カスレアクロニクル   作:すばみずる

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160 なんだっけ、それ ※

「レーラズ・フィールド、展開」

 

 ノルドリッチが歌うように告げた瞬間、その足元から細い光の線が走り出した。彼女を起点に、蜘蛛の巣を編むようにして光条が枝分かれしていく。すり鉢の底を這い、傾斜を駆け上がり、盆地そのものを薄い網で覆っていく。

 

 シラベはその光の意味を知っていた。ミトラと初めて卓を囲んだ夜にも、ヒナタと剣呑な一戦を交えた時にも見た、精霊がカードの戦いを起こす際に展開する戦闘結界、レーラズ・フィールド。

 

 知っているのは漫画で見た描写と、名前と、これが張られたら否応なく対戦に引きずり込まれるという事実くらいで、その細かい理屈までは正直よく分かっていない。だがろくでもないことをされるに決まっているという確信だけはあった。

 

「レヴェローズ!」

 

「カルメリエル」

 

 ほとんど反射にシラベとミトラは相棒の名を同時に呼ぶ。何をされるか分からない以上、同種の存在は必要になる。

 

「ダーメ」

 

 だが、二人の呼び声に被せるようにして、ノルドリッチが間延びした声で言った。掲げた杖を、軽く横へ振る。

 

 その瞬間、盆地の縁の方から、地鳴りに似たざわめきが湧き起こった。

 

 シラベは岩肌を仰ぎ見る。すり鉢の上、縁に沿って待機していた義勇軍と教団の合同部隊──ここまで二頭の狼を追って駆けてきた部下たちが、横合いから押し寄せた人影に呑み込まれかけていた。

 

 焦点の合わない目をして盆地を目指していた筈のソロモン兵たちだ。盆地へ流れ込み黒い油へと溶ける、その手前だった一団。それが今、夢遊の足取りのまま腕を振り上げ、待機していた部下たちへ襲い掛かっている。

 

「黒くなる前の子たちは、まだ動かせるんだよねぇ」

 

 ノルドリッチの視線はシラベたちではなく、狼に乗るレヴェローズとカルメリエルへ向いている。

 

「ほら、キミらが指揮してあげないと。部下くんたち、このままだと全滅しちゃうよ?」

 

 シラベは舌打ちして振り返った。

 

「契約者」

 

 レヴェローズの声は珍しく迷いが見えた。サーベルの柄に手を掛けたまま、行くべきか留まるべきか決めかねている。戦場では即断即決のこの女が、シラベの判断を仰ごうと視線をよこしてくる。

 

 どうもこうもない、というのがシラベの本音だった。どうせあいつらは俺らに関係のない連中だ。ここを出る俺達からしてみればいくらいなくなってもどうでもいい。

 

 頭の隅で冷えた声が囁く。やつら何人すり潰されようと、このゲームの勝敗には関わらない。割り切ってしまえば簡単な話だった。

 

「行け」

 

 だが、理屈を口に出す前に想い喉を通っていた。

 

「……よいのか」

 

「用があったらカードで呼んでやる」

 

 だから行け、と。再度そう言ってやると、レヴェローズの顔がぱっと晴れた。困惑の色が一瞬で喜びに塗り替わる。

 

「うむ。任せておけ。私を呼ぶ時は、ちゃんと格好良く召喚するのだぞ」

 

 言うが早いか、黒狼ヴェルカの手綱を握り直すレヴェローズ。だがシラベは、そういえばその後ろに簀巻きのミーシャが乗せられたままだったことを思い出し、シラベは慌てて手を伸ばした。

 

「待て待て、ヒロインは置いてけ。戦場に連れてくな」

 

「むう。締まらん」

 

 狼をシラベの傍に寄せ、簀巻きのまま下ろされたミーシャをシラベの傍に座らせる。何か言いたげにミーシャはシラベを見つめてくるが、構っている余裕はない。いい子にしてろとだけ言い置く。

 

 ヴェルカが地を蹴り、縁へ向けて駆け上がっていく。総督の号令が早くも斜面の上から響き始めた。

 

 その背を見送って、ミトラが大きく溜め息をついた。

 

「……はぁ。レヴェローズだけじゃ不安ね」

 

 灰色狼に乗るカルメリエルへ、ミトラは気怠げに手を振る。

 

