カスレアクロニクル   作:すばみずる

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18 えっ

「あなたの思考は──すべて、私の思うがままに」

 

 シラベの意識を乗っ取ったカルメリエルが、嘲るようにドローを行う。

 

 操り糸で繋がれたマリオネットのごとく、シラベの腕がぎこちなく動く。彼女はシラベの手札──たった一枚、今引いてきたばかりのカードをチラリと見て、鼻で笑った。その資産を示すように貧弱な札。無論、このターン出る筈もない。

 

 そして、蹂躙が始まる。

 

「能力起動。機械『増し締め螺子(リトルク・スクリュー)』」

 

 シラベの場にあった防御用の機械が、カルメリエルの意思によって無意味に砕かれる。ガラス細工を金槌で叩き割るような、残酷で無慈悲な破壊音。

 

「対象は──そうですね、そこにいる無価値な『晶体代替品(レプリカ)』でよろしくてよ」

 

 弾けたエネルギーが、どうでもいい代替品(レプリカ)1体に破壊耐性である耐久の能力を付与する。誰も破壊しようとしていないのに、過剰な加護が与えられる様は、滑稽を通り越して不気味ですらあった。

 

「あら、まだありましたわね。生命体『仕立屋の下手人(げしゅにん)』起動。コストとして、不愉快な『結晶駆動胎(クリスタル・ドライブ・ウァム)』を粉砕」

 

 シラベの展開の要である装置が、味方であるはずの小人のハンマーで粉々にされる。鉄屑が飛び散り、駆動液が血のように地面を汚す。

 

「墓地から釣るのは……先ほど墓地に送った『増し締め螺子(リトルク・スクリュー)』」

 

 フィールドに戻った螺子を、カルメリエルは即座に再び砕いた。

 

「再度起動。対象は、また『代替品』へ」

 

 資源の浪費。戦術の冒涜。

 

 シラベが積み上げてきたカード達をひとつひとつ丁寧に、パズルのピースを盤面から掃き捨てていくように崩していく。大切な模型を目の前で踏み潰される子供を見るような、粘着質な悪意がそこにはあった。

 

「仕上げですわ」

 

 カルメリエルは、シラベの場にある5つのルーン全てを横向きにした。

 

「マナ生成。……そして、位相(フェーズ)終了」

 

 生み出された5マナは、何に使われることもなく虚空へと消えていく。ただ熱量だけを空費させられたシラベのマナ基盤は空になり、血管から血を抜かれたように蒼白になる。

 

 次の返しのターンであってもいかなる対抗策も撃てない完全な無防備状態。元よりそんなドローは無かったが、より無力感を味わうべきだ。カルメリエルは嘲笑う。

 

「バトル位相(フェーズ)。『随伴機』1体で特攻なさい」

 

 成長途中の機械が無謀にも敵陣へ突っ込む。待ち構えるのは10/10に育ったカルメリエル自身。

 

 羽虫が巨象に挑むがごとし。聖女の振るう法衣の袖が一閃するだけで、鉄塊は飴細工のようにひしゃげ、爆散した。

 

「死亡時誘発、『伝晶』。対象は取りますが、『継承しない』と選択。……ああ、姉様を縊った時の事を思い出しますわ」

 

 随伴機が蓄えたカウンターが、誰にも受け継がれることなく霧散する。それは精霊あらざる身が記憶する本来の物語(エッダ)。継承を国是としたドゥブランコ王家において、謀殺した姉の伝結晶を打ち捨てた時ほど甘美な一時は無かったと、カルメリエルには刻み込まれていた。

 

「ふふ、ふふふ……! ご覧になりまして? これが貴方様のデッキの末路。無様で、滑稽で、お似合いですわ!」

 

 ターン終了の宣言と共に、見えない糸が断ち切られる。

 

 シラベの瞳に光が戻る。泥酔から醒めた直後のような強烈な不快感と、全身に走る喪失感。

 

 我に返ったシラベが見たのは、更地同然に荒らされた自軍の惨状と、勝ち誇る聖女の歪んだ笑顔だった。

 

