カスレアクロニクル   作:すばみずる

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17 やったか!?

 ミトラの──カルメリエルの7ターン目。二つの『結晶育成槽』によって4/4から6/6へとサイズを上げ、その身体は淫靡な艶めきを増した。

 

「契約者様のターンですわ。……ドロー」

 

 カルメリエルが操るミトラの身体は、不釣り合いに優雅な所作でカードを引く。

 

 だが、その繰り主の表情には先程までの余裕はない。焦熱の赤に染め上げられた空と、機能を停止しかけている神印の塔を見上げ、彼女は深いため息を吐いた。

 

 その視線が、シラベへと向けられる。

 

 哀れみ、慈しみ、そしてそれ以上に深い失望の色を湛えて。

 

「……嘆かわしいことですわ」

 

「あ?」

 

「いくら優秀な指導者が、完璧な采配で国を統治しようとしても……その相手をする民草が、これほどまでに蒙昧で、救いようのない姿をしているとは」

 

 カルメリエルは芝居がかった仕草で首を振る。

 

「貴方様のことですわ、妹の契約者様。折角わたくしが『シルヴァルナ』という至宝を用意しましたのに、貴方様の手札ときたら……ゼロ。空っぽではありませんか」

 

 彼女が指差した通り、シラベの手札は前のターンで使い切っており、一枚もない。

 

『剛金独鈷シルヴァルナ』の効果は、相手のターンを支配すること。相手の手札を見て、何を唱え、どこを攻撃するかを全て決定できる。

 

 だが、手札がなければ「自滅させるためのカード」を使わせることも、「キーカードを無駄撃ち」させることもできない。

 

「これでは、貴方様を操って破滅させる楽しみも半減ですわ。本当に、どこまでも私の期待を裏切る方」

 

「そりゃどうも。俺は今の現状で満足してるんでね」

 

 シラベは鼻で笑い、顎で盤面をしゃくった。

 

「それに、お前にその『シルヴァルナ』は使いこなせねえよ」

 

「……どういう意味でしょう?」

 

「計算してみろよ。今のお前のマナ基盤を」

 

 シラベの言葉に、レヴェローズが怪訝そうな顔をする。

 

「どういうことだ契約者? 姉様の場には『水のルーン』が2つ、『神印』が3つある。合計5マナだ。『シルヴァルナ』の起動コストは4マナだから、足りているはずだが?」

 

「起動はできるさ。だが、その後だ」

 

 シラベは憐れむような目をカルメリエルに向けた。

 

「『シルヴァルナ』は使い捨てだ。起動すれば生け贄になって墓地へ行く。……お前の能力でデッキトップに戻すことは出来るが、それを『出し直す』ことは出来るか?」

 

 カルメリエルの微笑みが、凍りついた。

 

『剛金独鈷シルヴァルナ』の設置コストは6マナ。

 

 現在、彼女の場にある3つの『神印』は、『九脊界・焦熱原野(ユグド・ムスペルヘイム)』の効果によって全て『火のルーン』に書き換えられている。

 

『神印』本来の爆発的なマナ加速は失われ、1枚につき1マナしか生まない。

 

 水マナ2つ、火マナ3つ。合計5マナ。

 

 次のターンにルーンを引けば6マナには届くかもしれない。だが、カルメリエルの能力で墓地のカードをデッキトップに戻せば、ドローするのは『シルヴァルナ』だ。新しいルーンを引く機会を自ら放棄することになる。

 

「マナが足りねえんだよ。今の盤面じゃ、お前は必殺のロックコンボを継続できない。一回こっきりの使い切りだ。お前の持ち主が拒否した通り、『九脊界・焦熱原野(ユグド・ムスペルヘイム)』を完全にケアしてから出すべきだったぜ」

 

 シラベは挑発的に口角を吊り上げる。

 

「しかも俺の手札はゼロ。奪ったターンで出来ることなんざたかが知れてる。……そのタカラモノは、お預け出来ない聖女様のせいで、ただのガラクタなんだよ」

 

「…………ッ」

 

 カルメリエルが、ギリリと奥歯を噛み締める音が聞こえた気がした。

 

 聖女の仮面が剥がれ落ちかけ、露わになったのは屈辱に歪む顔。

 

(契約者よ。貴様の言葉、どれほどが真実だ?)

