「俺のターン。ドロー」
シラベの6ターン目。
ドローしたカードを確認し、シラベは小さく息を吐いた。
相手のマナは伸びきり、手札も潤沢。対してこちらは攻め手を欠いている。だが、ここで足を止めればジリ貧になるのは明白だ。待ちをする手は無い。
「4マナ使用、機械・生命体『伝結晶の随伴機』を召喚」
シラベがカードを叩きつけると、空間の裂け目から顎門を持つ多脚戦車のような機械獣が這い出した。
『伝結晶の随伴機』
コスト:〈4〉
タイプ:機械・生命体
・機械が1つフィールドに出るたび、伝結晶の随伴機の上に
・伝晶1
[0/0]
その体躯は小さく、『火達磨兵』の小男と同じ程度の貧相なもの。しかしその隣で稼働し始める機械と呼応するように、躯体を震わせ始めた。
「着地。『随伴機』は『伝晶』でカウンターが1つ乗る。……そして『結晶駆動胎』の効果誘発」
設置済みの『
「機械・生命体である
ガキン、と音を立てて随伴機の装甲が厚みを増す。
周囲で駆動するエネルギーを取り込み肥大化していく自己成長機械。その影響範囲は自軍だけに留まらず、敵軍で起動した機械の波動をも感じ取り餌にする。
現時点でのサイズは2/2。まだ脅威と呼ぶには頼りないが、放置すれば手がつけられなくなる時限爆弾だ。
「ターンエンドだ」
「私のターン。……『
ミトラの6ターン目。彼女の場に並ぶ2基の『
「『育成槽』2つの効果対象は、どちらも『カルメリエル』へ」
緑色の薬液が注入され、フィールドに立つ聖女の力が膨れ上がる。カルメリエルの肌が艶を増し、背後のドローンが激しく回転を始めた。もともと2つだったカウンターに、さらに2つが加算され、合計4つ。サイズは4/4。
中堅サイズとなった聖女は、恍惚とした表情で自身の身体を抱きしめた。
「ああ……力が満ちていきますわ。これで、あの子をいつでも迎え入れられます」
「ドロー」
聖女の陶酔を無視して、ミトラは淡々とカードを引く。
その瞬間、彼女の瞳が僅かに揺れた。
引いてきたカードを見るなり、彼女は即座にマナの計算を始める。その視線はシラベの手札──おそらく次に来るであろう致命的な一手『
彼女は手札の1枚を温存し、マナを残してターンを返そうと口を開きかける。
「ターンエ……」
「いいえ、契約者様」
冷ややかな声が、彼女の言葉を遮った。
カルメリエルだ。彼女は背後からミトラの肩に手を置き、耳元で甘く囁いた。
「出し惜しみはいけませんわ。最高の舞台には、最高の役者が必要でしょう?」
「は……? 何言って……今マナを寝かせたら……」
「お出しなさい。忌々しい『焦熱原野』など、我が至宝の前では恐るるに足りません」
カルメリエルの見えざる手がミトラの手首を掴む。
物理的な力が加わったわけではない。だがミトラの腕は彼女の意思を裏切り 手札の奥にあるカードへと伸びていく。
「や、やめ……! これを出したら、カウンターが撃てなく……!」
「良いのです。さあ、私達の『宝物』を」
抵抗するミトラの指が、強制的に一枚のカードを引き抜かされる。
「6マナ使用……『剛金独鈷シルヴァルナ』を設置……ですわね」
聖女の宣言と共に、カードがフィールドに叩きつけられた。
天から黄金の輝きを放つ
複雑怪奇な文様が刻まれたそれは、見る者の精神を不安にさせる不協和音を奏でていた。
『剛金独鈷シルヴァルナ』
コスト:〈6〉
タイプ:機械 ― 唯一
〈4〉,〈T〉,このカードを生け贄に捧げる:プレイヤー1人を対象とする。あなたはそのプレイヤーの次のターンの間、そのプレイヤーをコントロールする。(あなたはそのプレイヤーが見ることのできるすべてのカードを見て、そのプレイヤーのすべての決定を行う)
「ふざけ……勝手な真似を……!」
ミトラが激昂して振り返ろうとする。だが、カルメリエルは慈母のような微笑みを浮かべたまま、顕現した『シルヴァルナ』の表面を愛撫するように指でなぞった。