 だが、シラベは顔を伏せたまま、一言も発しない。ただ静かに、嵐が過ぎ去るのを待つ石のように沈黙を守る。

 

 その反応の薄さが、余計にカルメリエルの嗜虐心を煽った。

 

「私のターン。……さぁ、私の位階を上げましょうか」

 

 カルメリエルの9ターン目。

 

 彼女の背後に聳える2基の『結晶育成槽』が、ドクン、ドクンと心臓のような音を立てて唸りを上げる。

 

 太いパイプから高濃度のエネルギー液が聖女の背中へと強制注入され、彼女の肢体が内側から発光した。豊満な肉体は神々しいまでの威圧感を放ち、そのサイズはもはや要塞ごとき10/10へ。

 

 人の形をした災害。今の彼女が指先一つ動かせば、シラベなど消し炭になるだろう。

 

「ドロー。……素晴らしい」

 

 彼女は引いたカードを掲げ、優越感に浸りながら『水のルーン』をセットした。これで6マナ域への到達が確実となる。

 

 場は整った。処刑の準備は万端だ。

 

「6マナ使用。喚び出せ、我が王家の威信を賭けた処刑人を──機械・生命体『悪意の最高傑作(マスターピース・オブ・マリス)』!」

 

 大地が割れ、地獄の底から這い出るようにして、巨大な機械が出現した。

 

 

 


悪意の最高傑作(マスターピース・オブ・マリス)

 コスト:〈6〉

 タイプ:機械・生命体

悪意の最高傑作(マスターピース・オブ・マリス)は、パワーが2以下の生命体によってはブロックされない。

悪意の最高傑作(マスターピース・オブ・マリス)が死亡したとき、対戦相手1人を対象とする。悪意の最高傑作(マスターピース・オブ・マリス)はそれに6点のダメージを与える。

 [6/6]


 

 

 

 それは、滑らかな曲線と鋭利な刃が融合した、殺戮のためだけの芸術品。

 

 美しくもグロテスクな装甲の隙間から、赤黒い蒸気を吐き出しながら、6/6の怪物がシラベを睨め回す。小型生物では触れることすら許されない、絶対的な捕食者。

 

「バトル位相(フェーズ)! 召喚されたばかりの『最高傑作』はまだ駆動準備中ですが、私一人で十分でしょう」

 

 カルメリエルが冷酷な笑みを浮かべ、ゆらりと踏み出す。

 

「さあ、跪きなさい」

 

 10/10の聖女が振り下ろす慈愛という名の暴力。

 

 シラベは無言で『廃銭漁りの火達磨兵』をカルメリエルの前に差し出した。

 

 断末魔すら上げる間もなく、小男が聖女の足元で踏み潰され、ただの染みへと変わる。

 

「ふん、命拾いしましたわね。ですが、小石で波を止められるのは一度だけですわよ?」

 

 シラベのライフは20のまま変動なし。

 

 しかし、盤面は絶望的だ。次は『最高傑作』も動く。致死量のダメージが約束された未来が待っている。

 

 シラベの場に残っているのは、無力な1/1の『代替品』が2体と、役立たずの『ルーン』のみ。手札は、操られていた時に引いた1枚だけ。

 

 対してカルメリエルは、圧倒的な盤面と手札。

 

 勝負は決した。誰の目にも明らかだった。

 

「俺のターン」

 

 シラベの10ターン目。

 

 伏せていた顔を上げたシラベは、ドローしたカードを確認すると──突如として、吹き出した。

 

「……っは、はははは!」

 

 乾いた笑いが、絶望的なフィールドに響く。

 

「? 恐怖でおかしくなりましたの?」

 

「いや、違うね。……お前、ほんっと『運』が悪いな」

 

 シラベは可笑しくてたまらないといった様子で、カルメリエルを指差した。

 

 その瞳には、絶望の色など微塵もなかった。あるのは、逆境を楽しむギャンブラーの狂気のみ。

 

「負け惜しみを。運などという不確定要素に縋るから……」

 

「縋ってねえよ。これを俺に引かせてる時点で、お前は運に見放されてるって言ってんだよ!」

 

 シラベは手札のカードを叩きつけた。

 

