイプ:生命体
・あなたのフィールドに3つ以上の機械があるかぎり、これは+2/+2の修正を受ける。
[2/2]
盤面から置かれたカードから染み出すように、一体の生命体が現れた。兜の縁から覗くのは、目の前の火達磨兵と同じ土気色の顔。だが背丈は一回り小さく、両肩に金属の残骸を縛り付けている。鉄屑、銅線、何かの歯車。それらを背中いっぱいに積み上げて、軋む音を立てながら火達磨兵の隣に立った。
うなり声が上がる。低く、唸るような威嚇音だった。
ミトラの肩がびくりと跳ねた。条件反射だ。レーラズ・フィールドでも同じような経験をしている筈だというのに、今この場に現れる圧迫感は強い。
(落ち着け。カードはカード。ルール内でしか動けない。分かっているはず)
ミトラは自分に言い聞かせ、余計な思考よりも戦いを優先させる。
(2/2、機械三つ揃えば4/4。ライフ5の私にとって、これは普段の環境におけるフィニッシャー級の圧迫感だけど、手札にある分で対処は出来る)
1ターン目の軍票はこのガラクタ背負いを4/4にするための機械数稼ぎなのは間違いない。相手のデッキは一応、コンセプトがあり練られている。警戒するべき部分が多くなった。
ただ、と。ミトラの脳の別の部分が動く。
(軍票の起動コストが2マナの1ドロー。デッキの基盤としては効率が悪い。本当に強いデッキなら置物であるカードはもっと洗練されてるはず。こいつのデッキパワーは、やっぱり高くない)
それは安心の材料だった。デッキパワーが高くないなら、ミトラの妨害札が刺さる余地が十分ある。
ミトラの2ターン目。これで風水盤の針がスタンド状態に切り替わり、風と水の両属性が使えるようになる。さらに水のルーンを一枚セットして2マナの確保が出来た。
手札には小型の生命体もある。だが、ここでそれを使って守りに入るのはじり貧になってしまう。ミトラのデッキにとって守りも大切だが、それ以上に勝ち切るための攻めは無駄には出来ない。
「このまま、エンドよ」
それ故に、あえて何も出さない。マナを構えたままターンエンドを宣言した。
(さあ、殴ってきなさいよ)
ミトラが笑う。コントロールデッキの真骨頂だ。場に何も置かなくとも、手札の妨害札だけで相手を凌ぐ事に怯えるな。相手は何が飛んでくるか分からない不安と戦うことなんて、紙を触り始めてからずっと知っていることだろう。
火達磨兵の充血した目が、ミトラの空っぽの盤面とスタンド状態のルーンの間を行き来している。何かがあるかもしれないと警戒しているのか、空っぽの場を好機と見ているのか。
相手が悩んでいるのならいい傾向だ、とミトラは思った。心臓は早鐘のように鳴っているが、表情には出さない。
火達磨兵の3ターン目。すかさず3枚目の『火のルーン』がセットされた。これでマナは3点。
「……積み上がれ……我が財貨……」
1マナで二枚目の軍票が置かれる。機械が二つに増えた。早くに機械が増えた事にミトラの喉が乗る。
「怨敵を、討つ為に……!」
そして火達磨兵は、残り2マナで戦略カードを発動させた。
『軍備配給』
コスト:〈1〉〈火〉
タイプ:戦略
・
・生命体1体を対象とする。ターン終了時までそれは+1/+0の修正を受ける。
フィールドに粗末な金属片とガラクタのような刀剣が降り積もる。その演出の中から、新しい機械である『TT』
これで機械は三つになる。ミトラが息を呑んだその瞬間、ガラクタ背負いの体が一回り膨れ上がった。背中の鉄屑が増え、両腕の筋肉が膨張する。基礎の2/2に、機械三つの条件を満たした自己強化で+2/+2。そして軍備配給のパワー強化で+1/+0。
合計で5/4。ミトラのライフは5。
「行け、同胞よ」
火達磨兵のしわがれた声と共に、ガラクタ背負いが地面を蹴った。錆びた剣を振り上げ、ミトラに向かって突進してくる。距離はあっという間に詰まる。
ライフ5に対する5点ダメージ。通れば終わりだ。ゲームオーバー。あるいは、現実のミトラの命までもが──。
ミトラの脳裏にシラベの顔が過った。
カウンターの中で頬杖をついている怠惰な表情。膝の上に座らせてくれる時の、なんとも思ってないふりをしていてその実ちらちらと見ている顔。寝起きの涎を拭ってくれた指先。
