「あんたのターンの終了時にレスポンス、『古ルーンの教科書』の能力を起動」
ミトラが短く告げると、彼女の場にあった分厚い古書が、パラパラと激しくページをめくらせながら光の粒子となって崩壊した。
「コスト2、自身を生け贄。……山札からルーンを1枚手札に加える」
彼女の手元に一枚のカードが飛来する。その情報はシラベにも開示される。
神印の一つ、『ヘイムダルの神印』。先に出された『フレイ』と同じく、三つ揃うことによって多くのマナを生み出す特殊ルーン。
シャッフルの処理が終わると、ミトラの3ターン目が始まった。
「ドロー」
カードを引いた瞬間、ミトラの眉が僅かに顰められたのをシラベは見逃さなかった。
ほんの一瞬、汚物でも見るような目つき。
(ルーン事故、いや教科書でサーチした直後だ。サーチしたのがダブったか?)
シラベがいぶかしむ中、ミトラは引いてきたカードを手札の端に押し込み、先に見たカードをセットした。
「『ヘイムダルの神印』をセット」
『ヘイムダルの神印』
コスト:-
タイプ:ルーン
・〈T〉:無属性マナを1点生み出す。
・あなたが『フレイの神印』『ヘイムダルの神印』『ティールの神印』をコントロールしている場合、代わりに無属性マナを2点生み出す。
地響きと共に、山稜の幻影が先ほどの尖塔と並ぶように出現する。
これで場には『フレイ』と『ヘイムダル』。
神印が二種類。あと一種類──『ティールの神印』が揃えば、あのデッキは凶悪な魔力を吐き出すマナ・プラントへと変貌する。
だが、まだ揃っていない。まだ、間に合う。シラベは自分に言い聞かせ、焦りを表に出さないようにする。
「ターンエンド」
「へいへい、待ちくたびれたぜ。俺のターン」
シラベの4ターン目。
ここで回答を引かなければ、次のターンには膨大なマナで踏み潰される蟻になる。
祈るようにドローし──そのカードを見て、シラベは目を閉じた。
「戦闘に入る。『火達磨兵』と『仕立屋の下手人』でアタック」
シラベは盤面の小粒たちを走らせる。
小男と小人がミトラの結界を殴打し、ライフを15まで削り取る。
「戦闘終了。メイン
シラベは手札のカードを、さも「ついでに引いたから出しておくか」程度の軽い手つきで放り投げた。出さなければならなかった。たとえ打消しのリスクがあっても、今出さなければ確実に負ける。
「3マナ使用。呪法『
瞬間、フィールドの空が禍々しい赤紫色に染まり始める。空中に巨大な炎の幻影が浮かび上がり、ミトラの背後に聳える神印の塔を赤橙色に照らし出した。
『
コスト:〈2〉〈火〉
タイプ:呪法
・基本でないルーンは『火のルーン』である。
「……ふざけてるの?」
ミトラの声が、氷点下まで下がった。無理もない、とシラベは思いつつほくそ笑む。
「メインからメタカード積むなんて、随分なやり口ね」
「まさかぁ。火単ならこんなもんだろ。嗜みだよ嗜み」
『
闇属性の『
「で? 通りますか?」
ミトラの青いマナが即座に反応する。
「レスポンス。2マナ、戦略『
ミトラが指を弾くと、青い閃光が走り、形成されかけていた炎神の庭を粉々に打ち砕いた。
『
コスト:〈1〉〈水〉
タイプ:戦略
・カードの使用1つを対象とし、それを打ち消す。そのカードがこれにより打ち消されたなら、それを持ち主の墓地に置く代わりに手札に戻す。
・カードを1枚引く。
打ち消された『
「対象を場に置かれる前に持ち主の手札に戻す。その後、私はカードを1枚引く。……そんな露骨な致命傷、通すわけないでしょ馬鹿じゃないの」
ミトラは不愉快そうに鼻を鳴らし、追加効果でカードを1枚引いた。
「だよなぁー。まあ、一応出してみただけだよ」
シラベはにへらと笑い、戻ってきたカードを手札に収めた。だが、その内心では冷や汗を拭い、安堵の溜息をついていた。
(危ねえ……! やっぱ対応札持ってやがったか。だが、撃たれたのが『再提出』で助かった)
もし完全に無効化して墓地に送る『対話無視』や『一方的な論殺』だったら、シラベの勝ち筋はその時点で消滅していた。しかし手札に戻されたということはまだ目がある。脅威はまだここにあるということだ。