「ほら、あんたも行きなさい。姉なんだから、妹がへマしないようにちゃんと見てなさいよ」

 

 カルメリエルはふむ、と考えすぐには頷かなかった。しかしミトラを薄く開いたエメラルドグリーンの瞳で見つめてから、ようやく頷く。

 

「かしこまりました。ご武運を、我が主」

 

 カルメリエルがモングレルの首筋を撫でると、巨狼はヴェルカを追って斜面を駆け上がっていった。

 

 あとに残されたのは、盆地の底に立つシラベとミトラ、そして芋虫のままのミーシャだけだ。

 

 二人は正面へと向き直る。ノルドリッチが少しばかり意外そうに目を瞬かせていた。杖の先で頬をとんとんと突いている。

 

「キミらのことだから、てっきり部下なんか見捨てるかと思ったのに。ちょっと意外」

 

「うるせえな」

 

 シラベは鼻で笑った。

 

「あいつらがいると『私を使え使え』ってのがいちいちうるせえんだよ。離れてってくれてせいせいしてるくらいだ」

 

 半分は強がりで、半分は本音だった。追いやったことで盤外戦術に対する手駒が減ったのは事実だが、レヴェローズの自己主張はいつであれ暑苦しい。

 

「ふうん。まあ、いいけどさ」

 

 ノルドリッチはシラベの強がりを軽く受け流し、それからにこりと笑った。

 

「安心しなよ。別にこのレーラズ・フィールドは、キミたちをどうこうしようってわけじゃないからさ」

 

 その言葉に、シラベは意識を向けるべきか迷う。どうせ道化師気取りの妄言だが、話す言葉には意識を向けさせる毒がある気がする。

 

「知ってる? この戦闘結界をさ、脊界の総則に刻み込んだのも、実はソロモン王なんだって。脊界樹(ユグド)に寄生してた名も無き樹があってさぁ。その枝を払い落として、枝が落ちた跡の草原を賭けて──」

 

「知るか。そういうのはwikiに書いとけ。編集管理人に消されてなかったら暇な時に読んでやるから」

 

 ノルドリッチがシラベの言い振りに心底不服そうな顔で唇を尖らせる。

 

「せっかくの豆知識なのに。キミそういうとこあるよね」

 

「公式から出てなきゃただの脳内設定なんだよ、そういうのは」

 

 とはいえ、こいつの口から漏れる断片がいちいちこの世界の核心に触れているらしいのは薄々察している。あるいは反応を探ってこちらの意識をそちらに割かせたいだけか。

 

「とにかくね」

 

 ノルドリッチは気を取り直すように咳払いを一つ。

 

「レーラズ・フィールドの効果ってのは突き詰めていくと、ルールの強制なんだよ。一度敷いちゃうと展開したボク自身ですらもうそのルールには逆らえない」

 

 くるりと杖を回し、両手を広げてみせる。

 

「だからさ、安心していいよ。この後にボクがこっそりイカサマするとか、途中でルールをねじ曲げるとか、そういう心配はしなくていい。この場じゃ、ボクもキミらも、同じルールの下でしか動けないんだから」

 

「……どの口が言ってんだ」

 

 人を溶かしてヒトガタを作ろうとしていた外道の張本人の台詞とは思えない。しかしレーラズ・フィールドについてはどの精霊も扱うものだ。本質がルールに縛られるという話が真実であるなら、こいつにとっても枷になる悪くない話ではある。

 

 シラベは視界の端に浮かぶホログラムへ目をやった。

 

 自分とミトラのすぐ傍に、薄青く光るライフの表示がある。

 

 カルメリエルたちと合流してからこちら、シラベたちはカルメリエルの指示で信徒たりが各地から掻き集めていた強化アイテムの恩恵に預かっていた。その成果として、二人の初期ライフは25点まで底上げされている。

 

 その25が二人ぶん。だから50。

 

(チームで一つのライフを共有してるってことは……これ、『魔術同盟』のルールだな)

 

 シラベの脳裏にルールブックがぼやりと浮かび上がる。

 

 魔術同盟。複数のプレイヤーが徒党を組んで戦う、多人数戦の様式の一つだ。

 

 同盟を組んだプレイヤーは一つの共有ライフを持つ。ターン処理は同盟単位でまとめて行い、その間は同盟内で相談し放題。ただしマナなどのリソースはあくまで個人管理で、たとえばマナを貸して使わせるなんて融通は利かない。

