廃鉱山の通路を、両腕が銀の義手に置き換わった機械人の男が歩いていた。
レヴェローズ義勇軍の小隊長クラスの一人だ。元は
胸ポケットから取り出した古びた懐中時計に目を落とし、団長への報告事項を頭の中で並べ直す。部隊の編成、新加入者の振り分け、当面の練兵についての判断を仰ぎたい事項。
「閣下、どこにおられるか……」
通路には廃鉱山の元の住人である機械人たちが、片付けの作業で行き交っている。緑石色のローブを纏った、見慣れぬ宗教団体の信徒たちだ。彼らからしてみればやはり見知らぬ義勇兵の男に物珍しげな視線を送りつつも、敵意は無いまま行き過ぎていく。
そのうちの一人、フードからのぞく顔の輪郭まで完全に金属の歯車で構成された全身機械型の信徒の前で、男は足を止めた。
「もし、お尋ねしたい」
「ええ、何でしょう」
信徒の口元の格子が、人間味のある声と共に細かく振動する。
「レヴェローズ閣下の所在をご存知か。幾つかご裁断を仰ぎたいのだが」
「ああ、レヴェローズ殿でしたら」
信徒は心得たというように片手をすうと上げ、廊下の奥を指し示した。
「我らが教祖様、それからご客人方とご一緒に、奥のお部屋にいらっしゃいます。重要なご相談の最中とのことで、しばらくは取り次ぎを控えるように仰せつかっておりますの」
男は信徒の指の先を辿る。廊下の奥、両開きの扉の脇に、小山のような寝そべる影が二つあった。
灰色の毛並みの巨大狼と、漆黒の毛並みの巨大狼。
灰色の方は腹を見せて気持ちよさそうに眠り、黒色の方は前足の上に顎を載せて目を細めている。だが両者とも、扉の前を通ろうとする者には誰彼構わず視線だけを向ける気配があった。
「……仕方がない。閣下に部隊の練兵についてご意見を頂きたかったのだが」
「練兵、ですか」
信徒の頭部の歯車が、興味を示すように僅かに早回しになる。
「失礼ながら、よろしければ我らが僧兵との合同練兵をご提案させて頂きたいのですが」
「ほう?」
「我らも武力こそ持ち合わせてはおりますが、各個での運用が中心で、隊伍を組んでの連携訓練は手薄でして。ご助力頂ければ幸いです」
男の口元が綻ぶ。
「それは助かる。ちょうど寄せ集めばかりの我が部隊にも、合同訓練は良い経験になる。互いの強みも見えよう」
「では、調練の場所と時刻についての打ち合わせを」
二人はそのまま並んで歩き出し、扉の前で寝そべる二頭の狼から少しずつ離れていく。歯車と機械腕の駆動音が、廃鉱山の坑道に小さく響いて消えていった。
*
廃鉱山の奥。教団の会議だかなんだかに使われている部屋なのだろう。長机にいくつかの椅子が並ぶ姿はシラベにどこか懐かしさを覚えさせる。
シラベはその長机の脇で、レヴェローズと並んで腰を下ろしている。
膝の上にはミトラがちょこんと座っていた。背中をシラベの胸板に預ける、店でもおなじみの座り方だ。シラベは店の習いで片手を自然にミトラの腰へ回すと、触り慣れない旅装の下に脱力した身体の柔らかさを感じる。
机の上には革のデッキケース、ノルドリッチが乗せられている。蓋は閉じられているが、こうして机に置かれること自体に少しご機嫌な気配が漏れていた。噛まれていないからだろうか。
長机の対面では、カルメリエルがどこから引っ張り出してきたのか不明な無地のホワイトボードの前に立っていた。
「店での営業会議のようだな」
「ね」
レヴェローズが呟き、ミトラが頷く。ボトムレスピットで不定期に行っていた会議の場面を思い出しているのだろう。普段ならデュエルスペースにノートパソコンと人数分の湯飲み、そして茶菓子が並び、たまにカルメリエルが作成した資料が置かれる。
そう長い間やっていないわけではないのだが、シラベはひどくその光景が懐かしく感じられた。
