夕陽が血の色に染め上げた戦場を、漆黒の毛並みが一本の矢のように引き裂いていく。
シラベが表示した撮影画面の中で拡大されたレヴェローズの姿は、躊躇いというものを知らないように見えた。鞍上で身を低く構え、引き抜かれたサーベルが銀光を曳く。ソロモン軍の隊列が反転して迎撃の構えを取ろうとした、その動作よりも早く黒狼の鼻先が突き刺さっていた。
最前列にいた女兵がサーベルの一閃でまとめて薙ぎ払われる。突き出された槍の柄が二、三本まとめて根本から断ち切られ、その所有者は反応もままならず鞍上から弾き飛ばされた。レヴェローズはそのまま脚を緩めることなく、隊列の真ん中までを一気に通り抜けてしまう。
貫いた、と言うのが一番近い。シラベの目にはそれが戦と言うよりも獣の群れを突っ切る自動車のように見えた。
「続け! ドゥブランコの威光を恐れぬ不届き者どもを、一人残さず蹴散らすのだ!」
凛とした号令と共に、レヴェローズは単騎で敵の防衛線を強引に食い破り、陣形の奥深くへと突き進んでいく。その背を後続の狼騎兵たちが追走していくが、先頭のレヴェローズほどには彼らの突破は順調に行かない。
整え直されつつある敵の隊列に阻まれ、ぶつかった衝撃でいくつかが足止めを喰らい、即座に矢の雨が降り注ぐ。前列の乱れがそのまま伝わり部隊の動きが鈍り、隊列が前後に分断されかけた。
だが突き抜けた先で、レヴェローズが黒狼の脚を制止させた。鞍上で身を起こすと、振り抜いたサーベルで飛来する矢を二本、続けて三本と弾き落とす。サーベルの軌跡は風車のように軽妙で、矢の数に対して全く焦りが見えない。
そして高らかに声を張る。
「聞け、我が兵らよ!」
崖上にいるシラベの耳も打つほどの声量が戦場を響く。
「お前達は形こそ違えど、結晶を背負いし者! ドゥブランコの総督たる私が率いる兵、即ち私の部下である!」
ふんぞり返るような顔をしているのが、こちらの崖上からでも分かる。だがあるいは、あれこそ戦場では威風堂々とでも言うべき姿なのかもしれない。
「
言い終えると同時に、レヴェローズの腰に連なる伝結晶がぼうと光を増した。彼女の宣告に応えるように、紫の輝きが束となって周囲に放たれる。
それと連動して今足を止められた部隊、レヴェローズの部下たちの体のあちこちに同じ色の光が灯り始めた。ある者の額、ある者の胸元、またある者の背中に。彼らがそれぞれ身に着けていた小さな結晶や、装具の一部、武器の刃元。色も形も統一されていない多種多様な結晶が、一斉に紫電の光を放ち始める。
矢の雨は途切れずに降っているのに、それを防ぐのが盾から剣に変わる。駆る狼すら足取りが目に見えて軽くなった。先ほどまで崩れかけていた隊列が押し戻され、ソロモン軍を切り裂き始める。
自らもまた光を浴びたレヴェローズは再び黒狼を走らせた。今度は引き返す形で、ソロモン軍の横腹へと鋭く突っ込んでいく。
素人であるシラベたちには死地にしか見えない敵陣の只中を再び走るという凶行を当然のように行うレヴェローズ。その有り様を見せられて、崖上の一行はしばらく言葉を発せなかった。
「いつものポンコツはどこ行ったのよ」
ミトラは撮影画面を覗き込みながら、引き気味の声を漏らす。
シラベがミトラの撮影画面を見ると、レヴェローズから引き連れて来た一人一人にカメラを向けていた。
拡大される兵たちは人型をしてはいるが、肌の質感や瞳の色、機械化されている身体にも共通点が見られない。寄せ集めなのは一目で分かる。
「あれ、最近のパックで収録されてた連中じゃない? ほら、たくさんの兵士が走っていくようなイラストが描かれた戦術カード。使うと確か、支払ったマナの数だけの
「いた……ような気がするけど。それがどうした」
「……あんまり言うと頭が痛くなるから言いたくなかったけど、あいつって今はカードで収録されているそのままで暴れてるわけでしょ」
「そう、だな」
レヴェローズがあり得ない力を発揮すること自体なら、シラベはジムでもそれを見ている。伝結晶を身に着けている時のレヴェローズは物理法則を無視するかのごとき膂力を発揮していた。
それが現実ではない場所であるなら、十全に力を発揮していても間違っているとは言い難い。