 

 相手の攻撃は同盟のプレイヤー個人を狙って飛んでくるが、それをブロックする際にはチーム全員の生命体を防御に回せる。そして通ったダメージは共有ライフから引かれ、それがゼロになった同盟が敗北する。

 

 想定していた多人数戦の中でも扱いやすいルールが来てくれた。シラベは内心で胸を撫で下ろす。もしバトルロイヤル形式だったなら、ミトラがガチの多人数戦で使う参加者全員焼き払う焦土作戦デッキを持ち出されるところだった。そうなるとシラベは血を吐きながらライフ回復を行うデッキに握り替える必要があったが、その心配はなくなった。

 

(で、だ。多人数戦でわざわざ魔術同盟を持ち出すってことは──)

 

 向かいに目をやる。にこにこと笑うノルドリッチと、その傍らで不格好に立ち上がった油溜まりの王。

 

(ノルドリッチとソロモン王。あの二人がタッグって事か?)

 

 考えを巡らせるシラベの前で、ノルドリッチはぱんと手を打った。

 

「じゃ、そろそろ始めようか」

 

 先攻後攻はダイスで決めるのが流儀だ。シラベがここでの対決のいつも通りにサイコロが現れるのを身構えて待っていると、ノルドリッチはあっさりと言ってのけた。

 

「あ、先攻はそっちからでいいよー。どうぞどうぞ」

 

「……余裕のつもりかよ」

 

 ダイスロールすらすっ飛ばして譲ってくるとは。舐められているのか、それとも先攻を渡したところで揺るがない確信があるのか。どちらにせよ気に食わない。

 

 ミトラも眉をひそめていたが文句は言わず、初期手札の七枚を引いた。

 

 カードゲームとしての戦いを始めるのであれば、頭の一つを下げるのが礼儀というものだろう。だが相手はろくでなしの精霊と敵意しか感じられない他称ソロモン王。礼節をどうこう言えそうな存在ではない。

 

 そうだとしても、シラベとミトラは自然に頭を下げた。それが自分たちにとってのいつも通りなのだから。

 

「対戦よろしくお願いします」

 

 

 *

 

 

「俺たちのターン」

 

 先攻一ターン目。手札を見た瞬間から決めていた手の動きがシラベの口を追い越していく。

 

「風のルーンをセット。風マナ一点で、呪法『伝結晶潤滑剤(クリスタル・ルーブ)』を設置」

 

 消費されたマナがうねりを帯びた液体となって戦場の一角を陣取る。

 

 


伝結晶潤滑剤(クリスタル・ルーブ)

 コスト:〈風〉

 タイプ:呪法

・あなたがコントロールする生命体がフィールドに出るか、それの上にCC(クリスタル・カウンター)が置かれるなら、代わりにその個数に1を足した数のCC(クリスタル・カウンター)を置く。


 

 

 CCが置かれるたび、その数に一つ上乗せする文字通りの潤滑油。伝結晶系の盤面を一段速く回すためのエンジンだ。先置きしておけば後から並べる機械たちが勝手に肥える。

 

 シラベの宣言に引き続き、ミトラがカードを並べていく。

 

「水のルーンをセット。一マナで、『改造被験者ツクバーン』を場に」

 

 培養槽じみた装置に詰められた小さな人型がフィールドに出現する。

 

 


『改造被験者ツクバーン』

 コスト:〈水〉

 タイプ:生命体

・あなたのドロー前、ライブラリーの一番上にあるカード1枚を見る。あなたはそのカードを公開してもよい。これにより戦術か戦略であるカードが公開されたなら、改造被験者ツクバーンを形態変化させる。

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 二ターン目から強力な生命体になれる可能性があるカードだ。シラベ同様、一ターン目の動きとしては悪くない。

 

「ターンエンド」

 

 二人は声を揃えて宣言した。

 

 次は相手の番。あの黒い王がどんな軍勢を吐き出してくるのかと、シラベは唾を飲み込む。

 

 だが。

 

「じゃ、次のターンどうぞ」

 

 ノルドリッチは、にこやかにそう言っただけだった。

 

「……あ?」

 

 シラベは間の抜けた声を漏らした。

 

 何もしていない。ルーンも置かない。生き物も出さない。それどころか──。

 

「おい、ドローしろよ」

 