たとえ膨大なマナが生まれるとしても、ミトラは常に『
高校時代に1枚だけパックを剥いて手に入れていたこのカード。それがシラベの生命線だった。
「ターンエンドだ」
「私のターン、ドロー」
ミトラの4ターン目。
ミトラは鋭い眼光でシラベを一瞥すると、手札から最後のピースを叩きつけた。
「『ティールの神印』をセット」
『ティールの神印』
コスト:-
タイプ:ルーン
・〈T〉:無属性マナを1点生み出す。
・あなたが『フレイの神印』『ヘイムダルの神印』『ティールの神印』をコントロールしている場合、代わりに無属性マナを2点生み出す。
重厚な鐘の音のような振動が、空間そのものを震わせた。
鉄塔、山稜に続き、巨大な溶鉱炉のような施設が出現する。
古の神フレイは無垢な妖精たちへ平和を齎すため、自ら創り上げた尖塔に登り、そこで
『フレイ』『ヘイムダル』『ティール』。三つの神印が揃い踏みし、フィールドの空気が震えるほどの魔力が奔流となって溢れ出した。
「
ニコリともせず、ミトラは手札からカードの引き抜く。
「2つの神印から無属性マナを2ずつ生成。……4マナ使用、機械・生命体『
溢れ出るマナの奔流の中から、優雅なシルエットが浮かび上がった。
ローズピンクの長髪。慈愛に満ちた笑み。そして聖職者の法衣ごとき慎ましさと、娼婦のごとき扇情的な肉体を併せ持つ聖女。
先日シラベの部屋でレヴェローズが実体化した時と同じ、圧倒的な存在感を持って、彼女はそこに顕現した。
墓地にいるレヴェローズの気配がざわりと波打ったのをシラベは感じ取る。
『
コスト:〈4〉
タイプ:機械・生命体 ― 総司令
・伝晶2(この生命体は
・
[0/0]
168cm/76kg/B128(L)/W66/H100
カルメリエルはゆっくりと目を開き、その糸目の奥にあるエメラルドグリーンの瞳でシラベを見据えた。
「ごきげんよう、愛しき妹の契約者様」
鈴を転がすような心地よい声。だが、そこに含まれる湿度は、鼓膜に粘りつくように不快だった。
「いつも妹がお世話になっておりますわ。あの不出来な子が、貴方様のような殿方に拾われるなんて……ふふ、どんな生活をなさっているのです?」
「さてな。色々おもしろおかしくやってるよ」
カードゲームにおいて対戦中の会話は推奨されるものではない。だが精霊に対してはどうなのだろうか? シラベは訝しむが、ここは応対することにした。
「面白おかしく? ああ、やはり。貧しい暮らしをなさる方は、己の低俗さを俯瞰出来ないものなのですね。薄汚いネズミにとっての面白さなど、世にとっては害悪他ならないというのに」
「でかいお世話だ。お前らの王家じゃ、初対面の相手をネズミ扱いするのが礼儀なのか?」
「あら、ご不満? でも、
顔を引きつらせてながら答えるシラベに彼女はうっとりと頬を染め、自身の豊かな胸の前で手を組んだ。
「ああ、可哀想なレヴェローズ。こんな殿方に飼い殺しにされているなんて……姉として、今すぐ救済して差し上げなくては」
飼い殺しなどという状態になっているなら、さっきの暴走など起こるものか。シラベはそう言い返したかったものの、背筋に走る悪寒がそれを留めた。
再び糸目の奥に秘されたカルメリエルの瞳が、シラベを射抜き続けている。それがひどく悍ましく思えた。
だが、シラベは冷静さを保っている。
(これ以上の展開はしてこない。そのはずだ)
ミトラの手札はまだあり、まだマナもある。にも関わらず、カルメリエルだけでターンを終了しようとしている。それはつまり、手札に戻った『
神印を『
「エンドよ」
「俺のターン。ドロー」
シラベの5ターン目。盤面を動かしにかかる。
「墓地の『無謀な設計変更』の能力起動! 『バックドラフト』!」
墓地から納期変更によって燃え上がった筈のカードが、今再び大炎上する。
3マナを支払い墓地のカードを除外し、2枚ドロー、2枚ディスカード。手札交換を行う。