「でも、そうだとしたら。レヴェローズって、ターン開始時に『伝結晶』生命体にカウンターを乗せる能力でしょ。『伝結晶』生命体って裁定的には名前にそれが入ってることが必要になるけど、あそこにいる奴らは全く関係無いはずよ」
『伝結晶総督レヴェローズ・ドゥブランコ』
コスト:〈8〉
タイプ:機械・生命体
・あなたのターン開始時に、あなたがコントロールする各「伝結晶」生命体の上に
・伝晶6(この生命体は
[0/0]
シラベは自身のデッキにも居れているレヴェローズのカードをメニュー画面から呼び出す。ライフゲインメインのデッキを握っている現状、耐え抜いた後に出す大型生命体にレヴェローズを使うのはいささか以上に非効率ではあるが、出れば大きい奴なので採用してしまっていた。
素の性能は0/0。だが「伝晶6」キーワードによって場には6個のCCが乗った状態で着地する実質6/6。「伝結晶」を冠する名を持つ自分自身も対象に含まれる為、ターン開始時に勝手に+1/+1していく。そして死んだ瞬間に蓄えたカウンターを丸ごと他の機械・生命体に渡し、後続の決定打を作る。コスト8というクソ重さに見合うか否かはさておき、効果文だけ並べれば確かに総督の風格はあるカードだ。
シラベもミトラに倣ってカメラ機能で奮戦している者達を見る。ミトラほどぴんとは来ないが、どこか異国情緒のある見た目からしてレヴェローズやカルメリエルとは違う脊界で発生したものではないかというのは頷ける。
ミトラの見立てが正しいなら、レヴェローズが今率いているのはたまたま
「おそらくですが、妹が言った通りなのではないかと」
首を捻っているシラベとミトラへ、カルメリエルが呟いた。
「
「は? そんなアホみたいな根拠で効果が乗るのかよ。言った者勝ちじゃねえか」
そうなっている現状に目を逸らしながらそうはならないだろと言わざるを得ないシラベに、カルメリエルは首を振る。否定するというより、むしろ痛がる頭を揺するようにも見える。
「シラベ様、レヴェローズは腐っても植民地総督です。私が宗教組織の長である事を生業とするように、彼女の本職はドゥブランコの支配領域を広げるためのものとも言えます。彼女はきっと、この世界のどこか小さな村か何かを、自分の独断でドゥブランゴの領地と定めたのでしょう」
「……植民地総督って何する奴だっけ?」
「わ、私に聞かないでよ。学校の知識なんてとっくに学校に返却してるし」
シラベに話を振られたミトラが手を振って門外漢だと訴える。シラベ自身、カードに関する知識ならともかく、馴染みのない役職の話など知る由もない。
「ミトラ様がおっしゃった通りなら、レヴェローズが率いている彼らは戦術カードの効果で場に出るものたちなのでしょう。名前も持たないような存在たちに、その地を自身の領土だとふんぞり返るレヴェローズが『お前たちは伝結晶の下に集いし者達だ』と名付けるように触れ回ったのなら、あるいはあのようになるのかもしれません。……ここまで無法な思い込みで我を貫く馬鹿だとは思いませんでしたが」
「あんたら姉妹、本気の時はろくなことしないわね」
「お褒めの言葉と受け取っておきますわ」
「褒めてないんだけど」
カルメリエルは口の端を持ち上げてミトラを軽くいなし、それから更に深く溜め息を吐く。
「……私がレヴェローズを本国から遠ざけるようにしていましたのはやはり正解でしたわ。総督という立場に縛り付ける前から、アレは私ともヴェルガラ姉様とも違うものを持っていた。本人はろくに頭を使わず生来の力だけで暴れているだけと馬鹿にされていたのに、気付けばそうして愚弄していたものすら取り込んでしまっている。軍閥化でもしてしまえばヴェルガラ姉様以上の脅威になりかねませんでした」
ぐちぐちと独り言のように過去の愚痴を続けるカルメリエルを見て、シラベはこれ以上泥沼の話になる前に話題を転換するために抱えていた疑問をぶつける。
「そう言えば、カルメリエル。お前さっき部屋からあの機械の鳥で伝令を出してただろ。あの伝令の宛先、レヴェローズだったんだな? ってことは、お前あいつが近くにいることを最初から把握してたのかよ。知ってたなら言えよ」