 ドローしてカードを使わずパスする、いわゆるドローゴーですらない。ノルドリッチも「ソロモン王」も、山札に指一本触れた様子がないままターンを終わらせている。

 

「自分のターンの始めにカードを一枚引く。それはどんなプロトコルでも変わらねえ基本ルールだ。引かずにターンを飛ばすなんて──」

 

「待って」

 

 ミトラが低い声で割り込んだ。あきらかな緊張が混じっている。彼女はノルドリッチと王、その周囲を汚物でも見るような険しい目で凝視していた。

 

「シラベ。あいつらのライフって、見える?」

 

「は?」

 

 言われて、シラベは改めて盤面の向こうへ目を凝らした。

 

 自分とミトラの傍には50という数字を抱えた薄青いライフ表示が浮いている。なら、対戦相手であるノルドリッチたちの側にも対になる表示があるはずだ。

 

 だが、無い。

 

 ノルドリッチの周りにも、油溜まりの王の周りにも、ライフを示すホログラムの類が一切表示されていない。

 

「……無い、な」

 

 ドローを当然の様に飛ばし、ライフも無い。明らかな異常に遅れて気付き、シラベは臓腑が引き攣るような感覚に襲われた。

 

「おい。これどういうことだ。バグってんのか、それともお前のイカサマか」

 

「やだなぁ、人聞きの悪い」

 

 ノルドリッチはけらけらと笑った。

 

「安心してよ。これはちゃんと、エリューズニルにあらかじめ設定されてるゲームのルールを使ってるだけだから。言ったでしょ? このフィールドがある以上、ボクもズルできないよ」

 

「馬鹿言え。ライフも何も無くて成立するゲームがあるかよ」

 

 ライフを削り合うのがこのゲームの根幹だ。――特殊勝利カードや敗北条件は色々あるが、シラベでさえ言い掛けたその混ぜ返しは横に置くとして。

 

 削るべき的が向こうに無いなら、勝負の付けようがない。シラベが吐き捨てると、しかし隣のミトラがぽつりと呟いた。

 

「……一つ、あるかも」

 

「あ?」

 

 ミトラはシラベの問いには答えず、まっすぐノルドリッチへ向き直った。

 

「ねえ。この『準備期間』って、何ターンあるの」

 

 その一言に、ノルドリッチの口角がにいと吊り上がった。

 

「キミらが今二ターン目に入るとこでしょ。残りは、あと二ターン。それが過ぎたら──お楽しみの時間だよ」

 

 ミトラは、それですべてを呑み込んだような顔をした。だがシラベには、まるでピンと来ない。

 

「おい、何の話だ。準備期間ってなんだよ。そんなルール聞いた事ねえぞ」

 

「うん。まあ、知らなくて当然よ」

 

 いつもなら何で知らないのよと文句と足蹴が飛んできそうなものだが、珍しくミトラは仕方がないと首を振っている。

 

「大昔にあったプロトコル。それもだいぶ特殊なやつ。プレイヤー全員が味方の多人数戦よ」

 

「全員、味方?」

 

「そう。普通の対戦は、プレイヤー同士で殴り合うでしょ。でもこれは違う。プレイヤー同士が手を取り合って、協力プレイをするためのプロトコルなのよ」

 

 協力プレイ。その言葉がライフを持たない相手という異常とうまく嚙み合わずシラベは唸る。訳が分からない。

 

 エインヘリヤル・クロニクルには、対戦の範囲を区切るプロトコルがいくつもある。

 

 販売から数年のパックだけを使う競技環境の『曙光滅相』。

 

 もっと範囲の広い、ボトムレスピットで標準としている『輪廻転生』。

 

 黎明期のぶっ壊れカードすら規制せず使える無法地帯『永劫回帰』。

 

 多人数戦にしても、二対二で雌雄を決する『双生神話』や、一種一枚百枚デッキで四人が殴り合う『四国無双』がある。

 

 だがエインヘリヤル・クロニクルの遊び方の幅は、そんな主要プロトコルだけに収まるものではない。公式が提案しているものだけでも、知る人ぞ知るマイナーなものがいくつも埋もれている。

 

「このプロトコルの名前は──」

 

 ミトラは、忌々しげに告げた。

 

「『群狼跋扈』。聞いたことある?」

 

 指で空に文字を書き示されて尚、シラベは正直に首を傾げた。

 

「なんだっけ、それ」

 