 

 ふと、レヴェローズがシラベに小声で語り掛けてきていた。その目はアパートでわちゃわちゃしているポンコツのものとは違う、戦場で生気を吸って輝く瞳だ。

 

 レヴェローズはシラベの虚勢を見抜いている。その事実にシラベは少しむかついたが顔には出さない。

 

(本音半分、フカシ半分だよ。ミトラならこっちのデッキの内容に見当が付くだろうから即時起動してくるだろうが……)

 

 言葉を切るシラベ。人形のように虚ろな目をしたミトラを見る。実際にあいつがプレイしていたならどうしただろうか?

 

(あの聖女様には無理だな)

 

(理由は)

 

(勘)

 

(貴様は軍師には向かんな)

 

 レヴェローズは溜め息を吐いた後、微笑を残して戦線へと戻る。

 

 反対にカルメリエルは佇む『シルヴァルナ』を睨みつけ、それから悔しげに吐き捨てた。

 

「……ターン、エンドですわ」

 

 

 

「俺のターン! 総督閣下、仕事の時間だ。『伝結晶』に配給を頼むぜ」

 

「ふん、言われなくとも!」

 

 シラベの8ターン目。

 

 ターン開始時。フィールドに立つレヴェローズが軍刀を振るう。彼女の指揮下にある『伝結晶』部隊──彼女自身と、隣に控える『伝結晶の随伴機』に、新たな力が注がれる。

 

 レヴェローズの上のCC(クリスタル・カウンター)が増加し、サイズは7/7へ。

 

 同時に『随伴機』も、彼女からの供給を受けてサイズアップする。

 

 シラベは勢いよくドローする。手札に加わったカードを一瞥し、シラベは即座に決断を下した。

 

 ここが勝負所だ。

 

「バトル位相(フェーズ)! 全軍突撃だ!」

 

 シラベが腕を振り上げる。

 

「行け、『火達磨兵』! 『仕立屋』! 『レプリカ』! 『随伴機』! そして──レヴェローズ!」

 

「総員、私に続けぇぇぇッ!!」

 

 レヴェローズが高らかに号令をかける。

 

 7/7という巨躯を誇る総督自らが先陣を切り、その後ろを機械兵たちが砂煙を上げて追随する。

 

 対するミトラの場にいるのは、6/6のカルメリエルのみ。

 

 数の暴力。どうブロックしても、ライフを削りきれる計算だ。

 

「あらあら、野蛮ですこと」

 

 迫りくる妹の刃を前にしても、カルメリエルは動じない。

 

 彼女は冷徹な計算のもと、最小限の被害で済むブロックを選択する。

 

「では、わたくしはレヴェローズさんをブロックしますわ」

 

 聖女が立ちはだかる。7/7のレヴェローズに対し、6/6のカルメリエル。現実のフィールドならともかく、カードの世界では数字は絶対だ。カルメリエルが勝てる道理はない。

 

 レヴェローズのサーベルが、姉の喉元へと迫る。

 

「覚悟しろ、姉様ァッ!」

 

 勝利を確信したレヴェローズの叫びが響く。

 

 だが。その刃が届く直前。シラベは冷徹に、唯一の手札を掲げる。

 

「そこだ。──戦略『炉心融解』!」

 

 

 


『炉心融解』

 コスト:〈1〉〈火〉

 タイプ:戦略

・このカードを使うための追加コストとして、機械1つを生け贄に捧げる。

・生命体1体かプレイヤー1人を対象とする。これはそれに5点のダメージを与える。


 

 

 

 突如として、フィールドに巨大な溶鉱炉の幻影が出現した。

 

 轟音と共に蓋が開き、灼熱のマグマが煮えたぎる内部が露わになる。

 

「コストとして、機械1つを生け贄に捧げる」

 

 シラベが指差したのは──敵陣へと切り込んでいた、レヴェローズの背中だった。

 

「は?」

 

 レヴェローズが足を止める。

 

 直後、強烈な吸引力が彼女を襲った。

 

「う、うわあああっ!? な、なんだこれは!?」

 

 ズルズルと後退していく総督閣下。その行き先は、背後で口を開けた溶鉱炉だ。

 

