シラベの1ターン目。
シラベは手札を確認し、淀みなくカードをプレイする。
「俺のターン。『火のルーン』をセット」
シラベの足元の泥濘が瞬時に乾燥し、燃え盛る火山の紋章が浮かび上がった。燃え盛る紋章が古フィールドに熱波をもたらす。
「火マナ生成。コスト1、『廃銭漁りの火達磨兵』を召喚!」
ルーンから噴き出した炎が螺旋を描いて凝固する。
現れたのは、油汚れに塗れた分厚い耐熱服を着込み、背中に自身の体躯ほどもあるガラクタ袋を背負った小男だ。その手には松明のように発煙筒が握られ、凶暴な赤い煙を撒き散らしている。
『廃銭漁りの火達磨兵』
コスト:〈火〉
タイプ:生命体
・廃銭漁りの火達磨兵がフィールドに出たとき、対戦相手に1点のダメージを与える。その後、
[1/1]
「着地効果発動。1点バーンだ」
火達磨兵が奇声を上げて発煙筒を放り投げる。
赤い軌跡を描いたそれはミトラへと向かい、不可視の結界に衝突して爆ぜた。空間が焦げる臭いと共に、空中に浮かぶライフゲージが20から19へと削り取られる。
「さらに『トロイオンス・チケット』を生成」
火達磨兵の足元にノイズ混じりの光が集束する。実体化したのは、古びた紙幣のようなあやふやな物体。
これはフィールドでのみ存在できる『
「ターンエンド」
「私のターン。ドロー」
ミトラの1ターン目。
残留する火の粉と煙を鬱陶しそうに払い退けつつ、気だるげにカードをフィールドへ置いた。
「『フレイの神印』をセット」
地響きがフィールドを揺らす。ミトラの背後の空間が裂け、巨大な鉄塔の幻影がせり上がった。泥のフィールドには似つかわしくない、洗練された古代文明の尖塔。その頂きには、文明の祖とされる神の刻印が冷徹な青白い輝きを放っている。
『フレイの神印』
コスト:-
タイプ:ルーン
・〈T〉:無属性マナを1点生み出す。
・あなたが『フレイの神印』『ヘイムダルの神印』『ティールの神印』をコントロールしている場合、代わりに無属性マナを3点生み出す。
「うわ、出たよ……」
見上げながら、シラベは顔をしかめた。
三種類の特定のルーンを揃えることで、爆発的なマナを生み出す通称『神印』システム。かつて環境を席巻し、今なお根強い人気を誇るビッグマナ・デッキの代名詞だ。
「1マナ使用。機械『古ルーンの教科書』を設置」
続けてミトラの場に、幾何学模様の光を纏いながら宙に浮く分厚い古書が現れる。
『古ルーンの教科書』
コスト:〈1〉
タイプ:機械
・〈2〉〈T〉,この機械を生け贄に捧げる:あなたの山札からルーン・カードを1枚探して公開し、手札に加える。その後山札を切り直す。
2マナ払って生け贄に捧げれば、デッキから好きなルーンをサーチできる便利カードだ。これで彼女は次のターン以降、確実に神印を揃えにかかるだろう。
「エンドよ」
「俺のターン。ドロー」
シラベの2ターン目。引いたカードを確認し、すぐさま赤のルーンを追加した。
「『火のルーン』セット。……1マナ使用。戦術『
シラベの手元でカードが紅蓮に燃え上がり、粒子となって消える。
『
コスト:〈火〉
タイプ:戦術
・カードを2枚引く。その後、手札を2枚捨てる。
・バックドラフト〈2〉〈火〉(あなたの墓地にあるこのカードを、コストを支払うことで唱えてもよい。その後、これを追放する)
「2ドロー、2ディスカード。捨てるのは……こいつらだ」
シラベは引いてきたカードの中から、迷わず2枚を選んで墓地へ送った。
1枚は、『炉心融解』。機械を生け贄に大ダメージを与える火力カード。
そしてもう1枚は──コスト8の超重量級機械・生命体、『溶鉱炉の巨兵』。
『溶鉱炉の巨兵』
コスト:〈8〉
タイプ:機械・生命体
・貫通
・〈3〉〈火〉,機械1つを生け贄に捧げる:対戦相手1人を対象とする。これはそれに、生け贄に捧げられた機械のマナ総量に等しい点数のダメージを与える。
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正規の手順で出せば8マナもかかる巨人を捨てる。カードゲーマーなら誰でも察する動きだ。
(こいつのデッキは
シラベはミトラの表情を盗み見る。彼女は頬杖をついたまま、無表情で墓地に落ちる巨兵のカードを見つめていた。
驚きも焦りもない。想定の範囲内ということか、それとも舐めているのか。
「続けて、0マナで機械『増し締め螺子』を設置」
『
コスト:〈0〉
タイプ:機械
・『
場に、錆びた部材類の入った小さな瓶が出現する。これを生け贄に捧げれば、機械1体を破壊から守れる。大切なアタッカーやコンボパーツを守るための保険だ。
「戦闘。『火達磨兵』でプレイヤーにアタック」
「通すわ」
小男の体当たりが直撃し、ミトラのライフが18になる。序盤の軽量生物の攻撃など、秒針が時を刻むようなもの。騒ぐに値しないとばかりにミトラは無表情だ。