 ミトラは当然とばかりに溜め息を吐く。

 

「分かるわ。普通ならデッキを組む難易度が別方向に高くてやらないプロトコルだもの。私だって名前と概要を知ってる程度で、まともに遊んだ事なんか一度も無いし」

 

「ほらほら、お二人さん」

 

 二人が額を寄せて相談していると、ノルドリッチが横から間延びした声を投げてきた。

 

「あんまりお喋りしてると、持ち時間が切れちゃうよ? タイマー機能は有効なんだからね。早く進めないと何にもできないまま本番が来ちゃうけどいいの?」

 

 能天気な声にシラベは舌打ちで返し、ミトラも苛立たしげに前髪を払う。

 

「とりあえず、今は手を進めるしかねえな」

 

「そうね。言っとくけど、相手が動くと一気に大群が展開してくるから。それまでに盤面の準備をちゃんと整えておきなさいよ」

 

 ミトラの警告に頷き、シラベは手札を握り直した。

 

「俺らのターン。ドロー……の前に、店長」

 

「分かってる」

 

 二ターン目。ミトラはドロー位相に入る前に、自分の場のツクバーンへ指を向けた。

 

「ツクバーンの効果。ドロー前に、私の山札の一番上を見る」

 

 培養槽の中の被験者がぴくりと震え、ミトラの山札の最上段が淡く光る。ミトラはそのカードをちらりと確認し──表情を変えないまま、指を引いた。

 

「公開はしない。形態変化も無し」

 

 めくれかけたカードが、再び山札へ伏せられる。単に戦術でも戦略でもなかったのかもしれないし、あるいは見せたくなかったのかもしれない。

 

 トップに何があったのかはシラベも共有しようと思えば出来る。だが何も聞かない。ミトラの判断であるなら、それはシラベにとって疑うものではない。

 

 ミトラは涼しい顔でそのままドローした。

 

「じゃ、行くぜ」

 

 シラベは手札からルーンを引き抜く。

 

「風のルーンをセット。一マナで機械『死蝋集積所』を設置」

 

 宣言に伴い、地面から無数の屍が棺の形で凝縮された装置がせり上がる。以前レヴェローズが使用したカードとは絵違いだからか、出現する姿も異なるらしい。

 

 


『死蝋集積所』

 コスト:〈1〉

 タイプ:機械

・あなたがコントロールする生命体が死亡したとき、その上に置かれていたCC(クリスタル・カウンター)と同じ数のCC(クリスタル・カウンター)をこれの上に置く。

・戦闘位相(フェーズ)開始時に、生命体1体を対象とする。これの上にあるCC(クリスタル・カウンター)をすべてそれの上に移動してもよい。


 

 

「残り一マナで、機械・生命体『伝結晶に仕えし者、リクワー』を召喚」

 

 棺の傍らに、緑の電光を纏う小柄な女性型の機械兵が出現する。構えているのはモップのような道具で兵士のような装備は持たず、フリルのような装飾が華やかさを出している。

 

 


『伝結晶に仕えし者、リクワー』

 コスト:〈1〉

 タイプ:機械・生命体

・伝晶1(この生命体はCC(クリスタル・カウンター)が1個置かれた状態でフィールドに出る。これが死亡したとき、機械・生命体1体を対象とする。あなたはこれのCC(クリスタル・カウンター)をすべてそれの上に置いてもよい)

・伝晶能力があなたがコントロールしている生命体の上に1個以上のCC(クリスタル・カウンター)を置くなら、代わりに、それの上にその個数に1を加えた個数のCC(クリスタル・カウンター)を置く。

・〈光〉:ターン終了時まで、伝結晶に仕えし者は飛翔を得る。

・〈火〉:あなたの場にある機械を1つ対象にする。それを破壊する。

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 ドゥブランコ廻りのストーリーから遠く離れた後年に刷られた、ドジっ子メイドのような属性付けがされたカード。プロモーションで描かれたケーキをひっくり返すような絵面は笑いを誘ったものの、効果自体はインフレを感じさせる盛り具合だ。

 

 伝晶能力の受け渡しが行われる際の強化に、2属性での能力を持つ。とはいえ、今出来るのは足元のモップ掛け程度か。

 

 本来なら伝晶1で、カウンターが一つ乗った状態で出るだけだ。だが先置きした『潤滑剤』が働き、置かれるカウンターに一つが上乗せされる。

 

