カスレアクロニクル   作:すばみずる

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147 私の目を見ておっしゃってください

 戦場から少し離れた小高い丘の上に、シラベたちの仮設指揮所が置かれていた。

 

 布張りの天幕は風が吹くたびにぱたぱたと鳴る音が喧しい。急ごしらえも甚だしい代物だったが、中にいるシラベもカルメリエルと文句など口にせず、ただ待っていた。

 

 シラベは木椅子に腰掛け腕を組み、静かに待っていた。

 

 正直に言えば、座っているだけで暇だ。隣に立つカルメリエルは時折来る伝令の情報を纏めているが、今この場でシラベが出来る事は何も無い。

 

 もっとも、その暇さは事前の打ち合わせ通りだ。今回はミトラとレヴェローズ、それから義勇軍と僧兵団の前線指揮官にそれぞれ現場を任せる形になっている。当然ながら現代人のシラベは戦場での指揮なんて知らないし出来ない。

 

 もし事前の想定と大きく変わることがあるなら、もう家族を連れてとっとと逃げるしかないだろうと内心では開き直ってすらいる。

 

「シラベ様」

 

 隣に立っていたカルメリエルが、不意に声を掛けてきた。

 

「シラベ様のことですから、ミーシャという少女をもう少しゲームのストーリーに沿って、ご自身で救出劇を演じるのかと思っておりましたわ」

 

 シラベは椅子の背もたれに体重を預けつつ、頭をかいた。

 

「俺だって、最初はそうしようかとも思ったんだけどよ」

 

 言いつつ、視線を斜め上にやる。シラベだってメインクエストを進める形でやること自体はやぶさかではない。ゲームで見たことのあるミーシャと実際に会うのも一興だし、どう話が展開していくのかも気にはなる。

 

 それに、もしここで本来のプレイヤーよりも上手く立ち回ればストーリー上の悲劇から救えるかもしれない。より親密になって一緒に動けるようにするとか、魔術師としての戦いに相手を巻き込んでカードでより早く倒せば変わるかもしれない。

 

 だがそんな真っ当なやり方よりも、増えた手札でもっと別のやり方があるのではないかと考えてしまったのはおそらくカードゲーマーとしての悪い癖だ。

 

「俺やミトラが出張っていちいちカードで相手するより、数に任せて殴りかかる方が早いかもなって考えちまってな」

 

 つまりレヴェローズとカルメリエル、両者が持つ武力集団。

 

 わざわざありきたりな主人公役を律儀に演じるというのはノルドリッチに塩を贈るだけになるのではないか、などと内心では理論武装しているものの、結局は暴力で解決したい欲求に抗えなかっただけだ。

 

「なるほど、なるほど。でしたらミトラ様にお任せにせず、ミーシャ様のご回収もご自分でなさっても良かったのですよ」

 

「ノルドリッチが張り付いてるのはミトラだろ。俺が持ち歩いてもいいのかもしれないけど、本来の奴が動いた方がいいって話したじゃねえか」

 

「ですが、アルファテスト版でも随分お気に入りだったのでは? 容姿について大変よく分かりやすく説明出来るほど覚えていらしたようですし」

 

 ぴくり、とシラベの眉が動いた。声色そのものはいつものように穏やかさだが、滲んでいる温度ははっきりと低い。

 

「……お前な」

 

 シラベは溜め息をついた。

 

「銀髪で青目で胸がデカいなんてキャラ、最近のソシャゲなら石投げたら五、六人に当たる容姿だぞ。覚えるも何も、テンプレ過ぎて忘れる方が難しいだろ」

 

「ええ、ええ、そうですわね。そのうえシラベ様は大きいのがお好きでしょう? ですからご記憶にもより強く残るのでしょうとも」

 

「……」

 

 シラベは目を細めて、隣に立つ腹黒シスターを見上げた。

 

 声には嫉妬と書いており、顔には微笑みが描かれている。誰が見ても分かりやすいと思うが、本人はあくまで品の良い指摘をしているつもりらしいのが余計にたちが悪い。

 

(ミトラならまだしも、なんでカルメリエルがつっかかってきてんだ?)

