カスレアクロニクル   作:すばみずる

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143 長居は無用ですわ

 部屋の外から響いてきた慌ただしい足音と、金属の擦れる耳障りな音の主が、すぐに資料室の扉を蹴破る勢いで突入してきた。

 

 エメラルドグリーンのローブを羽織った機械人の信徒だ。フードの隙間から覗く金属の顔の関節部から白い蒸気が勢いよく噴き出している。

 

「ご、ご報告ですっ、教祖様!」

 

 歯車の噛み合わせがガチガチと早回しになっており、見るからに焦っているのが分かる仕草だった。人間で言うところの血相を変えるというやつだろうとシラベは判じる。

 

「ソロモン軍が、この廃鉱山に迫っておりますっ!」

 

 報告された内容でシラベの感心は一瞬で吹き飛んだ。隣のソファに座る腹黒シスターを睨む。

 

「お前、あいつらにどんだけ喧嘩売ったんだよ」

 

「まぁ。心外ですわ。シラベ様が呼び寄せたのでは?」

 

「俺はちょっと小突いたくらいだ。わざわざ拠点攻めされるような教祖様と一緒にするな」

 

 カルメリエルは涼しい顔で胸の前に手を組み合わせる。

 

「私は、きちんと対話の出来る相手であれば労力は惜しみませんの。情報交換、相互不可侵、必要であれば交易すら厭わない。誠意ある外交を旨としておりますわ」

 

「じゃあ対話出来ない相手には何したんだよ」

 

「少々ばかり物資を拝借し、前哨基地を一つ二つ物理的に整地し、拠点候補地を奪い、内情を伺うため将校を何人か身柄ごとお招きして解体させて頂いた程度ですわ」

 

「十分アウトだよ馬鹿!」

 

「ただのゲリラじゃないのよそれ!」

 

 シラベとミトラから同時にツッコミが入った。机の上ではノルドリッチが、楽しそうに蓋をぱこぱこと鳴らしている。

 

 怒りと呆れを通り越して、半ば諦めの境地でシラベは頭を掻いた。ソロモン軍の警戒度が上昇していた原因の少なくとも一端がこいつにあるのはもはや疑いようがない。

 

 だがカルメリエルは怒鳴られても狼狽える様子を見せず、扉の前で蒸気を噴かす信徒へと向き直る。微笑みは消し、カルト教団のトップとしての顔に切り替わっていた。

 

「第一小隊から第三小隊は出入口に展開し、敵本隊の侵入を遅滞させなさい。第四小隊は罠を再起動し、最大限の時間を稼ぐこと。第五小隊は重要物資を担いで第二退路へ。私と賓客は第三退路から抜けます、近衛をここに」

 

「畏まりましたっ」

 

 信徒は素早く頭を下げ、蒸気を撒き散らしながら廊下へ駆け出していった。指示の歯切れが良すぎる。こいつ普段から侵攻されることを想定して動いてやがるな、とシラベは内心で唸る。

 

 カルメリエルは続いて、部屋の隅に置かれていた鳥籠の前に歩み寄った。小ぶりな金属細工の鳥籠の中には一羽の機械鳥が止まっており、輝石のような目玉を細かく明滅させている。

 

 カルメリエルは籠の扉を開けて手のひらに機械鳥を載せる。何事かを囁いた数秒の後、カルメリエルは手のひらを軽く宙へ放った。機械鳥は薄い金属の翼を広げ、開け放たれた扉の隙間を縫って廊下の奥へと飛び去っていく。

 

「伝令か?」

 

「ええ、まあ。万が一の為の保険ですわ」

 

 カルメリエルはそれ以上を語らず、にこやかに踵を返してシラベたちに手を差し伸べた。

 

「さあ、参りましょう。長居は無用ですわ」

 

 

 *

 

 

 脱出用の隠し通路は、寝室の更に奥にある書架の裏に隠されていた。書架を信徒たちが二人がかりで横にずらすと、岩壁にぽっかりと開いた洞口が現れる。

 

