カスレアクロニクル   作:すばみずる

167 / 167
167 色々、あったんですね

 昼前の店内には常連が三人ばかり。ショーケースの前でカードを覗き込む者、卓を借りて一人回しをする者、新弾のポスターにある新規カードのテキストを眺めて唸る者。唐突に営業を止めていた店とは思えない、いつも通りの気怠い昼下がりが戻ってきている。

 

 いつも通り、ではあるのだが。シラベはレジカウンターに頬杖をついたまま、店のあちこちに目をやった。

 

 ショーケースのガラスには指紋ひとつなく、床には埃のひと粒も落ちていない。普段なら隅にうっすら溜まっているはずの綿埃も見当たらない。店を開けずにいた間の埃どころか、それ以前から堆積していた薄汚れた雰囲気すらも磨き上げられているかのようだ。

 

 以前まで真鍮の壺を飾っていたカウンターの隅には、今は黒猫姿の大穴が夜闇の塊のように丸くなっている。シラベが大穴の背を撫でてやると、指の動きに合わせて空気が抜けるような吐息が返ってきた。

 

「あっ、シラベさん」

 

 来店の音がしたかと思えば、戸口からシラベに声が掛かる。常連の一人であるオオタだ。足早にカウンターへと進んで嬉しそうな顔を隠そうとしない。

 

「半月近くお休みされてたので心配してたんですよ。また開けてくれてよかったです」

 

「いやぁ、ちょっと色々あって」

 

 シラベは頬杖を解いて軽く頭を下げた。色々、の中身を律儀に説明する気はない。説明したところで誰も信じやしないし、自分でも未だに信じがたい部分が多い。

 

「ご心配おかけしましたが、店はこの通り通常営業。またやっていくんでよろしく」

 

「はい、またよろしくどうも。張り紙見てびっくりしたんですよ。『店主体調不良につき当面の間休業』ってあったから。大丈夫そうなら何よりです」

 

 その張り紙なら、シラベが『こちら』に戻ってきてから見つけたものだ。当然シラベたちに出した覚えはない。あの時の自分たちに貼り紙を出す暇などあろうはずもない。あの女社長がしてくれた細やかなフォローの一つだった。

 

「心配かけたお詫びってわけじゃないけど、また今度中古屋巡りでも行きますかね」

 

「あ、いいんですか。実は隣町に新しいリサイクルショップができたらしくて。夜逃げしたカード屋の箱に入ったらしいので、もしかしたら何か在庫が残ってるかも」

 

 なんてことのない会話をするだけで、今のシラベは心が安らぐ。現実では十日かそこら、シラベの体感でもひと月あったかどうか。それだけのあいだ離れていた日常が自分のところにちゃんと戻ってきている。

 

 その実感にシラベは柄にもなく少しだけ気を緩めていると、階段の上から声が降ってきた。

 

「お父様、在庫部屋の整理が出来ました。廊下に出したものはどうしますか?」

 

 ああ、とシラベは肩越しに振り返る。

 

「あとでレヴェローズにミトラの実家まで運ばせるから、そのままでいい」

 

「わかりました。じゃあ、続けて掃除をしますね」

 

「おう、頼むわ」

 

 律儀に応じる声に短く返して、シラベはカウンターの方へ向き直る。

 

 そして気付いた。先ほどまで和やかだったオオタの顔が、これ以上ないというほど驚愕に染まってシラベを凝視している。

 

「……どうした、オオタさん」

 

 尋常でない顔つきにシラベは眉を寄せる。喉を上下させ、唇をわななかせ、やがて掠れた声をオオタは絞り出した。

 

「シ、シラベさん……ついに、お子さんが……?」

 

「は?」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかったが、シラベはすぐ自分のしでかしたことに思い至った。

 

 今、自分はお父様と呼びかけられて何の疑問も挟まずに、ごく当たり前のように受け答えをしてしまっていた。帰ってきてから店を開けるまでの休息期間では意識に引きずられないよう厳に戒めていたというのに、反射で返事をした自分が信じられない。

 

「い、いや、これはその。色々あった中の一部っつーか」

 

「一部……」

 

 シラベは慌てて手を振りつつ頭の中の手札を見回す。なんて配牌なんだろう。ろくな言い訳が出来そうにない。

 