 

 ミトラの出発直前、そう言えばミトラは見た目を知らないとミーシャの容姿説明をした時、その中でシラベは胸がとてもデカいを強調した。あれはミトラに分かりやすく見つけてもらうための情報であって、シラベ自身の好みを開陳した訳ではない。

 

 ソシャゲのキャラに目移りしてるんじゃないわよとミトラが嫉妬するならまだ分かる。だがカルメリエルがここまでつついてくるのは、少しばかり想定の外だった。

 

 しばし考えて、ふと一つの可能性が浮かんだ。

 

 ボトムレスピットメンバーの中で、胸の大きさだけで言えばカルメリエルはレヴェローズを抜いて一番だ。本人がその事実をどこまで自覚的に大事にしているかは分からないが、ひょっとすると、それを自分の自慢出来る部分と思っていたのかもしれない。

 

 その地位を脅かしかねない、未知の銀髪小柄爆乳の新参者。それに対する警戒と考えれば、この苛立ち方にも妙な筋が通ってしまうのではないか。

 

 いやいや、と。シラベは内心で頭を振る。

 

(そんな馬鹿なことが──)

 

 無くもないか、と思い直す。

 

 この黒幕面したがるポンコツの姉、要所要所で結構馬鹿なことをやらかす前科がある。知性と狡猾さの皮を被ろうとしているものの、芯には思いのほか少女性が濃い。

 

 シラベは小さく息を吐いた。

 

「あのな、カルメリエル」

 

「はい?」

 

「大きいのなら、お前とレヴェローズと大穴と、おまけでヒナタまで揃ってんだから。もう、これ以上他に目移りするつもりはねえよ」

 

「……あら」

 

 糸目がほんの少し開いた。

 

「本当ですか? 六人目にはなりませんか?」

 

「ならねえよ」

 

「シラベ様、私の目を見ておっしゃってください」

 

「だから、ならねえって」

 

 しつこく念を押してくるカルメリエルに顔を向けて、少し開かれたエメラルドのような瞳を見つめながら改めて頷く。

 

「ミーシャは、たぶん何かのストーリーのキーになる。そのためだけに誘拐する。その上でお前らが張り合うような対象には絶対しない」

 

「ふふ」

 

 そこまで宣言して、ようやくカルメリエルの口元が本来の柔らかさを取り戻した。糸目が綺麗な弧を描いて、肩の力が抜ける。

 

「では、一応信じておきますわね」

 

「一応じゃなくて全面的にしてくれよ」

 

 シラベはそう毒づきつつ、自分でも妙な感慨を覚えていた。

 

 ミトラ、レヴェローズ、カルメリエル、大穴、ヒナタ。

 

 指折り数えて、改めて五人。改めて数えると凄まじい数だ。自分のようなカスの一般人が抱えていい数ではない。

 

 自分はそんなに甲斐性のある男ではないはずなのに、何故かここまで膨らんだ。何の因果か。少なくとも善行を積んだ覚えは一切ない。

 

(マジで、なんでこんなに縁があるんだか)

 

 シラベは天幕の天井布をぼんやり眺めながら、深い溜め息を吐いた。

 

 

 *

 

 

 天幕の入り口を蹴破る勢いで、教団の機械人僧兵が一人飛び込んで来た。

 

「ご報告ですっ、教祖様!」

 

 関節部から派手に蒸気を噴き出している。廃鉱山の信徒の多くは焦れば焦るほど蒸気が出る仕様のようだが、整備不良なのか仕様なのか。

 

「レヴェローズ閣下が、敵将と前線にて遭遇! 現在一騎討ちに突入しております!」

 

「一騎討ち」

 

 シラベは腕組みのまま僧兵を見据えた。

 

「それは、魔術師としての戦いか?」

 

「いえ、剣による打ち合いとのことです!」

 

 シラベは肩の力を抜いた。

 

「ならいい。今のあいつに勝てるのは怪獣くらいだ」

 

「……は、はぁ」

 

 予想していた反応と違ったらしく、僧兵の歯車が困惑したように一瞬止まる。横に立ったカルメリエルが優雅に僧兵の肩に手を置き労をねぎらう。

 

「ご苦労様、お下がりなさい。続報があれば、また」

 

「はっ」

 