 備え付けの燭台に火が灯され、湿った岩肌が黄色く照らし出された。これまで進んできた装飾過剰な坑道とは違い、こちらは申し訳程度に床面が均されているだけの粗末な抜け道だ。一週間のうちにどれだけ用意したのか、あるいはこの坑道は元々何かしらの拠点だったのかもしれない。

 

 通路はミトラの狼の身幅がギリギリ通れる程度の広さだった。背中の毛が左右の岩肌に擦れ、ぱらぱらと毛が抜けていく。当の本人は気にしていないらしく、機嫌よく尻尾を振り回している。

 

 ミトラが御者の様に狼を先導し、シラベとカルメリエルはそこに並ぶ。先頭にはローブを纏った信徒が二人、しんがりも信徒一人が付いている。

 

 足早に進む中、シラベはふと、狼の口元に視線を留めた。

 

 歯と歯の間で噛みしめられているのは、革製の何かだった。ぐにゃりと表皮が潰され、よだれを垂れ流しながらゆさゆさと揺れている。

 

「や、やめて、やめてってばぁ、噛むのやめてぇ……」

 

 革製品が情けない声を上げた。

 

「……ミトラ、お前、何させてんだ」

 

 シラベはデッキケースの現状を見て、思わず狼の主人を見やる。

 

「こいつ、なんかぐだぐだ言うばっかりで結局クリア条件を誤魔化して口割らなかったじゃない」

 

 ミトラは涼しい顔で、狼の頭を撫でて続ける。

 

「だから、ちょっと玩具にしてもらってんの。噛み甲斐があって楽しいわよね、モンちゃん?」

 

「モン、なんだって?」

 

「シラベに言ってなかったっけ。この狼の名前。モングレルちゃん」

 

「聞いてない。まぁいいんじゃねえの。熊より強そう」

 

 ミトラに声を掛けられて、ぐぅるるると巨大狼が満足そうに喉を鳴らした。鋭い犬歯がデッキケースの革に食い込みそうになっているが、不思議と歯形は付いていない。

 

「ちょっ、おぇっ、よだれ、内側まで来てるってばぁ……!」

 

「こんな程度で口割るならいいがな」

 

 ノルドリッチの神経の太さを鑑みれば効き目は薄いとシラベは察していた。ただミトラの溜飲が下がるならそれで良い。

 

 通路は緩やかな上り坂になっており、進むにつれて空気が少しずつ乾いていく。そのまま少し進んだ先で、岩壁の一部に縦長の裂け目が走っており、外光が差し込んでいる箇所があった。

 

「少し確認しましょうか」

 

 カルメリエルが手を上げて隊列を止め、裂け目に身を寄せた。シラベもその隣に立ち、外の様子を覗き込む。廃鉱山の正面、本来の出入口側の風景が広がっていた。

 

 ソロモン軍の狼騎兵、露出度の高い装束の女兵たちが隊列を組んで展開しているらしい。対するカルメリエルの教団の機械人たちは防護柵を何列も並べ、その隙間から弩による散発的な反撃が見られる。時折投げているガスを噴出する投擲物がいやらしい。

 

 その奥、坑道の入り口からは見覚えのあるシルエットが顔を覗かせていた。

 

 カルメリエル本人の像だ。広間に祭られていたものより小さいものだが、そのバカみたいな造形は見間違わない。石造りの像がのそりと廃鉱山から現れて、信徒からの歓声を浴びながら狼騎兵へと向かっていく。

 

「あの像動くのかよ」

 

「ええ。元は別の機械でしたが、美意識に問題があったので神像の代わりになるよう外装を誂えました」

 

「てことはあれ、兵器カードのなんかか? 生命体を寝かせて殴れる奴」

 

「おそらくそうですわね。中に入れさえすれば動きますので、傷痍兵の再利用にはぴったりでしたわ」

 

 しかしその巨大な腕の振りは緩慢で、狼騎兵の機動力には到底追いつかない。シラベにはビムと同程度のスケールのように見えたが、あれに比べれば威圧感も強さも感じられない。狼騎兵たちは像の周囲を軽々と回避しながら、的当てのように回避と削りを繰り返している。明らかに見掛け倒しだった。