「ここに茶と菓子でもあれば、そのまんま店のカウンターと変わんねえな」
シラベの呟きにミトラが頷いてから、腕の中で身じろぎして座り直す。シラベの腿の上で軽くお尻を弾ませて乗り心地を確認しているようだが、シラベはそれをもっと抱き締めろという合図だと分かる。腕に力を込めると、ミトラの手がシラベの太ももの脇をさすって返事をした。
「呑気だねえ、こんな空気で会議なんて」
机のノルドリッチが、蓋を半開きにしてぼやいた。
シラベとミトラは無視しようとしていたが、まだ馴染みの浅いレヴェローズがじろりとノルドリッチを睨んだ。
「契約者。この革製品、姉様から説明は受けたがな。この騒動を引き起こした側だと言ったのだろう。同席させていてよいのか」
「いいんだよ」
机の上のデッキケースを顎で示すレヴェローズに、シラベは適当に答えた。深く答えるつもりはない。コレの目的が干渉よりも鑑賞、観察であるなら、下手に秘密主義を貫いたときにそれを突破する手立てを企てられる方が困る。
カルメリエルもシラベの言葉を制することなく頷く。二人とも了承しているのを見て、レヴェローズはそれ以上の追及はしなかった。代わりに腕を組み、机の上のろくでなしを警戒した目で見つめ続ける。
「では、始めましょうか」
カルメリエルがマーカーのキャップを外し、ホワイトボードに流麗な字で「現状確認」と書き込む。
「まずは整理から。私たちボトムレスピットの面々が、エインヘリヤル・クロニクルの物語に登場する九脊界の一つ、
「もうそんなになるのか」
レヴェローズが指を折って数え直す。シラベも頭の中で振り返った。
一日目、色々あったがミトラと合流。
二日目から六日目までは情報収集と稼ぎ、デッキの調整。
七日目、廃鉱山へ侵入しでカルメリエルと再会。
八日目、ソロモン軍が廃鉱山に到達。救援に来たレヴェローズと合流。
九日目は丸一日、戦場の片付けや負傷者の修復作業に費やされた。
そして十日目、今日。一段落ついたところで、こうしてようやく作戦会議の体裁を整えられた。
「うむ、合っている」
レヴェローズが確認すると、カルメリエルはホワイトボードに「十日目」と書き添えてからマーカーでデッキケースを軽く指した。
「我々がここに飛ばされたのは、これ曰く『神様』なる存在が我々を観察するためとのこと。これが言うことを信じるなら、我々は箱庭で観察される蟻であり、これはその蟻に付けられたカメラです」
ノルドリッチは反論を口にせず、蓋を閉めたまま大人しく聞いていた。否定しないあたり、立て付けは大筋で合っているのだろう。
「この状況に対して、私たちは何を目標とし、何をするべきか。それを今から整理していきましょう」
カルメリエルはホワイトボードを二段に分け、上の段に「目標」、下の段に「行動方針」と書く。
「目標って、帰ることでしょ」
シラベの膝の上から、ミトラがつまらなそうに言う。
「現実でも時間が流れてるなら、うちの店はもう十日も無断休業よ。常連も困ってるだろうし、レビューに『閉店してた』って書かれかねないし」
「ええ。仰る通り、現実への帰還は我々の最終目標です」
カルメリエルは即座に同意し、「帰還」と上の段に書いた。
「ではその次に、帰る為に何をするべきかとなりますが」
「……私が思うに」
そこでレヴェローズが手を挙げる。
「これがゲームの世界、それもストーリーモードであるならば。そのストーリーを進めることでクリアには近付くのではないか」
カルメリエルもレヴェローズの提案には頷く。だが再びデッキケースに視線が移り、細めた目でも分かりやすく睨みつけた。
「そうしたいところではありますが、こちらのろくでなしが先日申しておりましたわ。早くクリアしようとしても、アップデートが入らねば進められない、と」