 僧兵は深々と頭を下げ、蒸気を撒き散らしながら天幕の外へと駆け戻っていった。

 

 布の入り口が再び閉じる。天幕の中に風だけが残る。

 

「レヴェローズの強化能力が戦闘終了後からどれだけの時間残るのか。正直、検証不足で不確かではありますが」

 

「だな。検証する暇も無かったしな」

 

「ただ、ソロモン軍の角笛が鳴ってから今しがた初めて激突したのだとしても、()()()()()()()は十分に残っているかと」

 

 シラベは頷いて、組んだ腕を解いた。

 

 今回の作戦の肝はそこにあった。

 

 角笛が鳴る直前まで、レヴェローズはずっと、彼女の義勇軍とカルメリエルの僧兵団とで模擬戦闘をさせていた。シラベが提案して、レヴェローズが二つ返事で乗った形になる。

 

 レヴェローズの能力は、戦闘状態が持続している限り「伝結晶」生命体にクリスタル・カウンターを蓄積させていくこと。この戦闘中続くという縛りが、こちらの世界ではややあやふやに定められていた。

 

 カードゲームの公式ルールであれば、戦闘とはあくまでデュエル中の事象で、その文脈の外で何かが続くはずもない。だがレヴェローズは盤面外でもその能力を発揮してしまっていた。

 

 戦闘というものはどこからどこまでがそうなのかという線引きが難しい。なんなら本来のカードゲームの中でさえ、お互い殴り合わずに数ターンかかる場合があるのだ。必ずしも常時血飛沫が舞いオイルが散る必要は無い。

 

 角笛が鳴った瞬間、模擬戦の緊張感を維持したまま、彼らは一斉に本物の戦場へと殺到した。模擬とはいえ戦闘、その分の体力消耗はあるが、その消耗を遥かに上回る量の強化値がレヴェローズの部隊に乗っている。

 

 電撃戦をするなら、勢いと火力で押し通すのは重要だとレヴェローズは言った。最初のぶつかり合いで圧倒的に押し込み、相手がこちらの体力消耗に気付く前に撤退を選択させる。シラベの思いつきからレヴェローズは奇襲の形を組み立てた。

 

「魔術師の戦いになっちまったら、その強化値は意味無くなるけどな」

 

 唯一の懸念がそれだった。

 

 以前のミトラ対ビムのように、敵将がカードゲームによる対戦を仕掛けてくれば、肉体の強化値はまるで無関係になる。盤面の上で起こるのは現実側の肉体がいくら強化されていても、それは反映されない。

 

 しかしシラベは、その可能性を低く踏んでいた。

 

「お前らの証言でだいたい目星はついてる。この世界の住人同士の争いでは、基本的に魔術師としての戦いは起こらねえ」

 

「ええ、その通りですわね」

 

 カルメリエルが頷く。

 

 レヴェローズが義勇軍に入ろうとした時、テストとして打ち合いをやらされたという話を、本人から聞いていた。元々レヴェローズは伝結晶6つを引っ提げて場に出る札だ。6/6相当の戦闘力があるあいつはあっけなく全員に勝って、即日その義勇軍のトップに収まったらしい。

 

 カルメリエルもまた同じだ。教団の立ち上げ初期、信徒に取り込もうとした機械人たちは、わざわざカードで戦わなくとも信徒たちが囲んで棒で叩くだけで解決した、と言っていた。聖女の物言いとは思えない直接性だが、要は同じだ。

 

 レヴェローズとカルメリエル、そのどちらもプレイヤーとしては見なされていない。そしてこの世界の住人は、シラベやミトラのような「外から来た魔術師」だけに、カードゲームを挑んでくる。住人同士でデュエル盤を展開する主導権が無い。

 

 だから、レヴェローズが自身の効果で強化したまま正面から突っ込めば、敵将がよほどの怪物でない限り、その後はもう物理で押し切れる。一騎討ちで相手取っているなら、もうこちらの勝ち筋は確定したようなものだった。

 

「あとは結果を待つだけだな」

 

 シラベは頭の中を戦場から別の方角に動かし始めていた。現実離れしている二種の事象に、考察脳と呼べる部分が少しざわついていた。

 

「なぁ、カルメリエル」

 

「はい」

 

「お前さ。この世界、なんだと思う」

 

