「あなたの思考は──すべて、私の思うがままに」
シラベの意識を乗っ取ったカルメリエルが、嘲るようにドローを行う。
操り糸で繋がれたマリオネットのごとく、シラベの腕がぎこちなく動く。彼女はシラベの手札──たった一枚、今引いてきたばかりのカードをチラリと見て、鼻で笑った。その資産を示すように貧弱な札。無論、このターン出る筈もない。
そして、蹂躙が始まる。
「能力起動。機械『
シラベの場にあった防御用の機械が、カルメリエルの意思によって無意味に砕かれる。ガラス細工を金槌で叩き割るような、残酷で無慈悲な破壊音。
「対象は──そうですね、そこにいる無価値な『晶体
弾けたエネルギーが、どうでもいい
「あら、まだありましたわね。生命体『仕立屋の
シラベの展開の要である装置が、味方であるはずの小人のハンマーで粉々にされる。鉄屑が飛び散り、駆動液が血のように地面を汚す。
「墓地から釣るのは……先ほど墓地に送った『
フィールドに戻った螺子を、カルメリエルは即座に再び砕いた。
「再度起動。対象は、また『代替品』へ」
資源の浪費。戦術の冒涜。
シラベが積み上げてきたカード達をひとつひとつ丁寧に、パズルのピースを盤面から掃き捨てていくように崩していく。大切な模型を目の前で踏み潰される子供を見るような、粘着質な悪意がそこにはあった。
「仕上げですわ」
カルメリエルは、シラベの場にある5つのルーン全てを横向きにした。
「マナ生成。……そして、
生み出された5マナは、何に使われることもなく虚空へと消えていく。ただ熱量だけを空費させられたシラベのマナ基盤は空になり、血管から血を抜かれたように蒼白になる。
次の返しのターンであってもいかなる対抗策も撃てない完全な無防備状態。元よりそんなドローは無かったが、より無力感を味わうべきだ。カルメリエルは嘲笑う。
「バトル
成長途中の機械が無謀にも敵陣へ突っ込む。待ち構えるのは10/10に育ったカルメリエル自身。
羽虫が巨象に挑むがごとし。聖女の振るう法衣の袖が一閃するだけで、鉄塊は飴細工のようにひしゃげ、爆散した。
「死亡時誘発、『伝晶』。対象は取りますが、『継承しない』と選択。……ああ、姉様を縊った時の事を思い出しますわ」
随伴機が蓄えたカウンターが、誰にも受け継がれることなく霧散する。それは精霊あらざる身が記憶する本来の
「ふふ、ふふふ……! ご覧になりまして? これが貴方様のデッキの末路。無様で、滑稽で、お似合いですわ!」
ターン終了の宣言と共に、見えない糸が断ち切られる。
シラベの瞳に光が戻る。泥酔から醒めた直後のような強烈な不快感と、全身に走る喪失感。
我に返ったシラベが見たのは、更地同然に荒らされた自軍の惨状と、勝ち誇る聖女の歪んだ笑顔だった。
だが、シラベは顔を伏せたまま、一言も発しない。ただ静かに、嵐が過ぎ去るのを待つ石のように沈黙を守る。
その反応の薄さが、余計にカルメリエルの嗜虐心を煽った。
「私のターン。……さぁ、私の位階を上げましょうか」
カルメリエルの9ターン目。
彼女の背後に聳える2基の『結晶育成槽』が、ドクン、ドクンと心臓のような音を立てて唸りを上げる。
太いパイプから高濃度のエネルギー液が聖女の背中へと強制注入され、彼女の肢体が内側から発光した。豊満な肉体は神々しいまでの威圧感を放ち、そのサイズはもはや要塞ごとき10/10へ。
人の形をした災害。今の彼女が指先一つ動かせば、シラベなど消し炭になるだろう。
「ドロー。……素晴らしい」
彼女は引いたカードを掲げ、優越感に浸りながら『水のルーン』をセットした。これで6マナ域への到達が確実となる。
場は整った。処刑の準備は万端だ。
「6マナ使用。喚び出せ、我が王家の威信を賭けた処刑人を──機械・生命体『
大地が割れ、地獄の底から這い出るようにして、巨大な機械が出現した。
『
コスト:〈6〉
タイプ:機械・生命体
・
・
[6/6]
それは、滑らかな曲線と鋭利な刃が融合した、殺戮のためだけの芸術品。
美しくもグロテスクな装甲の隙間から、赤黒い蒸気を吐き出しながら、6/6の怪物がシラベを睨め回す。小型生物では触れることすら許されない、絶対的な捕食者。