「ちょ、契約者!? これ私!? 私がコストか!? なんでだーッ!!」

 

 炉の縁にしがみつき、必死に抵抗するレヴェローズ。涙目の抗議がシラベに向けられる。

 

「悪く思うな。お前が一番よく燃えそうだった」

 

「誉め言葉になってなーい!!」

 

「ターゲット、プレイヤー本体! 5点ダメージ!」

 

 シラベの非情な宣告と共に、カルメリエルがくすくすと笑い声を漏らす。

 

「まあ、傑作ですわ! せっかく私を打ち取るチャンスでしたのに、自ら相棒を火にくべるなんて!」

 

「いいんだよ」

 

 シラベは淡々と告げる。

 

「これを唱えた時点で、あいつの役目は終わってる。……ここから先は、お前が打ち消しを持っていようが関係ない」

 

「……?」

 

「俺の狙いは5点ダメージじゃない。あいつを『墓地に送ること』だ」

 

 シラベの目が鋭く光る。

 

 レヴェローズの手が、炉の縁から滑り落ちた。

 

「あ、熱ッ!? お尻熱い! らめぇぇぇぇッ!!」

 

 断末魔と共に、レヴェローズが溶鉱炉の中へと没する。

 

 ドボン、と凄まじい音と共にマグマが跳ね、彼女の姿が消滅した。

 

 ──瞬間。

 

 炉の中から、7つの強烈な光の塊が飛び出した。

 

「『伝結晶総督レヴェローズ』の死亡時効果、『伝晶』が誘発!」

 

 それに、ターン開始時に乗った1個を加えた計7個のCC(クリスタル・カウンター)

 

 行き場を失った膨大なエネルギーが、空中で渦を巻く。

 

「対象は──『伝結晶の随伴機』!」

 

 シラベが指差したのは、攻撃続行中の多脚戦車だ。

 

 現在サイズ6/6。そこに7個のカウンターが乗れば、13/13。

 

 それは一撃でゲームを終わらせる、致死量の暴力。

 

「なっ……!?」

 

 カルメリエルの顔から余裕が消えた。

 

 彼女は既にブロック指定を終えている。対象は消滅したレヴェローズだったため、彼女は空振りの状態だ。今から随伴機を止めることはルール上不可能。

 

 巨大な光の奔流が随伴機へと降り注ぎ、質量保存の法則を無視して巨大化する鉄塊がミトラへと突進する。

 

「いっけえぇぇぇぇ!!」

 

 シラベが叫ぶ。

 

 随伴機の一撃が、ミトラの展開した障壁を粉砕せんとする勢いで迫り、砂埃を巻き上げた。

 

「やったか!?」

 

 

 

 もうもうと立ち込める粉塵。シラベは拳を握りしめ、勝利のファンファーレを待った。

 

 だが。煙の向こうから、青白い光が漏れ出した。

 

「……レスポンス、ですわ」

 

 冷ややかな声と共に、風が吹く。

 

 煙が晴れた先に立っていたのは、無傷のカルメリエルと──1枚のカードを掲げる姿だった。

 

「戦略『離脱病(ウィズドロー・シンドローム)』」

 

 

 


離脱病(ウィズドロー・シンドローム)

 コスト:〈X〉〈水〉

 タイプ:戦略

・ルーンでない存在1つを対象とし、それを持ち主の手札に戻す。Xはその対象の点数で見たマナコストに等しい。

・カードを1枚引く。


 

 

 

「X=4。対象は、『伝結晶の随伴機』」

 

 カルメリエルが指を鳴らす。

 

 随伴機の足元に青い魔法陣が展開される。巨大な質量を持った鉄塊が、一瞬にして光の粒子へと還元され──シラベの手元へと吸い込まれていった。

 

「な……」

 

 シラベの手の中に、カードに戻った『随伴機』が収まる。

 

 そして、フィールドに残されたのは──行き場を失った、レヴェローズの遺産である7つの光球だけ。

 

「対象不在により、『伝晶』の移動は立ち消えになりますわ」

 

 カルメリエルの嘲笑と共に、光球は空しく霧散し、消滅した。

 

「くそっ……! バウンスかよ!」

 

 シラベは悔しげに毒づいた。だが、攻撃はまだ終わっていない。

 