「戦術『廃棄孔からの再建』!!」

 

 再度唱えられた復活の戦術。カルメリエルの瞠目をよそに、シラベはコストを支払っていく。

 

「追加コストは『代替品』! 蘇生対象は……」

 

 シラベの視線が墓地へ向く。そこには、2ターン目に捨てた8コストのフィニッシャー『溶鉱炉の巨兵』が眠っている。

 

 これを蘇生すれば、巨兵の能力「機械を投げ飛ばしてダメージ」により、次のターン確実に勝てる。最も合理的で、確実な勝利への道。

 

 だが。シラベの口が紡いだ名は、それではなかった。

 

「戻ってこい! 『伝結晶総督(クリスタライズ・ガバナー)レヴェローズ・ドゥブランコ』!」

 

「は……?」

 

 カルメリエルが目を丸くする中、墓地から紫色の閃光が噴き上がる。そこから這い上がるようによろよろと、煤だらけの女性が飛び出してきた。

 

「また……私かッ……!!」

 

 先ほど溶鉱炉に突き落とされたばかりの総督閣下が、煤けた顔で再登場する。髪はボサボサ、軍服は焦げ跡だらけ。だがその瞳の輝きだけは失われていない。

 

 『伝晶6』により、再び6/6のサイズで着地。

 

「な、なぜ……?」

 

 カルメリエルの顔が歪む。理解不能な行動への苛立ちで、聖女の仮面がひび割れる。

 

「なぜ、そんなどうしようもないポンコツを選びますの!? その巨兵を使えば、僅かながら勝機もあったでしょうに!」

 

「うるせえな。俺はこいつを使いたいんだよ」

 

 シラベはニヤリと笑った。

 

「お前が一番嫌がる顔が見たいからな。不出来な妹に引導を渡される、姉としての屈辱ってやつをな」

 

「……ッ! おのれ、愚弄を……!」

 

「ついでに1マナ使用、『終わりなく集う者』を召喚してターンエンドだ」

 

 小さな機械兵がわらわらと湧き出し、壁を作る。

 

「不出来な妹が出てきた程度で、この戦力差が覆るとでも?」

 

 カルメリエルが苛立ちを露わにする。10/10の聖女と、6/6の最高傑作。それに対するは、6/6のポンコツと小粒の壁。依然として絶望的な差だ。

 

「覆るさ。運比べといこうぜ、聖女様」

 

 シラベは煤を払っているレヴェローズの肩を親しげに叩いた。

 

「こいつはコストは重いし、喧しいし、自己主張だけは一丁前だがな……変なとこで運だけはいいんだよ。こいつが来てからパチンコは勝つし就職の目も見えてきた。悪運のお前とはえらい違いだ」

 

「褒められている気がせんぞ契約者!」

 

「俺は宣言するぜ。次のドローで『質量弾射出(グリダヴォル)』を引く。そしてこいつを弾にして、お前の顔面にぶち込む」

 

「えっ」

 

 レヴェローズが硬直した。

 

「……た、弾? またか? また私を射出するのか!?」

 

「おう。お前のワガママボディならいいダメージが出るからな」

 

「やめろ! 私は総督だぞ! 砲弾じゃない!」

 

 ギャーギャーと騒ぐレヴェローズを無視し、シラベはカルメリエルを睨み据えた。

 

「さあ、お前の番だ。俺が引く前に、打ち消しでもバウンスでも引いてみろよ」

 

「黙りなさい! 不快ですわ!」

 

 カルメリエルの10ターン目。

 

 彼女の余裕は完全に消え失せていた。

 

 『結晶育成槽』が『悪意の最高傑作』にエネルギーを注ぎ、8/8へと強化する。

 

 苛立ちの隠せない指先で、ミトラの身体にドローを指示する。引いたのは──。

 

「……ッ!」

 

 カルメリエルは唇を噛み切りそうなほど強く噛んだ。

 

 マナは6マナある。設置はできる。なんなら自分でデッキトップに戻せる。だが、即時起動コストの4マナがない。

 

 そこにあるのはカルメリエルにとって至高の輝き。だがそれは、今の彼女を救ってはくれない。

 