会いたい。その感情が喉まで上がってきた瞬間、ミトラの指が動いていた。
「レスポンス。『放り投げられる瞳』」
手札から一枚を引き抜き、盤面の上へと放り投げる。立てておいたルーンから自動的にマナが噴出した。
『放り投げられる瞳』
コスト:〈水〉〈水〉
タイプ:戦略
・生命体1体を対象とし、それを持ち主の手札に戻す。
どこからともなく投擲された眼球の形をした小さなオブジェクトが、ガラクタ背負いに向かって弧を描いて飛ぶ。ガラクタ背負いへと当たる直前、眼球は閃光を発してガラクタ背負いを包み込み、そのままどちらも消え失せる。破壊したわけではない。バウンス──手札への返送だ。
火達磨兵の手元にホログラムが浮かび、ガラクタ背負いが手札に戻ったことを示した。ターン終了時に消える+1の効果は当然失われ、再度召喚するには2マナを払い直す必要がある。
「素直すぎるのよ、バカ」
ミトラは冷たく吐き捨てた。
内心では心臓が破裂しそうなほど鳴っている。恐れだけではない。相手の全力を不発に終わらせたという事実が、サディスティックな優越感となって恐怖を上書きしていく。これがコントロールデッキの快感だ。
火達磨兵の充血した目が見開かれたまま、手札が下がりターンエンドが示される
ミトラの3ターン目。
風のルーンを一枚セット。これで使用可能マナはミトラも3点になった。
「こっちも殴る準備をしなくちゃね」
ミトラはそう言い、水マナ2点を支払って生命体を二体召喚する。
『風の館の使い走り』
コスト:〈水〉
タイプ:生命体
・飛翔(飛翔を持たない生命体によってはブロックされない)
[1/1]
小さな鳥のような飛行生物が二羽、ミトラの両脇に出現した。羽根は機械的な仕組みで動いており、純粋な生き物ではないようにも見える。
(反撃の要が1/1の小鳥二匹って、何の冗談よ)
擦り寄ってくる小鳥を指先で撫でつつもミトラは内心でぼやくが、今の時点ではそう悪い生命体ではない。相手に飛翔持ちは見えていない今、一方的に攻撃を通せるこの1/1の二羽が、ミトラの唯一の攻め手だ。
愚痴は内側に留めたままミトラはターンエンドを宣言した。
火達磨兵の4ターン目。火のルーンが一枚セットされた後、2マナを支払い手札に戻されていたガラクタ背負いが再び場に出てくる。
場の機械三つの条件は維持されているため、降臨と同時に4/4となって降り立った。
残り2マナを構えたまま、火達磨兵はそのままターンエンドする。
(マナを構えてる。何か飛んできてもおかしくない、が)
リソースを構えるという余裕を相手が見せるだろうか。ミトラは腹を決める。
ミトラの4ターン目。水のルーンをセットして、使用可能マナは4点。そのマナを全て使い、ミトラは一体の生命体を場に出した。
『防風並木』
コスト:〈4〉
タイプ:機械・生命体
・この生命体は攻撃できない。
[0/4]
ミトラの盤面に、植物と機械の合いの子のような生命体が出現した。葉の代わりに金属板を生やし、地面に根を下ろしたまま金属パイプのような幹を不気味に揺らめかせている。攻撃には参加しないが、4点というタフさでガラクタ背負いの攻撃を止めることは出来る。
相手がパンプアップしている以上留められるのは1ターンだけではあるが、壁役の確保は心にゆとりを生む。これでようやく地上の守りが固まった。
続けてミトラは、肩に乗っていた使い走り二羽に攻撃命令を出した。
「行きなさい」
二羽の小鳥が同時にミトラの両肩から飛び立ち、火達磨兵の上空を旋回する。ガラクタ背負いには飛翔がない。地上の生命体では小鳥であっても上空の者たちに手出しできない。
小鳥たちが火達磨兵の頭頂部めがけて急降下した。鋭い嘴が兜を二度突き、火達磨兵がよろめく。
5 → 3
「ふぅ……」
ミトラの肩から少しだけ力が抜けた。対応で航空戦力が焼かれてしまうのが最悪のパターンだったが、そこまでのリスク管理が必要な相手ではないと読んだ判断は正しかった。
防風並木が立ったことで1ターンは防げる。次ターンにはまた壁役が出せる。あとは上空からのチクチクとした攻撃で相手のライフを削っていけばいい。