「むう」
レヴェローズが眉を寄せて黙る。机の上では、ノルドリッチが嬉しそうに蓋を持ち上げて加勢する。
「そーだねぇ、いいとこまで行っても途中で止まっちゃうんじゃない? いやー、世界の運営ってのは怠惰なもんだからさぁ、いつ続編来るか分からないよぉ」
「こんな調子でペラ回しやがるけど、どこまで本当の事言ってるかわかんねえんだよな」
シラベが机に肘を突いてケースを軽く小突くと、ノルドリッチが横倒しになって話を止める。
レヴェローズが思案顔のままシラベに目を向ける。
「契約者はアルファ版を遊んでいたのだろう。ストーリーを知っているのではないか」
「実装されていた冒頭だけだけどな」
シラベはミトラの肩越しに頭を傾けて、記憶を辿るように天井を見やった。
「プレイヤーはまず、最初の村を探索することになる。そこにいる難民の中に、ミーシャって名前の少女と一度すれ違う」
「ミーシャ」
レヴェローズが復唱する。カルメリエルがホワイトボードの隅に「ミーシャ」とメモした。
「最初の場面では自己紹介する程度で、ほぼすれ違うだけ。その直後にソロモン軍の襲撃イベントが起きて、混乱の中で彼女を見失う」
「ふむ」
「で、次に会うのはプレイヤーが別の村の防衛を依頼された時。今度は防衛隊の中に、もう一度ミーシャを見つけるんだ。自分でも何かしたいって言って、無理を押して義勇兵に混じってる」
レヴェローズがじっと耳を傾けている。先ほどまでの威厳ある総督の顔から、ボトムレスピットでミトラの肩越しに漫画を読んでいる時のような、少し前のめりな顔つきに変わっていた。
「で、色々あって。戦いの最中に、ソロモン軍の部隊長の刃がミーシャを貫く」
「な、何ぃ!?」
「直後、ミーシャの身体が淡く輝き始めて……」
シラベは少し間を取った。
「ここまでが、アルファ版の実装範囲だ」
「そこで終わりだと!?」
レヴェローズが机に拳を叩きつけた。デッキケースが軽く跳ねる。
「気になるではないか! その後、何が起こったのだ。なぜミーシャが光るのだ。死ぬのか、生き返るのか!」
「知らねえよ。イヤボーンでもすんじゃねえの」
雑なシラベの回答にレヴェローズは興奮して立ち上がり、ダンと拳を机に置き直した。
「決まりだ。次の目標はそのミーシャとやらを探すこと! 話を進めようではないか!」
「そうしてもいいけどな」
煮え切らないシラベの言葉にレヴェローズの目に怪訝な色が浮かぶ。シラベは無言で、机の上に倒れたままのデッキケースを指差した。
ノルドリッチの蓋がパカッと景気よく開く。
「あっ、もしかして、ミーシャちゃんに会いに行く話? まかせて、ボクが案内するよ!」
返事の前から、自信満々を通り越して興奮を隠そうとしていない声色。
「ほら見ろ」
「……ふむ」
レヴェローズが顎に手を当てて、ノルドリッチを眺める。
「確かに、これだけ嬉しそうな素振りをされると、何か裏があるとしか思えんな」
「手掛かりにはなりそうだけど、あからさま過ぎて嫌だ。あと俺、メインストーリー進めるのって現時点で受けれるサブクエスト全部片づけてからやりたい派」
「私も」
「ええい仲良し夫婦め。混ぜろ」
シラベとミトラの間に頭を捻じ込もうとするレヴェローズ。そんな様子を無視してノルドリッチは嬉しそうな声を出す。
「大丈夫だよぉ、もう遠慮しないで! 今更、最初の村に戻れなんてかったるいことは言わないからさ。今のキミたちの足ならすぐだよ」
ノルドリッチは妙にウキウキした口調で、ぱくぱくと蓋を開閉させながら続ける。
「いまミーシャはここから北西の村にいるよ。どうやらもう、防衛隊に入ったみたいだね。今から行けば、彼女の散り際に間に合うよ」