 まず解決されるのは『炉心融解』のダメージだ。溶鉱炉から噴き出した炎が、ミトラを直撃する。

 

「きゃあっ!?」

 

 カルメリエルが悲鳴を上げる。本体への5点ダメージは確定だ。

 

 さらに、残った『火達磨兵』『仕立屋』『レプリカ』の攻撃が通る。1点、1点、1点。計3点。

 

 ライフカウンターが回転する。

 

 15 → 7。

 

 致死量には届かなかったが、半分以上を削り取った。

 

「……まあ、よしとするか」

 

 シラベは冷や汗を拭った。『随伴機』は手札に戻されたが、破壊されたわけではない。マナはまだある。

 

 内心では「バウンスを切らせた」という安堵もあった。あのタイミングで撃たなければ死んでいた以上、相手にとってもギリギリの選択だったはずだ。

 

 何より『離脱病(ウィズドロー・シンドローム)』は、『九脊界・焦熱原野(ユグド・ムスペルヘイム)』を取ることが出来た。

 

(さっきのターン、何もせずにこっちに手番を返したのは『離脱病(ウィズドロー・シンドローム)』を構えるために違いない。本来ならターンの最後に撃って『九脊界・焦熱原野(ユグド・ムスペルヘイム)』をバウンス。神印が計7マナを産める状態にして手番を取りたかったんだ)

 

 その目論見を崩した事を喜びつつ、しかしこちらの目論見が崩されたことにシラベは顔を歪める。

 

「メイン位相(フェーズ)2。手札に戻った『伝結晶の随伴機』を再召喚!」

 

 シラベは再び4マナを支払い、多脚戦車をフィールドに送り出す。

 

「『結晶駆動胎』の効果で代替品(レプリカ)生成。……『随伴機』は再び成長を始める」

 

 サイズは1/1から始まり、代替品(レプリカ)反応で2/2へ。

 

 前のターンほどの脅威ではないが、生きているだけでえらい。

 

「ターンエンドだ」

 

 

 

「契約者様のターン。……ふふ、対象は私へ、魂たる結晶を磨きましょう」

 

 カルメリエルの8ターン目。『結晶育成槽』が泡立つ液体を注ぎ込み、彼女自身の肉体をさらに強化する。サイズは8/8へ。

 

 ライフを7まで追い詰められたカルメリエルだが、その表情に悲壮感はない。むしろ、サディスティックな歓喜に歪んでいる。

 

 そして、ドロー。

 

 彼女は引いたカードを確認することなく、手札ではなくフィールドへ佇む宝物へと。

 

 そこに鎮座するのは、黄金の独鈷杵『剛金独鈷シルヴァルナ』。

 

「さあ、始めましょうか。真の『教育』を。手札の枚数など関係ありません。私による統治は、あまねく全てへ降り注ぐべきです。持てる者も、持たざる者も、平等に」

 

 一度大きなダメージを受けて冷静になったのか、シラベのふかしは既に効果を失っていた。シラベのデッキであれば、トップに眠るカード次第ではシルヴァルナによるターン奪取は1ターンでも致命的であると気付かれてしまっていた。

 

 カルメリエルは恍惚とした表情で、4つのマナを支払った。

 

『水のルーン』から1点。『火のルーン』と化した3つの『神印』から3点。計4マナ。

 

「『剛金独鈷シルヴァルナ』の能力起動。コストとして、これを生け贄に捧げます」

 

 黄金の法具が眩い光を放ちながら砕け散る。

 

 その破片が煌めく粉塵となってシラベへと降り注ぎ、彼の脳髄へと浸透していった。

 

「対象は──押江シラベ様」

 

 カルメリエルが、とろけるような甘い声で宣告した。

 

「貴方様の次のターンの全ての決定権を、私が頂きますわ」

 

 

 

 視界が歪む。

 

 思考が白い霧に包まれる。

 

 自分の手足が、自分のものでなくなったような感覚。

 

 シラベは薄れゆく意識の中で、カルメリエルの歪んだ笑顔を見た。

 

(……クソッ。このアマ……調子に乗るんじゃ……)

 

 抵抗も虚しく、シラベの意識は闇へと沈んでいった。

 

 絶対的な支配の時間が、幕を開ける。

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