独り言から引き戻されたカルメリエルは、シラベの言葉に指を横に振って否定した。
「あら、誤解なさいませんよう。確かにレヴェローズに対して伝令を飛ばせるようにはしてありましたが、居場所を完全に把握していたのとは少し違いますの。私とレヴェローズは、この地に来てからかなり早い段階で一度合流できていたのですわ」
「え、そうだったの?」
ミトラが驚いて声を上げる。
「ええ。ですが、私が初日から生活基盤のために教団を立ち上げますと宣言しましたら、あの妹は利便性を理解する気もなく嫌悪いたしまして。ちょうどその頃、別口でソロモン軍に反抗している地元の義勇兵集団がいるという噂を聞きつけたレヴェローズは、それに釣られるようにして、さっさと一人でどこかへ行ってしまったのです」
「お前らなぁ。ちょっとは留め置く努力をしろよ。どっちも単独行動するのは危ないだろうが」
カルメリエルは肩をすくめる。
「別れた後、彼女の所属する集団がどこにあるかは調べさせたので伝令を出せるようにはしておりました。今回も最悪の事態の前にどこかで彼女の耳に届けばいい程度に放ったのですが……まさかこれほど早く、しかも部下を従えて突撃してくるとは。幸運でしたわね」
カルメリエルがぱちりと片目を開けてシラベを見る。
「むしろ、私の教団を見つけたように情報収集していらした筈のシラベ様たちが、レヴェローズについて何も掴んでいらっしゃらなかった事の方が私は不思議ですわ」
「う……」
逆に問い詰められて、シラベは口を結んだ。痛いところを突かれている。義勇兵の噂は何度か耳には入っていたが、シラベはあまりそれを重要視していなかった。
「こういう話で出てくる義勇兵とか、どうせやられ役じゃんと思って……クエスト発生のフラグでも無い限りは優先順位下げて放置してて……」
何を言っても言い訳にしかならないが、実際そう思っていた。雑魚敵のテキストを読み飛ばす感覚でこの世界の住人の動向を切り捨てていた節がある。隣のミトラも目を逸らしている。彼女もまた、クエスト報酬が無いなら義勇兵とかどうでもいいと同じように無視していた。
「ふむ。お二人には一度、情報の取捨選択というものをお教えする必要がありそうですわ」
「お前に教えられるとか考えるとちょっとこえーよ。教化される?」
「お望みであれば機械化までして差し上げてもよろしいですわよ?」
危うげな手の動きを見せるカルメリエルをシラベが牽制している間にも、眼下の戦場では戦いが続いていた。
貫き、戻り、また貫いて。レヴェローズは何度も敵陣を横断し、その度にソロモン軍の人垣が穴を増やし連携が崩される。義勇軍は時間が経つにつれて結晶の輝きを高まらせていき、見事に敵を押し込んでいる。
一騎当千のレヴェローズとそれに引き上げられていく軍勢にソロモン軍の隊列はもはや形を保てていなかった。指揮官と思しき女兵が後退の合図を出すと、敵勢が雪崩のように退却を始める。
戦場は、唐突なほどあっさりと終わった。
信徒の手の上で、ノルドリッチがぱこりと蓋を半開きにする。
「うーん。ボク、これ、面白いと言うべきなのかなぁ……」
その声は妙に歯切れが悪い。
「面白いか面白くないかで言えば、気持ち良く敵がぐっちゃぐちゃになってて快感はあるけど。無双モノってやつとしてはアリ? でもなんかこう、期待してたパターンとはちょっと違うっていうかさぁ」
ぶつぶつと呟く言葉には、シラベが先ほど感じ取った冷たさは無い。それだけ確認出来さえすればよかったシラベはノルドリッチを無視して、レヴェローズたちの勝鬨を見守った。
*
脱出してきた隠し通路を一行は逆走し、廃鉱山の正面側へと回った。まだ戦闘の余韻が感じられる熱気の中、機械人たちが片付けに動き始めた戦場の一角へ降りていく。
戦場の中央で、黒狼から降りていたレヴェローズは手綱を引きながら周囲を見回している。
一週間ぶりに見るその姿は、シラベの記憶の中のレヴェローズより、ほんの少しだけ大人びて見えた。汚れと土埃に塗れているにも関わらず、それを苦にした素振りも見せず、義勇兵たちに労いの言葉を掛けて回っている。
その先頭に立つカルメリエルに、レヴェローズが一番に気付いた。
「むっ。姉様。ようやく姿を現わしたか」