 だが、彼女は縋るようにそれを叩きつけた。

 

「『剛金独鈷シルヴァルナ』設置! ……設置のみ!」

 

 黄金の法具が虚しく鎮座する。それは彼女の権威の象徴であり、今は敗北への墓標でしかなかった。

 

「バトル位相(フェーズ)! 攻撃なさい!」

 

 悲鳴のような突撃命令。8/8の処刑機械が地響きを上げて突撃する。その進行方向に如何なる数があろうとも、一定以上の力を持たない限り『悪意の最高傑作』は止められない。

 

 パワー2以下の生命体にはブロックされない回避能力を持つその鉄塊は、シラベの守る1/1の機械兵たちを嘲笑うようにすり抜け──シラベを覆う障壁へと直撃した。

 

「ぐぅぅ……ッ!」

 

 鮮血のようなエフェクトが舞い、衝撃がシラベを襲う。

 

 8点ダメージ。ライフカウンターが高速で回転し、20から一気に12へと落ちる。

 

 まだライフは半分以上ある。だが、盤面の暴力は圧倒的だ。次のターンを凌ぐ術はない。無いはずなのだから、このまま手番が帰ってくれば良い。

 

 レヴェローズから傀儡の主を守る為に立ち尽くすしかないカルメリエルは、そう思い込もうとした。

 

「ターン、エンド……!」

 

 引けるはずがない。あり得ない。祈るような、呪うようなカルメリエルの声。

 

「俺のターン!」

 

 シラベのラストターン。張り詰めた空気が、フィールドを支配する。

 

「ターン開始時! 『伝晶』持ちにカウンターを配置!」

 

 レヴェローズがやけくそ気味に叫ぶ。彼女自身の能力により、カウンターが1つ増え、7/7へと成長する。その身体が紫色の光に包まれ、秘められたエネルギーが高まる。

 

 運命のドロー。シラベの手がデッキトップに掛かる。

 

 時間が引き伸ばされたような感覚。

 

 心臓の鼓動だけが、耳元でうるさいほどに鳴り響く。

 

 カルメリエルが息を呑んで見守る中、シラベは勢いよくカードを引き抜き──そのまま、高々と掲げた。

 

「──言ったろ? こいつは運が良いって」

 

 そのカードの名は。

 

 

 


質量弾射出(グリダヴォル)

 コスト:〈1〉〈火〉

 タイプ:戦略

・このカードを使うための追加コストとして、生命体1体を生け贄に捧げる。

・生命体1体かプレイヤー1人を対象とする。これはそれに、生け贄に捧げられた生命体のパワーに等しい点数のダメージを与える。


 

 

 

「う、嘘……まさか、本当に……!?」

 

 カルメリエルが顔面蒼白で後ずさる。

 

「追加コスト、生命体1体を生け贄!」

 

 シラベがレヴェローズの背中をポンと押した。

 

「行ってこい、総督。最後の一仕事だ」

 

「えっ、ちょ、心の準備が──あ゛あ゛あ゛あ゛ーーッ!!」

 

 シラベの魔力がレヴェローズを包み込む。

 

 彼女の身体が赤熱し、物理法則を無視した加速を始める。

 

 重力からの解放。そして、致死の速度への到達。

 

 彼女自身が巨大な砲弾となり、7つの結晶の輝きを纏った流星と化す。

 

「対象、相手プレイヤー! 7点のダメージ!」

 

「いやぁぁぁぁぁッ!! 来ないでぇぇぇッ!!」

 

 カルメリエルの絶叫が響き渡る。

 

 迫りくる妹の、豊満かつ圧倒的な質量の塊。

 

 それはミトラの展開した障壁ごと、聖女の身体を真正面から粉砕した。

 

 

 

 爆音と閃光が世界を白く染める。

 

 そして、怨嗟の爆煙が晴れた後。

 

 カルメリエル――ミトラの頭上に浮かぶライフカウンターが、音もなく「0」を示していた。

 

「……へっ。対戦ありがとうございましたってな」

 

 シラベはカードをしまい、勝利の余韻と共に大きく息を吐いた。

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