「バトル
カルメリエルが冷酷な笑みを浮かべ、ゆらりと踏み出す。
「さあ、跪きなさい」
10/10の聖女が振り下ろす慈愛という名の暴力。
シラベは無言で『廃銭漁りの火達磨兵』をカルメリエルの前に差し出した。
断末魔すら上げる間もなく、小男が聖女の足元で踏み潰され、ただの染みへと変わる。
「ふん、命拾いしましたわね。ですが、小石で波を止められるのは一度だけですわよ?」
シラベのライフは20のまま変動なし。
しかし、盤面は絶望的だ。次は『最高傑作』も動く。致死量のダメージが約束された未来が待っている。
シラベの場に残っているのは、無力な1/1の『代替品』が2体と、役立たずの『ルーン』のみ。手札は、操られていた時に引いた1枚だけ。
対してカルメリエルは、圧倒的な盤面と手札。
勝負は決した。誰の目にも明らかだった。
「俺のターン」
シラベの10ターン目。
伏せていた顔を上げたシラベは、ドローしたカードを確認すると──突如として、吹き出した。
「……っは、はははは!」
乾いた笑いが、絶望的なフィールドに響く。
「? 恐怖でおかしくなりましたの?」
「いや、違うね。……お前、ほんっと『運』が悪いな」
シラベは可笑しくてたまらないといった様子で、カルメリエルを指差した。
その瞳には、絶望の色など微塵もなかった。あるのは、逆境を楽しむギャンブラーの狂気のみ。
「負け惜しみを。運などという不確定要素に縋るから……」
「縋ってねえよ。これを俺に引かせてる時点で、お前は運に見放されてるって言ってんだよ!」
シラベは手札のカードを叩きつけた。
「戦術『廃棄孔からの再建』!!」
再度唱えられた復活の戦術。カルメリエルの瞠目をよそに、シラベはコストを支払っていく。
「追加コストは『代替品』! 蘇生対象は……」
シラベの視線が墓地へ向く。そこには、2ターン目に捨てた8コストのフィニッシャー『溶鉱炉の巨兵』が眠っている。
これを蘇生すれば、巨兵の能力「機械を投げ飛ばしてダメージ」により、次のターン確実に勝てる。最も合理的で、確実な勝利への道。
だが。シラベの口が紡いだ名は、それではなかった。
「戻ってこい! 『
「は……?」
カルメリエルが目を丸くする中、墓地から紫色の閃光が噴き上がる。そこから這い上がるようによろよろと、煤だらけの女性が飛び出してきた。
「また……私かッ……!!」
先ほど溶鉱炉に突き落とされたばかりの総督閣下が、煤けた顔で再登場する。髪はボサボサ、軍服は焦げ跡だらけ。だがその瞳の輝きだけは失われていない。
『伝晶6』により、再び6/6のサイズで着地。
「な、なぜ……?」
カルメリエルの顔が歪む。理解不能な行動への苛立ちで、聖女の仮面がひび割れる。
「なぜ、そんなどうしようもないポンコツを選びますの!? その巨兵を使えば、僅かながら勝機もあったでしょうに!」
「うるせえな。俺はこいつを使いたいんだよ」
シラベはニヤリと笑った。
「お前が一番嫌がる顔が見たいからな。不出来な妹に引導を渡される、姉としての屈辱ってやつをな」
「……ッ! おのれ、愚弄を……!」
「ついでに1マナ使用、『終わりなく集う者』を召喚してターンエンドだ」
小さな機械兵がわらわらと湧き出し、壁を作る。
「不出来な妹が出てきた程度で、この戦力差が覆るとでも?」
カルメリエルが苛立ちを露わにする。10/10の聖女と、6/6の最高傑作。それに対するは、6/6のポンコツと小粒の壁。依然として絶望的な差だ。
「覆るさ。運比べといこうぜ、聖女様」
シラベは煤を払っているレヴェローズの肩を親しげに叩いた。
「こいつはコストは重いし、喧しいし、自己主張だけは一丁前だがな……変なとこで運だけはいいんだよ。こいつが来てからパチンコは勝つし就職の目も見えてきた。悪運のお前とはえらい違いだ」
「褒められている気がせんぞ契約者!」
「俺は宣言するぜ。次のドローで『
「えっ」
レヴェローズが硬直した。
「……た、弾? またか? また私を射出するのか!?」
「おう。お前のワガママボディならいいダメージが出るからな」