 シラベは満足げに頷き、ミトラを促す。

 

「店長、そっちは」

 

「水のルーンを置いて、終わり」

 

「……は? それだけか?」

 

 ミトラは新たに水のルーンを一枚伏せただけで、生命体の一体も出そうとしない。シラベは思わず声を上げた。

 

「おい、相手から大群が来るんじゃねえのかよ。お前も生き物出して頭数揃えとけよ」

 

「仕方ないでしょ。私のデッキ、生き物を横に並べるデッキじゃないのよ。コントロール寄りなの」

 

「よりにもよってラスボス戦言われて趣味丸出しの塩試合製造機のデッキ握るってお前……」

 

「うるっさいわね! しょうがないでしょ使いたかったんだから! あんたが前で並べて私は後ろで仕事する、店の仕事と変わらないんだから文句言わないで前に立ちなさいよ!」

 

 そうやって二人がぎゃあぎゃあ言い合っているのを、ノルドリッチはのんびりと眺めていた。

 

「仲良しだねぇ。じゃ、ターン終わったってことでいい? はい、三ターン目どうぞ」

 

 ノルドリッチの言葉の通り、三ターン目が開始したエフェクトが表示される。

 

 またターン最初の処理を行いつつ、シラベは引いたカードを手札に加えて次の一手を吟味する。

 

 その作業の合間に、シラベは隣へ声を落とした。

 

「おい店長。『群狼跋扈』ってのは結局どんなプロトコルなんだ。ざっと教えてくれ」

 

 ミトラは残り時間を示すカウントを横目で睨みながら、面倒くさそうに口を開いた。

 

「協力型のプロトコル。デッキ構築は通常カードに加えて大量の代替品(レプリカ)カードを使う。プレイヤーが魔術同盟を組んで、軍団だか軍勢だか言われる自動で動く敵デッキを相手にするの」

 

代替品(レプリカ)カード? ってか自動? 古いPC版のゲームで出てたプロトコルなのか?」

 

「そういうんじゃない。デッキの動かし方は指標みたいのがあって、それ通りに人間が捲っていくの。TRPGのGM抜き、ゲームブックみたいなものよ。世界観で言えば、湧いて出てくる災害みたいな群れの連中を魔術師が籠城して押し返す。そういう遊びよ」

 

 シラベは縁の上で歩く兵と斬り結んでいるであろうレヴェローズたちを思い、それからミトラへ目線を移した。

 

「あのデッキを動かす敵役にはマナの概念は無いし、手札も引かない。ターンが来たら、あいつは山札の一番上を一枚めくる。それが代替品(レプリカ)なら、コストを無視して即座に全部場に並べて、もう一枚めくり直す」

 

「はぁ!? なんだそれ、代替品(レプリカ)はデッキに入れられないはず……いや、おいまさかそれ、また捲り直したのが代替品(レプリカ)だったら」

 

「お察しの通りまた繰り返しよ。で、デッキに入ってる通常のカードがめくれたら、それもコスト無視で即使って、そこでターン終了。手加減も計算も無い。出たものを出たまま叩きつけてくるだけ。で、そいつらそのまま殴ることしか出来ない」

 

 デッキが切れて全部の生命体を倒せば勝ち、と気軽に言うミトラの姿が余計に理不尽さを感じさせて、シラベは地団駄を踏んでしまう。傍に座るミーシャの蓑虫がびくりと震える。

 

「そんなのデッキって言えるかよ! だいたい勝手に動くんだったらプレイヤーいらないだろ!」

 

「そうよ。このデッキはプレイヤーが回すんじゃないの。全員殴るとか、使える効果は全部使うとか、そういう指標に基づいて動かすだけの舞台装置」

 

 シラベが感情を発露して尚、ミトラは冷静な様子だった。あるいはシラベが激発しているからこそそう振る舞っているのか。ミトラの視線を受けて、シラベは少しずつ怒りが醒めていくのを感じる。

 

 改めて正面を見据えるシラベ。不格好に立つ油溜まりの王。そこに溶け込んだ四十人は居るという娘たちと、それに加えて無数の兵たちが溶け込んでいる。

 

「洒落たラスボスだな」

 

 そういえばビムは何人の兵を率いていただろうか。一体何人の兵が溶け込んでいるのか、シラベは考えたくなかった。

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