 

「あー、こりゃダメだな」

 

「投入された戦力が予想を上回っておりますわね。信徒たちには気の毒な事をしました」

 

 カルメリエルが他人事のように呟く。事実他人事にしか思っていないのだろう。

 

「さっさと抜け出してからどうにか突破するしかないな。この犬、また俺の事落とさなければいいけど」

 

 シラベの言葉を理解したかのように、モングレルが牙を見せて笑う。その拍子に口を緩めたのか、狼の口からよだれにまみれた革のデッキケースがぼとりと地面に転がり落ちる。

 

「ぷはぁっ、く、空気が、外の空気が美味しい……」

 

 ノルドリッチは数秒の間、息を整えるように荒い呼吸の真似事をしていた。だが、すぐにいつもの調子が戻ってくる。

 

「いやぁ。絶体絶命だねえ、これは!」

 

 革のケースが、楽しげに蓋をぱこぱこと鳴らした。

 

「さてさてさて、君たちはこの難局をどう乗り越えるのかな? どんな鮮やかな奇策で絶望的な盤面をひっくり返してくれるのかな!? いやぁ、ボク、楽しみで仕方ないよ!」

 

 うっざ、と言うミトラの隣でシラベは考える。

 

 罠に嵌めて溜飲を下げるような悪意。報復として痛めつけたいような怨嗟。そういうものがあるなら、まだ分かりやすい。だがそういう陰湿な気配はどうにも見られない。

 

 むしろ感じるのは期待のようなもの。これからシラベたちが繰り出すであろう何かを、見たがっている。物語の続きを早く読みたい子供のような、純粋などうやって面白くしてくれるのかという欲求だけ。底意地の悪い観客の一人に過ぎない。

 

 だが、それが分かったところで、こちらに何の益も無い。むしろこいつの喜ぶことなんて何一つしたいと思えない。

 

「なんもねえよ。このまま裏口から全力で逃げる」

 

 シラベの言葉に、ノルドリッチは蓋をぱかんと開いたまま止まる。

 

「奇策なんざ思いつかねえし、思いつく必要も無い。別に見世物やってんじゃねえんだ、お前の期待に応える義理は欠片も無いんだよ」

 

「えええっ、つまんないよシラベくん! もっとさぁ、こう、覚悟を決めて教団と運命を共にするとかさ、ライフ1から逆転勝利するとかさぁ! 多人数プレイなんて興奮するでしょ!?」

 

「やかましい」

 

「うっさいわよ涎まみれの分際で」

 

 ミトラがくたびれているデッキケースに駆け寄り、思いきり蹴り上げた。ぐえっ、と情けない悲鳴を上げてノルドリッチが宙を舞う。回転しながら落ちてくるそれを、ミトラは涎を避けるように指先で摘み上げると、しんがりの信徒へとぐいと押し付けた。

 

「これ持っててちょうだい。私の手じゃ持ちたくないから」

 

「は、はぁ……」

 

「ちょっ、信徒さん、優しくしてね? あっ、ちょ、手のひらが冷たい……!」

 

 信徒は困惑したまま、デッキケースの中で痴れ言を吐き続けるノルドリッチをおっかなびっくり手のひらに乗せるしかなかった。

 

 

 *

 

 

 脱出通路の終端は、廃鉱山の裏手の崖上に出る隠し扉だった。岩肌に擬装されたハッチが押し開けられると、夕暮れに近い赤みがかった空から光が落ちてくる。

 

 崖の上は二十人ほどが立てる程度の狭い棚状になっており、その先には険しい山道が下方へと続いていた。

 

 廃鉱山の入り口側を見れば、防衛部隊がほぼほぼ押し込まれていた。防護柵は最後のラインまで後退しており、先ほどの巨大な石像も片腕を折られて崩れかけていた。

 

「本当に何もしないの? 本当に? ねぇ本当に?」

 