声を掛けながら、はぁ、と疲れた溜め息を一つ。
「火急の用と座標だけ送ってくるとは何事かと駆けてみれば、何がどうして軍勢に囲まれるようなことになっているのだ。立ち上げたという教団、やはり怪しいものなのではないか」
「あら、レヴェローズ。そのように決めつけるのは感心しませんね。私のせいだけとは限りませんわ」
カルメリエルは後ろを振り返り、シラベとミトラを指で示す。
「お二人も容疑者ですのよ。私一人にお押し付けにならないでくださいまし」
「ふん、お前ほど疑わしいものが他にいるものか」
レヴェローズは指の先を辿り、ようやくシラベたちへと目線がいった。
シラベの方では、レヴェローズが叫びながら駆け寄って胸元へダイブしてくるのを予想していた。それを受け止められるよう身構えていたぐらいである。だが、結局その必要は無かった。
レヴェローズは黒狼の手綱から手を離し、いつもの慌ただしさを少しだけ抑えた歩調でこちらに歩み寄り、口元に小さく笑みを浮かべた。
「契約者よ。壮健で何よりだ」
「お、おう」
「店長も無事のようで安心したぞ。店の一同がこうして集合出来て嬉しい限り。これで残りは大穴だけか?」
妙に理性的なレヴェローズに、ミトラは眉を吊り上げて訝しむ。
「何その口振り。てっきりまたあんたのことだから、シラベに『契約者よー、寂しかったぞー』とか言いながらシラベに抱き着くと思ったのに。ほら、シラベも構えてた腕が行き場に迷ってる」
「別に構えちゃいねえよ」
シラベが腕を落とすのとレヴェローズの目がシラベの腕に行くの、どちらが早かったか。レヴェローズは奇妙な身震いを一瞬させつつも、表情を変えることは無かった。
「今は部下の前だ。総督たるもの、再会の度に男に抱き付くなど、みっともない真似は出来ん。立場というものがある」
ふん、と鼻を鳴らして胸を張るレヴェローズ。その様子に対して、シラベは素直に感心していた。いつもは馬鹿犬のように尻尾を振り回してくる癖に、分別を付けた指揮官の顔で立っている。妙な威厳を放っているこいつを見る機会なんて、今後の人生でもそうそう拝めるものではない。
その後。カルメリエルが残った機械人の信徒たちやレヴェローズが連れて兵に対し、戦場の片付けや負傷者の修復作業の指示をてきぱきと出し始めた。レヴェローズの兵たちからカルメリエルの様子に不信感を抱くような素振りはあったものの、レヴェローズの姉であることを明かされると途端に協力的になっていた。
単純な肉体労働に関して、最弱の生命体ですら一般人以上の膂力を発揮する世界においてはシラベもミトラもお荷物にしかならない。ミトラはデッキ構築に集中するからと鉱山内に戻っていき、シラベは様子を見物しようと適当な岩に腰掛けてその忙しない光景をただ眺めていた。
すると、いつの間にか、隣に静かな気配が寄り添ってきた。
ちらりと見ると、レヴェローズが立っていた。部下たちへ向けていた威厳ある表情はどこへやら、少しだけ居心地が悪そうに、それでいて何かを期待するように、じっとシラベを見つめている。
彼女は何も言わなかった。ただ、素早く周囲を見回した後、シラベの隣にすとんと座って小さく身を丸めるようにする。部下たちに見られたくない、と思っているのが明らかだった。
シラベはなんとなしにそれを放置していると、肩にゆっくりと重みが掛かってくる。レヴェローズの頭が寄りかかってきているのだと、見なくても分かる。部下の前だから抱きつくのは我慢するが、これくらいならセーフ、と彼女なりに妥協した結果なのだろう。
シラベはわざと伸びあがり肩を解す。びくりと震えたレヴェローズの身じろぎが面白く、そして動きを止めると再び頭を寄せてくるのがまた面白い。まともに振る舞えるようになったと感心したものの、結局のところ中身はポンコツ王女のままなのだ。何も変わっていない。
レヴェローズが何も言わないように、シラベもまた何も言わず、ただ彼女の金髪に手を伸ばした。戦場で乱れた髪を指先でそっと梳くようにして、その頭をゆっくりと撫でてやる。
シラベの肩に、さらに少しだけ体重をが掛かる。戦場の砂塵がまだ舞う中、一週間ぶりに感じる懐かしい温もりが、シラベへと真っ直ぐに伝わってきた。