「それが見たいだけだろお前」
本当にろくでもない気質を見せつけられて、シラベは辟易した。そして、ぐいぐい押し付けられてきていたレヴェローズの頭が止まったことに気付く。
「北西の村だと」
「……どうかしたの?」
シラベの膝の上から、ミトラが首を傾げて訊く。
レヴェローズは卓上に置いていた地図を見て、指で何度かなぞってから言う。
「おそらくその村は、私がドゥブランコ領と定めた村の一つだ」
「あ?」
「この周辺に拠点が欲しいと思い接収したのだ。私のものになったのだから私の国の領土だろう?」
色々と間違った認識を堂々というレヴェローズに誰も文句を付けない。ある意味思い込みで力を発揮しているようなものだと思うし、たとえ言っても無駄だと分かっていた。
「そこから練兵の為に隊で動いていた時、姉様の伝令が届いてな。そこで部隊を分けて、半分が村に戻り、もう半分でこちらに来た」
地図の上に記された小さな点に手を置き、レヴェローズはシラベに向き直る。
「そこに向かえばストーリーが進む上、放置していれば私がドゥブランコ領と定めた場所が攻め入られるという事になる。急ぎ、助けに行かねば」
真剣な面持ちではある。だが先ほど物語の続きを欲した姿を知るシラベからしてみれば、その顔は週刊少年雑誌の続きが早く読みたいとねだる中高生と重なっていた。
ミトラは溜め息を吐いてから、シラベの膝の上で軽く伸びをした。
「放っといても何にもならないし、当てもないしね。気は乗らないけど、序盤のストーリーはやってきましょうか」
「ああ、やっとやってくれる? よかったよかった」
ミトラの言葉に机の上でノルドリッチが歓声を上げた。蓋がぱかぱかと連打される。
「これでようやくストーリーが進んでくれるよ。ねぇねぇ、楽しもうね!」
「うっせ」
シラベが軽くつついて黙らせてから、ミトラの腰に回していたもう片方の腕をそっと離し、代わりにポンと背中に手を載せた。
それだけで察したミトラは、シラベの膝から滑り降りる。
「じゃあ私、デッキの調整してくるから。あんたは打ち合わせ続けときなさい」
「おう」
ミトラはそのまま机の上のノルドリッチを革紐ごと摘み上げて床に引きづる。
「ほら、あんたも来るの」
「えー、なんでボクまでぇ……」
「あんた仮にもデッキケースでしょうが。仕事しなさい」
ミトラは扉を開け、床でケースをなぞりながら廊下へ消えていった。部屋にはシラベとレヴェローズ、そしてカルメリエルだけが残された。
カルメリエルのマーカーが、ホワイトボードに「ミーシャ救援」と新たに書き加える。
シラベはレヴェローズの方を振り返った。
「レヴェローズ。お前の部下、今回の戦闘でそこまで消耗してねえよな」
「うむ。直接の戦死者は出ておらんし、軽傷者も概ね手当てが済んでいる」
レヴェローズはきちんとした口調で答えてから、少しだけ眉を曇らせる。
「だがな、契約者。戦が終わってしまうと、私の伝結晶による強化も緩やかに消えてしまうのだ。今、彼らに乗っていた強化はもう残っておらん」
それはシラベも想定の範囲内だった。頷いてからシラベは次にカルメリエルに目を向けた。
「お前んとこの信徒は、まだ戦えるか」
「ええ。機械人たちはパーツ交換さえできれば、傷の回復はすぐですわ。むしろ、教団の僧兵団は鉱山防衛戦で実戦経験を積んだ分、士気は上がっておりますわね」
「そうかい」
シラベは短く返し、椅子の背に体重を預けながら頭の中で考えを組み立てを進める。その様子を見たカルメリエルがホワイトボードのマーカーを置いて、シラベの傍へと歩み寄る。
「シラベ様。横合いから殴りつけるおつもりで?」
少し間を置いてから、シラベはその言葉に頷いた。