カスレアクロニクル   作:すばみずる

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142 むしろ使い古されてきてるよ

 廃鉱山の最奥近く、カルメリエルの私室から数枚扉を挟んだ先に、その資料室はあった。

 

 壁を埋め尽くす書架。古びた羊皮紙の束、革張りの帳簿、整然と並べられた木箱。教団で集めた情報や近隣の地理、信徒の名簿。一介の新興教団とは到底思えない情報量が、たかだか一週間で詰め込まれている。シラベは内心で、こいつの仕事の早さだけは認めざるを得ないと舌を巻いた。

 

「大部分はソロモン軍の駐屯基地を襲撃して奪ったものですけども」

 

「もしかして軍の警戒度が上がってる原因はお前んとこのせいか?」

 

 知らないところで迷惑を被っている可能性に気付いたシラベはカルメリエルを睨むが、カルメリエルは微笑むだけだ。

 

 どうせ警戒度なんて仕様を知らないので適当に笑ってごまかしておこうと思っているんだろうとシラベは早々に追及を諦める。

 

「で。お前んとこの信徒どもは、どこから流れてきたのが多いんだよ」

 

「機械人たち、ですわね」

 

 カルメリエルは涙の跡こそ未だ目尻に残しつつも、教団の主としての顔をきちんと貼り直していた。備え付けの長机に広げられた羊皮紙の束に手を置き、淀みなく説明を始める。

 

「ご存知の通り、ここ葬送外野(ヘルヘイム)は、九脊界各地で戦士として死を迎えた者以外の者たちが流れ着く場所ですわ。穏やかに天寿を全うした者、戦いとは無縁の生を送った者」

 

「それは機械人たちも平等に、ってか」

 

「ええ。機械であろうと無かろうと、戦場で散る以外の最期を迎えた者は、皆この葬送外野(ヘルヘイム)に流れ着く」

 

 カルメリエルは革張りの帳簿を広げて見せる。そこには教団の信徒たちの素性が、出身脊界ごとに分類されて列挙されていた。

 

「うちの教団は、焦熱原野(ムスペルヘイム)生まれが多めですわね。火に焼かれて骨格まで赤錆びてしまった、いささか可哀想な子たちですの。次いで氷結荒野(ニヴルヘイム)生まれが少々。こちらは関節が凍ったまま動かない子も多くて、修繕が大変ですわ」

 

 シラベはリストの上の機械人たちの姿絵に目を走らせる。

 

「あ、これ。カードで見たことあるな。確か……『錆喰いの貧民』だっけか。場に出た時ルーンを釣ってくるだけの壁役」

 

 呟きながら次の絵に目を移す。半身が氷漬けになった機械人の絵だが、こちらはするりとカード名が出てこない。すべてを覚えているわけではないのだから仕方がないのだが、なんとなく知らないカードがあると気になってしまうところはある。

 

「ま、何にせよ。お前んとこの信徒どもは畑で取れたわけじゃなく、お前が懇切丁寧に拾ってきた奴ってことか」

 

「ええ。私の教義に深く感銘を受けて、自発的に信徒となった者ばかりですわ」

 

「本当に自発的なんだろうな。実はシルヴァルナ拾ってるとかやめろよ」

 

「うふふふ」

 

「その笑い方やめろ」

 

 シラベがそう毒づいたところで、廊下の方からどたどたと足音が近付いてきた。

 

「ねえねえ、見て見て!」

 

 扉が勢いよく開け放たれ、ミトラがホクホク顔で資料室に飛び込んできた。

 

 その小さな両手は、レアらしき意匠の施されたカードを何枚も抱えている。買い物帰りの主婦の如き、純粋無垢な歓喜の顔だ。

 

「宝物殿は大体見終わったんだけど、宝の山だわ! ほらこれ、五属性全部の宝物印群が揃ってるとか現実じゃまずありえないし、ゲーム様様だわ。ねぇカルメリエル、この辺ほんとに貰っていいの?」

 

「ええ、お好きなだけお持ちになって構いませんわ」

 