「養子、いや預かりっつーか。事情があってしばらくうちで面倒見てるだけで。決してその、俺が作ったとかそういうのじゃ」

 

 オオタの目は納得するどころか、ますます何か異常な存在を見る目に変わっていく。

 

「で、でもお父様って」

 

「呼びやすいように自由にさせてるだけ。いや本当に。マジで」

 

「はぁ。……ちなみにお母さんは……?」

 

「母親は」

 

 反射的に答えかけてシラベの脳裏に、銀髪の少女にお母様と呼ばせてだらしなく相好を崩していた小さな店長の姿がよぎってしまう。

 

 肯定も否定もなくただ言葉に詰まったシラベの様子を、オオタは誤解を深めていく。万感の思いを込めるように深々と頷いていた。

 

「そう、ですか。色々、あったんですね」

 

「いや、そうなんだけど……色々あったんだけど……」

 

 問い詰められれば困るものの、かといって誤解のまま置いておくのも自分の名誉に関わるのではないか。今更自分がどう見られていても仕方がないと分かっているが、それでもまともな常連客にはまともな目を向けて欲しいと思ってしまう。

 

 レジ横の黒猫はシラベの懊悩などどこ吹く風で、にゃあと一鳴きするだけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

(ガワだけ)胡乱なカードゲームおじさん(作者:十田心也)(オリジナル現代/冒険・バトル)

【バトルワールド】▼それはただのカードゲームに非ず▼それは世界中の人々を熱狂に導き、いまだ醒まさせない▼ある国では1枚のカードを手に入れるため、世界有数の富豪が一文無しになり都市が壊滅した▼またある国では、そのカードゲームが最も強い者が皆を率いるリーダーとなった▼長年争っていた両国が、1回のカードゲームの勝負で終戦に合意したこともある▼カードゲームの枠を超え…


総合評価:3339/評価:8.21/連載:20話/更新日時:2026年06月24日(水) 18:30 小説情報

底辺退魔師、ボロボロの魔法少女を拾う(作者:非表示)(オリジナル現代/冒険・バトル)

退魔師「魔法少女って霊力の生成効率悪くね?」▼魔法少女「退魔師って随分非効率な術式の使い方してるんですね」


総合評価:2969/評価:8.5/連載:9話/更新日時:2026年05月19日(火) 05:39 小説情報

TSメス堕ち俺っ娘スライムと作る宇宙最強ハーレム(作者:最条真)(オリジナル現代/冒険・バトル)

▼青春ボーイ・ミーツ・エイリアン異能バトル。(ラブコメとハーレムもあるよ)▼なんにでも変身できるスライムと出会い、恋に落とすことで宇宙最強のハーレムを構築していく話。▼通称:スライムハーレム▼なろう・カクヨムにも同時投稿。▼週1~2投稿▼※タイトル模索中▼カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/822139843928473732▼作者…


総合評価:8713/評価:9.24/連載:73話/更新日時:2026年06月22日(月) 01:49 小説情報

プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~(作者:翠碧緑)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

気が付くと、俺は人間と魔族が争うクソみたいな世界で、赤ん坊として捨てられていた。▼孤児院で育ち、飢えと貧困に耐える日々。▼そんな中、外見の特徴を理由に貴族に拾われる。▼どうやら俺の血には「特別な何か」が混じっているらしい。▼理不尽(暴力)。▼理不尽(陰謀)。▼そして、逃れられない理不尽(因果)。▼それでも、俺は生きることを諦めない。▼「そっちがそう来るなら、…


総合評価:6002/評価:9.17/連載:135話/更新日時:2026年06月13日(土) 20:00 小説情報

夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~(作者:サッドライプ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

或いは異世界転移して閉じ込められた遺跡ダンジョンで意味深に封印されていた眠り姫を勝手に脳内彼女にしていちゃこらする妄想電波を毎日垂れ流していたら実は意識があったので全部聞かれていた話。▼「はい♪あなた様が言っていた恋人同士の睦み合い、全部ぜーんぶやりましょうね!!」「え゛」▼脱出不可能なダンジョンに放り出されてモンスターとバトるか可愛い美少女を眺めるかしかや…


総合評価:5688/評価:8.8/連載:44話/更新日時:2026年06月24日(水) 11:01 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>