シラベはワンショットキルを好み、ヒナタは大型の生命体を好む節がある。だがミトラは違う。真綿で首を絞めるように、相手の反撃を封じてからゆっくりとライフを削っていく、これこそミトラが最も好む勝ち筋だった。
(指一本触れさせない。ノーダメージで勝ってやるわ)
火達磨兵の5ターン目。火達磨兵はルーンを出した後、迷っている素振りを見せた。盤面と手札を見やり、なかなか行動が定まらない。
「下手な考えって言葉知ってる? どうせどうにもなんないだろうからさっさとしなさいよ」
普段ならシラベから拳骨でも貰いそうなトラッシュトークも別世界であればやりたい放題だ。ミトラは気兼ねなく相手を煽る。
その言葉に背を押されたのか苛立ったのか、ともあれ決断したらしく、マナを2つ支払って盤面の軍票を一つ生け贄に捧げた。効果起動による一枚ドロー。
「ぐ……」
ガラクタ背負いの強化を犠牲にした行動だったが、火達磨兵の表情が歪んだ。引いたカードに苛立っているのが対面のミトラにも伝わってくる。打開策が引けなかったのだろう。
火達磨兵は1マナを出してから、忌々しげに手札から三枚目の『軍票』を置く。場の機械数は三つを保ったが、状況の改善には繋がっていない。
「……行け!」
立たせておく理由はない。火達磨兵はガラクタ背負いに攻撃するよう宣言した。4/4の生命体が地面を蹴って突進してくるのを、ミトラは当然防風並木でブロックさせる。
ガラクタ背負いの前に鉄管のような並木がうぞうぞと動き立ち塞がる。ダメージ計算によりそのまま防風並木は破壊されたが、ミトラへの直接ダメージは一切通っていない。金属造りの樹木が破壊される衝撃音に少しビクッとしただけだ。
そのまま火達磨兵はターンエンドして、ミトラの5ターン目。
水のルーンをセットしてからミトラは2マナを支払って、もう一体の生命体を召喚する。
『植樹者見習い』
コスト:〈1〉〈風〉
タイプ:生命体
・この生命体が場に出た時、カードを1枚引く。
[1/1]
ポンと音を立てて緑色のローブを纏った小さな子供のような生命体が出現した。手には種袋を抱え、地面に種を一粒落とす。種から伸びた蔓がミトラのデッキトップを弾いて、ドローとして手札に収まった。
ミトラは続けて、上空の使い走り二羽に攻撃命令を出す。
「もう一度、突っついてやりなさい」
二羽の小鳥が再び旋回して、火達磨兵の頭頂部を突く。
3 → 1
火達磨兵のライフが、ついに1点まで来ていた。
ミトラは残り2マナを立てたままターンエンドを宣言する。手札には妨害札が控えている。相手が逆転を狙って何か投げてきても、確実に潰せる構えだった。
(次で終わりね)
ミトラは腕を組み、優雅な姿勢を取った。
相手のライフは風前の灯火。ブロッカーも植樹者見習いがいる。手札には妨害札もある。勝負はもう決まったようなものだ。後はトドメを刺すだけ。
相手がどんな足掻きを見せるか、高みの見物のつもりだった。
火達磨兵の6ターン目。火のルーンがセットされたまま、身動きが止まる。
「諦めたんならそれでいいんだけど、ちゃんと宣言しなさいよ」
ミトラの言葉に呼応するかのように、火達磨兵は1マナを支払い、新たな生命体を場に置く。
『廃銭漁りの火達磨兵』
コスト:〈火〉
タイプ:生命体
・廃銭漁りの火達磨兵がフィールドに出たとき、対戦相手に1点のダメージを与える。その後、
[1/1]
ミトラと対峙している火達磨兵とほぼ同じ姿の生命体が現れた。血とも油ともつかない汚れに塗れた布鎧に、充血した目、煤に塗れた兜。
その召喚時効果は相手への1点のダメージ、そして『TT』レプリカが場に出される。
ミトラの盤面の上、頭上付近の空間にぱちりと火花が散った。見えない熱波が、ライフという障壁を一枚剥がしてミトラの頬を掠める。
「あつっ!?」
ミトラの口から、思わず声が漏れた。
チリッ、と頬の表面が焼けるような感覚。実際には皮膚に何の損傷もない。だがライフが一点減るという事象が、肉体の感覚として確かに伝わってきた。
5 → 4
頬を撫でる。何も無い。だが熱の残滓のような感覚だけが、ミトラの皮膚に張り付いていた。