 カルメリエルは聖女然とした朗らかな笑顔で頷く。元はと言えば信徒たちのお布施だったはずだが、教祖様にとって信徒の財産は自分の財産と同義らしい。

 

「ほらこれ、こんだけ昔のカード収録してるとか、やりたい放題過ぎない? この辺全部持ち帰れたらひと財産どころじゃないんだけど」

 

「そーかそーか、よかったな」

 

 嬉しそうに見つけて来たカードを見せびらかすミトラに、シラベは適当に労いの言葉を返す。

 

 その時。開いたままの扉の隙間から、ぬっ、と巨大な鼻面が突き出された。

 

 ビムからせしめた巨大狼である。ミトラが寂しくしてるだろうからと鉱山の中まで連れ込んだ後、いつの間にか教団の中をうろついていたらしい。鼻先で扉を押し開けようとしているが、体格が明らかに扉の幅に合っていない。

 

「お、お、お下がりください神獣様! ここはお狭い場所故、御身が入るには──!」

 

 扉の向こうで、エメラルドのローブを着た信徒が必死に狼を押し留めている。神獣様呼ばわりされている狼は、それでも諦め切れずに鼻を鳴らしてミトラを呼んでいた。

 

「ああもう、すぐ済むからね。ちょっと待ってて」

 

 ミトラは扉まで戻り、突き出された狼の鼻先を撫でて宥める。狼はミトラの匂いを名残惜しそうに嗅いでから、ふんと鼻を鳴らして首を引っ込めた。信徒の安堵の溜め息が扉の向こうから聞こえてくる。

 

 扉を閉じて長机に戻ってきたミトラの視線がシラベをじっと見てから、ふと隣のカルメリエルへと突き刺さった。

 

「……?」

 

 値踏みするような目線にカルメリエルが小首を傾げる。ミトラはカードを机に置くと、そのままそろりとカルメリエルへ近付いて、その耳元に顔を寄せた。

 

「ねえカルメリエル」

 

「は、はい」

 

「あんた今、シラベとやろうとして失敗したでしょ」

 

 ボッ、と。カルメリエルの頬から首筋までが、火のついたように一瞬で赤く染まった。

 

 遠くない距離で聞かされているシラベも顔を覆って俯くしかない。

 

「な、なにを根拠にそのような!? 破廉恥ですわ!」

 

「いやだって、シラベの服がさっきよりも丁寧に着せられ過ぎてるし。あんた手伝ってあげたんでしょ」

 

「うっ……!」

 

「あとあんた、結構そういう雰囲気分かりやすい方だからね?」

 

 カルメリエルは何かを言い返そうとして口をぱくぱくさせるが、ろくな反論は出てこない。シラベは仕方なく場を回すために言ってやるしかなかった。

 

「店長、お前、嬉しそうだな」

 

「ふふん」

 

 ミトラはご機嫌に鼻を鳴らした。妙な優越感に浸っているらしい。

 

「ご、ごほん」

 

 たまらず咳払いをしたのはカルメリエルだった。

 

「ご、ご歓談中のところ恐縮ですが、本題に参りませんこと?」

 

「あんたが歓談しすぎたんでしょうが」

 

「ごほっ、ごほっ、ごほん!」

 

 ひときわ大きな咳払いで強引に話題を切り替えにかかる。カルメリエルは姿勢を正して威厳を引き戻そうと努力しながら、視線をミトラの腰のあたりへと向けた。

 

 より正確には──腰にぶら下がった、一個のデッキケースへと。

 

「議題は、この世界からの脱出について。これはもちろん、案内役の方に伺うのが筋ですわね」

 

 その視線は、にこやかな微笑みとはまったく釣り合わない、冷ややかな刃を含んでいた。

 

 

 *

 

 

「──ようやくボクを頼ってくれるんだね!」

 

 長机の中央に乗せられたデッキケース──ノルドリッチが、蓋をぱこりと開いて軽薄に弾んだ声を出した。

 

「冷たい主人にあれだけぞんざいに扱われ続けて、ボクは本当に泣きそうだったよ。ようやくボクの真価が認められる時が来ただね」

 