「シィーッ。静かになさいませ、契約者様」
指先から黄金の波紋が広がり、ミトラの身体へと伝播する。
「あっ……、あ……」
ミトラの瞳から急速に光が失われていく。
抵抗の意志が削ぎ落とされ、焦点が合わなくなり、やがて彼女は糸が切れた人形のようにダラリと腕を垂らして沈黙した。
プレイヤーの意思を奪い、ゲームの駒として支配する『シルヴァルナ』の効果そのものを、持ち主に適用したかのような光景。
「……おいおい、マジかよ」
対面のシラベは、戦慄に顔を引きつらせた。
精霊の実体化までは許容範囲だとしても、プレイヤーへの直接干渉、それも洗脳まがいの行為となれば話は別だ。あれはもはやカードゲームの演出ではない。心霊現象か、あるいはもっと悪質な呪いだ。
「ご安心なさい、少し静かにしていただくだけですわ。……さあ、続けましょう? 手番をどうぞ」
カルメリエルは悪びれもせず、シラベに向かって優雅に一礼した。
その常軌を逸した振る舞いにシラベの背筋に冷たいものが走りながらも、思考はクリアなままだ。
(友達だったら殴ってでも止めるが……あいにく、俺はあの35歳児と話すようになって数日の他人同士だ)
シラベは冷徹に思考を切り替えた。
ミトラがどうなろうと知ったことではない。むしろ、相手が内輪揉めで自滅してくれるなら好都合だ。
勝てば官軍、負ければ無職。同情している余裕など、今のシラベには1ミリもない。
「宣言は明確に頼むぜ。『随伴機』の解決後、ターンエンドってことでいいんだな?」
返答はない。だが、カルメリエルが微笑むのみ。
それを了承と受け取ったシラベは随伴機を見やる。相手の場であっても見境なく、その機械は外殻を増大させる。更に一回り大きくなり、3/3となる。
「俺のターン。ドロー」
シラベの7ターン目。
カードを引き、盤面を睨む。
ミトラのマナゾーンには、『フレイ』『ティール』『ヘイムダル』の3種の神印が揃っている。
しかし、先ほどの『シルヴァルナ』の強制召喚で6マナを消費したため、残っているのは『ヘイムダル』と『水のルーン』の2枚のみ。
神印が揃っている状態の『ヘイムダル』は無属性2マナを生む。『水のルーン』は水1マナ。
合計、3マナ。
(3マナか……。まだ『再提出』や『リーク情報』が撃てるマナ域だ。だがあの様子じゃ、ミトラの意思で適切なカウンターを撃てるとは思えねえ。そもそも打ち消せるなら先のターンでバウンスなんてしないが、そこからの2ドローで引き込んでいる可能性はあるか?)
その時。
ズン、と。シラベの右手側、墓地の領域から重苦しいプレッシャーが這い上がってきた。
言葉はない。だが、強烈な自我が「出せ」と訴えかけてくる。
(分かってるよ。うるせえな)
墓地で待機するレヴェローズからの催促だ。
シラベは小さく舌打ちしつつも、口元を歪めた。盤面的にも、タイミング的にも、ここが勝負所だ。
「準備運動でもしてろ」
墓地に声を掛け、シラベは手札の一枚を高く掲げた。
「3マナ使用! 呪法『九脊界・焦熱原野《ユグド・ムスペルヘイム》』を発動!」
再度、空が燃える。
フィールドの空気が沸騰し、ミトラの背後に聳える巨大な神印の塔たちを、赤熱した猛火の幻影が再び飲み込もうとする。
基本でないルーンをすべて『火のルーン』へと書き換える、劇薬の呪法。これが着地すれば、3種揃って初めて真価を発揮する神印が無価値となる。爆発的なマナ加速は停止すれば、
通るか。
シラベはミトラ──その傀儡を手繰るカルメリエルを凝視した。
彼女の場には『水のルーン』が立っている。手札も十分。3マナあれば動ける幅は大きい。
だが。
「…………」
カルメリエルは、燃え上がる空を見上げ、興味深そうに目を細めるだけだった。
妨害は、ない。
炎の帳が神印を呑み込み、その輝きを赤色へと塗り替えていく。
(通った……? やっぱり、持ってないのか?)