「2ドロー、2ディスカード。捨てるのは……『終わりなく集う者』と、機械『
先ほどレヴェローズのせいでサーチしそこなった生命体と置物を墓地に送る。準備は整いつつある。シラベは号令を出すように手を挙げた。
「そして、盤面の『仕立屋の下手人』の能力起動! 火1点、自身をステイ、コストとして『
シラベは場の『火達磨兵』が出した『
「墓地にあるコスト3以下の機械を対象とし、フィールドに戻す! 戻れ、『
『下手人』が舞い踊る。それに呼応して、地面を切り開きながら奇妙なカプセルのような装置がせり上がってきた。
『
コスト:〈2〉
タイプ:機械
・生命体が1体フィールドに出るたび、そのコントローラーは1/1の『晶体』機械・生命体
お互いの場に生物が出るたび、自動的に1/1の
「ターン終了だ」
「エンド前にレスポンス。戦略『
ミトラが素早く割り込む。手札から放たれたカードが白紙の紙となり、神速で図案が描き上がっていく。
『
コスト:〈2〉〈水〉
タイプ:戦略
・カードを3枚引く。その後、あなたが機械カードを1枚捨てないかぎり、カードを2枚捨てる。
3マナを支払い、青い閃光と共にカードを3枚引く。そして手札から不要になった『古ルーンの教科書』を1枚捨てた。手札補充。ミトラの盤石な体制が整っていく。
「私のターン。ドロー」
5ターン目。
ミトラはドローしたカードを確認する。
その瞬間、フィールドに立つカルメリエルの表情が、ぱぁっと花が咲くように輝いた。
「まあ……! 素晴らしいですわ、契約者様!」
聖女の声が弾む。彼女は背中のドローンを激しく明滅させ、ミトラの手札を覗き込むように身を乗り出した。
「ふふ、ふふふ!! それです、それこそが王家の威光! それこそが、愚かな者たちを導く至高! さあ、今すぐそれを!」
カルメリエルの興奮ぶりとは対照的に、ミトラは冷めた目で手札を見つめていた。
「……うるさい。今は出さないわよ」
対照的に、ミトラは冷めた声で一蹴した。ドローしたカードを手札の奥へと隠す。
「『水のルーン』をセット。……2マナ使用、『
重々しい音を立てて、緑色の液体が満たされた円筒形のタンクが出現する。
『
コスト:〈2〉
タイプ:機械
・あなたのターン開始時に、機械・生命体1つを対象とする。それの上に
「さらにもう1枚、『結晶育成槽』を設置」
不気味な泡を吹くタンクが二つ並ぶ。
毎ターン自動で強化カウンターをばら撒く装置だ。放置すれば場にいる生命体──カルメリエルが怪物的なサイズへと成長していく。
「エンドよ」
ターンが移るその間際、シラベは思考を高速回転させていた。
(あの聖女の反応……そしてミトラの拒絶。引いたな、『シルヴァルナ』を)
シラベの脳裏に、かつて読み耽った『エインヘリヤル・クロニクル』の背景ストーリーが蘇る。
機械聖教の聖女カルメリエル。彼女はドゥブランコ帝国の王女という身分でありながら、裏では敵対勢力である海洋融合連合ヴラフマと密約を結ぼうとした。その密約の証として、連合からある「宝物」を譲り受けた。
その宝物の名こそ『剛金独鈷シルヴァルナ』。彼女はその力でドゥブランコ王家を裏から操り、姉を葬り、独裁を敷いた。
精霊としての彼女が、自身の象徴とも言えるそのカードに執着するのは当然なのだろう。
(間違いない。奴の手札には爆弾がある。……そして、俺の手札にある『
現状、ミトラの場にあるルーンは5つ。出て来るマナの総数は9。6マナの『剛金独鈷シルヴァルナ』を出せはするが、即時の起動に必要な4マナは支払えない。こちらに準備をさせてしまうのは、コントロール奪取をするカードの旨味を損ねてしまう。シラベが握る火属性は機械破壊の戦術カードも多いため、無計画に出せば破壊されてしまう危険性もある。――もっとも、破壊に関してはカルメリエルの能力で戻す事が出来てしまうのだが。
そして、『
張り詰めた緊張の糸が、盤上に見えない火花を散らしていた。
睨み合う両者。一瞬の油断が死を招く、真綿で首を絞め合うような神経戦が続いていた。