 その質問は、シラベが最近ずっと頭の隅で転がしていたものだった。

 

 カルメリエルは少し考えてから、ゆっくりと口を開く。

 

「九脊界が再現された、ゲームそのものの中、と考えておりますわ」

 

「ゲームそのものの中、ねぇ」

 

「九脊界そのもの──私たちが本来生きていた『あちら』──に、シラベ様やミトラ様が投影されるようなシステマチックなものが存在しているとは考えにくいですし。あれはひどくゲーム的と言えるでしょう?」

 

「あー、てっきり、カードバトルなんてものがあるからおかしいって話になるかと思ったんだけどな」

 

「いえ。記憶や現象をカードとして扱う術自体は、戦乱葦野(ミズガルズ)でも珍しくはありましたが、なくはない、と言ったところでしょうか」

 

 なるほど、とシラベは頷いた。彼女たちの住んでいた本物の九脊界もファンタジー、魔術的な仕組みが備わっている。カードを扱うというカードはシラベさ知らないが、内側の歴史を知るカルメリエルなら思い当たるものがあるのだろうか。

 

「むしろ、もっとおかしいのは──」

 

 言いかけて、カルメリエルが言葉を止めた。

 

 代わりにするりと。あまりにも自然な動作で、カルメリエルがシラベの膝の上に乗ってきた。

 

「おい」

 

 シラベが反応する間も無く、カルメリエルは横向きに座り、シラベの胸元を細い指で小さく掴む。糸目を少しだけ開いて、上目遣いでシラベを見上げる。

 

 唇が、拗ねたように尖っていた。

 

「この世界では、男女が深く愛し合うことも出来ません」

 

「うん?」

 

「こんなのおかしいではありませんか」

 

 カルメリエルが、悔しそうに額をシラベの肩口に擦り付ける。

 

「絶対におかしいです。明らかに人として基本的な部分を奪われております」

 

「お前、それまだ拗ねてんのか」

 

 シラベはやれやれと首を振りつつも、カルメリエルの頭に手を載せてぽふぽふと撫でてやる。先ほどの嫉妬といい今のといい、こいつ、今日はやけに甘えてくるなと内心で苦笑する。

 

 軽口で逃がそうとして、ふと、別の部分が頭に引っかかった。

 

「でも、ゲームの中だとしてもおかしなところがあるよな」

 

「と、申しますと?」

 

 額を擦り付けたまま、カルメリエルが応じる。

 

「まずよ、ゲームの中なら、レヴェローズの能力であんな風にリアルファイト出来るのがおかしいだろ」

 

「あら」

 

「いくら精霊だからって、現地民どもまで強化しながら剣でぶった切り回るような動きが出来るなんて、想定されてる動きとは思えねえ」

 

 シラベは指先で、カルメリエルの後頭部の毛を梳いていく。

 

「あと、俺らは今日まさに戦略シミュレーションみてえな動きしちゃってるが、元のエリューズニルにそんなデータあるわけねえだろ。あれはあくまでカードゲームアプリだ。模擬戦からの電撃戦みたいな組み立て、システムとして用意されてるわけがねえ」

 

「ええ、確かに」

 

「それに。何人か信徒や義勇軍に話を聞いたんだが、しっかりそいつらにバックボーンがあった。どこの脊界の生まれで、どうやって死んで、ここに辿り着いたかをきちんと答えやがる」

 

 シラベの指が、カルメリエルの髪の中で止まる。

 

「そこまで細かく設定してるゲームも無くはないだろうが、なんというかな。偏執的なゲームデザインという感じじゃないし」

 

「ふむ」

 

 カルメリエルの額が、シラベの胸板の上で軽く擦れる。

 

「ゲームにしては緻密過ぎる、と」

 

「異世界にしてはシステマチック過ぎる、とも言えるな」

 

 シラベは天幕の天井布を見上げて、深く息を吐いた。

 

 ゲームの中であるという仮説では説明できない部分。九脊界そのものであるという仮説でも説明できない部分。その両方が、それぞれ別の角度からシラベの頭を引っ掻いてくる。

 

 そして今、ストーリーの筋書きをわざと無視して横入りで殴りに行くという暴挙が、この世界の整合性にどう作用するのか。ノルドリッチの言う神様とやらが、この乱暴な動きをどう受け止めるのか。