「ターンエンドだ」
「ターンもらってドロー。……『水のルーン』をセット。エンド」
ミトラの2ターン目。
ミトラは青い光を放つルーンを置いただけで、マナを使わずにターンを返してきた。
足元に澄んだ水溜まりが広がり、火山の熱を冷ましていく。
『神印』の完成を急がず、水マナを立ててエンド。それは「何か持っている」という無言の圧力だ。こちらの行動を阻害する『戦略』カード──打ち消しか、除去か。
もっとも、『神印』が来なかっただけかもしれないし、この待ちは見せ掛けだけかもしれない。不気味な静寂だが、シラベは止まるわけにはいかない。
「3ターン目か。俺のターン! ドロー!」
引いたカードを見て、シラベは口元を緩めた。キーカードの一つだ。
打ち消しが来るだろうか? 一瞬の思案の後、それでもいいと踏み込む。
「『火のルーン』セット。……赤1マナ、残り2マナ。頼むぜ妖精さんよ。機械・生命体『仕立屋の
フィールドの泥土を跳ね上げ、背中に巨大な裁ち鋏のような工具を背負った、赤い肌の小人が現れる。その目は小粒の宝石のように鋭く光り、職人特有の気難しさを漂わせていた。
『仕立屋の
コスト:〈2〉〈火〉
タイプ:生命体
・これがフィールドに出たとき、あなたの山札から機械カード1枚を探し、あなたの墓地に置く。その後、山札を切り直す。
・〈火〉,〈T〉,機械1つを生け贄に捧げる:あなたの墓地にある、点数で見たマナコストが3以下の機械カード1枚を対象とし、それをフィールドに戻す。
[1/2]
「『
下手人が仕事の時間だとばかりに高々と工具を掲げる。するとシラベの目の前に、半透明のホログラムでデッキリストが展開された。
「こうなるのか。便利だなこのフィールド」
自身が組んだデッキのリストを閲覧するシラベ。彼が探しているのは『終わりなく集う者』。墓地に同名カードがあれば、自分のターン開始時にフィールドに戻ってくる小型機械だ。これを落としておけば、毎ターン生け贄のコストを確保できる。地味だが堅実な潤滑油だ。
『終わりなく集う者』
コスト:〈1〉
タイプ:機械・生命体
・あなたのターンの開始時に、終わりなく集う者がフィールドに出ている場合、各プレイヤーは自分の墓地にある名前が終わりなく集う者であるすべてのカードをフィールドに戻す。
[1/1]
シラベはリストをスクロールし、目当てのカードに指を伸ばそうとした、その時。
バリチ、と。指先が弾かれた。
静電気ではない。明確な拒絶の意思を持った、物理的な衝撃だ。
「あ?」
シラベが呆けていると、リストが勝手にスクロールしていく。高速で流れるカード群。それはある一点で唐突に停止し、エラーを警告するかように激しく赤く点滅した。
そこに表示されていたのは、『
「お前、何やってんだ」
シラベは小声で怒鳴る。その声色に全く臆する事無く、ホログラム上でレヴェローズは豊満な胸を大きく張る。
『何を迷うことがある契約者! 墓地に送るべきは私だろう! 私を落とせば、貴様の蘇生術で場に出せるではないか!』
やかましくも凛としたレヴェローズの声がシラベの頭に響く。こいつ直接脳内に、と舌打ちするシラベ。
「もう『溶鉱炉の巨兵』が落ちてるんだよ。お前の席は無い。諦めろ」
『問答無用! 私を戦場への待機列に送れ!』
「ちょ、待て、やめ……!」
抵抗も虚しく、ホログラムがレヴェローズの意思を叶えるように明滅する。
『仕立屋の
「あーあ」
シラベはがっくりと項垂れた。
確かに墓地にいれば蘇生のチャンスはあるが、もう別の重量級が落ちているのにわざわざこいつを優先させる必要があるものか。完全に無駄な墓地肥やしだ。
「ふっ」
向かい側で失笑が漏れた。ミトラだ。彼女は口元を手で覆い、肩を震わせていた。精霊の干渉だと完全に見抜かれている。
「あんだよ」
「あんたんとこの精霊、随分とワガママみたいね。持ち主の言うこと聞かずに勝手に飛び込んでくるなんて」
「うっせ。教育が行き届いてないだけだ」
「威張ることじゃないわよ」
ミトラの背後で聖女の影が「あらあらまあまあ」とでも言いたげに揺れているのが見えた気がした。姉妹揃って、こちらのペースを乱してくる。
「進めるぞ。戦闘だ。『火達磨兵』でアタック」
シラベは不貞腐れながら攻撃を宣言した。火達磨兵が再び突撃し、ミトラのライフを17へ削る。
「ターンエンド」
ダメージレースでは先行している。盤面には小粒の生き物とシステムカード。墓地にはまだ出る予定の無い大型2体。滑り出しは悪くない。
だが、シラベの胸中には不安しかなかった。相手はマナを溜め込み、不気味に沈黙するコントロールデッキなのだから。
嵐の前の静けさであることを、シラベのTCGプレイヤーとしての本能が告げていた。