「キモいから前置きはいい」

 

「ひどっ」

 

 ミトラの容赦ない一刀両断にノルドリッチが情けない声を上げる。

 

「じゃあ早速、近場のクエストを見ようか。ここから南東に半日ほど行ったところに、デッキストックを拡張するアイテムの隠されたクエストがあって──」

 

「待ちなさい」

 

 冷たい声で、カルメリエルがそれを制した。

 

「えー。なにさ、教祖様」

 

「どうすれば、このゲームはエンディングを迎えるのです」

 

 カルメリエルの目がすっと細く見開かれる。緑の瞳がデッキケースを射抜く。

 

「私たちが家に帰る方法を、最短で示しなさい。クエストだの寄り道など、どうでもよろしいですわ」

 

 長机の上で、デッキケースの蓋がぴたりと止まった。

 

「……まあまあ、そんな堅苦しいこと言わないでさあ」

 

 しばし置いて、ノルドリッチは取り繕うように口調を変える。

 

「せっかくの九脊界だよ? 君、久しぶりじゃないの? 葬送外野(ヘルヘイム)ってのは中々来れない場所だし、ましてや今は乱世だ。教団でも作って好き放題出来たんだろ? もっとさ、思う様楽しもうよ」

 

「私が真に欲するのは、家族との時間ですわ」

 

 カルメリエルの口調には躊躇いも含みも無い。

 

「今更、九脊界そのものに未練などございません。妹も、家族も、家も、向こうにあるのです。早く帰りたい。それだけですわ」

 

 言い切られた言葉に、ノルドリッチの蓋がしばらく黙り込む。

 

 その沈黙を破ったのは、わざとらしいほどに重いノルドリッチの溜め息だった。

 

「──仕方ないなぁ。カルメリエルだっけ?」

 

 ノルドリッチの声色が、少し変わる。さっきまでの軽薄さに、薄っすらと諭すような響きが混じった。

 

「君はスマホゲームに精通してないみたいだから教えてあげるけど。ソシャゲっていうものはね。配信から一週間で終わるようなもんじゃないんだよ。君たちがいくらジタバタしようが、次のストーリーアップデートが運営から落ちてくるまではどうにもならない。終わるのなんてさ、一年か、二年か、見なきゃいけないんじゃない?」

 

 長机の上で、ノルドリッチがクスクスと笑う。

 

「つまり、アップデートが来ない限り、ストーリーモードは進めないんだよ。残念だったね」

 

 その台詞は、シラベの背筋にひやりとしたものを走らせた。

 

 システム側に近い存在に言われてしまえば、それは説得力のある話だった。ソシャゲのアップデート待ちなんて当たり前の話だ、一か月か二ヶ月ごとに小出しにしていく運営もあれば、半年近く待たされる場合もある。今回のアプリの運営は他にソシャゲのタイトルを出していない新興の会社のため、どういう運営方針なのかはシラベも知らない。

 

 その時間が、まさか自分たちの拘束期間と一致するというのか。隣のミトラを見れば、彼女の顔も強張っていた。一年。二年。いや、下手すれば実装中止なんてこともあるのだろうか。

 

 だが。

 

「嘘ですわ」

 

 その重い沈黙を、カルメリエルがあっさりと吹き飛ばした。

 

 驚いて顔を上げるシラベ。ノルドリッチの蓋もぱかんと開く。

 

「おやおや、なんで嘘だなんて言うんだい?」

 

 カルメリエルは涙の跡が残った目尻を一切歪めず、糸目の奥から冷たい光を覗かせている。

 

「アップデート待ちかどうか、世界が完成されているかどうかなど、内部にいる私たちには分かりません。これは事実ですわ」

 

「だろう? なら──」

 

「ですが」

 

 カルメリエルは指を立てて遮った。

 

「そう語っている貴方は、一年や二年を笑って待てる性質であるとは到底思えませんわ」

 

「えー、そうかな? ボクが気の長い性格っていう可能性もあるだろう?」

 

「あり得ませんわね。享楽主義者で人を消費することを何とも思わない貴方のような存在は、種を埋めるのではなく弾いて人の頭に当てることを選ぶでしょう」

 