「やめろ! 私は総督だぞ! 砲弾じゃない!」
ギャーギャーと騒ぐレヴェローズを無視し、シラベはカルメリエルを睨み据えた。
「さあ、お前の番だ。俺が引く前に、打ち消しでもバウンスでも引いてみろよ」
「黙りなさい! 不快ですわ!」
カルメリエルの10ターン目。
彼女の余裕は完全に消え失せていた。
『結晶育成槽』が『悪意の最高傑作』にエネルギーを注ぎ、8/8へと強化する。
苛立ちの隠せない指先で、ミトラの身体にドローを指示する。引いたのは──。
「……ッ!」
カルメリエルは唇を噛み切りそうなほど強く噛んだ。
マナは6マナある。設置はできる。なんなら自分でデッキトップに戻せる。だが、即時起動コストの4マナがない。
そこにあるのはカルメリエルにとって至高の輝き。だがそれは、今の彼女を救ってはくれない。
だが、彼女は縋るようにそれを叩きつけた。
「『剛金独鈷シルヴァルナ』設置! ……設置のみ!」
黄金の法具が虚しく鎮座する。それは彼女の権威の象徴であり、今は敗北への墓標でしかなかった。
「バトル
悲鳴のような突撃命令。8/8の処刑機械が地響きを上げて突撃する。その進行方向に如何なる数があろうとも、一定以上の力を持たない限り『悪意の最高傑作』は止められない。
パワー2以下の生命体にはブロックされない回避能力を持つその鉄塊は、シラベの守る1/1の機械兵たちを嘲笑うようにすり抜け──シラベを覆う障壁へと直撃した。
「ぐぅぅ……ッ!」
鮮血のようなエフェクトが舞い、衝撃がシラベを襲う。
8点ダメージ。ライフカウンターが高速で回転し、20から一気に12へと落ちる。
まだライフは半分以上ある。だが、盤面の暴力は圧倒的だ。次のターンを凌ぐ術はない。無いはずなのだから、このまま手番が帰ってくれば良い。
レヴェローズから傀儡の主を守る為に立ち尽くすしかないカルメリエルは、そう思い込もうとした。
「ターン、エンド……!」
引けるはずがない。あり得ない。祈るような、呪うようなカルメリエルの声。
「俺のターン!」
シラベのラストターン。張り詰めた空気が、フィールドを支配する。
「ターン開始時! 『伝晶』持ちにカウンターを配置!」
レヴェローズがやけくそ気味に叫ぶ。彼女自身の能力により、カウンターが1つ増え、7/7へと成長する。その身体が紫色の光に包まれ、秘められたエネルギーが高まる。
運命のドロー。シラベの手がデッキトップに掛かる。
時間が引き伸ばされたような感覚。
心臓の鼓動だけが、耳元でうるさいほどに鳴り響く。
カルメリエルが息を呑んで見守る中、シラベは勢いよくカードを引き抜き──そのまま、高々と掲げた。
「──言ったろ? こいつは運が良いって」
そのカードの名は。
『
コスト:〈1〉〈火〉
タイプ:戦略
・このカードを使うための追加コストとして、生命体1体を生け贄に捧げる。
・生命体1体かプレイヤー1人を対象とする。これはそれに、生け贄に捧げられた生命体のパワーに等しい点数のダメージを与える。
「う、嘘……まさか、本当に……!?」
カルメリエルが顔面蒼白で後ずさる。
「追加コスト、生命体1体を生け贄!」
シラベがレヴェローズの背中をポンと押した。
「行ってこい、総督。最後の一仕事だ」
「えっ、ちょ、心の準備が──あ゛あ゛あ゛あ゛ーーッ!!」
シラベの魔力がレヴェローズを包み込む。
彼女の身体が赤熱し、物理法則を無視した加速を始める。
重力からの解放。そして、致死の速度への到達。
彼女自身が巨大な砲弾となり、7つの結晶の輝きを纏った流星と化す。
「対象、相手プレイヤー! 7点のダメージ!」
「いやぁぁぁぁぁッ!! 来ないでぇぇぇッ!!」
カルメリエルの絶叫が響き渡る。
迫りくる妹の、豊満かつ圧倒的な質量の塊。
それはミトラの展開した障壁ごと、聖女の身体を真正面から粉砕した。
爆音と閃光が世界を白く染める。
そして、怨嗟の爆煙が晴れた後。
カルメリエル――ミトラの頭上に浮かぶライフカウンターが、音もなく「0」を示していた。
「……へっ。対戦ありがとうございましたってな」
シラベはカードをしまい、勝利の余韻と共に大きく息を吐いた。