あるいは、持っていたとしても呪法には触れない種類のカウンターだったのか。どちらにせよ、最大の脅威は去った。
「ルーンセット、『火のルーン』」
これでシラベのマナは6。手札は残り1枚。
シラベは墓地を見やり、緩みそうになった口角を溜め息で押し流す。
「行くぞ。戦術『廃棄孔からの再建』!」
『廃棄孔からの再建』
コスト:〈2〉〈火〉
タイプ:戦術
・この戦術を唱えるための追加コストとして、機械を1つ生け贄に捧げる。
・あなたの墓地にある機械1つを対象とし、それをフィールドに戻す。
シラベは場の『晶体
「コストとして機械1つを生け贄に捧げる。……対象は、墓地に眠る『
分解された粒子の光が、墓地の闇へと吸い込まれる。
直後、炎天が一瞬裂ける。目を開けていられないほどの紫電が迸った。
大地が割れ、噴き出す奔流の中から、軍服を纏う威風堂々たる姿が競り上がる。
「──再臨プロセス完了。全兵装、オンライン」
涼やかな宣言と共に、レヴェローズがフィールドに舞い戻った。
その身体には『伝晶6』の効果により、6つの伝結晶が輝いている。
フィールドの誰よりも巨大で、誰よりも圧倒的な質量を持つ総督の帰還だ。
『
コスト:〈8〉
タイプ:機械・生命体 ― 総司令
・あなたのターン開始時に、あなたがコントロールする各「伝結晶」生命体の上に
・伝晶6(この生命体は
[0/0]
175cm/68kg/B124(K)/W58/H96
いつものポンコツ総督なら、「私が主役だ!」「見たかこの輝きを!」などと騒ぎ立てる場面だ。
だが、今のレヴェローズは違った。そのアメジストの瞳には一切の笑みがない。あるのは、凍てつくような憤怒と、悲痛なまでの決意。
彼女はシラベの方を一瞥もしない。その視線は、対面に立つ姉──ミトラの意識を奪い、操っているカルメリエルに釘付けになっていた。
「……姉様」
「あら、ごきげんようレヴェローズ。やっと出てきてくれましたのね」
カルメリエルは悪魔的な笑みを深め、ミトラの頭を撫でた。
レヴェローズが、低く唸るように呟く。
「貴様、何をしている」
それは対戦相手への威嚇ではない。王族として、肉親としての、純粋な問い質しだった。
対するカルメリエルは笑みを深くするばかり。主であるミトラに寄り添い、その腕を持ってひらひらとおどけた調子で手を振らせる。
「ご紹介しますわ。私の新しいお人形です」
「人形……だと?」
レヴェローズの瞳に、怒りの色が宿る。
「契約者の意思を奪い、人形のように操るとは。それがドゥブランコの、聖女のやることか!」
義憤。支配者階級としての誇りを持つ彼女にとって、契約者である人間を洗脳し、尊厳を奪う行為は許容しがたい暴挙だったのだ。
(……そうか。こいつは知らねえのか)
シラベは両者の顔を見比べる。
『エインヘリヤル・クロニクル』の背景ストーリーにおいて、レヴェローズは辺境の植民地へと左遷され、本国に戻るきっかけとなったのは既に国は滅びた報を受けてからだったとされている。
姉であるカルメリエルが裏で敵国と通じ、国民どころか自身の姉であるヴェルガラさえも謀殺し、最終的には自らも凄惨な末路を辿った事を、彼女は知らない。
彼女の中の姉は、あくまで「優秀だが性格の悪い姉」で止まっているのだ。
「貴女は性格が悪く、陰湿で、私のすることなすこと全てを鼻で笑う嫌な女ですが……それでも! 王族としての矜持だけは持っていると思っていました!」
「矜持? ふふ、相変わらず青臭いこと。注ぐ油を変えたところで、歯車の巡りは悪いままね」
「黙れ!」
レヴェローズが叫ぶ。その怒りに呼応するように──あるいは無視して、シラベの盤面が動く。
「『
新たな1/1
「そして『伝結晶の随伴機』の効果誘発。レヴェローズとレプリカ、2体の機械着地により、カウンターを2つ追加! これでターン終了だ!」
傍らに控える『随伴機』が、姉妹の確執など知ったことではないと言わんばかりに姉妹と
3/3から、一気に5/5へ。フィールドには6/6のレヴェローズと、5/5の随伴機が並び立つ。
対するミトラの場には、4/4のカルメリエルのみ。その気味の悪い微笑みとは反対に、盤面は圧倒出来ていた。
「では、契約者様のターンですわね。ふふ、さぁ、お引きになってください……」
ミトラ、あるいはカルメリエルの7ターン目。
お人形遊びのようにミトラを動かすカルメリエルを見ながら、シラベは冷めた想いを抱えていた。
本来なら、ただの紙切れの数字比べだ。妹の怒りも、姉の狂気も、どうでもいい三文芝居はカードゲームに必要ない。
だが。自分が絵に釣られて始め、戦略にのめり込み、一喜一憂しながらも青春を謳歌した彼らが今、この場で動いている。それだけで、冷めている筈の想いがどうしようもなく脈打つのを感じていた。
こうなったら、とことん付き合ってやるのも悪くない。
「気張れよレヴェローズ。あのクソ姉貴の顔面を殴りつけてやれ」
シラベの言葉にレヴェローズはマントを翻し、敵へ切っ先を突きつけることで応えた。