 

 その辺りが、シラベの胸の奥にずっと薄く灯っている懸念だった。

 

「シラベ様」

 

 カルメリエルが小さく呟いた。

 

「私を愛でてくださる最中に気を散らすのは不義理というものでは?」

 

「お前が勝手に乗っかってきたんだろうが」

 

「あら、そうでしたかしら」

 

 とぼけたカルメリエルが、シラベの胸元をきゅっと握り直す。

 

 シラベはもう一度、頭の上の腹黒シスターを撫でてやることにした。

 

 

 *

 

 外の喧騒がにわかに大きくなった。興奮したような話し声、駆けてくる足音、そして満足げな鼻息。

 

 天幕の入り口の布が強く跳ね上がった。 

 

「契約者ぁっ! 帰ったぞ!」

 

 戦勝の咆哮そのものといった声で、レヴェローズが天幕に踏み込んできた。

 

 全身土埃にまみれ、衣装はあちこち切れているものの、それでも顔は満面の笑みでフンスと鼻息を荒く吐いている。

 

「大将首を獲ったのは私だ! 褒めるがいい! ……む」

 

 堂々たる様子で自慢していたレヴェローズの目が、シラベの膝の上のカルメリエルを捉えた。

 

 次の瞬間、レヴェローズの片手がカルメリエルの肩を掴んだ。

 

「姉様、邪魔だ。退いてくれ」

 

「嫌です」

 

「私の方が戦果を上げて帰って来たのだぞ!」

 

 ぐいぐいとカルメリエルを横から押し退け、空いた膝の上に半ば強引に自分の上半身を割り込ませてくる。シラベの胸板に頭を擦り付けてくる重みがピンク髪から金髪に切り替わった。木椅子が嫌なきしみ方をした気がする。

 

「契約者! 撫でろ撫でろ! 頭、頭!」

 

「お前なぁ……」

 

「予定通り敵将を打ち倒してきたのだぞ! 褒美をよこせ!」

 

 暑苦しく揺すられるようで元々そのつもりだったのが若干削がれるが、仕方なく頭を撫でてやる。押し退けられたカルメリエルがまた唇を尖らせたが、もう片方の手を頭に乗せてやると笑みを戻した。独占出来なくてもこれはこれで満足らしい。

 

 レヴェローズの後を追うように、もう一つ足音が天幕に入ってきた。

 

 ミトラだ。彼女の後ろから灰色の毛並みの巨大狼、モングレルがついてきている。そして、その口の中には、芋虫のように暴れる特大の麻袋がしっかりと咥えられていた。

 

「ぐっ、ふっ、……だ、出してくださ……っ」

 

 袋の中からはこもった少女の悲鳴が漏れ続けている。麻布の表面が内側から弱々しく伸びたり凹んだりするのが見ていて分かりやすい。

 

 体格の大きな狼は天幕の中には入れない。モングレルは天幕の入り口で軽く首を振り、ぽいと麻袋を地面に放り投げた。袋はそのまま天幕の中央までごろごろと転がってくる。

 

「きゃっ、ひゃっ、落ち、なになになに……っ!?」

 

 ミトラは麻袋の動きをぼんやり眺めてから、シラベの方を振り向いた。

 

 美女二人に殺到されているシラベを見ても、ミトラの得意そうな顔は変わらない。むしろ口の端を僅かに吊り上げる余裕すらある。

 

「ただいま。戦利品(ヒロイン)、確保してきたわよ」

 

 レヴェローズに負けず劣らず堂々とした宣言の後、のしのしとシラベに歩み寄るミトラ。そしてレヴェローズとカルメリエル、両者の足の上に登って足を組んだ。

 

「うん。結構いい座り心地じゃない?」

 

「絵面は完全に裏世界のドンって感じだけどね」

 

 ミトラの呟きにうんざりしたような声色を出したデッキケースが平手打ちされる。

 

 天幕の真ん中では麻袋が絶えず形を変え、中身の少女の悲鳴と共に小さく揺れ続けていた。




コミケ108スペース頂きました
間に合えばカスレアクロニクルの本もなんか出したい
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