 信徒の手のひらの上で、ノルドリッチが未練たらしく訴える。

 

「ここからカードゲームやって何が変わるんだよ。軍師でもなし、やれることも分かんねえよ」

 

 シラベは振り返らず軽く吐き捨ててから、カルメリエルへ向き直る。

 

「で、ここからどこに逃げる? お前のことだから、もう次の隠れ家も準備してんだろ」

 

「候補地ではありますが。少しお待ちを」

 

 カルメリエルは目線を周辺の地形に走らせている。脳内で地図と照合しているのだろう。シラベもそちらに集中し直そうと、ノルドリッチには背を向けた。

 

「本当につまんないね」

 

 ぽつり、と。デッキケースから低い声が漏れた。

 

「やっぱり大人は変に諦めが良いから面白くないよ。なんかさぁ、もうちょっと希望を抱いて無鉄砲に足掻いてくれてもいいのに、そういうのも無いんだもん」

 

 その声色には先ほどまでの愉快犯じみた熱が一切無かった。期待外れの本に栞も挟まず棚へ戻すような、ひどく冷めた興味そのものが失せた響き。

 

 シラベの背筋を、嫌な寒気が一瞬で走り抜けた。

 

 愉快犯であるが故に。物語を求めているということは、物語にならないと見なした登場人物には何の価値も見出さないということでもある。神様の為、と言っていた言葉が脳裏に蘇る。その神様とやらがノルドリッチと同じ気質の存在だとしたら。

 

 シラベの口の中が乾いた。ここがこいつらの重視する部分であるという確信が得られたが、その一方、自分たちは今望まれない振る舞いをしていると宣告されているようなものだ。

 

 望まれた劇的さを作らない者に対して、こいつらはどれだけ寛容だろうか?

 

 ミトラたちにとばっちりが行く前に、自分だけでも道化を演じるべきか。シラベが身構えたその時。

 

「シラベ様」

 

 カルメリエルが顔を上げていたことにシラベは気付く。その肩には、脱出前に飛ばしていたはずの機械仕掛けの鳥がいつの間にか留まっていた。

 

 細い指を、眼下に広がる戦場の彼方へとすっと伸ばす。

 

「そちらの俗物がお望みの面白いものですが。今から見えるかもしれませんわ」

 

 シラベは指の先に目を凝らす。

 

 夕陽に赤く染まる平原の遠方、一筋の太い土煙が立ち昇っていた。地平から舞い上がる砂塵の量からして、相当数の集団が高速で移動している。その先端は確実に、廃鉱山の正面側へと向いていた。

 

「万が一の時の為の伝令でしたが。近くにいたのは幸運でしたわね」

 

 カルメリエルが満足げに微笑む。先程の機械鳥は、こいつのところへ伝令を飛ばしたのだろうか。

 

 シラベはメニューウィンドウを展開し、撮影機能を呼び出した。四角い枠を土煙の先端に合わせ、望遠スライダーを指で最大まで引き上げる。

 

 砂塵の中、駆ける影の輪郭が拡大されて手前に飛び込んでくる。

 

 先頭を走るのは漆黒の毛並みの巨大狼だった。

 

 その背に跨る人影。

 

 肩には灰色の軍服が引っ掛けられ、腰のベルトには紫色の結晶塊──伝結晶を提げている。身に纏うのは赤地に大きく胸元を開いた装束で、走るたびに上下する豊かな膨らみが惜しげもなく晒され、巻き上がる砂塵がそれを更に強調していた。

 

 後方には武器を持った人型の集団がぞろぞろと付き従っている。十数人規模の雑多な編成だが、彼らの放つ勢いだけは本物だった。

 

 彼らを先導するように、結晶細工の髪留めに纏められた金髪が夕風に荒々しくはためいている。鼻息荒く前方を紫電の瞳で睨むその顔は、紛れもなく──。

 

「あのポンコツ」

 

 シラベは思わず呟くなか。ドゥブランコ王家第三王女、レヴェローズ・ドゥブランコは、錐の先端となってソロモン軍の背面に食いついた。

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