ミトラの表情が余裕からギチリと切り替わる。完勝を目指していたのに最後の最後で一発泥を塗られたこと。ダメージを食らえばやっぱりちょっと痛いということ。それらが恐怖よりも先に、苛立ちを増幅させていく。
「……よくもやってくれたわね」
低くなる声に、ミトラ自身が自身の不機嫌さを客観視する。ああ、やっぱり。いくら好きなカードゲームであっても、こんな理不尽な環境下でやらされてたら否が応でも機嫌も悪くなる。
火達磨兵はそのリアクションを見て勝機があると勘違いしたのかもしれない。残ったルーンからマナを引出し、戦略カードを場に放った。
『
コスト:〈1〉〈火〉
タイプ:戦略
・このカードを使用するための追加コストとして、生命体1体を生け贄に捧げる。
・生命体1体かプレイヤー1人を対象とする。これはそれに、生け贄に捧げられた生命体のパワーに等しい点数のダメージを与える。
火達磨兵の選んだ追加コストはガラクタ背負い。背負ったガラクタのせいで巨大になっていた身体が歪み、圧縮されていく。鉄屑と肉と骨が一つの塊に変わり、燃え盛る砲弾となって空中に浮かんでいる。
「これで――」
「――そうね、終わり」
火達磨兵がそれをミトラに向けて放つより先に。ミトラはプレイヤーの火達磨兵目掛けてカードを投擲した。その後を追随して、置かれていたルーンからマナが尾を引いて舞う。
『塩対応』
コスト:〈1〉〈水〉
タイプ:戦略
・生命体ではないカードのプレイ1つを対象とし、それを打ち消す。
燃え盛り始めていた質量弾が、一瞬で塩の塊へと変貌する。宙に浮く力を失った元ガラクタ兵の弾丸は地面へと落下し、白い粉末が周囲へと飛散した。
TCGのルール上、戦略カードの追加コストは打ち消されても返ってこない。火達磨兵が生け贄に捧げたガラクタ背負いも当然戻ってこない。
ミトラは手元の手札を整え、片手を腰に当てた。
「あと何か、ある?」
火達磨兵はミトラを睨みつけたが、もう手札にも盤面にも、反撃の手段は残っていなかった。
だらりと下がって腕を見て、ミトラは手を振り上げる。
「じゃ、対戦ありがとうございましたっと」
ゆっくりと火達磨兵を指し示すミトラ。その号令に従い、一羽の小鳥が最後の一仕事のために飛翔する。火達磨兵の盤面に、飛翔を止める手段は残っていない。
小さな嘴が、火達磨兵の最後のライフ一点を削り取る。
その瞬間に火達磨兵の体が脱力し、倒れ伏す。呻き声すら上げない最期はあっけなく、本当に終わったのかミトラには自信が持てなかった。
盤面を示していたホログラムが消えた瞬間、立ち尽くしていたミトラの張り詰めていた糸が切れた。膝から力が抜け、その場にへたり込みそうになる。
体が震えていた。
恐怖と緊張と、それから安堵。それらが順番にミトラの全身を駆け巡る。普段の店舗大会では絶対に味わうことのない、命懸けの対戦。負けたら本当に死ぬかもしれないという可能性を抱えながら、それでもデッキを回し続けた。
「……勝った」
ミトラの口から、独り言が漏れた。
「勝った」
もう一度、確認するように呟いた。
虚勢を張る相手がいなくなった瞬間、ミトラの両肩から完全に力が抜けた。森の地面にへたり込み、マントが地面に広がる。額の汗が冷えていく。
しばらくその姿勢のまま、ミトラは深く呼吸を整えた。
肺の中まで青臭い森の空気が満ちる。最初は不快だった匂いが、今は生きている実感として胸の中に染み入った。
「……カルメリエルの奴にも教えてやりたいわ。妨害握るっていうのは、こういうものよって」
以前、カルメリエルが自分を洗脳してシラベと対戦していた時の事を思い出す。あの間抜けな聖女は自分のお気に入りを出すために手順を歪める馬鹿をやってくれて、そのせいでシラベに負けたのだ。マストカウンターを外さないのは絶対条件なんだと、あの余裕たっぷりな顔に説教してやりたい。
家族の顔が次々と思い浮かび、ミトラの胸の中に小さな灯りを灯す。だが灯りは小さく、すぐに別の感情に呑まれた。
皆に勝った報告をしたい。自慢したい。毒づきたい。
だが、誰もはここにはいない。
膝を抱えて地面に座り込む。森の苔の感触が伝わり気持ち悪い。
(帰りたい)
声には出さなかった。出してしまえば、本当に泣いてしまいそうだったから。
森の中でミトラは一人、勝利の余韻に包まれていた。