「わぁ! ボクのことをそんなに考えてくれるなんて! でもごめん、ボク男の子しか興味なくてさ」

 

「あなたのような性格破綻者がミトラ様の腰に取り付いて最前列で見守るような素振りをしているという事態において、その旅路を一年付き合うというのは考えられません、ミトラ様は今でこそ改善しつつありますが、どちらかというと怠惰よりの方ですから。絶対ダレて面白くなくなります」

 

「おいこら」

 

 ミトラの苦情をカルメリエルは無視した。

 

 カルメリエルの言葉に、ノルドリッチの蓋がぱこぱこと動き、慌てた声を絞り出した。

 

「ちょっと待っておくれよ。その話はさ、ボクが黒幕か何かであって、敢えて案内役の立ち位置に甘んじている、っていう前提の上で成り立ってるんじゃないかい? 君の言い方じゃ、ボクの意志でここにいるみたいじゃないか」

 

「ええ。前提として申し上げました」

 

「そんなぁ。実はね、ボクも被害者なんだよ」

 

 ノルドリッチの声色が、わざとらしいほどに哀れっぽくなる。

 

「異世界に飛ばされて、一人きりになっちゃって、こうしてデッキケースに化けて生き延びるしかなかったんだよ……ぐすんぐすん」

 

 よよよ、と革のケースの蓋を震わせて、嗚咽の真似事まで添えてくる。

 

 そんな様子をミトラとシラベが鼻で笑った。

 

「死ぬほど怪しいくせに何言ってんのよ」

 

「ガイドの妖精が黒幕なんて、今更珍しくもねえだろうが」

 

「えー、そう? 画期的だと思ったんだけど」

 

「むしろ使い古されてきてるよ。やっぱ30年前のカードは感性も古いのか?」

 

 シラベの言葉にぶーぶー言いつつも、ノルドリッチは噓泣きをやめてカタカタと身体を揺らす。

 

「ま、いいや。うん、そうだよ。確かにボクは、この状況を作り出した張本人。それは認める」

 

 ノルドリッチの声色は不気味なほどあっけらかんとしたものに切り替わる。長机の上で、デッキケースの蓋がにやりと笑うように開閉した。

 

「でも、黒幕ってわけじゃない。ボクはね、『神様』のために、君たちの様子をお届けしなきゃいけないんだ」

 

「神様?」

 

 シラベとミトラが、顔を見合わせた。

 

「ECの神様って何が居たっけか」

 

「確かそれっぽい名前のカード、いくつかあったわよね。『統べる老獪なる父』とか」

 

「あれはほぼフレーバー要員のロートルだろ。神って柄じゃねえ」

 

「『没落の神フラム』ってのもあるけど、あれもなんかしょぼいわよね」

 

「あとは何だっけな、『酔い潰れる戦神』とか」

 

 二人で記憶を漁って神というキーワードに引っかかる過去のカードを次々と列挙していく。思い返せば返すほどECにはロクな神がいない。

 

「あー、そういうのじゃないよー。違うって」

 

 長机の上のノルドリッチが、げんなりした声を上げた。

 

「はぁ。ボクだって、長く時間が掛かるようなのは中弛みしちゃって面白くなさそうだしさ、遠慮したいところではあるんだ。精霊は欲しかったけど、君たちじゃないほうが本当はよかったし」

 

「は?」

 

「一応、ランダムのつもりだったんだけどなぁ。月山の一件もあって君たちとボクの縁が強すぎたかな。仕方がないか」

 

 ノルドリッチの声色には、ほんの少しだけ困ったような響きがある。だが、すぐにそれは陽気な笑いに上書きされた。

 

「でも、まあ。この一回こっきりの機会で君たちを掴んじゃったんだから仕方ない。ボクは『神様』のためにも、君たちにはたっぷり七転八倒してもらわないとね」

 

 クスクス、と。革ケースが楽しげに笑う。

 

 部屋の外から慌ただしい声が聞こえてきたのは、すぐ後のことだった。

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